海を仰いで
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あれから数日、いや最早2週間ほど経ったがエミリアの機嫌は戻らなかった。徹底的にイザークと会話をしない、しても最低限。出来るだけ対人訓練などはペアにならないように組んだりと徹底しているようだった。
エミリアが教官に頼まれたものも人伝にしたり書き置きなどで済ませる徹底ぶりに幼い頃からエミリアと過ごしていたアスランは2人の様子を見て今回のエミリアは相当ご立腹で長引きそうだな、と諦めた様子でため息をこぼす。
そして何より一番被害を受けていたのはイザークではなくディアッカであった。
全く接しようとしないエミリアに怒るイザークの矛先は何かしら物かディアッカにぶつかるのだ。彼も最初は余計なこと言ったんだろ、と茶々を入れていたのだが2週間ほど経った頃には過去の自分を笑えぬほど疲弊していた。
毎日のように同室である寮の部屋で暴れるイザークを諌め、エミリアから口数少なく「これアイツに渡しといて」と資料を渡すよう頼まれ、そんな2人の板挟みにあい早くなんとかしてくれとディアッカは毎日頭を抱えることとなったのだった。
そんなエミリアとイザークの様子を数日見ていたラスティはエミリアのあまりの怒りっぷりに触れぬ神に祟りなし、と普段の飄々とした様子は何処へやら、とここ数日を大人しく過ごしていた。
「なんなんだアイツは!!俺が話しかけても瞬き一つせんぞ!!」
「早く謝ってこいよ、俺が疲れたっつの。なんで野郎を毎晩慰めなきゃなんねぇんだよ…」
「泣いてなんかない!!!」
「"鳴いてる"だろ…もー毎晩勘弁してくれ…」
キーッと叫び出しそうなイザークの声に対してディアッカの今にも泣きそうな弱々しい声が響く。
「イザーク、何か心当たりはないんですか?彼女が怒ることなんて滅多になかったので相当失礼な事をしたのではないでしょうか?」
「していない。」
「案外その何もしていない、ってのが失礼だったのかもよ?」
「そもそも何故俺がアイツの機嫌を取らねばならんのだ」
放課後、早々に教室を後にしたエミリアを見送った後、残ったいつものメンバーが打ち合わせもなしにいそいそと集まり教室で話し合っていた。
イザークはもちろん原因なんぞわからん、の一点張り。ディアッカはイザーク以上に参っている様子だった。
ニコルが言うように何か失礼をしてしまったならば合点がいくがイザーク本人に自覚がないので原因は分からずじまい、各々思考を巡らせていく。
「…先日のラクス・クラインのコンサート以降ですよね、2人の仲が悪くなったのは。」
「折角デートしてんのになんで喧嘩すんだよ、意味わかんねぇなぁ」
「デートではない!そもそもアイツが隠し事をしていたのも悪い!!」
「隠し事?当日どんな事があったかお話いただけませんか?」
そうニコルに言われてイザークは思い返しながら話しだす。
「伏せるように、と約束だから一部省くが今回のチケットはラクス様からいただいたらしい。」
「凄いですね!それでエミリアは一緒に観に行く人を探していたわけですね。それ以外には何かありましたか?」
「チケットのことはコンサート後に聞いた。訳あって楽屋に案内されてそこで俺とラクス・クラインとで話をしていたら急に機嫌が悪くなった。」
「それって…」
「部屋を出てからも俺を馬鹿呼ばわりしたり先に帰ったりと散々だった。なんなんだアイツは!」
「いやイザーク、それはお前が悪いわ…」
何故俺が!?と怒るイザークをよそに話を聞いていたメンバーは合点が付いた。ニコルも大凡の原因がわかり苦笑いだ。
「つーかコンサートに行ったなら正装してたんだろ、エミリアも。」
「見れる程度にはな。」
「いいなぁ、俺もエミリアのドレス姿見たかったわ」
「別にわざわざ見るまでもないだろう。似合っていたし、ラクス・クラインの友人ならばやつの家もそこそこ上流なんだろ。普段はガサツで女らしさはないが服や見た目が変わればまぁまぁ様にはなっていた。」
「…お前、まさかと思うけど褒めたりしなかったわけ?」
「今更何を褒めるというんだ」
その発言を聞いたメンバーが決定的とも言える言葉にあー、だとかそれはダメだろ、と口からこぼす。
ようはコンサートに連れてきてくれたエミリアそっちのけで1人楽しんで、しかも紹介してくれたというのにイザークはラクスと話し込んでいてエミリアを放っておいたのだろう。
それこそ普段はしないような正装でめかしこんで来てくれたというのにそれについても何も触れなかった。
きっと言いはしなかったがエミリアはそれらの行動に怒ったのだと火を見るより明らかだった。
「あのさ、俺だって流石に女の子と2人で出掛けたら褒めるよ?イザークあんまりだろ、それは…」
「ラスティに出来て俺に出来ないわけがないだろ」
「でも現に言ってないんだろ?」
ぐっと声を詰まらせたイザーク。そしてそれまでの話を聞いてらしくないなとディアッカは思っていた。
少なくともディアッカの知るイザークは余計なことばかり言うし言葉に棘があり、負けず嫌いで傲慢ちきなようではあるが良いと思ったところは不器用ながらも伝えてくれる。
それに今も続いているであろうイザークの母、エザリアさんからの婚約者決めのための食事会と称したお見合いをイザークは数々と受けてきた。
それでも最終的にはお見合いや婚約を断り続けている、そんなイザークが穏便に事を済ませるには相手や母の機嫌を損ねない為に褒めたり余計なことは言わず差し障りない話で程よく切り上げてくるのが常だった。
そんなイザークがいつものようにしないのはエミリアだから?それともラクスの前だったから?その理由は定かでないし本人もそれに気付けているかはわからないが、
少なくとも今までのように女性に接しなかった、出来なかったこと、そして連れ出してくれたエミリアよりラクスを優先させたことでエミリアが怒ったのは分かりきったことであった。
ディアッカはなんだそんなことかよ、と検討のついた理由にはぁ、とため息を零した。
「イザークが悪いんだからさっさと謝ってこいよ」
「お礼もきちんと言えてないんだろう?それだけでもエミリアに言ってこい。」
「エミリアはきっとイザークに見合うように着飾ってきてくれたんだろうな〜あ〜可哀想にな〜」
「あーもううるさい!!謝ればいいんだろう、謝れば!!」
「最初からそう言ってるだろ」
イザークの逆ギレに一同やっと謝る気になったか、となりながらもこれ以上話していては余計に怒らせるだけだと口を結び、解散だとばかりに各々寮や練習をしに教室を出て行った。
残されたイザークはというとコンサートの日のことを思い返しながら今後どうするかを考えていた。
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数日後の金曜日、授業を終えて各々帰り支度をする中、エミリアは今日も早々に席を立って廊下に出た。
すると後ろから勢いよく腕を掴まれ、そのままあれよあれよと進み近くの空き部屋へと押し込められた。
部屋へ入るなり壁に押し付けられて背中に軽く痛みが走る。突然のことに何かと思い顔を上げればそこにいたのはイザークだった。
「ちょっと、なんなのいきなり。」
「お前に話すことがある」
「私にはない、さようなら。」
こんな手荒なことまでしてなんなの、とエミリアは機嫌はもちろん、直るどころか悪くなる一方だった。
本気で抵抗しようと思えば出来たがエミリアの腕を抑える手が絶対離さないとばかりに強められ、エミリアの話を聞かずにイザークは話し出した。
「いいから聞け。日曜の17時にアプリリウスのターミナルで待ってる、絶対に来い。」
「私に用事があるかもしれないのに押し付けられても困るわ、行かないからね。」
「待っててやる。だから来い、いいな。」
ちょっと!と声を上げるも部屋へ押し込めておきながらイザークは言いたいことを言い切ると部屋から出て行った。
なんなの、一体!と未だにふつふつと湧き上がる得体の知れぬこの苛立ちにムッとしながらも思い返してみるが日曜日は用事が何もなく、トレーニングか休むか、と考えていた日だったはずだ。
それにしても普段とは大違いの落ち着いた声色で「待っててやる」と言われて、それも少し怒られた子犬のように眉尻を落として言うのでなんだか悪いことをしたのはこちらのような気さえしてしまう。どきりとしたのも普段とは違った様子だったからだろう。
とはいえこんな事で許すほどエミリアも甘くはない。このままいつまでもこの部屋にいるわけにもいかないとため息を零しながらエミリアも部屋を出て寮へと向かった。
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そして週末である日曜日。エミリアは重い足取りでアプリリウスへと到着した。
何故イザークはアカデミーのない日にわざわざ呼び出した?それもアプリリウス?わざわざアカデミーのあるディセンベルからアプリリウスまでそう遠くはないがそこへ呼び出す理由がわからない。
そもそもまだ怒ってるのになぜ行かなければならないんだ!と思いつつ最早何について怒っているのかも分からなくなってしまった。
ここまですることなかったかな、と思いつつもエミリアも後にも引けなくなってしまったのだ。
イザークはやると言ったらやる男だ。恐らく私が行かないと言ってもあいつはアプリリウスに行くだろう。
それを考えたら行かないわけにもいかなかった。イザークは私の優しさに感謝してほしい。
そうしてドッグから出てターミナル内を歩くと以前コンサートで会った正装とはまた違った私服姿のイザークが腕時計を見ながら立っていた。
人混みをかき分けるように進むとこちらに気付いたのか胸の位置まで上げていた腕を下ろして仁王立ちしていた。
「今日は遅れなかったな」
「前回だって遅れたわけじゃないでしょ。というか来ただけ感謝しなさい」
「行くぞ」
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「着けばわかる」
イザークの下までたどり着き皮肉を言えば手首を掴まれてズンズンと進んでいく。ここんところこんな事ばかりだ。周りの人からの視線も痛いので大人しくするほかなく、されるがまま連れられていく。
そうこうするうちに着いたのは大きなホテルで、どう見ても今の格好のまま入るには敷居の高いホテルだと感じて怖気付く。
「ちょ、ちょっと!私こんなところ来るなんて聞いてないわよ!」
「問題ない」
そう短く吐き捨てるとそのまま建物内へ入り進んでいく。すぐに気付いた従業員が声をかけてきて二言程度話したのち私だけを連れて別室へと通された。
すると室内で待ち構えていた従業員達にあれよあれよといううちにドレスやヘアアレンジを施してもらった。
既に用意されたドレスやアクセサリーは薄いブルーで統一されていて綺麗だな、と感じた。
何がどうなってるんだとされるがままでいながらも着替えなどが終わると部屋を移動して高層階の部屋へと通された。
するとそこはホテル最上階のレストランのようで、大きな窓からはこの街を一望できる程の夜景が広がっていた。
レストランの従業員にバトンタッチしたのか別の人に席へ案内されるとそこにはこれまた服を着替えたイザークが既に座っていた。
「あの、なんなの、これは。」
「いいから座れ。」
「さっきから、…というかいつもそればっか!命令してきて誰でも言うこと聞いてくれると思ったら大間違いなんだからね。」
そう言いつつもホテルやレストランの従業員へ迷惑をかけるわけにもいかないので大人しく席に着く。
なぜだか皮肉を言っても黙っているイザークにこちらもなんとも言えない雰囲気に飲まれる。
そうこうするうちに運ばれてきた食事を何の気なしに口へ運び食事を始めたイザークにおずおずとエミリアも食べ始めたところでやっとイザークが話し出した。
「この間のコンサートは良かった、礼を言う。」
「…あぁ、そう。それはよかったわね。…もしかしてそれだけのためにこんな事までして呼び出したの?」
「違う、コレは母上からだ。」
「エザリア様から?」
「あぁ、以前もらった紅茶の礼だと。きちんともてなすようにこっぴどく言われた。」
「…ふふ、イザークはお母様には頭が上がらないのね」
「おい、笑うな」
イザークの説明通りならばコンサートの礼とエザリア様からのお礼を兼ねてここへ招かれたようだった。
当然、エザリア様は忙しく来ることが叶わなかった。そのためイザークの性格も加味した上できちんともてなすようにエザリア様は言ったのだろう。
そしてこれはエミリアの知ることではないがイザークは良かったら家に招きなさい、と言われていたのにも関わらず中々連れてこないイザークへエザリアがここ数ヶ月散々言っていたのだった。
しかしイザークはこれで女を連れていけばまた何かと話がややこしくなるに決まっているし、そうでなくとも母上の前でエミリアといつものように口喧嘩をするところを見せるのはみっともないしそうなるだろうことは目に見えていた。
そこでエミリアが人見知りであるし母上がエザリアだと知っているので恐縮している、と遠回しに会うのは避けたいという事にしたところ、エザリアからそれならば食事にでも誘いなさいと今回のような場を設けてくれたのだった。
エミリアはそんな事とはつゆ知らず、イザークだけじゃあこんな事しないか、と内心納得したと同時にイザークがエザリア様に頭が上がらない図を想像してくすりと笑う。
数日前まで怒って一方的とはいえ喧嘩してから殆ど話してなかったので久しぶりの会話、イザークとの会話がこんなにも楽しいと思えたのは初めてではないだろうか。
しかし先日のことを許した訳でもない。少し緩んだ口元を引き結ぶようにして戻すとその様子を見ていたイザークが話しだす。
「母上からだ、と言ったら目の色が変わったな。」
「当たり前でしょ、エザリア様からなんだから味わってるの。」
そう答えればイザークはお世辞にもマナーが良いとは言えない肩肘をつき掌に顎を乗せてふん、と鼻を鳴らしてみせた。なんだか居た堪れないな、と思いつつも食べ終えると見計らったようにイザークが席から立ち上がった。
「行くぞ」
「は?行くってどこに…」
「着けばわかる。」
「さっきからそればっかり…ってちょっと!」
席を立ったかと思えばまたいつものように一人で行動しだしたイザークのあとを追って席を立つ。
従業員に会釈して通り過ぎ、ホテルから出ると大通りを通って広場へと着いた。
この広場はターミナルにも近い大きな公園も併設されている。目的地に辿り着いたことでイザークの足が止まったので問いただそうとし、エミリアが顔を上げたところでその風景が視界に映った。
「これ、って…」
「今日は7月7日、お前の言っていた七夕の日だろう。毎年この広場でも祭りをやってるらしい。」
「…覚えてたんだね。…今日はこの為にわざわざ呼び出したってこと?」
「べ、別にお前のためではない。母上からの…」
「わかった、もうそういうことでいいよ。
…それよりもさ!お祭り回ろうよ!」
広場には無数の出店や屋台が出店しており、普段見ることはまずないであろう風景へと様変わりしていた。食事後に来たこともあって程よく外が暗くなったことで店の灯りが良く映える。
あれもこれも懐かしい。あの屋台は何屋さんだろう、りんご飴も食べたいなぁ。そんなことを考えているとやはり以前の楽しかった家族との思い出が蘇ってくるが今は全く寂しくなどなかった。
両親に連れられて兄の陸と共にお祭りを回り、祖父祖母の家に寄って縁側から花火を見るのが恒例となっていた。今ではもちろんもう叶えることなど出来ない。
一瞬自分はこの世界へ来た時に死んだから生まれ変わったと思っていたがもしかして精神だけがまるで夢でも見ているかのように見せている幻なのでは、と思った事もあった。
しかし、自らが感じる五感が夢だとは思えずやはり前世の自分は電車に跳ねられ、そしてこの世界に生まれ変わったのだ、と思うようになった。出なければこの五感も感情も、出会った人々にも説明がつかなかったからだ。
これらが夢であるわけがないのだ。彼らにも、イザークにも感情があり彼自身の判断で行動しているのだ。
エミリアの夢、で終わる話ではないので今の状況を受け入れるしかなかった。
そんなこんなで生まれ変わった世界でこの世界がガンダムSEEDの世界だと気付けてからはまた混乱したが、それでも夢が覚めるわけでも現状が変わるわけでもなく時は進んだ。
気付けば誰も死なせたくない、とZAFTにまで所属して過ごしている私に前世のことを思い出し悲しむ暇など無かったのだ。
「流石に射的のおじさんには悪いことしちゃったかな」
「お前が煽るからだろう。あんなもの俺たちには容易い。」
「それもそうね。あー久しぶりだな、お祭りきたの。」
買ったお菓子や射的で当てたぬいぐるみを持って広場内の少し外れた場所にあるベンチへと座った。
周りはまだまだ盛り上がり続けていて子供も大人も楽しそうに笑っている。
「…それにしても、まさかあのイザーク・ジュール様が庶民のお祭りに来るだなんてね〜、それもこんなドレスコードのままで。」
「好き好んであんな混雑の中に誰が行くか。」
「でも連れてきてくれたんでしょう?ありがとね」
「…今日だけだからな、次は1人で行け。」
「イザーク来てくれないの?じゃあディアッカ誘おうかな」
「駄目だ」
「え、じゃあラスティを…」
「もっと駄目だ。」
「なんなのよ、素直に俺が行くって言えばいいでしょ。」
「他の奴とは行くな。」
お前は危なっかしいからな、とぶちぶち公園でのことを蒸し返すように言い出したのでハイハイと流せばキーッ!と聞こえてきそうな声で何か言っているが聞き流すのが得策なので右から左へと流した。
「じゃあさ、また来年も来てよ、私のためにさ。」
「……気が向いたらな。」
「向かなくてもいいよ?その時はアスランと行くから。」
「貴様!」
あはは、と笑えばお前は俺をおちょくっているのか!と怒られる。ごめんごめんと適当に言っても聞き入れてはくれないようで「もー、怒らないでよ」と言えば「今からでも奴を呼べばいいだろう」とヘソを曲げてしまった。
「ごめんってば。とっても嬉しかったんだよ、今日。本当はエザリア様に言われて仕方なくだったかもしれないけどね。」
「お前が祭りが好きなんてこと母上に逐一報告なんてしない。一応先日の礼のつもりだ、借りは返したぞ。」
「借りってほどでもないけど、まぁイザークがそう言うならそうしておくよ。」
イザークは何が何でも素直には言わないつもりだと理解したのでエミリアが折れることにした。
いつものような言い合いだったが今日は何故だか許せた。少なくとも今日は特別なのだ。
一通り話して笑ったところでイザークが腕時計を確認する。その仕草を見てもう時間そんなに経ったのかな、と何故だかわからない寂しさを感じていると「そろそろだ」と言われる。
何の事だろうかと小首を傾げているとヒューと大きな音がした。その方向へ顔を向けると同時に夜空に輝く花が浮かび上がった。
「…花火……」
「今日はここまでがセットだ。これ見たら帰るからな。」
「うん、ありがとう。凄く嬉しいよ…花火、とても綺麗…」
次々と打ち上げられる花火を見上げる。色とりどりの花が夜空に咲いては散っていく。
ほう、っと眺めていると髪をすくい取られた。視線を下ろすとイザークがエミリアの髪を一度掌に乗せていた。
「…勝手に何処にも行くな。お前は強いくせに危なっかしくて、すぐ何処かに消えてしまいそうだ。だから俺の見えるところにいろ。」
え、と声を漏らすとハッとした様子で「そしたらまた来年もまた祭りに来てやる!」と手を払ってイザークも花火を見上げていた。
なんだが凄い言葉が聞こえた気がするが花火の音で上手く聞き取れなかった。何?と聞き返しても何でもないと怒られてしまったので視線を戻す。
髪にゴミでも付いていたのかな、と思いその夜は花火が終わるまで2人で夜空を見上げていた。
ーとある夏の日ー
俺はなんてことを口走ってしまったのだろうか。
アレではまるで俺がアイツを…
そんなわけがない。
腕の立つ兵士をみすみす失わせないためだ。
俺が気にかけてるのは母上に言われたからであって今回限りだ。
だから
このうるさい心臓の音は花火の音でかき消してくれ。
君の横顔が綺麗だと、消えてしまいそうだと、
思わず光に反射した美しい金糸を掴んだのも、
全部花火のせいにして消してしまおう。