海を仰いで
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到着した会場内は人も多く騒がしい。
今回のパーティの参加者はエミリアの成りすましている主人ダイアンの開くもので、多くの知人や用人を招いている。その中でも今回のターゲットのミシェルはダイアンの知人で今回の情報を握る用人の娘でありその会社で働いている。そのため表舞台に中々でない用人にかわり、遊び好きのミシェルから情報を聞き出すことになったのだ。
そして今回のパーティでは表向きには各企業や組織の親睦を深める為とされてはいるが、ダイアンが今後の取引を円滑に進める為ミシェルを持て成す為だけのパーティ、と言うのが本当の開催理由だ。その為ミシェル一人に案内役として成りすましであるエミリアが付き人でいる。
本来成り代わった人はこの会場のみでの案内人でホテルの従業員だ。そこでダイアンやミシェルにも顔が割れていないことから女性参加不可のパーティのため急遽エミリアが変装して潜入することとなったのだ。
(この格好慣れないな…)
自身の服装やさっぱりと短くなった髪が気になりつつも飲み物を持ってミシェルの元へと戻るエミリア。
「お待たせいたしました。」
「ありがとう。」
エミリアから受け取り一口飲むとまた男性と話始めた。
「あらそうなの。じゃあお父様に伝えておきますわね。」
「ありがとうございます!ミシェル様はお綺麗ですしとてもお優しい!」
「うふふ、お世辞でも嬉しいわ、ありがとう。」
分かり易いお世辞を並べ掌で胡麻擦りをする男性とミシェル。この調子で彼女を持ち上げてさえいればコロッと情報も落としてくれそうだな、と思いながらも数センチ離れた場所で待機するエミリア。周りの男性たちも今か今かと話しかける機会を伺い、こちらをキョロキョロと見ているがその様子でさえミシェルは注目されている、と喜んでいるようでこの女は禄でもないなぁ、などと内心毒吐きながら周囲を観察していった。
--その頃別動隊である面々も動き出していた。
アスラン・ラスティが配属された突入班は各出入口に配置、中を伺いながらもその他情報を探っている。…しかしその中でもアスランはやはり気が気ではなかった。
(エミリアは大丈夫か?イザークやディアッカもそうだがエミリアが付き人本人ではないとバレたら危ない…)
そうヒヤヒヤしながらスナイパーライフルのスコープから建物中を覗き込む。しかし何度見ても不思議だ。今まで何年も過ごしてきたがここまで男性に変身してしまうとは。離れた場所からとは言えスコープから覗き見るエミリアの姿は面影はあれど青年にしか見えないのだ。
よくよく思い返してみればエミリアは幼い頃からとても綺麗な顔つきではあったな、と思うし今もとても綺麗だと思う。それこそZAFTに所属している軍人には見えぬ程に。
そんな昔の事を考えつつも作戦に集中しなければ、とスコープを別の人物へと向けて内情を探っていくのであった。
一方、多くの男性達が押し掛けてミシェルに話しかけては去る、というのを繰り返してはいるが彼女は疲れないのだろうか?そんな作戦とは全く違うことを考えながらエミリアが様子を伺っていると、少し離れた場所から薄いグレーのスーツにライトグリーンのネクタイを締めたイザークがやってきた。彼の正装を見るのは2度目だが相変わらず容姿だけで言えば本当に整っているな、と感心する。普段は口を開けば「貴様ァ!」と怒鳴るのだ、エミリアがそう思うのも無理はない。
「お話し中失礼いたします。私もミシェル様とご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あなたは…」
「失礼しました。私はイザーク・ジュールと申します。ミシェル様にお会い出来るとは夢にも思わず、本日お招きいただいたダイアン様に感謝せねばなりませんね。」
「あら!エザリア・ジュールさんのご子息のイザークさんね!私こそ貴方と会えるだなんて思っていなかったわ。私からもお礼の言葉を伝えなくちゃ。」
「そんなことありませんよ。私は母の名にくっ付いているだけにすぎません。」
「若いし謙虚なところもいいわね、気に入ったわ。今度お食事いたしませんこと?」
「もちろんです。ぜひエスコートさせてください。」
話がトントン拍子で進んでいくが見るからにミシェルは機嫌が良さそうだ。文字通り相当イザークの事が気にいったんだろう。
無理もないがこの会場にはかなりの男性がいるがみんな若い男性ばかりだ。凡そダイアンがミシェルの遊びが激しいことを知っていて呼んだ面々なのだろう。その事をミシェルも察しているようでイザークのことをてんで怪しんでいないようだった。逆にこれはチャンスだと思った。
このままいけば情報を落としてくれるかもしれない、そのことを伝えようとイザークを見ると彼もエミリアの目線とその意図に気付いたのか軽く頷きながら行動に出た。
「…ところでミシェル様。よろしければ本日はここのホテルの部屋を取っているとお聞きしましたが本当ですか?」
「ええそうよ。だってこんなに楽しいのに帰ったら折角の楽しい気分が冷めちゃうじゃない?それがどうかしたのかしら?」
「それはちょうどよかった!実はミシェル様にお会いできるのではとお聞きし、お好きだと聞き及んでおりました白ワインをご用意させていただいたのですが宜しければそちらで飲み直しいたしませんか?」
「まぁ嬉しい!ぜひそうさせていただくわね。ヘンリー、お部屋までの案内とあとはよろしくね。」
「かしこまりました。」
ヘンリーと呼ばれたのは私だ。今回の偽名としてそうミシェルへ挨拶したのだ。そこでイザークも察したのか「ヘンリーさん、案内お願いしますね。私は一度お酒を取ってきます。」とイザークはミシェルへの挨拶も程々にして離れていった。
「お部屋のご用意は出来ておりますがすぐ向かわれますか?」
「このままここでイザークさんを待つわ。あと数人挨拶するころには戻って来るでしょう。」
「かしこまりました。」
そう会話するとミシェルは未だ挨拶の済んでいない男性達と話始めるのだった。
その頃ディアッカはその様子とすぐさま飛んできたイザークのインカムで今後情報を聞き出すことを察し、屋内の用人のチェックや間取り、警備員の数などのチェックをしていく。
(ただのパーティのくせにあんなに警備員がいるだなんてわざとらしすぎるんだよなぁ。何か大事なことしてます〜、って言ってるようなもんだろ。)
そう考えながら周囲を観察していく。若い男性が多くむさ苦しさに一度顔をしかめる。とはいえターゲットであるミシェルはもうイザークのことを気にいったようだしこちらとしてもタイプではない、触らぬが吉、と会場からでて廊下を進む。
「こちらディアッカ、中は各窓際に警備員1人ずつ、出入り口には2人ずつ。会場内を巡回している人もありゃアッチの人たちだね。全員服の下に物騒なもん持ってるよ」
《こちらニコル。了解です。イザークがターゲットとそのままいるようなのでディアッカはそのまま様子見て必要があれば突入班と共に脱出、またはイザークの補助をお願いします。》
「へーい、了解。ま、助けてくれなんて言うわけないけどねアイツが。」
《そうですね、逆に言わせてみたいですね》
「言うじゃん~」
そう冗談を交えながらもお手洗いから出てきたディアッカはまた会場へと戻っていった。
そしてお酒を持ったイザークはミシェルと合流しヘンリーことエミリアの案内でホテルの部屋へと案内する。その部屋へと着くなりミシェルはイザークの腕に絡みつき「じゃおやすみヘンリー」と部屋を追い出されてしまった。実に気分が悪い。
正直イザークのことが心配でもあるがあの女の卑しさに気分が悪くなっていく。しかしそれももうすぐ終わることだ、と自身も部屋の様子を探る為、すぐ隣の部屋から予め仕掛けておいた盗聴器で部屋の中で過ごしている2人の様子を、隣り合わせとなる壁のすぐ横で部屋に仕掛けた盗聴器から聞き取るためにヘッドホンを装着する。
同時刻、隣の部屋のイザークは分かり易い手ではあるが酒を飲ませて判断が鈍る頃に情報を聞き出すことにした。慣れた手つきで持ち寄ったワインを開けてグラスへ注いでいく。
「あら、それ私好きなの。」
「そうでしたか、それは良かった。では今度お酒の美味しいお店へ行きましょうか」
「貴方が言うならさぞかし美味しいんでしょうね、楽しみにしているわ」
「そんな、ハードル上げないでくださいよ」
軽く笑いながら注いだグラスを渡す。特に疑いもせず飲みだしたミシェルの様子をみて自身も飲まない訳にもいかない、と数口飲み込む。
するとこちらから催促せずとも自らお代わりを注ぎ、飲んでいくので数分後には酔ってしまったようだった。これは都合が良い、とイザークは見逃さずに話を切り出した。
「こんな素敵なお部屋で過ごされるだなんてミシェル様はとてもお父様に愛されてますね」
「そんなことないわよ〜。あの頭でっかちすぐあーしろこーしろってうるさいんですもの。」
「お父様はお綺麗なミシェル様に虫がつかぬよう心配してらっしゃるんですよ」
「そうかしら?仕事でもアレコレと口出しばっかり!すぐ私に仕事投げるくせにやになっちゃう!」
「ほう、それは大変だ…お一人でされるんですか?」
「ん〜今度のは1週間後に私と部下の2人でやるんだけどその子が使えなくてねぇ。場所も職場からすぐ近くのカフェでサラッと済ませるつもりなんだけど男でぞろぞろとカフェなんかにいたらバレるっての〜!」
「そうですか?私は幸せそうにお食事されるミシェル様が見れればそれだけで胸一杯で行った価値があるかと思います」
「やだぁ〜そんなこと言っても何も出ないわよ〜!外面だけ良くしてるバートン社も見習ってほしいわ」
「バートンですか…?あの有名な?」
「そうよ、アイツらみんな私が女だからって甘く見てるのよ!わざとらしい態度ばっかり!」
イザークは聞かずともペラペラと情報を愚痴と共に吐き出してくれるミシェルを後はどう寝かしつけるか、と思案していた。
これ以上口を突っ込むと怪しまれるだろうことはわかっている。今現在の物の所在がまだわからないが大凡の情報は得た。
今はこの愚痴を聞いてあげてる優しい青年というフリをしているが正直口先ばかりの酔った女の愚痴なんぞこれ以上聞きたくない。
同じ女のアイツはもっと過酷な訓練や授業、寮に戻れば勉強や先日のように自主トレーニングもしているであろうにこの女のように口から愚痴や弱音を聞いたことなど一度もない。
(アイツの爪のアカでも煎じて飲め…!)
そう内心苛つきながらも表情は変えずにこの部屋から出る事にした。
「ミシェル様、少しお疲れのようですし本日はもう休まれた方が良いかと思います」
「やーよ。まだお酒も残ってるし飲みましょうイザーク!」
彼女の手からグラスを取ろうとすると身をよじった彼女手から中身のお酒が溢れて手にかかった。
「あっ、ごめんなさい!」
「いえ、このくらいなんともありません。ミシェル様にかかってはいませんか?」
「私は全然…」
「それは良かった。では少しだけ洗ってきます。その間大人しく待っていて頂けますか…?」
「は、はい…」
ほう、と顔を蕩けさせてる彼女の横をスルリと抜けて洗面所へ向かう。
(碌なことがない!!!)
今にも爆発しそうな気持ちをギリギリで抑える。
洗面所に着き次第袖を捲り、腕時計を外して手を洗う。袖口に少し掛かったが白ワインなのでシミにもならなそうだ、と少しホッとするもそういう問題ではないとまたイライラが立ち上ってくる。
元々イザークは婚約の話を母エザリアに勧められることが多くありはしたが全て断ってる理由の1つはこれだった。
自分勝手だったりイザークの事ではなくその先である母の姿を、その財産を見据えてあるような奴がほとんどなのだ。
またそうでなくとも自分自身でも自覚があるがこの整った容姿にばかり目がいき、言い寄ってくる女はイザーク自身を見ようとしない女ばかりであった。
自身が女に興味がなく、今プラントのためにとアカデミーで学んでいる最中、女と遊んでる暇など微塵もないイザークには上記に当てはまる女に嫌気がさしていた。
それに比べてエミリアは一切言い寄るどころか女特有のキツイ香水の匂いも無ければ容姿や財産目当てに言い寄ってくる奴らとは違う。
自身と同じようにプラントのために日夜努力を惜しまず過ごす姿は女ながら敬意を表するに値するとすら思えてくる。本人には勿論言わないが。
秀でた能力を誇示するでもなく、淡々と与えられた事をこなしてゆくその姿はどこかアスランにも似たところを感じるが彼女にはまた別の何かがあるようにも思う。
恐らくあの容姿からお嬢様として過ごしてきただろう事は予測出来るがお嬢様があんなに武術に長けているだろうか?一朝一夕では身につかない物を日々怪我を増やしながら目の下にクマを作りながらアカデミーに通うだろうか?
今までイザークが知っていた女とは全くの別物であるエミリアの事は不思議な存在となっていたのであった。
そうこうしているうちに部屋から「イザークさん、大丈夫?」とミシェルが声をかけてきた。
随分と考えに耽ってしまった、と慌てて手を拭き部屋へと戻る。
「すみません、お待たせしました。」
「とても待ったわ。ねぇ、良かったらイザークさんもここに泊まって行けばいいでしょう?」
腕を絡めてくるミシェルに思わず眉間に皺が寄るイザークだが声色変える事なく「そんなわけには参りません」と出来るだけ優しく腕を離していく。
「いいじゃない、せっかく逢えたんですもの。このままゆっくり過ごしましょう?」
ね?と念押ししてくるミシェルにコイツも分からん奴だなと思いながらそっとして寄せられた身体を離す。
「申し訳ありません。残念ながら明日朝早く母に呼ばれておりまして、これ以上ご一緒していると離れ難くなってしまいます…。どうか分かってはいただけませんか?」
母の名前を出した事で少し動揺したのか「そう、それは仕方がないですね…」とミシェルは聞き分け良く腕を離した。
「ありがとうございます。この埋め合わせは必ず致します。…では、おやすみなさいませ。」
「えぇ、おやすみなさい」
……するわけないだろうが!!と内心叫びそうになりながらも部屋から出たイザークはすぐ様インカムを入れる。
「こちらイザーク、ターゲットから日付と受け渡し場所を聞き出した。今現在の所在はわからないがこれ以上は困難とし、ターゲットとは別れた。」
《こちらニコル、了解です。ありがとうございます、流石イザークですね》
「ふん、当たり前だろう!」
《でも全部聞き出せなかったの悔しかったんだろ〜》
「うるさいディアッカ!!」
そんなディアッカと合流する為、ズンズンとエレベーターホールを抜け下の階から昇ってきたエレベーターへと乗り込んだ。
--その頃エミリアはイザークが部屋から出て行った直後ミシェルから部屋へ来るようにと連絡を受けていた。
隣の部屋から内容は聞いていたし恐らくあの女の相手をして今頃イザークはインカム通り怒り狂ってる事だろう。放っておいた方が鎮火されるのも早いか、と思った矢先に呼び出された為ニコルへインカムを入れる間も無くミシェルの部屋へと向かった。
「(コンコンッ)…ミシェル様、ヘンリーです」
「どうぞ」
少し不機嫌そうな声で簡素な返事が来たので恐らくイザークがさっさと帰ってしまったことが不満なんだろう。
そう考えながらも部屋へと入ると盗聴器で聞いていた時に取り上げた酒をまた飲んでいた。懲りない人だな、と呆気になりつつも「どのようなご用でしょうか?」と差し障りなく聞く。
「さっき話してたイザークに明日連絡取れるように、ってダイアンさんにお伝えしてくださる?連絡先すら聞く間も無く帰るんですもの。」
そう不貞腐れる姿に「なるほど、今後もよろしくしたかったわけか」と理解しつつも誰が連絡取らせるか、と反発する自分がいた。
「…かしこまりました、お伝えしておきます。」
「貴方もこんな夜まで疲れたでしょう?私の相手してくださらない?」
「いえ、私は職務中ですので…」
「いいじゃない、少しくらい。私口は堅い方なのよ?」
さっき愚痴と一緒にペラペラと喋っていた女が何を言ってるんだ!と思いながらもこのまま言う通りにしていけば残りの情報も聞き出せるかもしれないと考え、渋々といった雰囲気で「少しだけですよ?」とグラスを取った。
ほんの数センチだけグラスに注いで乾杯と言いながらグラスを打つ。
ほんのり香ってくる匂いからとても良いワインだと思うのだがお酒を今まで飲んだことがなかった為にどのようにしたら良いかわからない。
(なんか回せばいいんだっけ?何回かにわけてちびちびと飲むんだっけ?)
そう考えてると「ほらほら、飲んで飲んで!今は私しかいないんだもの、気にしなくていいわよ!」と下からグラスを煽られてしまった。
無理に飲み込んだワインだったがとても飲みやすいもので本心で「とても美味しいですね、これ」とこぼしてしまう。
「そうでしょう?普段から私もよく取り寄せてるの。イザークも趣味が良いわね」
「そういえば先ほどイザーク様がいらっしゃったようですがもうお帰りになられたのですか?」
「そうよ!あの意気地なしすぐ帰っちゃうんですもの!女から誘ってるのに襲わないなんて変な人!」
「…それほど大事にされてらっしゃるのではないでしょうか?」
「今日会ったばかりよ?それで部屋に誘ってきたのがイザークからなんだから私の体目当てなのかと思うに決まってるじゃない!」
果たして世間一般ではそれが普通なのだろうか、と思いつつも部屋に誘われて期待したという言い分はまぁ分からんでもない。好意を持ってる相手に言い寄られたのに何もないのではこちらだけ拍子抜けしてしまう。
しかしあのイザークがそんな下心で部屋へ誘うわけがない、と彼の普段を知っているので用事でもなければ彼がわざわざ誰かの為にしてくれる、なんてことはないだろう。
ましてや女というだけで最初私を目の敵にしていたイザークが、だ。今回も女に優しくするのは表面の話で裏では何故俺がこんな事を!と思いながら対応していたのだろう、と容易に想像がつく。
しかしここはミシェルの話に同意しておかねば、と「そうですね、男なら言ったからには行動していただきたいですよね。」とそれっぽく返す。
「そう思うでしょ!?やっぱイザークは私の事気に入ったんじゃないのかしら…」
「そんなことはありませんよ。きっとお美しいミシェル様を前にして恥ずかしくなってしまったんでしょう、彼シャイっぽくありませんか?」
「確かに、それもそうね。ヘンリー、貴方良い人ね。」
愚痴を聞いてくれてありがとう、というようにグラスに追加で注がれて慌てて両手で持ちありがとうございます、と言う。
「そういえば、貴方に似た若い子が私の部下なんだけれどその子と貴方交換したいくらいだわ。貴方しっかりしてていいわね〜」
「私とそっくり、ですか?」
「ええそうよ。歳は幾らか部下の方が上だけど歳下の貴方の方がよっぽどしっかりしてるわ。今も仕事で保管を任せてるけど心配で夜も眠れないもの。」
やった、まさかの角度から情報が落ちてきたぞ!と思いながら「そう言っていただけて光栄です。」と差し障りなく答える。
その部下が私と似た容姿で歳上というだけでもかなり絞れたはずだ。その情報から物を保管しているという部下を割り出すことは容易だろう。
ここまで聞ければこちらとしても用はないので早々に退散したいところだが果たしてどのタイミングで出ようか。そう考えているとミシェルが近くのチェストにグラスを置いた。
「ねぇヘンリーはこのあと明日の朝私のチェックアウトまで私の側付きなんでしょう?」
「そうですね、ミシェル様のお呼びがあればいつでも駆けつけますよ」
「じゃあ私と朝まで一緒に居ても問題ないわよね…?」
「…え、それはどういう…」
そう答えた時には彼女に抱きしめられていた。
「ね、一緒に過ごさない?貴方もさっき言ったでしょう?″男なら言ったからには行動しろ″って」
「い、いやそれとこれとは話が…」
「同じことよ。私が呼んだら来てくれるんでしょう?じゃあ私が一緒に過ごしてと言ったら過ごしてくれるはずよね?」
そんな言葉遊びで私が職務を放棄してまでお前を押し倒さなければならない理由になるか!と思いながらも強く断ることも出来ず、どうしたものかとあたふたと宙を切る腕に手を絡ませてくるミシェル。
「ね?私からのお願い、叶えてくれるでしょう?」
そう言いながらジリジリとベッド側まで追いやられていき、とうとうベッドの足にぶつかり腰掛けるように座ってしまった。
「こ、困ります!従業員からも連絡がありますので…」
「いいじゃない、後から私に呼ばれていたって言えばいいんだから」
そう言いながらもスーツ下に着込んだセットアップのダブルブレステッドジレのボタンを外そうと手を伸ばされる。
流石にこれ以上は私の変装がバレる!と慌ててミシェルを抑えようとしたその時、部屋にコンコンとノックの音が響いた。
こんな時間に誰だろうという顔をするミシェルを他所にナイスタイミングだ!と飛んで入り口へと向かう。
誰が来たのかと部屋の扉を開けるとそこには先ほど退出したはずのイザークがいた。
「…度々夜分にすみません。先ほどこちらのお部屋に忘れ物をしてしまったようで取りに入らせていただいてもよろしいですか?
「は、はい」
そう簡単に会話するも声色はともかくイザークの目が笑ってない。なんてこった、これはナイスタイミングだと思ったが恐らく私がバレそうなのを察してわざわざ戻って来てくれたのだろう。
そして来てみればこの着崩れた私を見て恐らく今にも怒鳴りそうな気持ちを極めて抑えたに違いない。
これは作戦後に言われるだろうな、と思いながらも洗面所へ向かったイザークが部屋へと戻ってきた。
「すみません、先ほど手を洗った際に腕時計を外したのですが付け忘れて出てしまったようで。ではお邪魔致しました。」
そう言って部屋からさっさと退散しようとする姿に便乗しようと「わ、私もこれにてお暇致します。おやすみなさいませ。」と言いイザークに続いて退出した。
「…ハァ〜〜イザークありがとう、助かった。」
「…本当にお前は何で目を離すと問題を起こすんだ!」
「わざとじゃないもの、仕方ないでしょ!」
「女に言い寄られる女があるか!」
「今はヘンリーです〜〜!」
「屁理屈を捏ねおって!俺が来なければそもそも作戦そのものが失敗したかもしれないんだぞ!」
「それはそうだけど最後の情報聞き出せたのは私の手柄よ。それに最初私の変装も見破れなかったじゃない!」
「お前の綺麗な髪がなくなって驚いただけだ!気付いていたに決まってるだろう!」
「…というか私がよく言い寄られてるってわかったわね」
「腕時計だ。これには盗聴器が仕掛けてある。お前が隣の部屋の鍵を俺にも渡してくれさえすればそんな小細工までせずとも良かったんだがな」
「便利なモンね〜。というか鍵渡す暇なんてなかったじゃない!」
「そこをどうにかするのも今回の作戦の1つだろうが!」
お互いぐぬぬ、と睨み合いながら廊下を進んでいくとエレベーターホールが騒がしいことに気付いた。
すぐに口喧嘩を中断して壁際に2人並んで息を潜める。そこからホールを覗き見ると数人の警備員が何やら話しながら神妙な顔つきでざわついている。
「イザーク、これって…」
「これで俺の評価まで下がったらお前のせいだからな」
「そういうことは無事脱出する事が大前提でしょうが!」
素知らぬふりして廊下へ出たところですぐさま銃を向けられた。
これはマズイと壁に隠れるとすぐに何発か壁へと打ち込まれていった。
「もう!どうすんのよ!」
「こっちのセリフだ馬鹿者!」
ギャアギャア言ってるところへインカムが飛んできた。
《エミリア、イザーク!今そちらにはアスランが援護に向かいました!それまで持ちこたえてください!》
「おい!ディアッカは!」
《ダメです、彼も下で止められてるようでディアッカのところへはラスティが行きました!》
「了解。じゃあ実質私とイザークだけでここを切り抜けるわけね…」
「頼もしいだろう」
「それはこっちのセリフよ」
そういうと2人とも服の下に忍ばせたハンドガンを片手に一斉に飛び出した。
ホールを見渡すと軽く8人はいる。たった2人忍び込んだ奴ら相手に8人も差し向けてくるとは余程あの情報、そしてあの女は重要であったらしい。
そんな事を頭の隅に置きながら1人ずつ仕留めていくが相手も手強く中々上手いことエレベーターまで辿り着けない。
そもそもエレベーターホールの脇にある非常階段まで辿り着ければまだ良いものを、と思いながら出来るだけ殺さぬよう四肢を狙って弾を放ってゆく。
警備員もただの警備員ではないようで、上手くかわしながらこちらを捕らえるため寄ってくるがこれではラチが明かない。
すると相手が残り2人となったところでエミリアが飛び出した。相手もこのタイミングで飛びててくるとは思わなかったようだが良しとばかりに迎え撃ってくる。
イザークはその動きを何度も見ているので何をしようとしてるのかを察し残りの1人を得意の射撃で倒していく。
1人に狙いを定めて詰め寄られた相手は銃を弾くように打つ。それによって弾かれた銃が宙を舞い、エミリアの手から離れたのでこれで大丈夫かと一瞬息を飲んだその時、
「甘いわね、最後まで気合入れなさい」
銃を敢えて囮として弾かせて隙が出来たところへ潜り込みみぞおちと鎖骨へ一発ずつお見舞いした後、よろけた相手の頬へ回し蹴りで警備員を蹴り飛ばした。
「ふぅ、スーツは動きにくいわね」
「お前は相変わらず無茶をする」
「あら、ここを無事切り抜けられたの私のお陰って教官に報告してくれてもいいのよ?」
「部屋での失態を告げる方が先だろうが」
またギャンギャンと言い合ってると非常階段へと繋がる扉が勢いよく開かれた。
イザークは再度銃を構え、エミリアはイザークの後ろに回り込みながら落ちた銃を拾い、しゃがんだ体勢から銃を階段へと構えた
「手厚いお出迎えだな、2人とも」
「アスラン!」
「なんだ、貴様か。もうここは終わったぞ」
「むしろあれだけ大騒ぎした事で下もパニックだよ。すぐ脱出するぞ!」
「エース様についてけば楽できるからいいわね、どっかのシャイボーイとは違って」
「おい!さっきも聞いたが誰がシャイボーイだ貴様!!」
「お前らの口喧嘩は後にしてくれ!」
そんなこんなでアスランの迎えという名の援護が来た事で最上階であるこの階から非常階段を用いて降りて行く。
途中上がってきた警備員が何人かいたが狭い場所ではあったが3人であっという間にのしてしまった。
一階までなんとか辿り着くと既に何人か廊下に倒れており、会場もちらりと中を見たが相当荒れていた。それもこれもディアッカとラスティの仕業だろう。中々ド派手にやったものだ。
ここから更に外へ出ようにも何故かどんどん溢れ出てくる警備員達に「ここ蟻の巣みたいね」なんて言うものの「女王は部屋に篭って何もしていないようだがな」と珍しくイザークがのってきた。
そう言いながら次々と倒して裏口からホテルを出るとそこへ勢いよく車が一台滑り込むようにしてきた。
「ほら、早く乗って!」
「ラスティかっこいい!」
「まぁね〜!」
「早く詰めろ!おい、ディアッカ!貴様やりすぎだぞ!」
「仕方ないだろ、あちらさんが仕掛けてきたんだからさぁ」
「こちらアスラン、ラスティ達と合流し、無事脱出した。これから合流地点へ向かう」
《了解です、お疲れ様ですアスラン、ラスティ》
「ほんとそれ!エミリアが言うように本当にパーティ会場に乗り込むことになるなんてなぁ」
「少しは楽しめた?」
「ぜっっんぜん!!」
そう言いながらも追っ手がない事を確認した一同は一安心だと武装を解いていく。気付いた時にはディアッカは既にネクタイを外していたが。
「そういえばエミリアの変装凄いよな。普段も可愛いんだけどパッと見どう見ても男じゃん」
とディアッカに言われて「あぁ、これ?」と髪を指差す。
「そうだ、貴様わざわざこの作戦のために切ったのか!」
「なんでイザークが怒るのよ。それに切ってないわよ、これカツラだから。」
「へぇ、うまいもんだなぁ」
「よいしょ…ほら、ね?」
と額から上に向けて引っ張るとカツラが取れ、中からいつもの綺麗なロングヘアーが出てきた。
蒸し暑いんだよね、カツラって。と言いながら髪を手櫛で整えているとラスティに「でもかっこよかったよ、エミリア」と言われる。
「そんなの言われたって嬉しくないわよ。声低くして話すのも疲れたし限度があるっての。もう絶対変装なんてしないから。」
「俺ヘンリーのファンだな〜」
「やめてよ、もう!」
ディアッカに茶々入れられながらも手持ちで持っていたバレッタでいつものように髪を纏める。
その横で小さく「そうか…」と髪を切っていたわけではない事への安堵の言葉があったがエミリアには聞き取れていなかった。
その後アカデミーから指示された場所まで車で向かい、先に戻っていた別動隊や教官と合流した。
遅れてきたエミリア達を確認した教官がすぐにブリーフィングを始める、と部屋へ入るように施され、それに続いて中へ入って行く。
中に入ると各隊での報告や行動についての評価、その後に個人の評価を告げられた。
潜入班はもちろん情報全てを聞き出すことに成功していた為今回は上々と言えるお言葉をいただいた。
「次に潜入班の個人評価をする。まずはエミリア。」
「はい!」
「今回お前には急な対応として男装での潜入となった。それでも序盤からホテルまでは極めて良いものだった。…しかし、その後ターゲットの部屋へ入ってから動揺や行動に隙が多い。ターゲットが気付いていなかったから良かったものの、あれでは怪しまれていれば作戦失敗となる可能性もあった。今後気を引き締めるように。」
「…申し訳ありません。」
「次、イザークは……」
そう教官が次々と評価を述べていくが自身の立ち回りが良くなかった事に自覚もあった故に指摘されてぐうの音も出ず、気落とさずにはいられなかった。
初めての実地訓練がこのザマでは今後何かあった時に対応しきれない。下唇を噛みしめそのまま帰りの車へと乗り込みアカデミーまでの道を進む。
一応作戦は成功であったものの、今回のように情報を聞き出したのちに戦闘となっては情報が漏れたのでは、と日取りや物の所在を変えられる可能性もある為完璧な成功とはいえなかった。
重い空気となる車内で今回バレたのは私のせいではとエミリアが考えていたところに声がかかる。
「今回は異例だったし仕方ないですよエミリア。逆にこんなこと滅多にないので良い経験になりましたよね、次回も頑張りましょう」
ニコルのその言葉にありがとうと言うエミリア。
そこへ話を変えるようにラスティが「それにしてもエミリアかっこよくなっちまったよなぁ。また変装する時は俺よりモテたら許せん!」と言い出した。
「確かに。それにいつもより少し背も高くねぇか?」
ディアッカの言葉にあぁ、これ?と革靴を脱ぐ。
「この靴シークレットブーツなの。中にインソールが仕込まれてるからいつもより8cmは高いわね。歩きづらくて仕方なかったわ」
「ま、でもやっぱ俺は今のエミリアがいいわ、その方が可愛いし。」
「どっちでも変わらんだろ。むしろ短い方がお前の性には合ってるんじゃないか?」
「イザークはシャイボーイだから気にしないでくださいね、エミリア」
「ニコル!貴様も聞いてたのか!」
「もちろん、通信班なので。手出せないシャイボーイの前も後もしっかりと。」
少し悪戯っ子のような笑みでくすっと笑うニコルに続いてラスティとディアッカも会話に混ざる。
「それ俺も聞いてたよ!ま、俺ならつい手出しちゃうかもな〜」
「俺はあの子好みじゃないからいいわ」
「貴様ら〜〜!!」
「お前ら作戦後なのに元気だな…」
「逆にアスランはおじいちゃんみたいね」
「誰がおじいちゃんだ!助けに行ったっていうのに…」
「でも来た時には終わってたでしょ?」
「フン、貴様の力など借りずとも脱出出来たに決まってる」
「私が居たから、でしょ!」
「俺が居たからだ!」
「はいはい、夫婦喧嘩は馬も食わないよ〜」
「「誰が夫婦よ(だ)!」」
「それを言うなら犬だろう…」
いつもの教室での雰囲気に戻り微笑ましい、少し耳につく言い合いをBGMに車はアカデミーへと戻って行った。
ー息のあった攻防はまるでー