4月
衝撃を受けた。
少年、久留米九助 は目の前で繰り広げられる光景に言葉を失った。アイドル、しかも男のアイドルなんかに興味なかったはずなのに。
巷で人気のジュニアアイドル、「チェスメイツ」のライブを見つめながら、九助はため息を付いた。自分といくつかしか歳が離れていないというのに、そのパフォーマンスに、そして、観客を巻き込む熱意に圧倒される。ダンスだけで言えば昔からダンスを習っている九助の方がうまいところもあるが、総合的なパフォーマンスは到底敵わない。九助にはその理由がわからなかった。
「あんなに行きたくないって言ってたのにね」
ライブに夢中になる九助に、無理やり連れてきた張本人の姉が耳打ちをした。
「あの人」
姉の言葉を無視して、九助は指差した。ステージの上、一際輝く風格を持つ少年を。
「俺、アイドルになりたい。アイドルになってあの人の隣に立ちたい」
自分に言い聞かせるように九助は呟いた。その言葉が聞こえたのは辛うじて姉だけのはずである。しかし、その決意に応えて、憧れのその人は大きく頷いたかのように九助には見えた。
* * *
九助が初めてチェスメイツのライブを見てから数年後の四月。九助は校門の前に立っていた。
当時は小学生だったが、九助は今や中学一年生だ。しかし発展途上のその肉体は、まだ線が細い。少女と見紛うその姿は、華奢な体躯のせいだけではなく、ぱっちりとした大きな目を縁取る長い睫毛と腰まで伸ばしたポニーテールのせいもあるだろう。しかしその立つ姿は少女ではなく、確かに少年だ。
「ようやく、隣に立てるんだ……」
九助は拳を握りしめて校門をくぐった。今日は入学式。ここ、アイドル養成学校のパラダイム学園での生活が今から始まるのだ。
「……あれ? あの子って……」
決意を胸に、歩き始めた九助の後ろ姿を見つめる少年が一人。小柄な彼は小首を傾げ、足を止めた。
「あ、僕も行かないと、ですね」
止まってたのはほんの短い時間で、その彼もすぐに小走りで校門へと向かう。そして少し躊躇しながらも校内へと足を踏み入れた。
* * *
「入学式っつっても俺たちは中等部からの持ち上がりだからそんな変わった感じしないよな」
入学式のために講堂へ向かう列の中、鋭い瞳の青年があくびを横目で隣の眼鏡の青年を見ながら呟いた。
「脱獄予定だったけど失敗したからね、僕たちは」
物騒な単語を返したにも関わらず、涼しい顔で歩調を崩さない言葉を聞いて、話しかけた方は大きくため息をついた。
「ホントだよなー……。それに翔はまだ芸能人だけど、俺なんかもう一般人だぜ?」
「アイドルやめられて羨ましいけどね。チェスメイツが解散してから何処からも声がかからなかったんだっけ」
「るっせ」
青年は、翔と呼ばれた青年を軽くこづいて再びため息を付いた。
チェスメイツ、それは今から数年前一斉を風靡した男児の五人組アイドルユニットだ。そして、彼らはその元メンバーである。鋭い眼光の青年は王子金吾 、眼鏡の青年は古日翔 。金吾は現在、芸能活動から距離をおいている。翔の方は二人組のアイドルユニットnebula で現在もアイドルを続けているのだった。
列の歩みが止まる。それと共に二人も口を噤んだ。どうやら新入生入場が始まるようだ。金吾も翔も大人しく指示に従い、講堂へと歩みを進めた。
パラダイム学園の講堂は広い。それというのもここはアイドル養成スクールらしくライブ会場の側面も備えているからだ。二階席まであり、大型モニターまで備え付けられている。チェスメイツとしてここでライブを披露したことは金吾と翔にとってそう遠くない昔のことだった。
講堂に足を踏み入れた新入生を出迎えたのは大小様々な大量のカメラだった。このパラダイム学園は提携している芸能事務所も多く、行事があるとカメラが入るのが常識だ。金吾たちのように前から学園に在籍している生徒は気にも留めてないが、一部生徒はカメラの量に慄いている。それに初々しさを感じながら、金吾は高等部新入生の席についた。後方には中等部と初等部の新入生の席が用意され、すでに児童生徒が並んでいる。
「ん……?」
ふと、視線を感じて金吾は振り返った。
「どうした」
「いや、多分気のせいだ」
自分から聞いておきながら、さほど興味はないらしく、翔は返事をしなかった。
ブザーが鳴り響く。式が開始する合図だ。ガヤガヤと騒がしかった講堂が静まり返る。そんな中、金吾は大きく欠伸をした。芸能界を引退した自分を見ている者などいないので好きにしてもいいのだ。
少年、
巷で人気のジュニアアイドル、「チェスメイツ」のライブを見つめながら、九助はため息を付いた。自分といくつかしか歳が離れていないというのに、そのパフォーマンスに、そして、観客を巻き込む熱意に圧倒される。ダンスだけで言えば昔からダンスを習っている九助の方がうまいところもあるが、総合的なパフォーマンスは到底敵わない。九助にはその理由がわからなかった。
「あんなに行きたくないって言ってたのにね」
ライブに夢中になる九助に、無理やり連れてきた張本人の姉が耳打ちをした。
「あの人」
姉の言葉を無視して、九助は指差した。ステージの上、一際輝く風格を持つ少年を。
「俺、アイドルになりたい。アイドルになってあの人の隣に立ちたい」
自分に言い聞かせるように九助は呟いた。その言葉が聞こえたのは辛うじて姉だけのはずである。しかし、その決意に応えて、憧れのその人は大きく頷いたかのように九助には見えた。
* * *
九助が初めてチェスメイツのライブを見てから数年後の四月。九助は校門の前に立っていた。
当時は小学生だったが、九助は今や中学一年生だ。しかし発展途上のその肉体は、まだ線が細い。少女と見紛うその姿は、華奢な体躯のせいだけではなく、ぱっちりとした大きな目を縁取る長い睫毛と腰まで伸ばしたポニーテールのせいもあるだろう。しかしその立つ姿は少女ではなく、確かに少年だ。
「ようやく、隣に立てるんだ……」
九助は拳を握りしめて校門をくぐった。今日は入学式。ここ、アイドル養成学校のパラダイム学園での生活が今から始まるのだ。
「……あれ? あの子って……」
決意を胸に、歩き始めた九助の後ろ姿を見つめる少年が一人。小柄な彼は小首を傾げ、足を止めた。
「あ、僕も行かないと、ですね」
止まってたのはほんの短い時間で、その彼もすぐに小走りで校門へと向かう。そして少し躊躇しながらも校内へと足を踏み入れた。
* * *
「入学式っつっても俺たちは中等部からの持ち上がりだからそんな変わった感じしないよな」
入学式のために講堂へ向かう列の中、鋭い瞳の青年があくびを横目で隣の眼鏡の青年を見ながら呟いた。
「脱獄予定だったけど失敗したからね、僕たちは」
物騒な単語を返したにも関わらず、涼しい顔で歩調を崩さない言葉を聞いて、話しかけた方は大きくため息をついた。
「ホントだよなー……。それに翔はまだ芸能人だけど、俺なんかもう一般人だぜ?」
「アイドルやめられて羨ましいけどね。チェスメイツが解散してから何処からも声がかからなかったんだっけ」
「るっせ」
青年は、翔と呼ばれた青年を軽くこづいて再びため息を付いた。
チェスメイツ、それは今から数年前一斉を風靡した男児の五人組アイドルユニットだ。そして、彼らはその元メンバーである。鋭い眼光の青年は
列の歩みが止まる。それと共に二人も口を噤んだ。どうやら新入生入場が始まるようだ。金吾も翔も大人しく指示に従い、講堂へと歩みを進めた。
パラダイム学園の講堂は広い。それというのもここはアイドル養成スクールらしくライブ会場の側面も備えているからだ。二階席まであり、大型モニターまで備え付けられている。チェスメイツとしてここでライブを披露したことは金吾と翔にとってそう遠くない昔のことだった。
講堂に足を踏み入れた新入生を出迎えたのは大小様々な大量のカメラだった。このパラダイム学園は提携している芸能事務所も多く、行事があるとカメラが入るのが常識だ。金吾たちのように前から学園に在籍している生徒は気にも留めてないが、一部生徒はカメラの量に慄いている。それに初々しさを感じながら、金吾は高等部新入生の席についた。後方には中等部と初等部の新入生の席が用意され、すでに児童生徒が並んでいる。
「ん……?」
ふと、視線を感じて金吾は振り返った。
「どうした」
「いや、多分気のせいだ」
自分から聞いておきながら、さほど興味はないらしく、翔は返事をしなかった。
ブザーが鳴り響く。式が開始する合図だ。ガヤガヤと騒がしかった講堂が静まり返る。そんな中、金吾は大きく欠伸をした。芸能界を引退した自分を見ている者などいないので好きにしてもいいのだ。
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