Dream
Your Name
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傘を忘れた。それは別に構わない。だって私が濡れるだけだから。それよりも気がかりなことはといえば、干しっぱなしで出てきてしまった洗濯物の存在だった。
彼は服に対してはとてもストイックだ。ストイック……という言い方が適切かはわからないけれども、それでもその言葉が似つかわしいくらいには衣服に気を遣っていた。白い服は裏返して干す。おまえにアクセサリーの収納場所まで決まっている。以前良かれと思って片づけてあげたら、ここじゃないんだとちょっと不機嫌そうに言われた。だから以後はどんなことがあってもノータッチを貫いている。
それでも、一緒に暮らしている以上は避けられない部分も出てくる。その一つが洗濯物だ。彼は多忙かつ不規則な生活を送っているため、炊事洗濯掃除は必然的に私の仕事になるのだけれど、彼のものに手を触れるのはやはりいつだって緊張した。別に怒られるのが怖いとかそういうのではない。誰より好きな相手を困らせてしまうのが嫌なだけなのだ。彼は仕事で疲れている。だからせめて、家ではなんの感情の起伏もなく穏やかに過ごしてほしかった。
今日は一旦帰ってくると言っていたっけ。まずいと思って飛沫を上げながら帰路を急ぐ。おかげで靴はびしょぬれだ。
マンションの前に辿り着き、部屋を見上げると、干してあったはずのそれはきれいさっぱり取り込まれていて。ああ、やってしまった。私は重い足取りでエレベーターへと向かった。
部屋に入ると、あんなに寒かった外なんて嘘みたいに暖かい。ドアを開けた瞬間から香っていたコーヒーの匂いにいざなわれながら、私はリビングに顔を出した。
「ただいま」
「おお、おかえり」
彼はゆっくりと振り向いたのち、はっと表情を変えてこちらに歩み寄ってきた。
「大丈夫? 傘は? 忘れたの?」
「え、あ、うん……でも洗濯物が……」
「そんなの気にしなくていいのに! ああもう、綾香ってほんとパボ」
いうや否や、彼はバスタオルを持ってきて私をぎゅっと包み込んだ。久しぶりのぬくもりに思わず体が震える。いい? 彼はお説教だと言わんばかりに私の顔を覗き込んできた。
「確かに俺は服にこだわってる。でももっと大事なのは綾香なんだよ。こんな、ずぶ濡れになってまで帰ってきてほしいって、誰が言った?」
まあ、天気予報ちゃんと見ておけよとは思ったけど。彼はちょっと皮肉っぽくつぶやいてんははと笑った。……やっぱり怒っていたか。自責の念に駆られて謝ると、いいんだよ~といつもの甘い声が降ってきて安心する。彼は私の髪を優しく拭きながら、私の名前を呼んだ。申し訳なくて下がっていた視線をゆっくり上げると、彼はちょっと悲しそうに眉を下げてつぶやいた。
「俺、綾香に無理させてるよね」
「そんなことないよ! だってジョンデだって忙しいし、毎日大変で……」
「でも、綾香だって毎日頑張ってるのは一緒じゃん?」
彼は悲し気に眉をきゅうと下げてつぶやいた。
「もっと、頼っていいからね」
私は何度もうなずいて、大丈夫だよ、心配ないよと言って笑った。
シャワー浴びておいで。彼は二人羽織みたいに背中に引っ付きながら私を脱衣所まで連れて行ってくれた。引き締まった腕にぎゅうと抱きしめられると、余計にあったかくなるような気がして堪らない。
私がシャワーを浴びている間に彼は新しい服を用意してくれていて、部屋の温度も2度上げてくれていた。
「おいで」
ソファに腰掛ける彼の脚の間。ぽんぽんと叩かれた場所にぽすんと腰掛けると、彼はまたタオルで髪を拭いてくれて、ドライヤーまでかけてくれる。
「熱くない?」
「うん」
ドライヤーの音で聞こえないと思っているのか、彼は鼻歌をふんふん歌いながら私の髪を乾かしている。子守歌みたいなそれに、私は意識がだんだんと遠ざかっていくのを感じていた。
次に目をあけた時、彼はいなかった。……どうやらドライヤーの途中で眠ってしまったらしい。ソファから起き上がったときに、体に掛けられていたブランケットの存在に気が付いた。エアコンの効いた部屋には加湿器まで点けてある。テーブルにはちょっとやんちゃなハングルで「いってきます。暖かくしてね」と書かれたメモが置いてあった。
メモを手に取り、文字をなぞる。ブランケットをぎゅうと抱きしめると、彼の匂いが仄かに香る。その瞬間、世界で一番幸せ者だなと思った。彼は、離れている間でさえ、こうして幸せを運んできてくれる。
大切にしてくれている。うぬぼれていたわけではなかったのだ。それがわかれば十分で、それがわかっただけで私は堪らなく幸せだった。
彼は服に対してはとてもストイックだ。ストイック……という言い方が適切かはわからないけれども、それでもその言葉が似つかわしいくらいには衣服に気を遣っていた。白い服は裏返して干す。おまえにアクセサリーの収納場所まで決まっている。以前良かれと思って片づけてあげたら、ここじゃないんだとちょっと不機嫌そうに言われた。だから以後はどんなことがあってもノータッチを貫いている。
それでも、一緒に暮らしている以上は避けられない部分も出てくる。その一つが洗濯物だ。彼は多忙かつ不規則な生活を送っているため、炊事洗濯掃除は必然的に私の仕事になるのだけれど、彼のものに手を触れるのはやはりいつだって緊張した。別に怒られるのが怖いとかそういうのではない。誰より好きな相手を困らせてしまうのが嫌なだけなのだ。彼は仕事で疲れている。だからせめて、家ではなんの感情の起伏もなく穏やかに過ごしてほしかった。
今日は一旦帰ってくると言っていたっけ。まずいと思って飛沫を上げながら帰路を急ぐ。おかげで靴はびしょぬれだ。
マンションの前に辿り着き、部屋を見上げると、干してあったはずのそれはきれいさっぱり取り込まれていて。ああ、やってしまった。私は重い足取りでエレベーターへと向かった。
部屋に入ると、あんなに寒かった外なんて嘘みたいに暖かい。ドアを開けた瞬間から香っていたコーヒーの匂いにいざなわれながら、私はリビングに顔を出した。
「ただいま」
「おお、おかえり」
彼はゆっくりと振り向いたのち、はっと表情を変えてこちらに歩み寄ってきた。
「大丈夫? 傘は? 忘れたの?」
「え、あ、うん……でも洗濯物が……」
「そんなの気にしなくていいのに! ああもう、綾香ってほんとパボ」
いうや否や、彼はバスタオルを持ってきて私をぎゅっと包み込んだ。久しぶりのぬくもりに思わず体が震える。いい? 彼はお説教だと言わんばかりに私の顔を覗き込んできた。
「確かに俺は服にこだわってる。でももっと大事なのは綾香なんだよ。こんな、ずぶ濡れになってまで帰ってきてほしいって、誰が言った?」
まあ、天気予報ちゃんと見ておけよとは思ったけど。彼はちょっと皮肉っぽくつぶやいてんははと笑った。……やっぱり怒っていたか。自責の念に駆られて謝ると、いいんだよ~といつもの甘い声が降ってきて安心する。彼は私の髪を優しく拭きながら、私の名前を呼んだ。申し訳なくて下がっていた視線をゆっくり上げると、彼はちょっと悲しそうに眉を下げてつぶやいた。
「俺、綾香に無理させてるよね」
「そんなことないよ! だってジョンデだって忙しいし、毎日大変で……」
「でも、綾香だって毎日頑張ってるのは一緒じゃん?」
彼は悲し気に眉をきゅうと下げてつぶやいた。
「もっと、頼っていいからね」
私は何度もうなずいて、大丈夫だよ、心配ないよと言って笑った。
シャワー浴びておいで。彼は二人羽織みたいに背中に引っ付きながら私を脱衣所まで連れて行ってくれた。引き締まった腕にぎゅうと抱きしめられると、余計にあったかくなるような気がして堪らない。
私がシャワーを浴びている間に彼は新しい服を用意してくれていて、部屋の温度も2度上げてくれていた。
「おいで」
ソファに腰掛ける彼の脚の間。ぽんぽんと叩かれた場所にぽすんと腰掛けると、彼はまたタオルで髪を拭いてくれて、ドライヤーまでかけてくれる。
「熱くない?」
「うん」
ドライヤーの音で聞こえないと思っているのか、彼は鼻歌をふんふん歌いながら私の髪を乾かしている。子守歌みたいなそれに、私は意識がだんだんと遠ざかっていくのを感じていた。
次に目をあけた時、彼はいなかった。……どうやらドライヤーの途中で眠ってしまったらしい。ソファから起き上がったときに、体に掛けられていたブランケットの存在に気が付いた。エアコンの効いた部屋には加湿器まで点けてある。テーブルにはちょっとやんちゃなハングルで「いってきます。暖かくしてね」と書かれたメモが置いてあった。
メモを手に取り、文字をなぞる。ブランケットをぎゅうと抱きしめると、彼の匂いが仄かに香る。その瞬間、世界で一番幸せ者だなと思った。彼は、離れている間でさえ、こうして幸せを運んできてくれる。
大切にしてくれている。うぬぼれていたわけではなかったのだ。それがわかれば十分で、それがわかっただけで私は堪らなく幸せだった。
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