舵を取れ、その手で
「お前はお前のやりたいようにやればいい」
サトー船長は、イリタニにさえもそう言った。件の一斉恩赦について。
「お前とは旧知の仲だが、もし出て行ったって、俺は責めたりしないさ」
イリタニは、なぜだかとても傷ついた。サトー船長の船からは、碇泊したときに二名船員が抜けて消えていたが、そいつらとイリタニが一緒にされたことを、怒ったのだった。
自分のことを甘く見ているな、と感じた。イリタニは、自分のいる場所もわからない、どこへ行ったらいいかわからない馬鹿、では、もうないのだ。
緯度と経度の計算だって、ちゃんとものにした。もし一人で小さな船に乗り、船出したって迷子にはならない。
イリタニが賢いということをイリタニに気づかせたのは、サトー船長なのだ。
──お前には、なんだってできるよ。どこへだって行ける。
サトーはそう言った。そう、イリタニにはなんだってできるのだ。
イリタニは、船員たちを静かに説得して回ることから始めた。
海賊船の中には民主主義を取り入れている船があって、サトーの船もそうだ。意見が分かれたときは、多数派の意見を尊重する。
足を踏み入れたら最後、抜け出せない海賊の暮らしに辟易し、恩赦されることに魅力を感じている者は多かった。みんな言わないだけだ。
死ぬよりは、王国に膝をつく方がましだと諦めがついているが、サトーを慕っていて、彼の決意が固いので、彼と運命を共にしたい、という者もいた。
もちろん、何者にも縛られない海賊のままでいる、という決意の固い者もいる。しかし少なかった。
「この船は、船ごと恩赦を受けます」
恩赦を受けることに賛成する者が過半数を超えたとき、イリタニはサトーにそう言った。
「これは反乱か?この船の船長は誰になる」
「いいえ。あなたが船長です」
サトーは大きく反抗するのでもなく、暴力に訴えるのでもなく、大人しくしている。おそらく、イリタニが裏でやっていることに気づいていたのだろう。
「俺たちのことを裏切り者にする気ですか。まさか、あなたはそんなことはしないでしょう。みんなで生き残るには、この方法しかありません」
「……」
「全員で出頭します」
結局、サトーは従った。イリタニは、サトーならそうするだろうと思っていた。
過半数の船員に出て行かれては、船を動かすこともままならない。そもそも民主主義を取り入れている船のルールとして、過半数の人間が賛成したことには従わなければならない。
サトーだけがこの船から出ていくという可能性も考えて、イリタニは、”裏切り者”という言葉を使った。
この愛しい船の最後、この旅路の終わりにあたって、船員たちに汚名を着せることを、サトーはよしとしないだろうと踏んだのだった。
どうしても、生き残ってほしかった。死んでからでは遅いのだ。
何を思ってか、泣いている船員もいた。イリタニは、涙など出てこなかったし、サトーも同じようだった。