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二章


 その日のレコーディングは、おかしな音が録音に入ってしまったことにより、一度お開きになり、また別日に日程が組まれることになった。

 録音に入った異音を聞いた人間はみんなぞっとして、柚木に対して反感をもっていたことも忘れてしまった。


「いらいらする。結局誰の仕業か、わからなかったし」

 柚木は、いらついた様子を隠そうともせずに言った。これを誰か人間の仕業だと考えているらしい。

 柚木と春崎は、暇になってしまったので、二人で食事をしに店へ向かうことになった。焼肉がいいです、と春崎が言ったので昼から焼肉を食べる。

 柚木さんってものすごくよく食べるな、と春崎は思った。
 春崎をあてにしてこんなにたくさん肉をオーダーしたのかと思ったが、柚木自身がきっちり半分は食べる気でいるようだ。

「ぼくってこういうのが多いんだよね。嫌がらせを受けるっていうか」
「そうですか……大変っすね〜」

 肉がいい音を立てて焼けていくのを見ながら、春崎は言った。

 こういうとき間宮ならどうするのだろう。柚木の望む言葉を言い、調子を合わせるのだろうか。それってどうなんだろう、と春崎は思った。

 お祓いをすすめようかと思ったが、柚木にそうすすめた前のマネージャーが即刻クビになったということを、彼は間宮から聞いていた。

 柚木はスピリチュアルなものを忌み嫌っている。このご時勢、次の職を見つけるのは大変だから、何も言わないでおくことにした。

「ぼくの真後ろで足音が止まった気がした。それでぼくは後ろを振り向いたんだけど、誰もいなかった。ホールってどこから音がしているか、わからないことがあるから」
「……」
「後ろから言われたんだよね。“早く仲直りしろ”って」
「え、日本語なんすか?あれ」
「他に何に聞こえるんだよ」

 そうか、“あれ”を日本語だと思っているのか、と春崎は半ば納得した。
 それで柚木は、誰か柚木を嫌う者の企みだと思っているのだ。

「春ピコ、金、ないの」
「え?」

 柚木がいきなり聞いてきたので、春崎は面食らった。

「君のアパートへ行ったとき、金なさそうな部屋だなと思ったけど、同棲しているのにそんなんで大丈夫?」
「同棲してないっす」
「フランダースの犬くらい、金無いの?」
「え、フランダース、なんで?……いやぁ、音大行ってたとき、何重にも奨学金を借りてまして……」

 まったく、なんで俺も音大なんて行っちゃったんだか、と春崎は自嘲気味に言った。

「そうだ、楽譜!あとでちゃんと受け取って帰ってくださいよ」
「あーはいはい、どうもね」

 柚木が適当に言ったので春崎は呆れた。

 楽譜というのは、来年の大河ドラマのオープニングテーマの楽譜だ。

 柚木は、大和田のレッスンのあと、大学にその楽譜を置いていってしまったのである。

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