一章
あれから何年も、とりあえずは穏便で平和な関係を二人は維持している。
友人にならない、は守れているか分からないが、誰が判定してくれるというものでもない。
この関係が維持できているのは、間宮の努力もあれば、柚木の努力の結果でもあるだろう。
柚木にとっても間宮は使いやすく、自分にフィットしていて、手放し難いのだ。だから柚木は注意深く振る舞っている。
間宮は、自分を直接害するようなことでなければ、柚木が何をしようと構わないというスタンスでいる。
どこそこの日本の弦楽コンクールが瓦解したのは柚木のせいだとか、あそこの楽団が消滅したのには柚木が関わっているだとか、果ては誰それが不審死したことまで柚木に遠因があると囁かれていても、間宮は気にしないように努めた。
一つ確かなことは、柚木は極めて優秀な弁護士を高給で雇っている、それは事実らしい。
もちろん離婚の調停や裁判でも弁護士は必要なのだろうが、柚木に揉め事は付き物なのだ。
あいつと付き合うのはやめたほうがいい──間宮は、あらゆる人たちから何度そう言われたかわからない。
けれども、では、柚木以上にヴァイオリンを弾ける奴がいるのか、という話になってくる。
わざわざそういう親切な言葉を掛けてくる者がヴァイオリンを生業とする者だとすれば、その意見には妬みが入っているのではないかと間宮は疑う。
実際、柚木は恨みに思われるよりもさらに、妬まれているときのほうが多い。