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パーティーを追放されたけど、僕たち悪くありません!


「……ということで、私はパーティーから追放されてしまったんです」

 白魔道士が、どういう経緯で自分のパーティーから出て行かざるを得なかったかを説明すると、目の前の男は、そりゃ気の毒だったね、と同情した。
 彼らが今いる場所は、ギルドから少し離れた酒場である。白魔道士は膝に乗せた手でかたく指を組んで俯いている。

 彼は回復魔法を専門としていて、パーティーのために誠心誠意、粉骨砕身がんばってきたつもりだった。けれど、やっぱり、がんばりが足りなかったのかも、しれない。

 練度の高い集団だったし、高い目標と目的があるパーティーだった。彼はそこで最大限努力を重ねてきたつもりだった。それでももしかしたら、リーダーである勇者が求める基準には達さなかったのかもしれない、と白魔道士は健気に言った。

 彼を信頼してあたたかく仲間に迎え入れてくれた仲間たちが、血相を変えて、『ここはお前のいるべき場所ではない』『白魔道士以外ならなんでもいいから転職しろ』などと罵声を浴びせてきても、白魔道士は彼らを憎む気にはならない。人を憎む気持ちは、彼の扱う白魔法を鈍らせる。純なる真心が、何より大切な仕事だ。

 白魔道士の前に座った男は、話に胸を打たれたようだ。

「それはひどいよ。みんな本当に勝手なことばっかり言うんだな。君は悪くないさ、どう考えたってそのパーティーの奴らが君にいじわるしているんだね」
「そんな、でも、私は……」
「きっと次のチャンスがあるさ」

 実のところ、白魔道士がパーティーを追い出されるのはこれで九回目だった。

「あなたはどうされたんですか。見たところ、力のある魔女とお見受けします」

 男は魔女である。
 魔法を使う者をぜんぶ魔女と言い表す。彼は“魔女(男) “ということになる。
 あるいはこの言い方はおかしいということで、最近は女の魔法使いを”魔法使い”といい、それに対して男性には”魔男”という言葉も使われる。まおとこ……本気で言ってんのか?

 白魔道士が使うのは回復魔法で、魔女が使うのは反対の攻撃魔法がメインになる。

 白魔道士は魔女から、強い魔力の匂いを嗅ぎ取った。強くて、回復を目的としない、災厄と破壊の魅力的で危険な香り。
 まさに、彼そのものという感じだ。彼は、白魔法ではなく攻撃魔法を、そして彼のありようを愛しているという感じがした。だから彼も力から愛されているのだ。

「僕もおんなじようなものさ!どうも世の中に不条理は付きものらしいね」

 彼は軽く言ったが、彼から感じ取れる魔力ときたら、その辺ですれ違える魔女や魔導士とは桁違いだ。彼は本当なら、こんなダンジョン攻略日和の夜などは忙しくして、高給をとっていそうなものである。
 もしかしたら、彼のレベルならばこの国の政府でさえも公的に雇いたいと願うかもしれない。彼がどうして今夜、自分と同じテーブルに座って暇そうにしているのかと白魔道士は訝しんだ。

「僕も追放されたのさ」
「まあ!そのパーティーは、惜しいことをしたと今頃泣いているでしょうね。どうしてそんなことになってしまったんでしょう?」
「僕は長い間、そのパーティーで働いていた」

 その魔女が帯同していたパーティーときたら、かなり名の知れたSランクのパーティーだった。プライバシーの問題で、メンバーの名前はもちろん伏せられている。
 勇者は真面目で堅実な感じで、目の覚めるような強さはないけれど、魔法周りが強いと言われていたはずだ。魔法周りというのは、要するに目の前の魔女の働きということである。

 その魔女の扱う魔法ときたら、繊細で大胆、芸術のように美しいと白魔道士は聞いていた。
 それでも実際には、時間がないときは──パーティーのメンバーの子供の運動会があって、半ドンで帰りたいときなど──魔力に任せてダンジョンの最後まで一気に押し通るようなこともしてきた、と魔女はニヤッと笑った。

「それがね、突然”辞めてくれ”ときた」
「そんな、なぜ」
「僕のMPの回復方法が変わっていてね、それが露見したときに、許せないと言われて」

 それを聞いて白魔道士は憤慨した。
 MPの回復は死活問題である。魔法を扱わない勇者だの剣士だのにそう言われるのは、甚だ理不尽だ。

 MPが尽きれば、パーティーの手助けをすることはかなわなくなってしまう。強大な魔法を行使する魔女だから、MPの上限値は大きいはずだが、いつまでも回復しなくて構わないということではない。
 MPが心許なくなれば、どんな強い魔導士、魔女だって不安なものだ。それが、繊細さを持ち得ない脳筋野郎どもにはわからないのだろう。

 そのパーティーの勇者はこう言ったという。『このパーティーにあなたを置いておくことはできない。公序良俗に反する』。
 そのパーティーの剣士(半ドンで帰りたい人)は言ったという。『子供になんて説明したらいいかわからない』。

「で、あなたのMP回復方法とは、一体」

 白魔道士は、もうこの魔女に親近感を覚えていた。自分と同じ境遇で、仲間から同じ理不尽な扱いを受けた。自分たちは、きっと健気な似たもの同士なのだ。

「身分の高い男を犯すこと」

 テーブルに肘をついて、つまみを食べている魔女が言った。白魔道士は耳を疑った。なに?おか?……なに?

「……え?」
「身分は高ければ高いほどいいんだがな。例えばどこそこの貴族とか、将軍閣下とか」
「…………」
「おかわりいる?あ、生二つ!」

 白魔道士はドン、とビールの入ったマグが目の前に置かれたので、そこでやっと我に返った。魔女は首を傾げて、もちろん、成人に限るよ、と付け加える。
 この話を真に受けるとするならば、なるほど、この魔女が政府に雇われるはずがないのだ。
 
「せ、性癖……?」
「いや違うね。歴としたMPの回復方法なんだ、変な推測はよしてほしいね」
「たとえば、その、騎士団長のご子息とかを連れてきて、あなたが、その」

 白魔道士はもごもごと言った。
 魔女は、あれ?あいつ子供いるんだっけ、と呟き、思い出すような仕草をした。

「まあ騎士団長の子供より、騎士団長そのものの方がいいな。ていうか、よかった」
「え、はあ、そうですか。なんで?」
「身分が高ければ高いほど回復率がいいんだ。あと好み。今の騎士団長って家柄サラブレッドだろ。前の騎士団長を失脚させたんだか、決闘で勝ったんだかの。家柄だけじゃなくて、なんかその、そういう高潔な?反抗的な?みたいなのが僕好きだから、しかも実際……」

 そのとき、酒場の外で叫び声がし、それに続いて地響きがした。窓の向こうで喚きながら走って逃げていく人間がいる。
 そいつはこう叫んでいる。
 
「ドラゴンだ!ダンジョンから脱走した!」

 白魔道士と魔女は、顔を見合わせた。
 高潔な騎士団長がいいだの、パーティーを追放されて悲しいだのと言っている場合ではない。ダンジョンを抜け出してくるドラゴンの噂は、たまに耳にすることがあった。そういう魔物の類は、一概に強いのだ。

「僕が行く」

 魔女は、どこから取り出したのか、長い杖をすでに手に持っていた。美しい宝石が杖の先端に輝いていて、魔力が今か今かと出番を待ち、渦巻いているのがわかる。

「あなた一人で!?他の人にも応援を頼んだ方が」

 心配する白魔道士に、魔女は笑いかけた。

「大丈夫、僕いま、満タンだから」




 窓の外で爆風が吹き荒れ、ドラゴンと魔女が今まさに戦っている。けれど、絶対に魔女が負けることはないだろうと白魔道士は思った。

 でも、もし、怪我をしたら。誠心誠意粉骨砕身、私が彼のことを治す。
 白魔道士は聖なる心で、そう強く思った。

 彼は、これまでに九回、パーティーを追放されていて、そのどれもが白魔法での医療過誤によるものである。彼は、それを医療過誤だと認識していないし、運が悪かったり、かかっていた呪いが強すぎたりしたのだと信じている。

 彼は、足がちぎれてしまった剣士に対して、足をくっつけるための魔法をかけた。そのとき、うっかりしてしまって、動脈と静脈を反対に繋げてしまった。
 彼は、胸を強打して気胸を起こしてしまった勇者を楽にしようとして、傷ついた肺をまず消してから、新しいものと取り替えるという白魔法を行った。しかし、彼はそれに手間取ってしまって、長い間肺を取り上げられた勇者は地獄の苦しみの末死んだ。

 魔女が大きな怪我をせずに戻ってこられるのか、白魔道士の治療を受けずに済むかどうかは、神のみぞ知るというところである。
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