番外編
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ジェイドside
廊下へ続く扉を力一杯開けたのは、少女だった。見たこともないのだが、俊哉だけは何故か驚いたように目を見開き固まっている。瑠璃と俊哉が屋敷に住まわしている内の一人だろうか。
常に屋敷にいるファーズなら知っているだろう。そう思っていると、ちょうどファーズとルークを伴ったシンクとアリエッタが帰ってきた。
「ただいま。………誰その子?」
「知らない子、ですか?」
「先程こちらに入ってきましたよ。ファーズ、知り合いですか?」
シンクとアリエッタが首を傾げながら、少女を見つめている。ファーズも少女を視界に入れつつも、首を振った。
「いや、知らないよ。そもそも僕以外は出掛けることが多いけど、女の子拾ってくるとかは流石に今までなかったし」
「じゃあ、この子は何処の子?」
ティアが頬を微かに紅くさせながら首を傾げる。つられて他の者も思い思いの方向に首を捻る中、俊哉だけが少女の目の前に膝を突いた。
「………いつからなってた?」
「今朝から。起きたらなってて心臓止まりかけたし」
「服どうしたんだよ」
「これ一枚」
「………下着は?」
「サイズが合わんわ。このままでもワンピースみたいじゃない?」
「やけに短いワンピースだな」
普通に会話する俊哉に突っ込む者は一人としていない。たとえ下着の話をしてセクハラギリギリだったとしても。いや、この歳の差ならロリコンか。
ともかく説明をしてもらおう。
「俊哉ー。話し込むのはいいですが、その子のことを説明してもらえますかー」
「あん?」
俊哉と少女が同時にこちらに顔を向ける。何故か少女がショックを受けたような表情ではあるが、何に対してのショックなのかまではわからない。
「お前ら全員、本当にわかんねーの?」
「ええ、流石に少女の知り合いはいませんね」
私が頷けば、他の者も各々のタイミングで頷く。少し驚いた俊哉が少女を振り返ると、若干泣きそうな表情だった。
俊哉が手招いて傍に寄らせると、軽々と抱え上げた。そのまま立ち上がると流石に高かったのか、俊哉にしがみつく少女。その様子はさながら仲のいい兄妹だ。
「よく見ろよ。どう見たって瑠璃だろうが」
「「「「「瑠璃!?!?!」」」」」
「姉様!?」
「「姉上!?」」
「みんなの馬鹿ー!すぐ気付いてくれたっていいじゃん!」
私以外が驚きで叫ぶ中、瑠璃の声もそれに負けず劣らずの音量で叫んだ。既に半泣きだ。
拗ねたように俊哉の首元に抱き着いた瑠璃の背中を、俊哉はあやすように軽く叩く。様子だけ見れば子守り中の男性なのだが、その実は同じ歳の男女だなんて誰が思うだろうか。
全員が固まって動かない中、近付いたのは陛下だった。
「俊哉、瑠璃を抱かせてくれ」
「卑猥です、陛下」
「そーいう意味じゃない!だっこさせてくれ!ってことだ!」
じだじだと年甲斐もなく喚く陛下に、多少面倒臭そうに溜め息を吐いたのは、誰だっただろうか。
「陛下、先に今の瑠璃の身体に合わせた服を買いに行かせてください。今のままでは流石に瑠璃が不憫です」
「屋敷に今の瑠璃に合うような服は流石にないからね」
屋敷の管理者のような状態のファーズですらそう言うのだから、本当に何もないのだろう。周囲が段々落ち着いてきたところで、瑠璃と気付かなかった点を指摘した。
「瑠璃、髪と瞳の色はどうしたんですか?」
私の声に再び瑠璃に視線が集まる。今の瑠璃の髪と瞳の色は漆黒。普段は譜業で色を変えていた筈だ。滅多なことでは取らないので、本来の色が漆黒だということを忘れそうになる。
「それがさぁ、この身体ってただ縮んだだけじゃないらしくって、ピアスの穴がないんだよー。開けるってなると、開け直すじゃなくて初めて開けるってことになるからね。それはちょっと遠慮したいかなーとか思って………あ、ピアスは部屋に置いてきた」
「ふーん、縮んだんじゃなくて若返ったのか………どうかなりそうか?ジェイド」
「………時間が必要ですね。幸いにも今は急ぐ旅というわけではありませんので、時間は十二分にある。試薬を含め、解毒薬を最優先で作りましょう」
軍務は手が空いたときに片付けてしまえばいいとして、基本は解毒薬の作成に回ろう。急がないとはいえ、我々は旅の最中。そう長い期間滞在できる程世界は平和ではない。
私の返事に頷いた俊哉は瑠璃を下ろす。そして徐に耳に手をやり、カフスを外した。瞬間的に変化した髪と瞳の色に驚いたのは瑠璃だった。
「なに?何で外すの?」
「こうすりゃ少しは兄妹っぽく見えるだろ」
「だからそれの必要性はなに」
「一人で真っ黒だから目立つんだよ。二人で真っ黒なら多少珍しい色合いの家族に見えるだろ」
俊哉の言葉に少しぽかんとする瑠璃を置いて、俊哉は何故か廊下に出ようとしていた。
「何処へ行くんですの?」
「着替え。軍服より私服の方が良さそうだからな。その間にどういう服にするか決めとけよ、瑠璃。じゃないと着せ替え人形にされるぞ」
「え!そんなのやだ!」
恐らく着せ替え人形にするだろう女性陣と陛下を視界に入れつつ忠告する俊哉に対し、断固拒否の意思を返す瑠璃。私服が男っぽいと言われていたらしいので、ここぞとばかりに女の子らしいものを着せられるのが嫌なのだろう。
出ていった俊哉を見送ったあと、瑠璃を手招く。素直に寄ってきた瑠璃を抱き上げ、膝に乗せると予想外に軽かった。見た目十代半ばだと思ったのだが、元々が女性にしては高身長だった瑠璃なので前半かもしれない。
「ん?」
「いえ、軽すぎると思いましてね」
「あー………この頃は実家でご飯食べられなかったから、痩せっぽっちだったんだよ」
語られた過去にその場にいた全員が固まった。私達が現段階で知っているのはみんな共通していて、地球という星の人間ということ、六属性の意識集合体を従えていること、陛下の私兵である特務師団師団長で階級は大将だということは必ず教えられる。その他にも七年前からの出来事や地球にある国々の話や日本の慣習などは語られても、瑠璃と俊哉の過去のことは自然と避けられていた。私達もその無言の拒否を受け取り、以来過去の話を振ったことはない。
話したくなかったのは、辛い過去だったから。そんなこともわからなかったのは、普通に暮らしていた私達だからか。
私の幼少期が普通かはさておき。
「俊哉が幼馴染みじゃなかったら、死んでたかこの世界に来なかったかじゃないかな」
「そんなに酷かったのか?」
恐る恐るという風にガイが顔を伺いながら聞いた。それに頷いた瑠璃は、私の膝の上で方向を変えて座り直す。気を利かせたアリエッタがミルクをコップに注いで渡した。
「ありがと。両親は幼い頃に離婚してて、母親が家を出た形だった。父親と二人暮らしになってはいたけど、お世辞にも育児が上手いとは言えないような父でね。よく喧嘩してたよ。今思えばただの我儘だけどさ。
朝早くから夜遅くまで働く父に、料理をしてだなんて言えないし、ましてや遊んでだなんて無理な話でしょ?だからご飯は大概出来合いのものを少しだけ。自分で作るって思い至る年齢ではなかったし、お金は父が用意してくれてたからね。でも買い物に行くとたまに補導されるんだよね」
「補導ってなんですの?」
知らない単語にナタリアが疑問を抱く。地球とオールドラントでは仕組みが違うのは知っているし、言葉や通貨などが国ごとで違うということも教えてもらってある。知らない単語についてはその都度教えてもらっているので、このメンバーでしか通じない単語が増えてきた。
「補導っていうのは、警察………ここでいう軍だね、に悪さをする前だったりされる前に保護されること。特に夜遅くに子供だけで出歩いていたりだとか、二十歳を迎えていないのに煙草やお酒を嗜んでいたりだとか、犯罪に巻き込まれるのを未然に防ぐ為に保護したり注意したりだとか。私の場合は夜に一人で出歩いててだから、保護の形だね」
「ほぉ。確かこの前日本には自衛隊があると言ってなかったか?それも軍と同じような存在だと聞いたが」
「ええ、ですが警察とは別の組織になります。自衛隊は国を護る為の万が一に備えて存在しますが、主に災害時に出動して人命救助に当たります。日本外で発生した災害であっても、即座に派遣され援助します。まあ国の誇りですね。
警察も国を護る組織ですが、殺人・空き巣・引ったくりなどの治安維持の妨げになる犯罪を取り締まったり、落とし物などの紛失物を預かってくれたりします。他にも家庭内暴力・虐待での被害者の保護、交通整理など日常の細かい問題も相談したり解決に導いたりもしてもらえます。
警察は大まかに分類すると、先程上げた国民の為の行動をする警視庁の他、警察庁、検察庁があります。警察庁と検察庁は流石に私も詳しく調べておくような年齢じゃなかったので、何をする部署だったのかまではしりませんが、警察自体国の平和を保つ仕事なのでそれに殉じているでしょうね」
「へぇー。じゃあ軍が分裂して担当を大まかに分けた感じなんだ?」
アニスが感心したように声を上げた。この世界では軍が全て担当するので、負担も大きいし人数も多い。その為統率を執る師団長の負担は、休みがほぼ全て潰される程大きい。
「補導されると親に連絡が行くんだよ。まあ親が怖くて家に帰りたくないっていう理由もなきにしもあらずだから、家庭内暴力及び虐待の可能性がないかって確認する為じゃないかな」
「家庭内まで関与するのか。すげーな」
「まあ、虐待も家庭内暴力も行きすぎると殺人になっちゃうからね。それを防ぐ意味合いもあるんじゃないかな。向こうでは暴力・殺人は私怨だろうがなかろうが、正当防衛以外は全て犯罪になるから」
「へえ、中々厳しいんだな」
陛下の相槌に頷く瑠璃の表情は、何処と無く懐かしそうで、けれど少し寂しそうで。突然この世界に放り出されたのだから、当然ホームシックにもなるだろう。心構えもなしに家も家族もない土地に移動させられたのなら、尚更。
そんな様子を一瞬で隠し、瑠璃は話を続けた。
「んで、まあその補導で親に連絡が行くのを避ける為に夜の外出は控えるんだけど、その所為で二日に一回の頻度で夕飯食べなくなっちゃってね。酷いときは連日。
そんなこと繰り返してたら徐々に弱っていって、学校で倒れちゃったんだよ。父の代わりに来てくれた俊哉のお母さんに今までの事情説明したら、私達の家で一緒に食べましょって誘ってくれたの。
その日から、俊哉とはずっと一緒。学校でも休みの日でもね。この姿は多分、その頃前後の身体だと思う。皮と骨だけって感じの痩せ方だから」
日本は地球の国々から見ても、治安の良さは上位に当たるという。確かに犯罪も事故もあるが、戦争だけは瑠璃が産まれる前にあった大きな世界戦争以降は、一度たりともなかったらしい。こちらにきたあとは知らないけれど、という補足はあったが。
戦争がないのはいいが、こんな思いをする子供をどうしてこんなになるまで放っておいたのか。そこが解せない。
「ただいま。………何でジェイドの膝の上?」
「あ、お帰りー。や、なんかわからんけど」
「ふーん?まあいいや、とりあえず服買いに行くぞ。店で着替えるまでそれ羽織っとけ」
「はーい」
戻ってきた俊哉を見た途端に私の膝から降りた瑠璃は、律儀にコップを流し台に置いたあと俊哉から差し出された大きい上着を羽織る。今の二人ならロリコンとは思われず、歳の離れた兄妹に見えるだろう。若干シスコンに見られる可能性はあるが。
「んじゃいってきまーす。あ、朝食は自由にとってて。私達も外で食べてくるから」
「わかった。あとで俺の私室に来いよ」
「服なら受け取りません」
「………まあそう言うな」
ずばりと言い当てられたらしい陛下は一瞬詰まったものの、めげずに言い放った。それに呆れたように溜め息を吐いた瑠璃だったが、結局は受け取るのだろう。義兄からのプレゼントだから。
そのまま俊哉と共に出掛けていった瑠璃を見送った私達は、そのまま二人の屋敷で朝食を頂き、私と陛下とフリングス将軍は仕事の為宮殿と軍本部に向かって三人で屋敷を辞した。ルーク達五人はそのまま屋敷で過ごすことにしたらしい。
私も今の間は自分の屋敷には帰らずにあの屋敷に厄介になろうかと思い、軍本部に向かう道で無意識に口許を緩ませていた。