外殻大地編 3
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瑠璃をライガに背負わせてフーブラス川を暫く離れたところで夕暮れになり、今日も夜営になった。
瑠璃はまだ目を覚まさないので、夜営地から少し離れたところでライガを枕にして寝かせる。
今日連れていたライガはアリエッタの姉で、次期ライガ・クイーンとなるライガだ。名前は望花(もうか)。名付け親は瑠璃で、アリエッタと出会い仲良くなった記念として付けた名前だ。クイーンとして望まれるべき姿になる女性になるように、という意味らしい。アリエッタも本人(獣)もお気に入りらしい。
「アリエッタ、望花、飯持ってきたぞ」
「ありがとう、です」
「それでだな、ルークとイオンが一緒に食いたいらしいんだが、いいか?」
「はい、です。みんなで食べた方が、美味しいです」
アリエッタの許可をもらったので、夜営地にいるルークとイオンに向かって手招きする。連れだって来た二人には瑠璃の顔は見えないようにフードは外さずアイマスクのような役割で被らせたままにしてある。
「ありがとうございます。ウィンの容態はどうですか?」
「まだ目は覚めてないが、今日しっかり休めば明日には元気になるだろ」
そう言って微笑めば、二人は安堵したように息を吐いた。フーブラス川から今まで、何度も視線を送ってきていた二人だからこその反応だろう。だが望花の背に乗せていたから近寄りがたかったらしい。今も望花の傍から少し離れているから、外れてはいない筈。
「そういえば、アリエッタはなんであんなに慌ててたんだ?」
「え?」
「ほら、フーブラス川で」
食事しながら喋るルークの指摘に何のことかと固まっていたアリエッタだが、思い出したらしく珍しく大声を出した。
「わす、忘れてたです!ファーズから聞いたですか!?」
「え?いやウィンから容態が落ち着いたぐらいしか聞いてないけど」
「そっちじゃないです!シンクの兄弟達の方です!」
「あ」
そういえばディストの診断で一年前に宣告を受けてたな。先日の報告でそろそろだと言われたと瑠璃から聞いたが、まさか。
「アリエッタが慌ててた理由って、じゃあ………」
「………はい、みんな死んじゃった、です」
「そう、か」
急激な喪失感が俺を襲い、思わず項垂れる。あいつらが瑠璃を母と呼んで慕っていたのは拾って育てて暫くした後に知った。あいつらは瑠璃の前のみは言わなかったが、逆に言えば瑠璃がいない場所であれば言ってたのだ。だから俺は既に知っている。陛下も、アスランも、ファーズも。
本当の息子ではないけど、優しく厳しく教えてくれる瑠璃の存在はあいつらにとって存在する意味そのものだった。瑠璃に会う為に生まれてきたのだと、胸を張って言っていた。
「兄様にも感謝してたって、ファーズから連絡来た、です」
「俺にもか?大して特別なことはやってなかったけどな」
「勉強も、戦い方も、兄様が教えてくれてよかったって、言ってたです」
「ファーズもだろ?」
確かに教えてはいたが、それこそ剣術に譜術などごく当たり前のことだ。体術はファーズとシンクが教えて、俺はそこの補正に入ったりもするが。
「二人の教え方は、言って教えるじゃなかった、です。でも兄様は最初は優しくて、慣れてきたら段々難しくしてくれたから、剣の方が楽しかったって言ってた、です」
「あー、まああの二人は説明よりも実践で覚えさせるって感じだよな」
あの二人は自己流が入るからか、口での説明よりも体に教え込ませる方を得意としていた。俺と瑠璃も自己流ではあるが、互いが互いに教えあっている状態だったからか説明には慣れている。だからあいつらに教えるときも加減などはわかりきっていたから、どのぐらいになったら次の段階になるのか等の見極めが楽だった。
「ファーズはどうしてる?」
「落ち込んでた、です。あと、怒ってたです」
「怒ってた?何に対して?」
「兄様と姉様に。こんなときぐらい戻ってこい、って」
「あいつ………無理だってわかってるだろうに」
思わずぼやくと、アリエッタは困ったように微笑んだ。物語が始まってしまった以上俺達に自由な時間などほぼないと理解している六神将の三人はともかく、二年前から一緒にいるファーズはどちらかと言えばあいつらを優先したがる。今回の怒りも、あいつらの為だろう。
「ファーズもわかってる、です。兄様も姉様が、今お家に帰れないのも、連絡がとれないのも。でも、シンクの兄弟達が死んで、あのお家にはファーズしかいなくなって、寂しいんだと思う、です」
「今まで四人で暮らしてたもんな。一人であの家は、流石に広すぎるか」
俺達が助けれたのは六人中四人。あとの二人は、間に合わなくて。それでも助けれた四人を連れて、家に帰ったあの頃。そのうちの一人、シンクだけは俺達の助けになると言って聞かず、早々に神託の盾(オラクル)騎士団に入った。どうあっても入ってしまうのは、定められた預言(スコア)なのか、シンクの矜持なのか。未だにわからない。
「主が家に突撃すればいいけど、アースが許さないだろうしな」
「ピーニ様、ファーズに会ってくれるって言ってた、です」
「突撃しすぎて叩き出されなきゃいいけどな」
ピーニはピオニー陛下の隠語、アースはアスランだ。思わずその光景を思い浮かんだところで、視線が痛いことに気付いた。ジェイド達かと思ってそちらを振り向けば、ルーク達だった。驚いた様子の二人に、訳がわからず首を傾げる。
「どうした?」
「………いや、俺達の前でも話してよかった内容なのかなって思って」
「なんで?」
「ウィンはあまり自分のことを話してはくれなかったんです。ジェイド達が警戒していたということもあるのですが、ウィンは夜営でも僕とルーク以外とは話そうとはしなかったので」
その説明に、なるほどと思わず納得した。恐らくジェイド達の前で話せば、話の端々から正体がバレるかもしれないと思ったのだろう。ただでさえジェイドにはバレる確率が高いのだ、瑠璃の判断は的確だと思う。
ルークやイオンの前で話すのは、この二人がジェイド達に告げ口するようなタイプではないと思ったからだろう。事実、瑠璃が話した内容はジェイド達に伝わっている様子はない。
「ウィンが二人の前では話すの理由は、二人がジェイド達や他の人達に話そうとはしないからだろう。仮にルークかイオンがジェイド達に話していたら、今ここに俺達はいない」
「兄様も姉様も、信頼した人の前でしか、家族の話も名前も出さない、です」
アリエッタのその言葉が、何故か二人に気恥ずかしさを呼んだようで。顔を仄かに赤くさせてそっぽを向くルークと、こちらも少し赤くなりながらもはにかんだイオンは暫く無言になった。
「ま、お前ら二人は俺達にとって仲間に近いってことだな」
「今は仲間じゃねえのかよ」
「旅の同行者、だな。命を預けてもいいと思えるのは、仲間だけ。旅は選択肢一つで命が危うくなったりもするんだ。ルーク、お前の命は誰かに預けることができるか?そいつはお前の命を、途中で投げ出さずに守りきってくれるのか?」
「………………」
俺の問いかけに、暫く反論しようとしたのか口をぱくぱくと開閉していた。しかしいい反論文ができなかったらしく、考え込んでしまった。意地悪すぎたか?
「まあ疑うよりも信じた方がいいっていうなら止めないけどな。それでも選択した以上は自分の責任だ。預けた相手が投げ出したのなら、それは選んだお前のミスだ」
「投げ出した奴が悪いんじゃねーの?」
「確かに責任を放棄したも同然だから、悪いとは言える。けどもその人に預けると信じたのは自分の意思だ。その意思はお前だけが決定権を持つ。誰かの責任にして逃げ出すなんてことは、決してやっちゃいけない」
「逃げ出す………」
「そうだ。絶対に自分が悪い訳じゃないと思い込まないこと、それが一番成長できる。けれど、他人の罪まで背負わなくていい。それじゃ罪を犯した人間はいつまで経っても成長しない。お前が背負ったところで利益なんてものはないからな」
アクゼリュスの件は最大の原因はヴァンだ。バチカルの地下牢でルークに亡命をさせる為にアクゼリュスで英雄にさせようとした。一番信頼しているヴァンに誘われれば、優先順位は一番になる。だからこそ、アクゼリュスに急ぎたくなった。
なのにイオンが誘拐され、ザオ遺跡に取り返しに行くという寄り道をさせられた。結果は当然、ルークがイラつく。イラつく理由がわからないから、無駄に宥めようとしたりして余計に反感を買い、溝が深まって話すことがなくなる。あの亀裂は、起こるべくして起きただけ。
そもそもイオンが誘拐されたのは、アニスの職務怠慢の所為だ。導師守護役(フォンマスターガーディアン)なら宿屋でも寝ずの番をするとかある筈だ。何の為に何十人も配置されると思っているのか。今回の旅の為に連れ出されたのはアニスだけだが、ティアが合流した後は仮の導師守護役(フォンマスターガーディアン)とすることもできた筈だ。同じ神託の盾(オラクル)所属だから。
それをしなかった。思い付かなかった。それはただ事態を軽視していたから。明らかな職務怠慢だ。
それに、ルークが言った通りアクゼリュスまでの道のりにイオンは必要なかった。必要であれば、朝に登城するよう要請がある筈だ。なのにそんな様子はない。誘拐された後に登城要請の伝令があったのなら、伝令が謁見の間に入ってきそうなものだ。イオンがいない、と。そうすれば救助隊が結成されそうなものだ。それが一切なかった。
あの足止めは、結果としてヴァンが得をする為の時間稼ぎにしかならなかった。ルーク達にとっては非常に厳しい現実にしかならなかった。
言葉少なな仲間達からルークが孤立し、必要最低限の信頼しか寄せなかったジェイド達の、ヴァンの罪を全て背負ってしまったルークは、所謂生け贄だった。
けれどもうそんな心配は、もう必要ない。
「フレイは?」
「ん?」
思考の海に沈んでいた俺を、ルークの声が掬い上げた。突然のことに頭の上にはてなマークが浮かぶ。首を傾げたところで俺がわかっていないのに気付いてくれたらしく、今度は分かりやすく教えてくれた。
「フレイはウィンに命を預けれるのか?」
「勿論」
これには即答できる。むしろ即答できないような間柄であれば七年も相棒をしている訳がない。思うことも、やりたいことも、望むことも、一緒だったからこそここまでやって来た。それはこれからも変わらない。