外殻大地編 1
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「ところで」
ティアが作ったおにぎりを頬張りながらウィンが口を開いた。ウィンの両隣は俺とイオンが座り、焚き火を挟んだ向こう側にティア・ジェイド・ガイが座っている。
「名前教えてくんない?監視のついでに連れてかれるなら、呼べないと今後やりづらいんだけど」
「あー、そうだったな。俺はルーク、ルーク・フォン・ファブレだ」
「ほお、キムラスカ・ランバルディア王家と血縁関係がある貴族か。その嫡男ってことか」
「そうだぜ」
「失礼しました、ルーク様。存じ上げなかったとはいえ、とんだご無礼を」
質問に答えたら、突然畏まられた。思わずムッとする。こいつにだけはそんな態度してほしくなかった。
「そういうのうぜーからいいって」
「………随分と砕けた感じになるがいいのか?」
「そっちがいいんだよ」
「わかったよ、ルーク。よろしくな」
「おう!」
戻った態度に、自分でもわかるぐらいにやけている。どうしてだろうか。
自分でも不思議に思っていると、次にイオンが自己紹介し始めた。
「僕はローレライ教団の導師イオンです。僕も砕けた感じにしてくださって結構ですよ」
「わかった、イオンって呼ぶな?」
「はい!」
凄く嬉しそうに笑うイオンに、ウィンも笑い返した。雰囲気は俺の時と同じく、随分と柔らかい。
「………まあ確かに連れていきますし、いざとなったときに名前がわからずとなるのは不都合が多いですね。仕方ありません。私はジェイド・カーティス。マルクト軍第三師団師団長です」
「ダアトの神託の盾(オラクル)騎士団所属、ティア・グランツよ」
「キムラスカ・ランバルディア王国ファブレ公爵家の使用人、ガイ・セシルだ」
「わお、中々豪勢。………ふむ、三人はどちらで呼ばれるのがお好み?ファミリーネーム?ファーストネーム?」
小首を傾げたウィンが希望を聞けば、三人とも少し悩んだ末ファーストネームになった。
その後は食事しながら雑談という形になった。俺とイオンは積極的にウィンに話しかけるが、個人情報のところに差し掛かると必ずはぐらかされる。
時が来たらな、と言われて少し安堵する。今は言えないけれど、言えるときが来ると言われている気がするから。
食事も終わり、片付けも終わった夜。俺はみんなに話しかける。ティアに謝られ、ガイに労られ、ジェイドに心配なのかよくわからないことを言われ、イオンには諭され、頭が混乱する。
ふと一人、話しかけていない人がいるのを思い出した。視線を巡らすと、傍の小川で脚を浸してボーッと座っていた。
なるべく足音をさせないように近付くと、小さな歌が聞こえてきた。
Requiem æternam dona eis,
Domine,
et lux perpetua luceat eis.
Te decet hymnus,
Deus,
in Sion,
et tibi reddetur votum in Jerusalem.
Exaudi orationem meam,
ad te omnis caro veniet.
Requiem æternam dona eis,
Domine,
et lux perpetua luceat eis.
(主よ、永遠の安息を彼らに与え、
絶えざる光でお照らしください。
神よ、
シオンではあなたに賛歌が捧げられ、
エルサレムでは誓いが果たされます。
私の祈りをお聞き届けください。
すべての肉体はあなたの元に返ることでしょう。
主よ、
永遠の安息を彼らに与え、
絶えざる光でお照らしください。)
凛とした歌声は、空気を振るわせ響いていく。そこまで大きい音量でもない筈なのに、声を出すのが憚られる。後日わかったことだが、この歌は俺より離れていたジェイド達にもしっかり聞こえていたらしい。
繰り返される歌声の、その美しさに呆然としていたが、油断していた足元で砂利が音を鳴らした。その音に自分でビビっていると、気付いたウィンが振り向いた。
歌が、途切れてしまった。
「………そんなところでなにやってんの?ルーク」
「え、や、えーと、あははは………」
苦し紛れに笑ってみるものの、口許は完全に引きつった自信がある。そんな俺の気まずさに気付いているだろうに、そんなことなど口にせず微笑んで手招いてくれた。
近付いてウィンが座る小岩の隣に座り込む。夜だからか少しひんやりして気持ちがいい。
「聴いてたの?」
「あ、うん………まずかったか?」
「いんや、別にいいよ。聴かれたところで恥ずかしくはないし」
「そっか………。なあ、何の歌だったんだ?」
「んー?鎮魂歌だよ。今日亡くなった全ての命へのね」
小川の方を眺めながら微笑むウィンに言われた瞬間、心臓が変な音を立てて跳ねた。突然現実を突きつけられたからだろうか。
「な、んで、鎮魂歌なんだ?」
「私の生まれ故郷にはね、死者を敬い儀式をするんだ。その儀式は地域によってバラバラだけど、それでも死者を弔うのは何処も一緒。例え死者が身内でなくとも弔うのが礼儀なの」
「弔う?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。俺の姿は見えていない筈なのにくすくすと笑い、頷いた。
「そう。死者はそのままではいずれ悪となり、自分が生きたこの世界に執着して悪さをするようになる。それは生者どころか死者にも苦痛を伴う。死んでしまったのに苦痛を感じるなんて、自分だったら嫌でしょう?」
「まあ、な」
「だから苦痛を感じることのない死者の世界に送ってあげるの。死者は自分で死者の世界に行けないことがあるから」
「ふー、ん」
俺の曖昧な相槌に気分を害した様子のないウィンの横顔を見詰める。今の内容からするに、弔うこと自体ウィンにとっては珍しくない行為だということがわかる。
俺は屋敷から出たことはないが、時折父上や母上が『墓参り』というものに出掛けることがある。それは先祖に会いに行くことだとガイから教えてもらったが、それでも家の関係者だ。
ウィンが行う弔いは、全ての命に対して行われるようだ。その規模からして、並大抵のことではないと俺でもわかる。
「すげぇ、な」
「ん?」
「だって、自分に関係なくても死んだ奴が安らかにって祈るんだろ?そんなの、誰にでもやれることじゃない」
思ったことをそのまま伝えると、ウィンは苦笑した。
「故郷では、寧ろそれが当たり前だった。自分と全然関係なくても、困ったときにはお互い様だって助け合う。お金も、人力も、何かあったときは迅速に集めて対処する。偽善者となじられるときもあるけど、それでも集まるんだ。少しでも早く、解決される為に」
故郷の話をするウィンの表情は、暗い中でも月明かりで口許が見えた。懐かしそうな声色なのに、口許は何故か歯を噛み締めるような耐えているもので。どうしてなのか問えるような雰囲気ではなかった。
質問しようにもできずに黙り込んだ俺とウィンは、暫く沈黙を続けた。けれど不思議と居心地が悪いわけではなく、寧ろ俺には心地よかった。けれど。
「な、さっきの歌歌ってくれよ」
「なんだ、気に入ったの?」
「まあな。駄目か?」
そう言って顔色を窺う俺の様子がおかしかったのか、微笑んだウィンは大きく息を吸ってそれを返事に代えた。
Requiem æternam dona eis,
Domine,
et lux perpetua luceat eis.
Te decet hymnus,
Deus,
in Sion,
et tibi reddetur votum in Jerusalem.
Exaudi orationem meam,
ad te omnis caro veniet.
Requiem æternam dona eis,
Domine,
et lux perpetua luceat eis.
再び歌い出したウィンを、今度は邪魔をしないように注意して座り直す。包み込むような歌声は、暫く止むことはなかった。