外殻大地編 1
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「ルーク、止めを!」
ジェイドの指示が飛ぶ。その声に押されて俺の腕は振り上がりはするけれど、下ろすのに一瞬躊躇してしまった。
その隙を狙われ、剣が手から弾き飛ばされる。
丸腰に、なってしまった。
「ボーッとすんな、ルーク!」
ガイの声が聞こえるが、対処のしようがない俺は敵から後ずさって逃げることしかできない。それすらも恐怖で鈍くしか動けず、距離はそこまで開かない。
間近にいる敵が剣を振り上げた。
殺される、そう思い腕で顔を庇うようにして後ろに身体を反らせたとき。
「………死にたいの?」
凛とした声が、至近距離で聞こえてきた。
尻の痛みで我に返れば、俺と敵との間にマントを羽織った見たことない奴が俺の方を向いて立っていた。顔を確認しようとしても、フードを深めに被っているからか口許ぐらいまでしか見えない。マントは裾が腰より少し上までしかないぐらい短く、マントというよりは頭巾に見えなくもない。
そいつの背後にいた敵は、走ってきたガイが仕留めたけど、突然現れたそいつに俺を含めた全員が驚いていた。
「人を殺したくないなら、護身用に刃を潰せばいい。そうすれば相手に負わせるのは打撲程度になるし、刃を潰しただけで硬度は変わらないから攻撃は凌げるしね」
「お、前………」
冷静に話しかけてくるそいつを、尻餅をついた状態のまま見上げる。が、ふと視線を下にやると、服を伝って血が滴っているのが見えた。
ーーこいつ、怪我してやがる!
「お前、その怪我!まさか………!」
「ん、ああ。気にしないで。どうせ時間が経てば古傷に紛れてわからなくなるし」
「そういう問題じゃないわ!見せて!」
「別にいいのに………」
ティアに諭されて大人しく傷を見せるそいつに、ジェイドが近付いた。
………槍をその手に握って。
「お、おいジェイド!」
「失礼、お名前を伺っても?」
言葉では丁寧ながらも、行動は真逆だった。俺が咄嗟に呼び止めた声にも反応しなかったジェイドは、槍の間合いギリギリの範囲にそいつを入れた瞬間、そいつの首筋に槍の刃の部分を突き付けたのだ。
その距離はほぼゼロ。うっかり身動ぎすれば、刃は容易く肌を傷付けるだろう。それがわかっているからか、そいつは動こうとはせずにジェイドを見上げた。
「………拒否権は無さそうだね?」
「ええ、まあ。こちらとしては彼を庇っていただいたことには感謝しますが、突然現れた貴方を追手でないと断言できない限り安心はできないのです」
「うん、それは一理あるね」
治療を受けながら喋るそいつの唯一見える口許は、何故か緩んでいる。笑っているのだ。脅されているのにも関わらず。
その表情を見たのか、ジェイドも怪訝な表情で槍を突きつけ続けた。
「けれど、こちらにも事情があってね。名乗れないし、何処の国の人間なのかも話せない。強いて言うなら、アンタ達がこれから何するだとかの話には一切興味がない」
「怪しいことこの上ないですね、正体が明かせないとは。しかも興味がないと言いつつ、タイミングがよすぎると思うんですがね」
「それは知らんよ。危なかったから庇っただけだ」
そこで治療が終わったのか、ティアが離れた。そのまま俺とイオンの近くに寄り、事態を見守る体制に入る。助けに入る様子は、ない。ガイもジェイドの意見に賛成らしく、柄に手を掛けてジェイドの傍に佇んでいる。
殺伐とした雰囲気の中、そいつは何故かヘラヘラと笑い続ける。それを睨み続けるジェイドの様子に、そいつは肩を竦めた。
「なら殺す?不穏分子は早めに摘んだ方が方がいいからね」
「最もな意見ですが、その提案を何故疑われている貴方がするんですか?」
「まあその気持ちはわからなくもないからね。まあこちらの対処としては殺すわけではなく、監視付きの生活をしてもらっていたけどね」
「(監視付きの生活………。ということは何処かの組織の人間、しかも命令できる立場の人間ですか………)」
怪訝な表情で考え込むジェイドは槍を引いたが、代わりにガイが刀を抜いて突き付ける。
「お、おいガイ」
「悪いな。だが旦那の言う通り怪しい奴を放っておいたら、後で手痛いしっぺ返しが来る可能性がある。危険な芽はさっさと摘むに限る」
屋敷であまり見ないガイの冷たい表情。寒気を感じて背筋が震えた。
「ああそうだ、ひとつ聞いてもいいかな」
「なんだ?」
「魔物だからって何でも悪だと決めつけるのはどうかと思うな」
唐突な話題にガイもジェイドも訳がわからないと言う表情を浮かべてそいつを見つめる。
俺もティアも同じだったが、イオンだけは何かに気付いたようにぴくりと反応して俯いた。
その理由を聞こうとする暇もなく、ガイがそいつに突っ込む。
「は?なんの話だ?」
「アンタは違うよ。アンタ以外の人に言ってるのさ」
ガイ以外。それは即ち、エンゲーブからタルタロスまでの間共にいた人物のみである。そしてそこに魔物と来れば、自然とある事件のことを思い出した。
「「「!」」」
「あの森にいたのですか?」
俺と同じことに気付いたのか、イオンとティアが俺と同じタイミングで息を飲む音が聞こえた。その中で平然とジェイドは質問を重ねる。それに苛立ったのか、少し剣呑な気配でそいつが答えた。
「いたよぉ?友人の母を別の場所に案内した後に忘れ物ないか確認しにねぇ」
母、と聞いて記憶を掘り起こす。あのときあの森にいたのはチーグル族と、北の森から移動してきた………。
「ライガ・クイーン………?」
「!まさか!」
「赤髪せいかーい。彼女には世話になった時期があったからね、新しい住み処を探して見つかったから、今日案内しに会いに行ったんだよ」
首筋に当てられた刀を気にする気配もなくこちらを振り向いたからか、ガイが慌てて刀を引いた。ゾッとしたのは俺もだけど。あのまま刀を引かないままだったら、頸動脈を切っていたかもしれない。
「じゃああの森に何もなかったのは、引っ越したから?」
「何でそれをチーグル族に言わなかったの?ライガ達はチーグル達に食料調達をさせてたのに」
ジェイドに続いてティアも尋問に参加し始めた。ミュウやチーグル族にバレバレなぐらいときめいていたティアのことだから、チーグルを結果的に見捨てていたことが気に入らないのだろう。
「それは知らんよ。彼女達の世話になってはいたが、言葉がわかる訳じゃない。多少意思疏通ができる程度だ」
「そ、それでも」
「それに彼女達はむやみやたらと他の魔物族を脅したりなんかしない。誇り高いからな。なのにチーグル族を脅して何かをやらせてたのなら、落ち度がチーグル族にあった筈だ。彼女達を怒らせる何かがな」
「あー………」
そいつの不手際を指摘しようとしたティアが返り討ちに合い、その言葉に思い至って足元に視線を落とす。既に涙目のブタザルがいたが、そこまで可哀想とは思わなかった。怖くて泣いているわけではなく、反省して泣いているようだったから。
「確かに原因はチーグルにあるぜ。こいつが北の森を火事にしたからな」
「みゅううぅ、ごめんなさいですの………」
「なるほどね、住み処を燃やされたからか。まあ今はもう別のところに住み処を移したから、落ち着いたところでもう一度謝りに行きな。今度は彼女も許してくれるだろうさ」
「わかりましたですのー」
耳を垂らしながら返事をするブタザルに、そいつはにこりと笑う。よく笑う奴だ。
ジェイドはいつの間にか思考の海から帰還しており、しっかりと焦点をそいつに定めていた。
「まあそれはさておき。この人をどうしましょうかねぇ」
「怪しさ満点だからな」
ジェイドとガイが処遇をどうするかと思案していると、イオンが恐る恐る、しかし決意したように話し出した。
「………ジェイド、その方も連れていくと言うのはどうですか?」
「イオン様?」
「その方の言った通り、監視すれば問題はないと思います。無駄な殺生は避けるべきです」
そう言ってイオンはそいつの方に視線を向ける。正確にはマントから覗く双剣に。
「戦える方のようですし、バチカルに着くまででも」
その提案に思うところがあったのか、顎に手を当てて思案したかと思ったら即そいつに向き直った。
「………とのことですが、貴方はどう思いますか?」
「要は壁になって自分達を護れってことかな?別にいいよ。ただ連れがいてね、セントビナーで待ち合わせてるんだよ。そいつに会って今後のことも話さなきゃならんから、その時間は欲しい」
「それぐらいならまあいいですよ。その説明に立ち合っても?」
「その方が面倒なくていいだろ?別にあいつは人見知りするような奴でもないからな」
肩を竦めて笑うそいつは、先程と雰囲気が変わって優しそうになった。