新門紅丸
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「……おぉ、帰ってきたか。みたらしと若はどこいっちまったんだい?」
「…な、何も聞かないでくださいぃ……!!!」
✱✱
「よし、なかなか良くなってきたんじゃねェか。」
「本当ですか!紺炉中隊長!」
「あァ。こっちはこのへんで終いにするか……若は…まだやってるな」
森羅やアーサーと共に浅草で修行をつけてもらっている私は、紺炉中隊長の声に体から力を抜いた。確かに燦々と照っていたはずの太陽が落ちてきていて、薄暗い闇がかかり始めていた。
そのまま視線を動かすと、森羅とアーサーを一挙に相手している新門大隊長が見えた。紺炉中隊長曰く楽しそうでいきいきしているとのことだが、付き合いの浅い私には細かい機敏まで読み取ることは出来ない。それが少し惜しいと感じてしまうのは、彼を特別に思い始めているからだろうか。
紺炉中隊長が私の名前を呼ぶので、何の警戒心もなく寄っていくといきなり額を小突かれる。完全に気を抜いていた。油断禁物だと頭をぐしゃぐしゃと撫でられて、私もへらりと笑う。
紺炉中隊長はしばらく私の頭で遊んでいたが、途中で何かに気付いたような表情を見せてパッと手を離した。
「どうかしましたか?」
「……あァ…いや…。…お前らに出す菓子を取りに行くのを忘れてたと思ってな。ちょいと先にあるみたらし団子屋なんだが」
「私走って行ってきましょうか?」
修行も終いだと聞いた。森羅たちがまだ続けるのならその間にでも取りに行けばいいだろう。そう思って告げると、紺炉中隊長は少し考える素振りを見せる。
「いや、あぁそうだな。……若!」
若?
「あァ?なんだ紺炉」
「っ!」
目だけで振り返ると、思ったより近くに新門大隊長が立っていて仰天する。前には紺炉中隊長、後ろには新門大隊長。思わぬサンドイッチ状態に、私はさしずめ具の中身かと一人心の中で呟く。
「二人でみたらしとってきてくれ」
「い、いえ!一人で平気ですよ紺炉中隊長!」
「もうそろそろ日の入りだ。腕が立つとはいえ若がついてった方が安心だ。俺もついてってやりてェが……飯の用意があるんでな」
「えっ、あっ」
ザッと後ろで足音がして振り返ると、新門大隊長が歩き始めていた。背中をぼんやり見ていると眉根を寄せた彼がこちらを見て、早くしろと言いたげに首を動かす。私は、紺炉中隊長に軽く頭を下げてから彼の背中を追った。
✱✱
「受け取りに来ただけなのに、お団子とお茶までご馳走してもらってありがとうございます」
「別に構いやしねェ。いつもの事だろうが」
「は、はい」
みたらし団子を受け取った帰り道。闇の帳がおり始めている中で礼を言う。いつもの事と返されて少し戸惑う。確かに彼の言っていることに間違いはない。
――事の始まりは、修行初日。ボロボロになって地面にへたり込む私を突然肩に担いだ新門大隊長は、言葉で抵抗する私を完全無視してそのまま歩き始めた。行き着いた先は甘味屋だった。担がれたままきょろきょろするとメニューを差し出される。
「好きなやつ選べばいい」
「えっ!それは悪いです…!それより下ろしてくださ…っ」
言葉尻あたりでどさっと椅子に下ろされて呻く。お尻が痛い。さすっているといつの間に注文が通ったのか、店主であろうおじさんの威勢のいい返事が聞こえて慌てた。新門大隊長は、やはり何を考えているかわからない顔だった。
いざ餡蜜が運ばれてくると、疲れきっていた体がむくりと起き上がる。キラキラ輝いているそれを口を開けて見守っていると、眼前から小さく吹き出す音がして、首を傾げる。
「新門大隊長?」
「……食え」
「は、はい。いただきます」
先程の音は新門大隊長が笑った音だったと思ったが、気のせいだったのかもしれない。私の視界におさまる彼は笑みとは程遠い表情だった。スプーンを手に取り、大きく一口分を掬って口の中へ。
「お、美味しいです…!」
「…良かったな」
しばらく夢中で食べて、あっという間に容器を空にしてしまうと新門大隊長はすっと立ち上がり、行くぞと一声かけてくる。
追いかけて店を出ると、元来た道とは逆方方へ進んでいく新門大隊長がいて首を傾げる。そちらに用事でもあるのか。私は特に疑問も持たず後ろをついて歩いた。
「新門大隊長、あのこちらに何かご用事が……?」
「ちげェ」
「……?どういう」
「……紺炉のことは名前で呼んでんだろうが」
一瞬どういう事だと考えてしまったが、たどり着いた答えに果たしてこれであっているのか…?と怖気付きながら唇を動かす。
「紅丸…大隊長?」
「今はそれでいい。…明日も来るのか?」
「はい!ご指導よろしくお願いします!」
「元気な奴だな」
「餡蜜のお陰でちょっと元気になりました!ありがとうございます!」
「じゃあ、また連れてってやる」
「……へ」
そろそろ帰るかと呟いた紅丸大隊長の唇が、少しばかり緩んでいたということに気付いたのは、自分のベッドに寝転んで瞼を閉じた頃だった。
✱✱
紅丸大隊長は、言葉通り修行が終わってから甘味屋やお団子屋に連れていってくれるようになった。
紺炉中隊長のおつかいをこなすついでだったり、森羅やアーサーの分も買っていけと言われることもあった。
お店や、おつかいの内容は毎回違うけれど、一つだけ同じことがある。
紅丸大隊長は、元来た道を戻らない。浅草をぐるりと回ってから詰所へ帰るのだ。この前は、話をしながら随分遠くまで行ってしまったようで、帰った時玄関に仁王立ちしていた紺炉中隊長に二人揃ってお叱りを受けてしまった。それなのに次の時も、俺は知らねェとばかりに素直に詰所へ帰ろうとしない。
(今日も、回り道だ)
そんな事を思いながら、彼の隣を歩く。何度も来て町を歩いていれば、今歩いている道が近道でないことはわかる。最初は、何か用事があるのだと思っていたが、紅丸大隊長はどこにも声をかけようとしない。歩くのは日の入りの後だから、出歩いている人も昼間より圧倒的に少ないため、町の人に絡まれることもそうそうない。
だからこそ、二人きりであることをはっきり意識してしまう。いや、それくらいなら平気かもしれない。意識しているのは、触れそうなくらいの距離感だ。私と紅丸大隊長の間にあったはずの距離はこの数週間で大分縮まった。物理的な意味で。向こうが無意識ならば、いちいち指摘するのもなぁとそのままにしていると、最初より随分近くなっていたのだ。
どうしたものかと悩んでいたら、横から手のひらが伸びてきて、驚く間もなく反射で後ろへ後ずさる。
「あァ?」
「ひ……っ、私、何かしましたか?」
「何かしたも何も……どうして避けた」
いつもよりもドスのきいた声にビクビクする。避けられたのは気を抜いていない証明なのに、どうして怒られるのかわからなくて何と言えばいいのかもさっぱりだ。
首を捻りそうになった時、紅丸大隊長の手つきが私に危害を加えようとした雰囲気ではなかったことにふと気づく。どちらかというと優しかったような。…そうだ。さっきの紺炉中隊長がぐしゃぐしゃと撫でてくれた時みたいな。
ばっと顔を上げて、紅丸大隊長の方へ視線をやる。そこで私は体をいなしたことを酷く後悔した。薄暗い闇の中見えた紅丸大隊長がどう感じたか分かったからだ。分かりにくいと日々思っていたのに、インクが滲むようにじわじわと理解できた。できてしまった。
どうしてだ。どうして、私なんかが貴方の手のひらから逃げただけで、悲しいみたいな顔つきをするんだ。
「すみません。紅丸大隊長の前では気が抜けなくてですね」
「……あ?」
さらに下がったトーンに、答えを間違えたかと冷や汗が滝のように流れた。失言をどう取り繕えば、この人の機嫌は元通りになる!?と私は言い訳のようなものを押し出していく。頭の中で全く整理されないまま飛び出す言葉が伝わるかどうかは不明だが。
「ち、ちが…!修行の時の癖が抜けない…いや、というか新門大隊長の前ではいつもそうなのですが、心臓がやたらと煩くて、ドキドキして、落ち着けないので、……悪気はありませんでした!」
すみませんでした!と勢いよく頭を下げる。暫くその体勢をキープしていたが、全く音が聞こえない。顔上げろとも、許さねェとも許すとも、うんともすんとも言わない。口もきかないという意思表示か?と、沈黙に耐えきれず顔を上げて、紅丸大隊長の顔をこっそり伺い見る。
「…………」
「……えぇ…」
すとんと表情が落ちている彼を見て、私は思わず困惑の声を上げた。これは一体どういう感情なんだろう。さざ波も感じさせない、凪いだ状態で、左右違いの瞳は私だけを向いていた。視線に晒されていると発火能力を使った訳でもないのに、体が奥から熱くなってくるような錯覚を覚える。これ以上はいけない。駄目だ。何故かは分からないがそう思った。
私が雰囲気を壊すべく、話題を森羅やアーサーの喧嘩にしようと口を開こうとした瞬間、紅丸大隊長がすごい勢いで私との距離を潰してきた。
今度は避けられず、あっという間に首後ろを掴まれ抵抗がしづらくなった。
「俺は散歩が嫌いじゃねェが…」
そこで、ぐっと顔を覗き込まれる。分かりにくいと思っていた彼の顔が分かりやすく緩んでいるのをとらえてしまう。口をぱくぱくとさせる私を見てさらに口角を上げて、歌うように言葉を紡いでいく。
「毎回、律儀に道草食う程暇でもねェぞ」
意味分かるか?とまるで修行で詰まっている時に言ってくるような台詞を、その時とは比べ物にならない熱量を込めて囁かれる。勝手に喉がひゅっと鳴り、心臓が彼に握られているような感覚を覚えた。
名前を一つ呼ばれる。それをきっかけに私は力づくで彼の拘束から抜け出した。そうでもしないと、とんでもないことを口走りそうになったからだ。
「お先に失礼します!!…そ、その!明日の道草は程々にお願いします!」
お忙しいのなら申し訳ないです!と叫びながら、詰所へ向かうため屋根に飛び移る。真っ赤になった顔を冷やそうと夜風に当たろうとするも、冷やすどころか体温は上がるばかりだった。
忙しいならというのは建前だ。次に紅丸大隊長が寄り道を仕掛けてきたら、背中を見ただけで体が動かなくなりそうだからだ。今でも、首裏にあった手のひらの温度を思い返すだけで胸が苦しい。
どうせ詰所で顔を合わせるのに、私は逃げるように屋根の上を駆け続けた。
✱✱
「あいつ、道草自体は嫌がらねェのか」
紅丸は顎に手をやりながら、ぼそりと呟く。初日に餡蜜を食べさせたのはほんの気まぐれだった。しかし、口に含んだ時の幸せだといわんばかりの表情が何故か紅丸のどこかを揺らした。もしあの表情が、自分だけに向けられたらと考えて、案外悪くないなと一人頷いた。
回り道をして一緒にいる時間を増やした。その成果は出ているようで何よりだと独りごちる。紺炉に触れられて二人揃って楽しそうにしていたのは、少々腹が立ったがさっきの言葉で帳消しだ。
良い意味で意識しているとわかったのだ、
「今日は勘弁しといてやるか」
紅丸は、自分が帰ったらどんな顔するか…あいつわかりやすいからな。と呟き、ふっと誰にもわからないくらい小さく笑った。
「…な、何も聞かないでくださいぃ……!!!」
✱✱
「よし、なかなか良くなってきたんじゃねェか。」
「本当ですか!紺炉中隊長!」
「あァ。こっちはこのへんで終いにするか……若は…まだやってるな」
森羅やアーサーと共に浅草で修行をつけてもらっている私は、紺炉中隊長の声に体から力を抜いた。確かに燦々と照っていたはずの太陽が落ちてきていて、薄暗い闇がかかり始めていた。
そのまま視線を動かすと、森羅とアーサーを一挙に相手している新門大隊長が見えた。紺炉中隊長曰く楽しそうでいきいきしているとのことだが、付き合いの浅い私には細かい機敏まで読み取ることは出来ない。それが少し惜しいと感じてしまうのは、彼を特別に思い始めているからだろうか。
紺炉中隊長が私の名前を呼ぶので、何の警戒心もなく寄っていくといきなり額を小突かれる。完全に気を抜いていた。油断禁物だと頭をぐしゃぐしゃと撫でられて、私もへらりと笑う。
紺炉中隊長はしばらく私の頭で遊んでいたが、途中で何かに気付いたような表情を見せてパッと手を離した。
「どうかしましたか?」
「……あァ…いや…。…お前らに出す菓子を取りに行くのを忘れてたと思ってな。ちょいと先にあるみたらし団子屋なんだが」
「私走って行ってきましょうか?」
修行も終いだと聞いた。森羅たちがまだ続けるのならその間にでも取りに行けばいいだろう。そう思って告げると、紺炉中隊長は少し考える素振りを見せる。
「いや、あぁそうだな。……若!」
若?
「あァ?なんだ紺炉」
「っ!」
目だけで振り返ると、思ったより近くに新門大隊長が立っていて仰天する。前には紺炉中隊長、後ろには新門大隊長。思わぬサンドイッチ状態に、私はさしずめ具の中身かと一人心の中で呟く。
「二人でみたらしとってきてくれ」
「い、いえ!一人で平気ですよ紺炉中隊長!」
「もうそろそろ日の入りだ。腕が立つとはいえ若がついてった方が安心だ。俺もついてってやりてェが……飯の用意があるんでな」
「えっ、あっ」
ザッと後ろで足音がして振り返ると、新門大隊長が歩き始めていた。背中をぼんやり見ていると眉根を寄せた彼がこちらを見て、早くしろと言いたげに首を動かす。私は、紺炉中隊長に軽く頭を下げてから彼の背中を追った。
✱✱
「受け取りに来ただけなのに、お団子とお茶までご馳走してもらってありがとうございます」
「別に構いやしねェ。いつもの事だろうが」
「は、はい」
みたらし団子を受け取った帰り道。闇の帳がおり始めている中で礼を言う。いつもの事と返されて少し戸惑う。確かに彼の言っていることに間違いはない。
――事の始まりは、修行初日。ボロボロになって地面にへたり込む私を突然肩に担いだ新門大隊長は、言葉で抵抗する私を完全無視してそのまま歩き始めた。行き着いた先は甘味屋だった。担がれたままきょろきょろするとメニューを差し出される。
「好きなやつ選べばいい」
「えっ!それは悪いです…!それより下ろしてくださ…っ」
言葉尻あたりでどさっと椅子に下ろされて呻く。お尻が痛い。さすっているといつの間に注文が通ったのか、店主であろうおじさんの威勢のいい返事が聞こえて慌てた。新門大隊長は、やはり何を考えているかわからない顔だった。
いざ餡蜜が運ばれてくると、疲れきっていた体がむくりと起き上がる。キラキラ輝いているそれを口を開けて見守っていると、眼前から小さく吹き出す音がして、首を傾げる。
「新門大隊長?」
「……食え」
「は、はい。いただきます」
先程の音は新門大隊長が笑った音だったと思ったが、気のせいだったのかもしれない。私の視界におさまる彼は笑みとは程遠い表情だった。スプーンを手に取り、大きく一口分を掬って口の中へ。
「お、美味しいです…!」
「…良かったな」
しばらく夢中で食べて、あっという間に容器を空にしてしまうと新門大隊長はすっと立ち上がり、行くぞと一声かけてくる。
追いかけて店を出ると、元来た道とは逆方方へ進んでいく新門大隊長がいて首を傾げる。そちらに用事でもあるのか。私は特に疑問も持たず後ろをついて歩いた。
「新門大隊長、あのこちらに何かご用事が……?」
「ちげェ」
「……?どういう」
「……紺炉のことは名前で呼んでんだろうが」
一瞬どういう事だと考えてしまったが、たどり着いた答えに果たしてこれであっているのか…?と怖気付きながら唇を動かす。
「紅丸…大隊長?」
「今はそれでいい。…明日も来るのか?」
「はい!ご指導よろしくお願いします!」
「元気な奴だな」
「餡蜜のお陰でちょっと元気になりました!ありがとうございます!」
「じゃあ、また連れてってやる」
「……へ」
そろそろ帰るかと呟いた紅丸大隊長の唇が、少しばかり緩んでいたということに気付いたのは、自分のベッドに寝転んで瞼を閉じた頃だった。
✱✱
紅丸大隊長は、言葉通り修行が終わってから甘味屋やお団子屋に連れていってくれるようになった。
紺炉中隊長のおつかいをこなすついでだったり、森羅やアーサーの分も買っていけと言われることもあった。
お店や、おつかいの内容は毎回違うけれど、一つだけ同じことがある。
紅丸大隊長は、元来た道を戻らない。浅草をぐるりと回ってから詰所へ帰るのだ。この前は、話をしながら随分遠くまで行ってしまったようで、帰った時玄関に仁王立ちしていた紺炉中隊長に二人揃ってお叱りを受けてしまった。それなのに次の時も、俺は知らねェとばかりに素直に詰所へ帰ろうとしない。
(今日も、回り道だ)
そんな事を思いながら、彼の隣を歩く。何度も来て町を歩いていれば、今歩いている道が近道でないことはわかる。最初は、何か用事があるのだと思っていたが、紅丸大隊長はどこにも声をかけようとしない。歩くのは日の入りの後だから、出歩いている人も昼間より圧倒的に少ないため、町の人に絡まれることもそうそうない。
だからこそ、二人きりであることをはっきり意識してしまう。いや、それくらいなら平気かもしれない。意識しているのは、触れそうなくらいの距離感だ。私と紅丸大隊長の間にあったはずの距離はこの数週間で大分縮まった。物理的な意味で。向こうが無意識ならば、いちいち指摘するのもなぁとそのままにしていると、最初より随分近くなっていたのだ。
どうしたものかと悩んでいたら、横から手のひらが伸びてきて、驚く間もなく反射で後ろへ後ずさる。
「あァ?」
「ひ……っ、私、何かしましたか?」
「何かしたも何も……どうして避けた」
いつもよりもドスのきいた声にビクビクする。避けられたのは気を抜いていない証明なのに、どうして怒られるのかわからなくて何と言えばいいのかもさっぱりだ。
首を捻りそうになった時、紅丸大隊長の手つきが私に危害を加えようとした雰囲気ではなかったことにふと気づく。どちらかというと優しかったような。…そうだ。さっきの紺炉中隊長がぐしゃぐしゃと撫でてくれた時みたいな。
ばっと顔を上げて、紅丸大隊長の方へ視線をやる。そこで私は体をいなしたことを酷く後悔した。薄暗い闇の中見えた紅丸大隊長がどう感じたか分かったからだ。分かりにくいと日々思っていたのに、インクが滲むようにじわじわと理解できた。できてしまった。
どうしてだ。どうして、私なんかが貴方の手のひらから逃げただけで、悲しいみたいな顔つきをするんだ。
「すみません。紅丸大隊長の前では気が抜けなくてですね」
「……あ?」
さらに下がったトーンに、答えを間違えたかと冷や汗が滝のように流れた。失言をどう取り繕えば、この人の機嫌は元通りになる!?と私は言い訳のようなものを押し出していく。頭の中で全く整理されないまま飛び出す言葉が伝わるかどうかは不明だが。
「ち、ちが…!修行の時の癖が抜けない…いや、というか新門大隊長の前ではいつもそうなのですが、心臓がやたらと煩くて、ドキドキして、落ち着けないので、……悪気はありませんでした!」
すみませんでした!と勢いよく頭を下げる。暫くその体勢をキープしていたが、全く音が聞こえない。顔上げろとも、許さねェとも許すとも、うんともすんとも言わない。口もきかないという意思表示か?と、沈黙に耐えきれず顔を上げて、紅丸大隊長の顔をこっそり伺い見る。
「…………」
「……えぇ…」
すとんと表情が落ちている彼を見て、私は思わず困惑の声を上げた。これは一体どういう感情なんだろう。さざ波も感じさせない、凪いだ状態で、左右違いの瞳は私だけを向いていた。視線に晒されていると発火能力を使った訳でもないのに、体が奥から熱くなってくるような錯覚を覚える。これ以上はいけない。駄目だ。何故かは分からないがそう思った。
私が雰囲気を壊すべく、話題を森羅やアーサーの喧嘩にしようと口を開こうとした瞬間、紅丸大隊長がすごい勢いで私との距離を潰してきた。
今度は避けられず、あっという間に首後ろを掴まれ抵抗がしづらくなった。
「俺は散歩が嫌いじゃねェが…」
そこで、ぐっと顔を覗き込まれる。分かりにくいと思っていた彼の顔が分かりやすく緩んでいるのをとらえてしまう。口をぱくぱくとさせる私を見てさらに口角を上げて、歌うように言葉を紡いでいく。
「毎回、律儀に道草食う程暇でもねェぞ」
意味分かるか?とまるで修行で詰まっている時に言ってくるような台詞を、その時とは比べ物にならない熱量を込めて囁かれる。勝手に喉がひゅっと鳴り、心臓が彼に握られているような感覚を覚えた。
名前を一つ呼ばれる。それをきっかけに私は力づくで彼の拘束から抜け出した。そうでもしないと、とんでもないことを口走りそうになったからだ。
「お先に失礼します!!…そ、その!明日の道草は程々にお願いします!」
お忙しいのなら申し訳ないです!と叫びながら、詰所へ向かうため屋根に飛び移る。真っ赤になった顔を冷やそうと夜風に当たろうとするも、冷やすどころか体温は上がるばかりだった。
忙しいならというのは建前だ。次に紅丸大隊長が寄り道を仕掛けてきたら、背中を見ただけで体が動かなくなりそうだからだ。今でも、首裏にあった手のひらの温度を思い返すだけで胸が苦しい。
どうせ詰所で顔を合わせるのに、私は逃げるように屋根の上を駆け続けた。
✱✱
「あいつ、道草自体は嫌がらねェのか」
紅丸は顎に手をやりながら、ぼそりと呟く。初日に餡蜜を食べさせたのはほんの気まぐれだった。しかし、口に含んだ時の幸せだといわんばかりの表情が何故か紅丸のどこかを揺らした。もしあの表情が、自分だけに向けられたらと考えて、案外悪くないなと一人頷いた。
回り道をして一緒にいる時間を増やした。その成果は出ているようで何よりだと独りごちる。紺炉に触れられて二人揃って楽しそうにしていたのは、少々腹が立ったがさっきの言葉で帳消しだ。
良い意味で意識しているとわかったのだ、
「今日は勘弁しといてやるか」
紅丸は、自分が帰ったらどんな顔するか…あいつわかりやすいからな。と呟き、ふっと誰にもわからないくらい小さく笑った。