イザナの元にその女がやって来たのは、そんな頃の事だった。イザナ達はまだ、"東京卍會"と戦うべき時ではない。その時が熟すまでは、息を潜めていなければならない。束の間の休息。

　今日もあまりに暇だから、灰谷と班目達と一緒に、真っ昼間から地下の裏賭博場へ行っていたところだった。戦績はまぁまぁ。イザナは勘が良くないから、あまりギャンブルは強くない。でも灰谷にはなかなかの勘があり、元手を2倍にして帰って来る事が出来た。すると突然その女に名前を呼ばれ、振り返った途端、こんな事態に陥ったのだった。


　久々に心から笑ったイザナは、その女の事が気に入った。天気痛も治まっているし、目の前で見事な格闘技を披露したその女に、少しだけ好感を持ったのだ。それにこの女は、明らかに不良やその類の人間ではない。つまり"恐怖と利害"以外で自分の事を訪ねてきた、非常に珍しい客だった。これまでそんな風にイザナを訪ねてきてくれたのは、真一郎だけだったから。



　この女は使えるかも。まぁ少なくとも、いい暇つぶしにはなりそうだナ。

　イザナは彼女に笑顔を向けた。とびきりの笑顔だ。また視線が合うと、彼女の瞳は爛々と輝いている。イザナはこんな瞳を、前にも見た事があった。初めて真一郎が訪ねてきた時、同じような目をしていたからだ。慈愛に満ちた、あたたかい眼差し。特別な感情を宿した、好ましい瞳だ。

　ふと空を見上げると、朝から続いていた曇り空がからりと晴れている。

　やはりこの女は、きっといい暇つぶしになるだろう。そう確信して、彼女を自分達のアジトへと案内する事にしたのだった。


　　　　　　　　　‥ おしまい ‥
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So precious you！序章
執筆期間2023.11.13-2023.11.14
管理人　りぃ