第7話 ラグジュアリールーム
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どうしよう……。
翌週の金曜日。私は頭の中で何度も同じことを考えながら、待ち合わせのホテルのロビーに居た。今夜はここに泊まるらしい、一緒に。それって、つまり……
どうしても頭の中にいかがわしいことが浮かんでくる。いや、ヤノくんに限ってそんなことは無いはずだ。これまでの8年間、彼のアパートに泊まったことも2度ほどあったけど、そのときも心配するようなことは起こらなかった。
けれどもあのときの彼は満身創痍だった。今日は五体満足のはずだから、また状況は違うのかな??えぇっ!どうしよう!!
お互いずっと友達でいたいと分かり大喜びした直後の、この状況。もうわけが分からなかった。
そのときロビーの自動ドアが開いて、ヤノくんが入ってくるのが見えた。彼は今日もスリーピーススーツを着こなしていて、その立ち姿は信じられないくらいにかっこいい。前の彼からは考えられないけれど、こんな豪奢なホテルにも馴染んでいる。というか、相応しい感じだ。やっぱり彼は、以前の彼とは違う。と、いうことは……
「お前、なんか悪いもんでも食ったのか?顔面蒼白だぞ」
ヤノくんはいつも通りの無表情だ。
「いえ、体調はいいのですが……」
チェックインを済ませ向かった部屋は予想通りのラグジュアリールームだった。広い。広すぎる。私の部屋の20倍はある。そしてやっぱり、ダブルベッドだった。
固まってしまって何も言えない。ヤノくんは荷物をテーブルの上に雑に置くと、ソファにもたれかかって寛ぎはじめた。私も突っ立っていてはあれなので、おずおずとヤノくんの対角線上に座る。
「ボスがさぁ、色々と余計なお節介を焼いてくれるんだ」
ヤノくんは天井を見上げながら脚を組んだ。
「お節介、ですか?」
「うん。この前フレンチに行ったのもそう。この部屋もそう。そろそろ彼女作れって」
「そうなんですか」
「ドブさんもいつも女、女、女。一体なんでなんだろうな?そんなもん俺は欲しくねぇよ。服、靴、メシ、住所の方が重要だろ」
「そうですね。私もそう思います。それと、仕事の方が大切ですかね」
「そうだよな」
ヤノくんはポケットからサクマドロップの缶を取り出して飴を1つ取り、口の中にぽいと放り込んだ。
「けどボスからの厚意を無碍には出来ないから、お前を連れてきたってわけ」
「……そうだったんですね」
私はなんだか胸の中がぽかぽかと暖かくなってきた。ドブさんの他にも、彼のことをそんな風に大切に思ってくれる上司がいたからだ。それに私が考えていたことは全部杞憂だったらしい。
ようやく緊張が解けて、私はこのお部屋を満喫しよう、という気持ちになれた。
「ヤノくん!ここのお風呂、すっごい広いですよ!私の部屋より広いです!ジャグジーもありますよ!」
浴室からハイテンションでレポしたが、ヤノくんは興味なさそうだ。
「あっそう。お前先に入れよ」
「はい!こんなお風呂初めてだから楽しみです」
お湯をためている間に着替えを取りに行って気づいた。着替えのパジャマの上を忘れてしまった。昨夜は頭の中が大混乱していたから、ミスをしてしまったようだ。
「パジャマを忘れてきちゃったので、コンビニに行ってきてもいいですか?」
「バスローブがあるじゃん」
「それはちょっと……」
ヤノくんは私を見た。
「いいだろ、俺とお前の仲なんだし。気にしなくて」
今の言い方はちょっと違和感があった。気にする?ヤノくんはまたサクマドロップの缶を取り出す。
「前から気づいてた。お前、胸元に傷があるんだろ?それを隠すために真夏でも襟のある服着たり、ショール巻いたりしてる」
息を飲んだ。一瞬ときが止まったような気がした。気づいていたんだ、ヤノくんは。
「そ、その通りです……」
理由を説明しようか迷っていると、ヤノくんはドロップを一個取り出して口に入れた。
「俺は全然気にしない。つーか、俺も似たようなもんだからな」
「……似てる、んですか?」
「うん。俺も傷跡がいっぱいあるから。背中に」
ヤノくんはなんでもないように言って、ヘッドフォンを取り出して音楽を聴き始めた。私はちょっと考えたけど、そのまま浴室へと向かった。
お風呂から上がるとバスローブを着て髪を乾かした。ドキドキしながら戻ると、ヤノくんがこっちこっち、と手招きしている。隣に座ると、彼は自分のヘッドフォンを私にかけてきた。
「これが俺の最新のお気に入り」
それからは音楽の話で盛り上がって、本当に楽しい時間になった。ヤノくんのヘッドフォンはめちゃくちゃ高性能で音がいい。前に教えて貰った、眼鏡の人の新曲も聴かせてもらったし、最近ハマっている洋楽も教えてもらった。
そうして遅くまで音楽を聴いたあと、私たちは眠りについたのだった。
翌朝、物音がした気がして目を覚ますと、ヤノくんが唸り声をあげながら荷物と格闘しているのが見えた。
「……ヤノくん、一体どうしたんですか?」
「ぐっ……くそ〜、なんでファスナーってのはこんなに噛みやすいんだ〜!」
ヤノくんはぶちギレそうな表情で力任せにファスナーを引っ張っているが、それでは余計に食い込んでしまう。本人には失礼だが、この構図はめちゃくちゃ面白い。ヤノくんらしく、コミカルだ。でもこのままでは間違いなくぶっ壊れる。
「私に任せてくださいっ!それ直すの得意なんです」
すぐにファスナーは元に戻り、ヤノくんは安堵の表情になった。
「あー良かった。これボスに買ってもらったやつだから、壊れたら同じの買いに行くとこだった」
「直って良かったです」
焦っているヤノくんを見るのは久々で、私は内心とても嬉しかった。だってこういうときの彼は本当に可愛いのだ。最近のカッコいい彼もいいが、どちらかというと私は、可愛い方の彼を見るのが好きだった。
その後はチェックアウトして別れた。結局ヤノくんは、何も尋ねることはなかったのだ。私の傷のことを。胸元から首の付け根にかけてついた、この痛々しい傷のことを、彼は全く気にしなかった。
私にとってそれはとてもとても有難いことだった。だって私が誰かにこの傷を見せたのは初めてのことだったから。いつの日か私は、この傷のことを彼に話したい。そして彼の背中の傷跡のことも聞いてみたいと思った。
翌週の金曜日。私は頭の中で何度も同じことを考えながら、待ち合わせのホテルのロビーに居た。今夜はここに泊まるらしい、一緒に。それって、つまり……
どうしても頭の中にいかがわしいことが浮かんでくる。いや、ヤノくんに限ってそんなことは無いはずだ。これまでの8年間、彼のアパートに泊まったことも2度ほどあったけど、そのときも心配するようなことは起こらなかった。
けれどもあのときの彼は満身創痍だった。今日は五体満足のはずだから、また状況は違うのかな??えぇっ!どうしよう!!
お互いずっと友達でいたいと分かり大喜びした直後の、この状況。もうわけが分からなかった。
そのときロビーの自動ドアが開いて、ヤノくんが入ってくるのが見えた。彼は今日もスリーピーススーツを着こなしていて、その立ち姿は信じられないくらいにかっこいい。前の彼からは考えられないけれど、こんな豪奢なホテルにも馴染んでいる。というか、相応しい感じだ。やっぱり彼は、以前の彼とは違う。と、いうことは……
「お前、なんか悪いもんでも食ったのか?顔面蒼白だぞ」
ヤノくんはいつも通りの無表情だ。
「いえ、体調はいいのですが……」
チェックインを済ませ向かった部屋は予想通りのラグジュアリールームだった。広い。広すぎる。私の部屋の20倍はある。そしてやっぱり、ダブルベッドだった。
固まってしまって何も言えない。ヤノくんは荷物をテーブルの上に雑に置くと、ソファにもたれかかって寛ぎはじめた。私も突っ立っていてはあれなので、おずおずとヤノくんの対角線上に座る。
「ボスがさぁ、色々と余計なお節介を焼いてくれるんだ」
ヤノくんは天井を見上げながら脚を組んだ。
「お節介、ですか?」
「うん。この前フレンチに行ったのもそう。この部屋もそう。そろそろ彼女作れって」
「そうなんですか」
「ドブさんもいつも女、女、女。一体なんでなんだろうな?そんなもん俺は欲しくねぇよ。服、靴、メシ、住所の方が重要だろ」
「そうですね。私もそう思います。それと、仕事の方が大切ですかね」
「そうだよな」
ヤノくんはポケットからサクマドロップの缶を取り出して飴を1つ取り、口の中にぽいと放り込んだ。
「けどボスからの厚意を無碍には出来ないから、お前を連れてきたってわけ」
「……そうだったんですね」
私はなんだか胸の中がぽかぽかと暖かくなってきた。ドブさんの他にも、彼のことをそんな風に大切に思ってくれる上司がいたからだ。それに私が考えていたことは全部杞憂だったらしい。
ようやく緊張が解けて、私はこのお部屋を満喫しよう、という気持ちになれた。
「ヤノくん!ここのお風呂、すっごい広いですよ!私の部屋より広いです!ジャグジーもありますよ!」
浴室からハイテンションでレポしたが、ヤノくんは興味なさそうだ。
「あっそう。お前先に入れよ」
「はい!こんなお風呂初めてだから楽しみです」
お湯をためている間に着替えを取りに行って気づいた。着替えのパジャマの上を忘れてしまった。昨夜は頭の中が大混乱していたから、ミスをしてしまったようだ。
「パジャマを忘れてきちゃったので、コンビニに行ってきてもいいですか?」
「バスローブがあるじゃん」
「それはちょっと……」
ヤノくんは私を見た。
「いいだろ、俺とお前の仲なんだし。気にしなくて」
今の言い方はちょっと違和感があった。気にする?ヤノくんはまたサクマドロップの缶を取り出す。
「前から気づいてた。お前、胸元に傷があるんだろ?それを隠すために真夏でも襟のある服着たり、ショール巻いたりしてる」
息を飲んだ。一瞬ときが止まったような気がした。気づいていたんだ、ヤノくんは。
「そ、その通りです……」
理由を説明しようか迷っていると、ヤノくんはドロップを一個取り出して口に入れた。
「俺は全然気にしない。つーか、俺も似たようなもんだからな」
「……似てる、んですか?」
「うん。俺も傷跡がいっぱいあるから。背中に」
ヤノくんはなんでもないように言って、ヘッドフォンを取り出して音楽を聴き始めた。私はちょっと考えたけど、そのまま浴室へと向かった。
お風呂から上がるとバスローブを着て髪を乾かした。ドキドキしながら戻ると、ヤノくんがこっちこっち、と手招きしている。隣に座ると、彼は自分のヘッドフォンを私にかけてきた。
「これが俺の最新のお気に入り」
それからは音楽の話で盛り上がって、本当に楽しい時間になった。ヤノくんのヘッドフォンはめちゃくちゃ高性能で音がいい。前に教えて貰った、眼鏡の人の新曲も聴かせてもらったし、最近ハマっている洋楽も教えてもらった。
そうして遅くまで音楽を聴いたあと、私たちは眠りについたのだった。
翌朝、物音がした気がして目を覚ますと、ヤノくんが唸り声をあげながら荷物と格闘しているのが見えた。
「……ヤノくん、一体どうしたんですか?」
「ぐっ……くそ〜、なんでファスナーってのはこんなに噛みやすいんだ〜!」
ヤノくんはぶちギレそうな表情で力任せにファスナーを引っ張っているが、それでは余計に食い込んでしまう。本人には失礼だが、この構図はめちゃくちゃ面白い。ヤノくんらしく、コミカルだ。でもこのままでは間違いなくぶっ壊れる。
「私に任せてくださいっ!それ直すの得意なんです」
すぐにファスナーは元に戻り、ヤノくんは安堵の表情になった。
「あー良かった。これボスに買ってもらったやつだから、壊れたら同じの買いに行くとこだった」
「直って良かったです」
焦っているヤノくんを見るのは久々で、私は内心とても嬉しかった。だってこういうときの彼は本当に可愛いのだ。最近のカッコいい彼もいいが、どちらかというと私は、可愛い方の彼を見るのが好きだった。
その後はチェックアウトして別れた。結局ヤノくんは、何も尋ねることはなかったのだ。私の傷のことを。胸元から首の付け根にかけてついた、この痛々しい傷のことを、彼は全く気にしなかった。
私にとってそれはとてもとても有難いことだった。だって私が誰かにこの傷を見せたのは初めてのことだったから。いつの日か私は、この傷のことを彼に話したい。そして彼の背中の傷跡のことも聞いてみたいと思った。