第6話 フレンチディナー
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私たちは23歳になった。ヤノくんは相変わらず仕事が忙しいようで、ドブさんに色んな所へ遊びに連れて行って貰っているようだ。
私が彼と会える機会は殆ど無いけれど、たまに近況を教えてくれる。
なんでも最近、ヤノくんはドブさんと大きな仕事が成功したらしい。それで社内で昇格があって、前よりも仕事の裁量が上がり、色々と役得な仕事が増えた、とのことだった。
私がそれは本当に良かったですねと伝えると、ヤノくんは、お前、フレンチとイタリアンと中華だったらどれが食べたい?と聞いてきた。食べたことがないからフレンチでしょうか、と答えると、何日か経ってから、明日夜の7時に新宿にある○○ホテルの前で待ち合わせ、と言われた。ただしドレスコードがあるから普段着で来んなよ!と。
そのホテルは数年前に建った中規模の高級ホテルだ。もしかして、これってディナーのお誘いなんだろうか?こんなことは初めてだから信じられない。
ヤノくんとディナーに行くのなら、気合いを入れなければ!私は張り切ってクローゼットを開けた。
翌日。仕事のあとで一張羅に着替えた私は、待ち合わせ場所へ向かっていた。今日着てきたのは、以前、職場の先輩の結婚式に出席するために買ったブルーのドレスだ。首には黒のショールを巻きつけている。髪もコテで巻いて、普段つけないルージュもつけてきた。
ホテルの前に着くと、突然見知らぬ男性に声をかけられた。
「お姉さん可愛いね。オレと今から遊びに行かない?」
「約束があるのですみません」
男性は全然諦めてくれなくて、どんどん近寄ってくる。ヤノくんと出会ってからはだいぶ男性に耐性がついたのだけど、こんなにしつこく誘われると気持ちが悪くなってきた。
そのときヤノくんの声が聞こえた。
「おいてめぇ、俺のつれになに気安く話しかけてんだよ」
ヤノくんがあまりに鋭い目付きをして凄んだので、男の人はすぐさま怯み、一目散に逃げていった。うそ……こんなヤノくんは初めてだった。
彼はこんなにも怖い目が出来る人だっただろうか?どちらかというと彼は、こんな場面ではビビってしまうような人だったと思う。
今日もスリーピーススーツを着こなして颯爽としているが、その姿にときめく余裕はない。さっき見たあまりにも冷たい瞳に、私の心は戦慄していた。これではまるで……
その後、ヤノくんに連れられて最上階のレストランに到着した。こんな素敵なところに来たのは初めてだ。でも高そうだし、自分には場違いだと感じる。
受付にいた、制服を完璧に着た店員さんがヤノくんに気づく。彼は深々とお辞儀をして挨拶した。ヤノくんは面倒くさそうな表情をしながら、まるで顎で使うように何かを指示している。また深々とお辞儀をすると、店員さんは私たちを奥の席へと案内した。
この時間帯は混んでいるはずなのに、他にお客さんはいなかった。
「ここはうちが経営してる店の1つで、今は俺が管理してる」
ヤノくんはスマホをいじりながら言った。
「すごいですね…」
「今日来たのはちゃんとやってるかの現場偵察みたいなもん。全部会社持ちだから思い切り食え」
「有難うございます……」
せっかく久しぶりにヤノくんに会えたのに、それにこんなに素敵なところに連れてきて貰えたのに、私の心は落ち込んでいた。だってヤノくんがヤノくんじゃない。彼はいつの間に、こんなVIPになってしまったのだろう。
そのときヤノくんのスマホに着信があった。
「その件はお前らに任せる。失敗したらただじゃおかねぇから気をつけろよ」
また冷徹な声と表情。私はもう、ショックで心臓がばくばくしている。もうヤノくんは、私の知ってるヤノくんじゃない……
彼はそんな私の様子に気づいたようだった。
「どうしたんだよ、青い顔して。ずっと言ってただろ? 借りは10万倍にして返すって」
その言葉は嬉しいけれど、私の気持ちは晴れない。けれどもここからは、普段の彼が戻ってきたのだ。
ウェイターさんがやってきて、メニューを渡してくれる。私たちはお酒を飲まないからジュースをオーダーした。
「はぁ〜なんだよこれ。相変わらず何が出てくんのかさっぱりわかんねぇな」
ヤノくんは膝をつき、メニューをひらひらと揺らしながら悪態をついた。あ、この感じは、ヤノくんらしいな。
「それにこういうとこだとメロンソーダがねぇんだよな」
そういえば、ヤノくんはメロンソーダが好きだった。失礼だけど、とても子供っぽい。
「あっ。スマホの充電無くなった」
ヤノくんがちょっと焦りながらそう言ったとき、私はようやく、今日はじめて笑った。
「良かった、ちゃんとヤノくんですね」
「あ?」
「だってヤノくんが別人みたいになってしまったから、すごく落ち込んでたんです」
「なんで落ち込むんだよ?つーか、別人ってどういう意味だ」
「以前のヤノくんなら喧嘩なんて出来ないですし、こんな素敵なお店になんて来られないですし、仕事で部下に厳しく指示するなんてことも出来ませんでした。でも全然変わってませんでした。素直で子供っぽくておっちょこちょいなヤノくんのままでした」
私がにっこり笑うと、ヤノくんは私を睨んだ。
「……お前、バカにしてんのか?」
やっと私はこの場を楽しめる気持ちになれた。ここはホテルの最上階だから、都会の夜景が素晴らしい。
運ばれてくる食事も本当に美味しかった。食事の途中、ヤノくんは熱いスープを思い切り飲みこんで舌を火傷したり、面倒くせぇと言ってオマール海老を手で鷲掴みにして食べたりしていて、私はそれが面白くて大笑いだった。
ヤノくんは変わってしまったところもあるけれど、ちゃんと変わらないところもある。それが1番嬉しかった。
ヤノくんは少食だから途中でギブ、と言って放棄してしまったが、私はなんとか完食することが出来た。もうこんな機会は2度とないだろうからと、朝もお昼も少なめにして間食ゼロで挑んだのが良かったようだ。
「ヤノくんは、お仕事は本当に順調なんですね」
「あぁ。けどやっぱ、俺には合ってねぇんだよなぁ」
食後の紅茶のカップに視線を落とすヤノくん。
「そうですか?どの辺が、ですか?」
「武闘派じゃねぇところが」
「ヤノくんは頭脳派で行けば良いのでは?」
ヤノくんは私の目を見た。
「……そうだな」
帰り際、ホテルのロビーまで降りてきたとき、ヤノくんは私に尋ねてきた。
「お前って彼氏とか作らねーの?」
彼にそんなことを聞かれるのは初めてだったので驚いた。
「……そうですね、出来れば一生作りたくないんです」
「なんで?」
緊張するが、はっきりと答えた。
「だって、私は一生ヤノくんと友達でいたいからです。彼氏が出来たら、もうこんな風にヤノくんと会えなくなりそうですから」
ヤノくんはその切れ長の目を大きく見開いた。あぁ、なんだか今のは、ある意味プロポーズみたいだな、と顔が熱くなってくる。しばらく経ってから、ヤノくんは目を逸らしながら小声で言った。
「……俺もお前とおなじ気持ちだ」
私はその言葉を聞くと跳び上がりそうになった。本当に?本当にヤノくんも、私と同じ気持ちなの??つまり彼も、私とずっと友達でいたいと思ってくれてるの???けど、彼女を作らないというのはちょっと心配だなぁ。ヤノくんには幸せになってほしいから。でもそれがヤノくんの希望ならやっぱりそれでいいのかなぁ。
ところが幸せの絶頂にいる私を、ヤノくんは奈落の底へと突き落としたのだった。
「来週の金曜の夜、9時にまたここで集合だ。いいな?」
「大丈夫ですが、また何かの偵察ですか?」
「あぁ。次はここの客室を偵察だ。泊まる準備してこい」
「えっ!」
私が彼と会える機会は殆ど無いけれど、たまに近況を教えてくれる。
なんでも最近、ヤノくんはドブさんと大きな仕事が成功したらしい。それで社内で昇格があって、前よりも仕事の裁量が上がり、色々と役得な仕事が増えた、とのことだった。
私がそれは本当に良かったですねと伝えると、ヤノくんは、お前、フレンチとイタリアンと中華だったらどれが食べたい?と聞いてきた。食べたことがないからフレンチでしょうか、と答えると、何日か経ってから、明日夜の7時に新宿にある○○ホテルの前で待ち合わせ、と言われた。ただしドレスコードがあるから普段着で来んなよ!と。
そのホテルは数年前に建った中規模の高級ホテルだ。もしかして、これってディナーのお誘いなんだろうか?こんなことは初めてだから信じられない。
ヤノくんとディナーに行くのなら、気合いを入れなければ!私は張り切ってクローゼットを開けた。
翌日。仕事のあとで一張羅に着替えた私は、待ち合わせ場所へ向かっていた。今日着てきたのは、以前、職場の先輩の結婚式に出席するために買ったブルーのドレスだ。首には黒のショールを巻きつけている。髪もコテで巻いて、普段つけないルージュもつけてきた。
ホテルの前に着くと、突然見知らぬ男性に声をかけられた。
「お姉さん可愛いね。オレと今から遊びに行かない?」
「約束があるのですみません」
男性は全然諦めてくれなくて、どんどん近寄ってくる。ヤノくんと出会ってからはだいぶ男性に耐性がついたのだけど、こんなにしつこく誘われると気持ちが悪くなってきた。
そのときヤノくんの声が聞こえた。
「おいてめぇ、俺のつれになに気安く話しかけてんだよ」
ヤノくんがあまりに鋭い目付きをして凄んだので、男の人はすぐさま怯み、一目散に逃げていった。うそ……こんなヤノくんは初めてだった。
彼はこんなにも怖い目が出来る人だっただろうか?どちらかというと彼は、こんな場面ではビビってしまうような人だったと思う。
今日もスリーピーススーツを着こなして颯爽としているが、その姿にときめく余裕はない。さっき見たあまりにも冷たい瞳に、私の心は戦慄していた。これではまるで……
その後、ヤノくんに連れられて最上階のレストランに到着した。こんな素敵なところに来たのは初めてだ。でも高そうだし、自分には場違いだと感じる。
受付にいた、制服を完璧に着た店員さんがヤノくんに気づく。彼は深々とお辞儀をして挨拶した。ヤノくんは面倒くさそうな表情をしながら、まるで顎で使うように何かを指示している。また深々とお辞儀をすると、店員さんは私たちを奥の席へと案内した。
この時間帯は混んでいるはずなのに、他にお客さんはいなかった。
「ここはうちが経営してる店の1つで、今は俺が管理してる」
ヤノくんはスマホをいじりながら言った。
「すごいですね…」
「今日来たのはちゃんとやってるかの現場偵察みたいなもん。全部会社持ちだから思い切り食え」
「有難うございます……」
せっかく久しぶりにヤノくんに会えたのに、それにこんなに素敵なところに連れてきて貰えたのに、私の心は落ち込んでいた。だってヤノくんがヤノくんじゃない。彼はいつの間に、こんなVIPになってしまったのだろう。
そのときヤノくんのスマホに着信があった。
「その件はお前らに任せる。失敗したらただじゃおかねぇから気をつけろよ」
また冷徹な声と表情。私はもう、ショックで心臓がばくばくしている。もうヤノくんは、私の知ってるヤノくんじゃない……
彼はそんな私の様子に気づいたようだった。
「どうしたんだよ、青い顔して。ずっと言ってただろ? 借りは10万倍にして返すって」
その言葉は嬉しいけれど、私の気持ちは晴れない。けれどもここからは、普段の彼が戻ってきたのだ。
ウェイターさんがやってきて、メニューを渡してくれる。私たちはお酒を飲まないからジュースをオーダーした。
「はぁ〜なんだよこれ。相変わらず何が出てくんのかさっぱりわかんねぇな」
ヤノくんは膝をつき、メニューをひらひらと揺らしながら悪態をついた。あ、この感じは、ヤノくんらしいな。
「それにこういうとこだとメロンソーダがねぇんだよな」
そういえば、ヤノくんはメロンソーダが好きだった。失礼だけど、とても子供っぽい。
「あっ。スマホの充電無くなった」
ヤノくんがちょっと焦りながらそう言ったとき、私はようやく、今日はじめて笑った。
「良かった、ちゃんとヤノくんですね」
「あ?」
「だってヤノくんが別人みたいになってしまったから、すごく落ち込んでたんです」
「なんで落ち込むんだよ?つーか、別人ってどういう意味だ」
「以前のヤノくんなら喧嘩なんて出来ないですし、こんな素敵なお店になんて来られないですし、仕事で部下に厳しく指示するなんてことも出来ませんでした。でも全然変わってませんでした。素直で子供っぽくておっちょこちょいなヤノくんのままでした」
私がにっこり笑うと、ヤノくんは私を睨んだ。
「……お前、バカにしてんのか?」
やっと私はこの場を楽しめる気持ちになれた。ここはホテルの最上階だから、都会の夜景が素晴らしい。
運ばれてくる食事も本当に美味しかった。食事の途中、ヤノくんは熱いスープを思い切り飲みこんで舌を火傷したり、面倒くせぇと言ってオマール海老を手で鷲掴みにして食べたりしていて、私はそれが面白くて大笑いだった。
ヤノくんは変わってしまったところもあるけれど、ちゃんと変わらないところもある。それが1番嬉しかった。
ヤノくんは少食だから途中でギブ、と言って放棄してしまったが、私はなんとか完食することが出来た。もうこんな機会は2度とないだろうからと、朝もお昼も少なめにして間食ゼロで挑んだのが良かったようだ。
「ヤノくんは、お仕事は本当に順調なんですね」
「あぁ。けどやっぱ、俺には合ってねぇんだよなぁ」
食後の紅茶のカップに視線を落とすヤノくん。
「そうですか?どの辺が、ですか?」
「武闘派じゃねぇところが」
「ヤノくんは頭脳派で行けば良いのでは?」
ヤノくんは私の目を見た。
「……そうだな」
帰り際、ホテルのロビーまで降りてきたとき、ヤノくんは私に尋ねてきた。
「お前って彼氏とか作らねーの?」
彼にそんなことを聞かれるのは初めてだったので驚いた。
「……そうですね、出来れば一生作りたくないんです」
「なんで?」
緊張するが、はっきりと答えた。
「だって、私は一生ヤノくんと友達でいたいからです。彼氏が出来たら、もうこんな風にヤノくんと会えなくなりそうですから」
ヤノくんはその切れ長の目を大きく見開いた。あぁ、なんだか今のは、ある意味プロポーズみたいだな、と顔が熱くなってくる。しばらく経ってから、ヤノくんは目を逸らしながら小声で言った。
「……俺もお前とおなじ気持ちだ」
私はその言葉を聞くと跳び上がりそうになった。本当に?本当にヤノくんも、私と同じ気持ちなの??つまり彼も、私とずっと友達でいたいと思ってくれてるの???けど、彼女を作らないというのはちょっと心配だなぁ。ヤノくんには幸せになってほしいから。でもそれがヤノくんの希望ならやっぱりそれでいいのかなぁ。
ところが幸せの絶頂にいる私を、ヤノくんは奈落の底へと突き落としたのだった。
「来週の金曜の夜、9時にまたここで集合だ。いいな?」
「大丈夫ですが、また何かの偵察ですか?」
「あぁ。次はここの客室を偵察だ。泊まる準備してこい」
「えっ!」