第5話 頼もしい兄貴
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2年が経ち、私とヤノくんは20歳になった。私は定時制高校を卒業し、昼間の仕事一本になっていた。
ヤノくんはあれからしつこく空手を教えてくれ、と言ってきたが、私は頑として断った。だってヤノくんには似合わないからだ。彼は武道に頼るのではなく、頭脳を使うべきだと思っていた。
今でも彼は相変わらずケガをしているし、危険な目にも遭っている。それでも彼にはこの仕事しかないようで、その理由は私も痛いほど良く分かるから、何も言えない。だって彼は本当に1人きりなのだ。何の後ろ盾もない彼が生きていくためには、仕事を選んでいられない。
たまに彼の口から生い立ちが出るようになり、詳しく聞いたわけではなかったが、彼は家庭環境が相当悪かったようだ。そのせいで学校の勉強も満足に出来なかったし、仕事を選ぶことも出来なかった、と。
私も親はいないけれど、施設で育ち、教育環境も良かったから、ヤノくんとは状況が全く違う。
それでも私は、いつか彼と親しい仲になれたら、絶対に私の思いを伝えようと思っていた。いつの日かそのときがきたら、絶対に。
そういえば、ヤノくんは最近、職場で新しい先輩がついたらしい。そしてそこから、彼は見違えるように変わっていった。
仕事も私生活も多忙になって、サイファーに参加しなくなった。私としてはこれは本当にショックだったが、その後もたまに連絡をくれたので、縁が切れることがなくホッとした。
ヤノくんはとても順調そうだった。仕事はその先輩に手取り足取り教えてもらえるし、その人が腕っぷしの強い人だからケガをすることも無くなったらしい。それにとても面倒見のいい人で、昼夜を問わず遊びに連れて行ってもらえるみたいだった。
私はヤノくんと会える機会が激減して残念だったけれど、こちらも部署異動があり、新しい仕事を覚えなければならなかった。
それに私も最近は漸く職場の人たちと打ち解けてきて、たまに食事に行くようになっている。それで寂しいなんて思う暇もないうちに、時間はどんどん過ぎていった。
気付いたら1年半も経っていて、私たちは21歳になっていた。そろそろヤノくんに会いたいなぁ、と思いはじめていた頃。
その日、私は池袋へ出張に出掛けていた。仕事を済ませたあとは午後休を取っていたので、フリーだ。この後は久々にショッピングでもしようかなぁ、と思って通りを歩いていると、とあるダーツバーから、グレーのスリーピーススーツを着た細身の男性があらわれた。
そのスーツがあまりにも素敵だったので私はビックリしてしまった。なんというか、めちゃくちゃセンスがいいのだ。ネクタイと中のベストは赤色で、スラっとスマートに着こなしていて、その人はすごいイケメンだと思った。というか、イケメンだった。良く見ると、彼はヤノくんだったからだ。
「ヤノくん……すごい偶然ですね」
1年半ぶりに会うヤノくんがいきなり華麗なスーツイケメンになって登場したから、私はもう涙が出そうなほどに感動していた。ヤノくんはめちゃくちゃビックリしている。
「苗字?」
しばらく無言で見つめ合っていたが、私はすぐに、ヤノくんの雰囲気が以前とは全く違うことに気がついた。服だけではないのだ、変わったのは。なんだか前より生き生きして見えるし、自信のようなものが漲っている。顔つきも凛々しくなっている。
「ヤノくん……前は男の子だったけど、今はもう男の人ですね……」
「はぁ?!」
ヤノくんは何言ってんだこいつ、というような顔をしているが、私は本気だった。ちょっとだけ残念な気もしていた。もう前の彼はいないのだろうか?私は彼の、ちょっと子供っぽい感じのところも好きだったから。
そのときだった。横から大爆笑が聞こえてきた。
「あっははははは!腹が痛い!ヤノ!お前、ちょっと前まではいつも泣きべそかいてたもんな!けど今もそうだから、まだ立派な男にはなれてないだろ!」
「ドブさん!そんな笑わないでくださいよ!!てかもう、泣きべそなんてかいてねぇし!こいつの言うことなんか間に受けないでください」
ヤノくんはその大爆笑している男性に激しいツッコミを入れた。これまた新鮮だった。ヤノくんってこんなに大きな声で喋るんだ、あと敬語使えるんだ。それにドブさん、ということは……その名前はよく聞いていた。例の、ヤノくんの新しい先輩だ。
「初めまして、苗字名前と申します。いつもヤノくんが大変お世話になっております」
深々と頭を下げると、ドブさんは私の方を向いた。まだ笑っている。
「ちゃんと挨拶が出来るいい子じゃねぇか。なぁヤノ。この子があれだろ、お前の唯一の友達、空手の出来る」
ヤノくんはむすっとして黙っている。
「めちゃくちゃ可愛いし、ヤノにはもったいねぇな。それに面白ぇ。これも何かの縁だ。なぁ、今から俺たちとメシ食いに行かないか?勿論俺が奢る」
「えぇ?!なんでこいつも一緒なんですか?!」
ヤノくんは嫌がっているけれど、ドブさんは私を何度も誘ってくれる。ヤノくんには悪いけど、せっかくのチャンスなので是非お願いします、と微笑んだ。
蟹と焼肉、どっちがいい?とドブさんに聞かれ、ヤノくんの方をちらりと見ると蟹、と不機嫌そうな表情で無言で口を動かしていたので、私は蟹でお願いします、と答えた。個室に通される。
「お誘いいただき有難うございます。でも私も来て本当に良かったのですか?」
「あぁ、いいんだよ。さっきダーツバーでふざけた輩が絡んできたからよ、ちょっと懲らしめてやったら、たんまり金をくれたから」
「普通にカツアゲしたくせに」
「おいヤノ!お前、奢って貰う身分でごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」
ドブさんがヤノくんの背中を思い切り叩くと、ヤノくんは大きな声でいってぇー!と言って涙目でドブさんを睨んだ。
私はその2人のやり取りが面白すぎてめちゃくちゃ笑った。本当に、こんなに楽しいコンビはいるだろうか?ヤノくんは嫌々そうだが、すごく生き生きしているように見える。
「それで嬢ちゃん、一体こいつのどこが気に入ったんだ?チビでガリだし喧嘩も弱ぇし。ていうか、前に嬢ちゃんがこいつのこと助けたんだろ?半グレから。男として全く良いところがねぇじゃねぇか」
ヤノくんはドブさんを思い切り睨み付けている。私は死ぬ気で笑いをこらえる。
「ヤノくんはめちゃくちゃカッコいいです。ラップも上手だし、面白いし、仕事も一生懸命頑張っていますし」
「ラップだぁ〜?そういや言ってたな。お前、歌うのか?」
ヤノくんはやっぱり黙っている。
「それにこいつ、仕事もからっきしだよ。俺がいないとなんにも出来ねぇからな」
「でもドブさんが手取り足取り教えて下さるからとても有難い、って前にヤノくん言っていました。本当に有難うございます」
「何だよヤノ!お前、そんな風に思ってるならちゃんとオレに言えよ!!」
ヤノくんはもう蟹に夢中だ。全然話を聞いていない。私はまたおかしくなって笑った。けれどもすぐに、ヤノくんの様子に気づいてビックリした。だってヤノくんのお箸の使い方が綺麗になっていたからだ。
私がビックリして見ていると、ドブさんはそれに気づいたようだった。
「こいつ、箸の使い方上手くなっただろ?オレが教えたんだよ。あまりに酷いから」
そう言ってまた豪快に笑った。ヤノくんは無言、無表情で食べ続けている。
お箸の使い方にはその人の家庭環境が現れる。小さい時から指導してもらえなかった子は、それを直すのに苦労する。そういう子たちを施設で何人も見てきた。
ヤノくんはそれをこのドブさんに矯正して貰えたのだ。それだけではない。ヤノくんとここまでの関係性を築いているということは、ヤノくんは彼のことを信頼している。ドブさんはすごい。これまで私も含め、深い人間関係を作れなかったヤノくんの心を開いたのだ。
でもそのあとドブさんが、
「で、お前ら。友達ってことだけど、ヤッてはいるんだろ?」
と尋ねたので、私とヤノくんは蟹を吹き出しそうになった。デ、デリカシーなさすぎ………
ヤノくんはあれからしつこく空手を教えてくれ、と言ってきたが、私は頑として断った。だってヤノくんには似合わないからだ。彼は武道に頼るのではなく、頭脳を使うべきだと思っていた。
今でも彼は相変わらずケガをしているし、危険な目にも遭っている。それでも彼にはこの仕事しかないようで、その理由は私も痛いほど良く分かるから、何も言えない。だって彼は本当に1人きりなのだ。何の後ろ盾もない彼が生きていくためには、仕事を選んでいられない。
たまに彼の口から生い立ちが出るようになり、詳しく聞いたわけではなかったが、彼は家庭環境が相当悪かったようだ。そのせいで学校の勉強も満足に出来なかったし、仕事を選ぶことも出来なかった、と。
私も親はいないけれど、施設で育ち、教育環境も良かったから、ヤノくんとは状況が全く違う。
それでも私は、いつか彼と親しい仲になれたら、絶対に私の思いを伝えようと思っていた。いつの日かそのときがきたら、絶対に。
そういえば、ヤノくんは最近、職場で新しい先輩がついたらしい。そしてそこから、彼は見違えるように変わっていった。
仕事も私生活も多忙になって、サイファーに参加しなくなった。私としてはこれは本当にショックだったが、その後もたまに連絡をくれたので、縁が切れることがなくホッとした。
ヤノくんはとても順調そうだった。仕事はその先輩に手取り足取り教えてもらえるし、その人が腕っぷしの強い人だからケガをすることも無くなったらしい。それにとても面倒見のいい人で、昼夜を問わず遊びに連れて行ってもらえるみたいだった。
私はヤノくんと会える機会が激減して残念だったけれど、こちらも部署異動があり、新しい仕事を覚えなければならなかった。
それに私も最近は漸く職場の人たちと打ち解けてきて、たまに食事に行くようになっている。それで寂しいなんて思う暇もないうちに、時間はどんどん過ぎていった。
気付いたら1年半も経っていて、私たちは21歳になっていた。そろそろヤノくんに会いたいなぁ、と思いはじめていた頃。
その日、私は池袋へ出張に出掛けていた。仕事を済ませたあとは午後休を取っていたので、フリーだ。この後は久々にショッピングでもしようかなぁ、と思って通りを歩いていると、とあるダーツバーから、グレーのスリーピーススーツを着た細身の男性があらわれた。
そのスーツがあまりにも素敵だったので私はビックリしてしまった。なんというか、めちゃくちゃセンスがいいのだ。ネクタイと中のベストは赤色で、スラっとスマートに着こなしていて、その人はすごいイケメンだと思った。というか、イケメンだった。良く見ると、彼はヤノくんだったからだ。
「ヤノくん……すごい偶然ですね」
1年半ぶりに会うヤノくんがいきなり華麗なスーツイケメンになって登場したから、私はもう涙が出そうなほどに感動していた。ヤノくんはめちゃくちゃビックリしている。
「苗字?」
しばらく無言で見つめ合っていたが、私はすぐに、ヤノくんの雰囲気が以前とは全く違うことに気がついた。服だけではないのだ、変わったのは。なんだか前より生き生きして見えるし、自信のようなものが漲っている。顔つきも凛々しくなっている。
「ヤノくん……前は男の子だったけど、今はもう男の人ですね……」
「はぁ?!」
ヤノくんは何言ってんだこいつ、というような顔をしているが、私は本気だった。ちょっとだけ残念な気もしていた。もう前の彼はいないのだろうか?私は彼の、ちょっと子供っぽい感じのところも好きだったから。
そのときだった。横から大爆笑が聞こえてきた。
「あっははははは!腹が痛い!ヤノ!お前、ちょっと前まではいつも泣きべそかいてたもんな!けど今もそうだから、まだ立派な男にはなれてないだろ!」
「ドブさん!そんな笑わないでくださいよ!!てかもう、泣きべそなんてかいてねぇし!こいつの言うことなんか間に受けないでください」
ヤノくんはその大爆笑している男性に激しいツッコミを入れた。これまた新鮮だった。ヤノくんってこんなに大きな声で喋るんだ、あと敬語使えるんだ。それにドブさん、ということは……その名前はよく聞いていた。例の、ヤノくんの新しい先輩だ。
「初めまして、苗字名前と申します。いつもヤノくんが大変お世話になっております」
深々と頭を下げると、ドブさんは私の方を向いた。まだ笑っている。
「ちゃんと挨拶が出来るいい子じゃねぇか。なぁヤノ。この子があれだろ、お前の唯一の友達、空手の出来る」
ヤノくんはむすっとして黙っている。
「めちゃくちゃ可愛いし、ヤノにはもったいねぇな。それに面白ぇ。これも何かの縁だ。なぁ、今から俺たちとメシ食いに行かないか?勿論俺が奢る」
「えぇ?!なんでこいつも一緒なんですか?!」
ヤノくんは嫌がっているけれど、ドブさんは私を何度も誘ってくれる。ヤノくんには悪いけど、せっかくのチャンスなので是非お願いします、と微笑んだ。
蟹と焼肉、どっちがいい?とドブさんに聞かれ、ヤノくんの方をちらりと見ると蟹、と不機嫌そうな表情で無言で口を動かしていたので、私は蟹でお願いします、と答えた。個室に通される。
「お誘いいただき有難うございます。でも私も来て本当に良かったのですか?」
「あぁ、いいんだよ。さっきダーツバーでふざけた輩が絡んできたからよ、ちょっと懲らしめてやったら、たんまり金をくれたから」
「普通にカツアゲしたくせに」
「おいヤノ!お前、奢って貰う身分でごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」
ドブさんがヤノくんの背中を思い切り叩くと、ヤノくんは大きな声でいってぇー!と言って涙目でドブさんを睨んだ。
私はその2人のやり取りが面白すぎてめちゃくちゃ笑った。本当に、こんなに楽しいコンビはいるだろうか?ヤノくんは嫌々そうだが、すごく生き生きしているように見える。
「それで嬢ちゃん、一体こいつのどこが気に入ったんだ?チビでガリだし喧嘩も弱ぇし。ていうか、前に嬢ちゃんがこいつのこと助けたんだろ?半グレから。男として全く良いところがねぇじゃねぇか」
ヤノくんはドブさんを思い切り睨み付けている。私は死ぬ気で笑いをこらえる。
「ヤノくんはめちゃくちゃカッコいいです。ラップも上手だし、面白いし、仕事も一生懸命頑張っていますし」
「ラップだぁ〜?そういや言ってたな。お前、歌うのか?」
ヤノくんはやっぱり黙っている。
「それにこいつ、仕事もからっきしだよ。俺がいないとなんにも出来ねぇからな」
「でもドブさんが手取り足取り教えて下さるからとても有難い、って前にヤノくん言っていました。本当に有難うございます」
「何だよヤノ!お前、そんな風に思ってるならちゃんとオレに言えよ!!」
ヤノくんはもう蟹に夢中だ。全然話を聞いていない。私はまたおかしくなって笑った。けれどもすぐに、ヤノくんの様子に気づいてビックリした。だってヤノくんのお箸の使い方が綺麗になっていたからだ。
私がビックリして見ていると、ドブさんはそれに気づいたようだった。
「こいつ、箸の使い方上手くなっただろ?オレが教えたんだよ。あまりに酷いから」
そう言ってまた豪快に笑った。ヤノくんは無言、無表情で食べ続けている。
お箸の使い方にはその人の家庭環境が現れる。小さい時から指導してもらえなかった子は、それを直すのに苦労する。そういう子たちを施設で何人も見てきた。
ヤノくんはそれをこのドブさんに矯正して貰えたのだ。それだけではない。ヤノくんとここまでの関係性を築いているということは、ヤノくんは彼のことを信頼している。ドブさんはすごい。これまで私も含め、深い人間関係を作れなかったヤノくんの心を開いたのだ。
でもそのあとドブさんが、
「で、お前ら。友達ってことだけど、ヤッてはいるんだろ?」
と尋ねたので、私とヤノくんは蟹を吹き出しそうになった。デ、デリカシーなさすぎ………