第4話 フラッシュバック
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私たちは18歳になり、季節は夏になっていた。私は定時制高校の3年生になり、ヤノくんとは変わらず月に2,3回会う生活を続けている。
仕事と勉強の両立にも慣れて、プライベートではヤノくんに会えるし、本当に幸せな日々だった。
ヤノくんとの関係は変わらない。今でも2人の関係は?と聞かれたら、友達ですか?と恐る恐る答えると思う。お互いのこともあまり話していないから、詳しい生い立ちも知らない。
普段の彼は基本的に静かで、ちょっと抜けているところがあって可愛いくて、たまに面白いことを言って笑かしてくれる。相変わらずラップもめちゃくちゃ上手い。一緒にいて楽しかったし、音楽の話題や他愛もないことを話せるだけで幸せだった。
けれども彼は相変わらず仕事でケガをしているし、心配な部分も多い。
いつかその仕事は辞めてほしいな、と私はいつも思っている。いつの日か彼と親友のような関係になれたら、その気持ちを伝えようと思っていた。
週末の買い出しを済ませアパートに戻ると、時刻はもう22時だった。それにしても暑い。早くこの襟付きのTシャツを脱ぎたい、と着替えようとしたとき、スマホに着信があった。ヤノくんからだ。とても嫌な予感がした。
彼から連絡が来るときは、いつもケガをしたときばかりなのだ。それにいつも連絡はメッセージアプリで、着信なんて初めてだ。
今日はもっと大変なことが起こったのではないか。そう直感が告げている。
「ヤノくん、何かあったんですか?」
なかなか声が聴こえてこない。不安で胸がバクバクとなりだした。かなり経ってから、小さく消えいるような、気配を押し殺すような声が途切れ途切れ聴こえてきた。
「……に、じかんくらいしたら……家にきて、くれ」
着信は切れてしまった。すぐにアプリで彼の位置情報を確認する。前に私が、ヤノくんに何かあったときのためにと登録させてもらったものだ。彼が居る場所は、都内の住宅地のようだ。すぐに家を飛び出した。
廃工場のような場所に着いた。駅からも遠く、周りに人気はない。あまりの静寂に、ここは外界から完全に遮断されているようだ。
蒸し暑い真夏の夜に全速力で走ったからか、呼吸もままならないし、全身汗でびしょびしょだし、額に張り付いた前髪が気持ち悪い。でもここできっと大変なことが起こっている。息を殺して中に入った。
古い資材の影から注意深く辺りを確認する。何を見ても声を出さないよう、手で口を覆った。きっとこれから私が見るのは地獄だ。それでも彼を助けると決めていた。
案の定、彼は満身創痍で柱にくくりつけられていた。血まみれでパーカーが真っ赤だ。顔は項垂れていて見えないが、生きているのは分かった。
前には大柄の20代後半くらいの男性が1人立っていて、スマホで話している。両腕には仰々しいタトゥーが見えた。多分、あの人がヤノくんに暴力をふるったのだろう。これから殺すか、どうするか、みたいなことを話している。私は彼が通話を終えたとき、彼の後ろから声をかけた。
「その人を解放していただけませんか」
男の人はギョッとして振り返った。
「おいお前!一体どこから入ってきやがった」
「お願いします。その人は私の大切な友人なんです。何でもしますので、解放してあげてください」
自分でもびっくりするぐらい落ち着いていた。私はその男の人の顔をじっと見上げたまま、スカートを脱いだ。夏用の薄手の黒いタイツを履いているから、生脚はさらされない。でも白い下着はタイツ越しにはっきり透けて見える。
「へぇ。ほんとに何でもしてくれるみたいだな、お嬢ちゃんは」
男性は舌舐めずりをしている。
「上も脱げ」
Tシャツは脱ぐわけにはいかなかった。そうすると私の価値が下がってしまうからだ。裾をたくし上げて、スルスルと胸の真ん中くらいまでずり上げる。薄い水色のブラジャーがさらされる。そのまま彼の方に近寄って、彼を見上げた。
すぐに彼は私に顔を寄せてきて、その大きくて太い手で私の右胸を鷲掴みにした。すごく痛い。でももう少しの我慢だ。
彼が私を冷たい地面に押し倒したとき、僅かな隙ができた。全てはそのときのためだった。私は素早く彼から離れると、右手を真っ直ぐに彼の頸めがけて振り下ろした。
タクシーに乗り込むと、運転手さんはあからさまにギョッとした。ヤノくんは血だらけだから、当たり前だろう。それでも乗せてくれたことに感謝だ。
どちらまで?と聞かれ、ヤノくんが答える。これから彼は知り合いの病院へ行くらしい。私はその途中の主要駅で降りることになった。
車内は冷房が効いていて気持ちがいい。先ほどのことはもう遠い昔のことのように思えてくる。
「お前、なんで来たんだよ。俺は2時間したら家に来いっつったろ?」
「ごめんなさい……でもきっと、命の危険があると思ったんです」
ヤノくんは胸の傷をおさえながら窓の外を睨み付けている。どこもかしこも傷だらけだ。物凄く怒っているみたいで、機嫌は最悪だ。
「あの半グレ野郎に殺されてたかもしんねーぞ」
「そうですね……」
私が黙っていると、ヤノくんは溜息をついた。
「それで、なんなんだよ、あの手刀は」
「実は昔、施設で空手を教えてくれる職員さんがいて。そこで護身用にと、少しだけ習ったんです」
「ちょっと習っただけであんなもんが振り下ろせるようになんのか?」
「あはは。筋がいいって何度も言われました。でもある時、私と真剣勝負がしたい、と言ってきた近所の年上の男の子と勝負をしたら、気を失わせてしまって。それからは怖くなってやめました」
「こえぇ」
「その子はその後、地下の格闘家になったと噂で聞いたのでびっくりしました」
「一体どういう世界線で生きてるんだよ……」
ヤノくんは呆れているようだが、機嫌はだいぶ戻ったようだった。ちょっと間が空いたあと、ボソリと言った。
「……それで、なんであんな真似が出来たんだ?」
「なんのことですか?」
「……自分を囮に使ったこと。お前もしかして、あぁいう修羅場も経験済みなのか?」
ヤノくんはとても決まり悪そうにしていて、もしかしたらちょっと顔が赤いかもしれない。窓の方を向いているからはっきりとは分からないけど。
私は右胸に手を当ててみる。胸はぽかぽかと暖かかった。うん。大丈夫だ。
「本当に良かったです」
「あ?」
「ヤノくんのことを守られたから」
ヤノくんは一瞬私の方を見たあと、また向こうを向いてしまう。彼は俺のアパートでシャワー浴びて待ってろ、と言って鍵を差し出した。私は今夜は1人で居たくなかったので、それはとてもとても有難いと思った。
ヤノくんの部屋に着くとシャワーを浴び、適当に彼の服を借りて待つ。少しすると、今夜のことがありありと思い出されてきた。本当はすごく怖かった。それに……
だんだんと右胸に鈍い痛みを感じ、私はぎゅっと目を閉じた。分かっている。これは幻だ。過去に体験した、ただの記憶の残骸だ。
胸からどくどくと血が溢れ出す。刃物が落ちて、はっと息を飲む気配。強い目眩がして、視界が突然おかしくなって…………
「大丈夫か?」
私の前に現れた恐ろしいほど暗く不気味で陰鬱な過去の断片ーーつまりフラッシュバックは、その声に一瞬でかき消された。
ヤノくんが帰ってきたからだ。私は心の底から安心して、おかえりなさい、と微笑むことが出来た。
ヤノくんはいつも通りの無表情だ。
「この借りはいつか数億倍にして返す」
私はあははと笑った。
仕事と勉強の両立にも慣れて、プライベートではヤノくんに会えるし、本当に幸せな日々だった。
ヤノくんとの関係は変わらない。今でも2人の関係は?と聞かれたら、友達ですか?と恐る恐る答えると思う。お互いのこともあまり話していないから、詳しい生い立ちも知らない。
普段の彼は基本的に静かで、ちょっと抜けているところがあって可愛いくて、たまに面白いことを言って笑かしてくれる。相変わらずラップもめちゃくちゃ上手い。一緒にいて楽しかったし、音楽の話題や他愛もないことを話せるだけで幸せだった。
けれども彼は相変わらず仕事でケガをしているし、心配な部分も多い。
いつかその仕事は辞めてほしいな、と私はいつも思っている。いつの日か彼と親友のような関係になれたら、その気持ちを伝えようと思っていた。
週末の買い出しを済ませアパートに戻ると、時刻はもう22時だった。それにしても暑い。早くこの襟付きのTシャツを脱ぎたい、と着替えようとしたとき、スマホに着信があった。ヤノくんからだ。とても嫌な予感がした。
彼から連絡が来るときは、いつもケガをしたときばかりなのだ。それにいつも連絡はメッセージアプリで、着信なんて初めてだ。
今日はもっと大変なことが起こったのではないか。そう直感が告げている。
「ヤノくん、何かあったんですか?」
なかなか声が聴こえてこない。不安で胸がバクバクとなりだした。かなり経ってから、小さく消えいるような、気配を押し殺すような声が途切れ途切れ聴こえてきた。
「……に、じかんくらいしたら……家にきて、くれ」
着信は切れてしまった。すぐにアプリで彼の位置情報を確認する。前に私が、ヤノくんに何かあったときのためにと登録させてもらったものだ。彼が居る場所は、都内の住宅地のようだ。すぐに家を飛び出した。
廃工場のような場所に着いた。駅からも遠く、周りに人気はない。あまりの静寂に、ここは外界から完全に遮断されているようだ。
蒸し暑い真夏の夜に全速力で走ったからか、呼吸もままならないし、全身汗でびしょびしょだし、額に張り付いた前髪が気持ち悪い。でもここできっと大変なことが起こっている。息を殺して中に入った。
古い資材の影から注意深く辺りを確認する。何を見ても声を出さないよう、手で口を覆った。きっとこれから私が見るのは地獄だ。それでも彼を助けると決めていた。
案の定、彼は満身創痍で柱にくくりつけられていた。血まみれでパーカーが真っ赤だ。顔は項垂れていて見えないが、生きているのは分かった。
前には大柄の20代後半くらいの男性が1人立っていて、スマホで話している。両腕には仰々しいタトゥーが見えた。多分、あの人がヤノくんに暴力をふるったのだろう。これから殺すか、どうするか、みたいなことを話している。私は彼が通話を終えたとき、彼の後ろから声をかけた。
「その人を解放していただけませんか」
男の人はギョッとして振り返った。
「おいお前!一体どこから入ってきやがった」
「お願いします。その人は私の大切な友人なんです。何でもしますので、解放してあげてください」
自分でもびっくりするぐらい落ち着いていた。私はその男の人の顔をじっと見上げたまま、スカートを脱いだ。夏用の薄手の黒いタイツを履いているから、生脚はさらされない。でも白い下着はタイツ越しにはっきり透けて見える。
「へぇ。ほんとに何でもしてくれるみたいだな、お嬢ちゃんは」
男性は舌舐めずりをしている。
「上も脱げ」
Tシャツは脱ぐわけにはいかなかった。そうすると私の価値が下がってしまうからだ。裾をたくし上げて、スルスルと胸の真ん中くらいまでずり上げる。薄い水色のブラジャーがさらされる。そのまま彼の方に近寄って、彼を見上げた。
すぐに彼は私に顔を寄せてきて、その大きくて太い手で私の右胸を鷲掴みにした。すごく痛い。でももう少しの我慢だ。
彼が私を冷たい地面に押し倒したとき、僅かな隙ができた。全てはそのときのためだった。私は素早く彼から離れると、右手を真っ直ぐに彼の頸めがけて振り下ろした。
タクシーに乗り込むと、運転手さんはあからさまにギョッとした。ヤノくんは血だらけだから、当たり前だろう。それでも乗せてくれたことに感謝だ。
どちらまで?と聞かれ、ヤノくんが答える。これから彼は知り合いの病院へ行くらしい。私はその途中の主要駅で降りることになった。
車内は冷房が効いていて気持ちがいい。先ほどのことはもう遠い昔のことのように思えてくる。
「お前、なんで来たんだよ。俺は2時間したら家に来いっつったろ?」
「ごめんなさい……でもきっと、命の危険があると思ったんです」
ヤノくんは胸の傷をおさえながら窓の外を睨み付けている。どこもかしこも傷だらけだ。物凄く怒っているみたいで、機嫌は最悪だ。
「あの半グレ野郎に殺されてたかもしんねーぞ」
「そうですね……」
私が黙っていると、ヤノくんは溜息をついた。
「それで、なんなんだよ、あの手刀は」
「実は昔、施設で空手を教えてくれる職員さんがいて。そこで護身用にと、少しだけ習ったんです」
「ちょっと習っただけであんなもんが振り下ろせるようになんのか?」
「あはは。筋がいいって何度も言われました。でもある時、私と真剣勝負がしたい、と言ってきた近所の年上の男の子と勝負をしたら、気を失わせてしまって。それからは怖くなってやめました」
「こえぇ」
「その子はその後、地下の格闘家になったと噂で聞いたのでびっくりしました」
「一体どういう世界線で生きてるんだよ……」
ヤノくんは呆れているようだが、機嫌はだいぶ戻ったようだった。ちょっと間が空いたあと、ボソリと言った。
「……それで、なんであんな真似が出来たんだ?」
「なんのことですか?」
「……自分を囮に使ったこと。お前もしかして、あぁいう修羅場も経験済みなのか?」
ヤノくんはとても決まり悪そうにしていて、もしかしたらちょっと顔が赤いかもしれない。窓の方を向いているからはっきりとは分からないけど。
私は右胸に手を当ててみる。胸はぽかぽかと暖かかった。うん。大丈夫だ。
「本当に良かったです」
「あ?」
「ヤノくんのことを守られたから」
ヤノくんは一瞬私の方を見たあと、また向こうを向いてしまう。彼は俺のアパートでシャワー浴びて待ってろ、と言って鍵を差し出した。私は今夜は1人で居たくなかったので、それはとてもとても有難いと思った。
ヤノくんの部屋に着くとシャワーを浴び、適当に彼の服を借りて待つ。少しすると、今夜のことがありありと思い出されてきた。本当はすごく怖かった。それに……
だんだんと右胸に鈍い痛みを感じ、私はぎゅっと目を閉じた。分かっている。これは幻だ。過去に体験した、ただの記憶の残骸だ。
胸からどくどくと血が溢れ出す。刃物が落ちて、はっと息を飲む気配。強い目眩がして、視界が突然おかしくなって…………
「大丈夫か?」
私の前に現れた恐ろしいほど暗く不気味で陰鬱な過去の断片ーーつまりフラッシュバックは、その声に一瞬でかき消された。
ヤノくんが帰ってきたからだ。私は心の底から安心して、おかえりなさい、と微笑むことが出来た。
ヤノくんはいつも通りの無表情だ。
「この借りはいつか数億倍にして返す」
私はあははと笑った。