第2話 友達?
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2週間後。私ははやる胸の鼓動をなんとか落ち着かせながら、横浜の山下公園にいた。今日は彼と会える!それにまた彼の歌声が聴けるのだ。
前回と同じくサイファーが始まると、私は彼のラップに心を奪われた。本当に、彼の個性的な声と韻律はすごい!それに歌っている時の彼の凛とした表情も最高にかっこよかった。
「ヤノくん、今日もすごく良かったです」
前回と同じタイミングで私が話しかけると、ヤノくんはあからさまにギョッとした。顔色がちょっと青い。
「どうかしましたか?」
「……お前、来ないと思ってた」
しばしの沈黙。ヤノくんは決まりが悪そうにして目を逸らす。
あ、これってきっとお金は返してくれないんだな、と分かる。でも全然ショックじゃなかった。むしろなんとなくこうなる気がしていたから、私は笑った。
「お金のことはいいですよ。今日も素敵なラップを聴かせて貰ったから、そのお礼に取っておいてください」
ヤノくんはじっと私を見てきた。私の言うことが信じられないようだし、呆れたような表情だ。
「お前、そんなんじゃすぐカモにされんぞ」
「あはは。ヤノくんにならそうされてもいいです」
ヤノくんはちょっと考えこむような顔をしている。私はしばらくして、恐る恐る切り出した。
「また次のサイファーも参加しますか?」
「多分」
「じゃあ私、また次も来ます。楽しみにしてますね」
駅に向かって歩き出そうとした時、ヤノくんがまたボソリと言った。
「お前、晩飯奢ってくんねぇ?」
駅前のファミレスに入ると、店内はかなり混雑していたが、私とヤノくんはすぐに通された。窓際のテーブル席に着く。
外は沢山の人達が行き交っている。もしかしたら、私たちって外から見ると彼氏と彼女に見えたりするのかなぁ?などという、とんでもなくバカな考えが頭をよぎった。
なんでそんな考えが浮かんできたのかというと、私は男の子とこんな風に食事をするのが初めてだったからだ。つまりめちゃくちゃ浮き足立っていた。
「ヤノくん、なんでも食べてくださいね!」
緊張を隠すために満面の笑みでそう言ったが、すぐに訂正するハメになった。
「……と言いたいところなんですが、私もお給料日前で金欠気味でした……」
どんどん語尾が小さくなる。ヤノくんは無表情でメニューに指をさした。
「これしか食わねぇから安心しろ」
「私もこのドリア大好きです!」
ヤノくんはどうやら少食みたいだった。私に気を遣って注文しないのではなく、ほんとにそれだけで満腹になるのだという。私たちはドリアとドリンクバーを注文した。
美味しくいただいていると、ヤノくんはメロンソーダを飲みながら、スマホ画面に目を落としたままで尋ねた。
「お前、門限とかねぇの?もう割と遅い時間だと思うけど」
「大丈夫です。一人暮らしなので」
「へぇ。田舎から出て来たんか?」
「いえ、ずっと関東です。私、親がいないので」
ヤノくんは私を見た。
「その年で?」
「はい。というか私、初めから親はいなくて、施設で育ったんです。今は一人暮らしだから、帰りが遅くても咎める人はいません」
ヤノくんは何も言わず、スプーンを取ってドリアを食べ始めた。その食べ方がとても個性的だったので、私はかなりビックリしてしまった。スプーンの使い方が変なのだ。グーの手で鷲掴みにするように握っていて、食べにくそうだ。
古い記憶が蘇ってきた。その食べ方は、以前にも見覚えがある。そんなことは指摘できないから、私は気にしないふりをする。
「ヤノくんは学生さんなんですか?」
「んーん。働いてる」
「そうなんですね。実は私も昼間は仕事をしていて、夜は定時制の高校に通ってるんです」
「すげぇな。働いたあとで勉強とかマジ無理無理」
今のマジ無理無理という言い方はなんだかポップで面白かった。
「あはは。全然すごくないですよ。授業も4時間しかないですし」
その時ヤノくんのスマホが鳴って、彼はあからさまにギョッとした。慌てて応答すると、スマホから男の人の大声が聞こえてくる。どうやらヤノくんは怒られているようだった。
すみませんすみません、とひたすら謝り続けるヤノくん。でもそのうち面倒くさそうな顔になって、その件は明日なんとかしますんで、と言って通話を切ってしまった。
「……お仕事の電話ですか?」
「そう。めんどくせぇことは明日でいいのにな」
どこか他人事のヤノくんに、私はやっぱり心の中で笑ってしまった。この適当さは清々しい。
「どんなお仕事をされてるんですか?」
ヤノくんはちょっと首を傾げたあと、窓の方を見ながら答えた。
「自由業に近い会社員?」
それから私とヤノくんは隔週ごとのサイファーで会い、そのあとファミレスに寄って一緒に帰るのが定番になった。
私はヤノくんの歌声が聴けるのが嬉しかったし、そのあと彼と過ごせる時間が本当に楽しかった。家族もなく、友達も殆どいない私にとって、その時間はかけがえのない時間だった。
彼はどうやら雑談は苦手なようで、普段はあまり話さないけれど、たまに面白いことを言って私を笑かしてくれる。例えばヤノくんは、私がご馳走するたびに必ず、いつか出世払いで10万倍にして返す、と言った。その言葉が面白くて私はいつも笑った。すごいビッグマウスだ。
それから私たちには共通の趣味があった。音楽鑑賞だ。お気に入りの曲やアーティストについての話題は盛り上がるとまではいかないけれど、話のネタとしては十分だった。
季節が変わり、年が明けた1月の終わりのことだった。
私とヤノくんがいつものように食事をしてファミレスを出ると、突然声をかけられた。
「おい、ヤノ。お前彼女がいたのか」
見上げると、スーツを着て口に煙草をくわえた、背の高い男性だ。ヤノくんは目を丸くして先輩、とだけ呟いて絶句している。どうやら職場の先輩のようだった。
「おい、めちゃくちゃ可愛い子じゃねぇか。まさかお前みたいなのにも、こんな彼女がいるとはな」
男の人は揶揄うようにヤノくんに絡んでいる。私は挨拶をしないと、と内心思いながらも、なんだかそんな雰囲気ではなく黙っていた。
ヤノくんはしばらく俯いていたが、バッと顔を上げて早口で言った。
「べっ、別にこいつは彼女なんかじゃありません!」
ヤノくんの顔が赤い。なんだか私も恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってくる。
「じゃあなんなんだよ?」
男の人がちょっと意地悪な感じで聞くと、ヤノくんは今度は顔面蒼白になって私を見た。
「……なぁ、お前って、俺のなんだっけ?」
私はもういたたまれなくなって、このまま押し黙りたかった。でもヤノくんは私に助けを求めている。答えないわけにはいかない。考えに考えて出した答えは……
「……と、友達ですか?」
ヤノくんはえっ、そうなの?というような顔をしている。しまった、間違えた……? でも、それ以外だとなんだろう?知り合い?ご飯仲間?ご近所さん?
2人とも青い顔をして見つめ合っていると、男の人は笑ってどこかへ行ってしまった。そのあとはすごく気まずい空気が流れて、私たちは無言で帰路に着いた。
前回と同じくサイファーが始まると、私は彼のラップに心を奪われた。本当に、彼の個性的な声と韻律はすごい!それに歌っている時の彼の凛とした表情も最高にかっこよかった。
「ヤノくん、今日もすごく良かったです」
前回と同じタイミングで私が話しかけると、ヤノくんはあからさまにギョッとした。顔色がちょっと青い。
「どうかしましたか?」
「……お前、来ないと思ってた」
しばしの沈黙。ヤノくんは決まりが悪そうにして目を逸らす。
あ、これってきっとお金は返してくれないんだな、と分かる。でも全然ショックじゃなかった。むしろなんとなくこうなる気がしていたから、私は笑った。
「お金のことはいいですよ。今日も素敵なラップを聴かせて貰ったから、そのお礼に取っておいてください」
ヤノくんはじっと私を見てきた。私の言うことが信じられないようだし、呆れたような表情だ。
「お前、そんなんじゃすぐカモにされんぞ」
「あはは。ヤノくんにならそうされてもいいです」
ヤノくんはちょっと考えこむような顔をしている。私はしばらくして、恐る恐る切り出した。
「また次のサイファーも参加しますか?」
「多分」
「じゃあ私、また次も来ます。楽しみにしてますね」
駅に向かって歩き出そうとした時、ヤノくんがまたボソリと言った。
「お前、晩飯奢ってくんねぇ?」
駅前のファミレスに入ると、店内はかなり混雑していたが、私とヤノくんはすぐに通された。窓際のテーブル席に着く。
外は沢山の人達が行き交っている。もしかしたら、私たちって外から見ると彼氏と彼女に見えたりするのかなぁ?などという、とんでもなくバカな考えが頭をよぎった。
なんでそんな考えが浮かんできたのかというと、私は男の子とこんな風に食事をするのが初めてだったからだ。つまりめちゃくちゃ浮き足立っていた。
「ヤノくん、なんでも食べてくださいね!」
緊張を隠すために満面の笑みでそう言ったが、すぐに訂正するハメになった。
「……と言いたいところなんですが、私もお給料日前で金欠気味でした……」
どんどん語尾が小さくなる。ヤノくんは無表情でメニューに指をさした。
「これしか食わねぇから安心しろ」
「私もこのドリア大好きです!」
ヤノくんはどうやら少食みたいだった。私に気を遣って注文しないのではなく、ほんとにそれだけで満腹になるのだという。私たちはドリアとドリンクバーを注文した。
美味しくいただいていると、ヤノくんはメロンソーダを飲みながら、スマホ画面に目を落としたままで尋ねた。
「お前、門限とかねぇの?もう割と遅い時間だと思うけど」
「大丈夫です。一人暮らしなので」
「へぇ。田舎から出て来たんか?」
「いえ、ずっと関東です。私、親がいないので」
ヤノくんは私を見た。
「その年で?」
「はい。というか私、初めから親はいなくて、施設で育ったんです。今は一人暮らしだから、帰りが遅くても咎める人はいません」
ヤノくんは何も言わず、スプーンを取ってドリアを食べ始めた。その食べ方がとても個性的だったので、私はかなりビックリしてしまった。スプーンの使い方が変なのだ。グーの手で鷲掴みにするように握っていて、食べにくそうだ。
古い記憶が蘇ってきた。その食べ方は、以前にも見覚えがある。そんなことは指摘できないから、私は気にしないふりをする。
「ヤノくんは学生さんなんですか?」
「んーん。働いてる」
「そうなんですね。実は私も昼間は仕事をしていて、夜は定時制の高校に通ってるんです」
「すげぇな。働いたあとで勉強とかマジ無理無理」
今のマジ無理無理という言い方はなんだかポップで面白かった。
「あはは。全然すごくないですよ。授業も4時間しかないですし」
その時ヤノくんのスマホが鳴って、彼はあからさまにギョッとした。慌てて応答すると、スマホから男の人の大声が聞こえてくる。どうやらヤノくんは怒られているようだった。
すみませんすみません、とひたすら謝り続けるヤノくん。でもそのうち面倒くさそうな顔になって、その件は明日なんとかしますんで、と言って通話を切ってしまった。
「……お仕事の電話ですか?」
「そう。めんどくせぇことは明日でいいのにな」
どこか他人事のヤノくんに、私はやっぱり心の中で笑ってしまった。この適当さは清々しい。
「どんなお仕事をされてるんですか?」
ヤノくんはちょっと首を傾げたあと、窓の方を見ながら答えた。
「自由業に近い会社員?」
それから私とヤノくんは隔週ごとのサイファーで会い、そのあとファミレスに寄って一緒に帰るのが定番になった。
私はヤノくんの歌声が聴けるのが嬉しかったし、そのあと彼と過ごせる時間が本当に楽しかった。家族もなく、友達も殆どいない私にとって、その時間はかけがえのない時間だった。
彼はどうやら雑談は苦手なようで、普段はあまり話さないけれど、たまに面白いことを言って私を笑かしてくれる。例えばヤノくんは、私がご馳走するたびに必ず、いつか出世払いで10万倍にして返す、と言った。その言葉が面白くて私はいつも笑った。すごいビッグマウスだ。
それから私たちには共通の趣味があった。音楽鑑賞だ。お気に入りの曲やアーティストについての話題は盛り上がるとまではいかないけれど、話のネタとしては十分だった。
季節が変わり、年が明けた1月の終わりのことだった。
私とヤノくんがいつものように食事をしてファミレスを出ると、突然声をかけられた。
「おい、ヤノ。お前彼女がいたのか」
見上げると、スーツを着て口に煙草をくわえた、背の高い男性だ。ヤノくんは目を丸くして先輩、とだけ呟いて絶句している。どうやら職場の先輩のようだった。
「おい、めちゃくちゃ可愛い子じゃねぇか。まさかお前みたいなのにも、こんな彼女がいるとはな」
男の人は揶揄うようにヤノくんに絡んでいる。私は挨拶をしないと、と内心思いながらも、なんだかそんな雰囲気ではなく黙っていた。
ヤノくんはしばらく俯いていたが、バッと顔を上げて早口で言った。
「べっ、別にこいつは彼女なんかじゃありません!」
ヤノくんの顔が赤い。なんだか私も恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってくる。
「じゃあなんなんだよ?」
男の人がちょっと意地悪な感じで聞くと、ヤノくんは今度は顔面蒼白になって私を見た。
「……なぁ、お前って、俺のなんだっけ?」
私はもういたたまれなくなって、このまま押し黙りたかった。でもヤノくんは私に助けを求めている。答えないわけにはいかない。考えに考えて出した答えは……
「……と、友達ですか?」
ヤノくんはえっ、そうなの?というような顔をしている。しまった、間違えた……? でも、それ以外だとなんだろう?知り合い?ご飯仲間?ご近所さん?
2人とも青い顔をして見つめ合っていると、男の人は笑ってどこかへ行ってしまった。そのあとはすごく気まずい空気が流れて、私たちは無言で帰路に着いた。