第20話 クリスマス
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2ヶ月後。クリスマスの夜、私は自宅で料理をしていた。今夜は1人きりだけど、ビーフシチューを煮込み、パウンドケーキを焼いている。シーフードサラダも作り、ちょっと豪華な夕飯だ。
ヤノくんはあれからどうしているだろうか?彼のことを考えない日はない。
食材をテーブルに並べ、いただきますをしようとした時だった。インターホンがなった。こんな時間に一体誰だろう?
ドアスコープを確認して私は息を飲んだ。すぐに玄関のドアを開ける。そしてその人を中に招き入れると、ドアを閉め鍵をチェーンまでかけ、声を押し殺して尋ねた。
「ヤノくん。大丈夫ですか?」
彼は全身びしょ濡れだった。黒い大きなリュックサックをドサッと床に落としてから、小声で言った。
「めっちゃさみぃ」
そりゃあそうだろう。この真冬に全身ずぶ濡れなのだから。私はすぐに彼を浴室へと案内し、彼の着ていたスーツを「おうちクリーニングモード」で洗濯機にかける。
お風呂から上がると、彼は私が渡したジャージを着て出てきた。いつか彼が泊まりにくる事があるかもしれないと、随分前に買ったものだった。
「ヤノくん、ご飯食べましょう。今日はクリスマスだから沢山作ったんです。ちょうど良かったです」
私が笑顔でそういうと、ヤノくんは頷いた。
食事中、私たちは無言だった。私はもう、この状況が色々と理解出来ていた。彼はきっと大変な事態なのだろう。彼の顔を見れば分かる。ものすごく疲れて意気消沈しているからだ。
彼は食欲がないのかあまり食べなかった。
片付けを終え、私はヤノくんの隣に座った。彼はやっぱり何も話さない。それでもいつまでもこの状況ではいられない。
「ヤノくん、聞いてもいいですか?どうしてずぶ濡れだったんしょうか」
「……東京湾ダイブした」
「えぇっ!?」
ヤノくんは無表情で俯いている。イヤな予感がする。先ほどテレビのニュースで、今日東京湾で事件があったと報じていた。確かそのとき、現場から逃亡した容疑者がいる、と聞いたような……
「いま俺は警察に追われてる」
予感が的中してしまった。私はビックリしすぎて何も言えない。
「失敗した。銀行強盗しようとしてミスって、パトカー盗んで、金を奪った奴追いかけてこのザマ」
もう本当に信じられなくて、私は絶句した。これまで彼からどんな仕事をしているのか聞いたことはなかったし、まさか今日、そんなことになっているだなんて夢にも思わなかった。
けれども意気消沈する彼を見て、私は開き直った。だって今、彼はきっと人生最大のピンチなのだ。そんなときに私を頼ってきてくれたことがとてもとても嬉しい。それに今こそ私は、自分の思いを伝えるときだと思った。
「ヤノくん!私の話を聞いてくださいっ!」
私が両手で彼の手を取ると、ヤノくんはうつろな瞳で私を見た。私は静かに話し始めた。
「実は私は小学生のころ、当時暮らしていた施設の職員に乱暴されそうになりました。その夜のことは何も覚えてないですが、ナイフを持って脅されたみたいです。この右胸の傷は、そのときにつけられたものでした」
ヤノくんはちょっとだけ目を見開いた。
「その人は私がとても信頼していた男性の職員でした。それから私は、ショックで声が出せなくなりました。何ヶ月も経ってからなんとか話せるようになりましたが、どうしても敬語でしか話せなくなったんです」
ヤノくんは何も言わないが、私の話にしっかりと耳を傾けてくれている。
「それから人間不信気味になって、特に男の人が怖くなりました。なかなか友達も出来ないし、すごく生きにくくなりました。でもあの15歳の日、横浜のサイファーでヤノくんを見たとき、すごく感動して声をかけることが出来たんです。それから私は、毎日とても楽しくなりました。ヤノくんと友達になれたからです」
ヤノくんはやっぱりなにも言わず、私は続けた。
「それから少しずつ、他の人達にも心を開けるようになりました。つまり私にとって、ヤノくんは恩人なんです。だから私は、ヤノくんがどんなことをしても味方です。助けます」
私が満面の笑みを見せると、ヤノくんはようやく口を開いた。
「……お前、なんで俺には話しかけれたんだ?男は怖かったんだろ?」
「はい。それは私も不思議で後になって沢山考えたのですが、多分、ヤノくんがあまり男の人っぽくなかったからだと思います。細身で身長も高くないし、見た目もちょっと女の子っぽく感じたから、あまり緊張しなかったんです」
「……お前、バカにしてるだろ」
「いえ、全く!」
私は笑ったが、ヤノくんは私をちょっと睨んでいる。なんだかやっと、昔の2人に戻れてきた気がする。
「ヤノくんはこれからどうしたいですか?もし良かったら、私から提案があるんですが、聞いてもらえますか?」
恐る恐る尋ねると、ヤノくんは頷いた。
「ずっとずっと私、胸に秘めてきたことがあるんです。ヤノくんの仕事のことは知ってました。悪いことをしてるのも。生きていくためだから仕方なかったんです。私も家族がいないから、ヤノくんと同じ状況だったらきっと同じことをしていたと思います。でも……」
私は彼の手は握ったまま、彼の目は見れずに続けた。
「悪いことをしたら、いつか必ず自分にも返ってきます。必ず罪を償わないといけません。だから私と一緒に自首しませんか?」
それはずっとずっと前から心に秘めていたことだった。いつか罪を償って、まっとうな人生を送ってほしい。今はそのチャンスだ。最後の。
ヤノくんはしばらくしてから覇気のない声で言った。
「……けど俺は、刑務所から出たあとは、もう今さら表の仕事なんて出来ねぇぞ」
「大丈夫です!それなら何も問題ありません。すぐに解決出来ます!」
私は意気揚々と顔をあげ、ヤノくんは無表情で私を見た。
「ヤノくんは働かなくて大丈夫です!私の家でのんびり暮らしてください」
「はぁ?」
ヤノくんは信じられないようで、これでもかというほど呆れた表情をしている。
「家事も何もしなくていいので、この家で毎日好きなことして暮らしてください!私、お給料は多くはありませんがこれでも貯金は頑張ってるんです。贅沢な暮らしは出来ませんが、ヤノくんがしたいことは全部やってください」
私はにっこり笑った。ヤノくんはめちゃくちゃげんなりしている。
「お前、ほんとにアホだな。そんなんだとすぐカモにされるぞ」
「ヤノくんにだけは、大歓迎です」
なんだかこの会話は前にもした気がする。ヤノくんは私から手を離した。
「お前はそれでいいのかもしれねぇけど、俺は了解出来ない。そんな事になったら、お前ますます結婚とか出来なくなるだろ」
「結婚なんて一生しません。私はずっと、ヤノくんといたいです」
なんだか今のって、またプロポーズみたいだなぁと思う。でも必死だった。今日は絶対に、私は引き下がらない。
「……はぁ。救いようのないバカだな」
ヤノくんはそう言ったきり、黙ってしまった。私はとても不安になる。彼はこれからどうしたいのだろう?やり直すチャンスは今しかないのに……
彼はしばらくすると顔を上げて、なんでもないことのように言った。
「……じゃあ俺、お前の世話になる。ただしちゃんとした仕事が見つかるまでの間だけ」
「ほんとですか?!」
私は飛び上がりそうなほどに嬉しくて、ちょっと大きな声を出してしまった。
そのとき洗濯機のアラームが鳴って、乾燥まで終わったことを告げた。私はすぐに取りに行って、アイロンをかける。
だんだんと彼とのお別れが迫っていることに、胸が苦しくなってきた。
スーツに着替えると、彼は少しだけ顔色が戻り、元気になったように見えた。そうだ、忘れるとこだった、と私の所に黒いリュックサックを持ってくる。ものすごく重そうだ。ヤノくんは淡々と説明した。
「これは正真正銘、俺がまっとうなルートで作った分だ。全部お前にやるから、出来るだけ早急に使いきれ」
「……あの、中身はなんなんですか?」
「いいか、絶対にすぐ使い切れよ?使い道は……そうだな、まずお前のその胸の傷を整形手術で消して、次にマンション買って引っ越して……」
ヤノくんが何を言っているのか分からない。
「あとはまぁ、服とか靴とかか。とにかくこれは、これまでのお前への礼だ」
ヤノくんはもう玄関の前に立っている。私はおろおろしながら言った。
「ヤノくん、せめて明日の朝までここにいて、ゆっくり寝たらどうでしょうか?疲れてますし、それにまだ私、ヤノくんと一緒にいたいんです……」
「ダメだ。ここに警察が来たら困る」
「でも……」
ヤノくんが玄関のチェーンを外そうとして、慌てて側に寄った。
「私、面会に行ってもいいですか?ヤノくんの好きなドロップ持って行きます」
「あぁ、来るのは刑が確定したら」
最後にそう言って、ヤノくんは出て行った。
あまりにもあっけない別れに、私は呆然としてしまった。もっともっと彼と話がしたかった。きっとこれから何年も会えないだろう。すごく切なくて、悲しい気持ちが込み上げてくる。
けれどもそんな気持ちは、いとも簡単に吹き飛ばされた。リュックの中身を確認して、私はビックリ仰天してしまったからだ。
「うそ、何これ……」
中身は大量の札束だった。多分、何千万円もある……
ヤノくんの置き土産に、私は顔面蒼白になった。
ヤノくんはあれからどうしているだろうか?彼のことを考えない日はない。
食材をテーブルに並べ、いただきますをしようとした時だった。インターホンがなった。こんな時間に一体誰だろう?
ドアスコープを確認して私は息を飲んだ。すぐに玄関のドアを開ける。そしてその人を中に招き入れると、ドアを閉め鍵をチェーンまでかけ、声を押し殺して尋ねた。
「ヤノくん。大丈夫ですか?」
彼は全身びしょ濡れだった。黒い大きなリュックサックをドサッと床に落としてから、小声で言った。
「めっちゃさみぃ」
そりゃあそうだろう。この真冬に全身ずぶ濡れなのだから。私はすぐに彼を浴室へと案内し、彼の着ていたスーツを「おうちクリーニングモード」で洗濯機にかける。
お風呂から上がると、彼は私が渡したジャージを着て出てきた。いつか彼が泊まりにくる事があるかもしれないと、随分前に買ったものだった。
「ヤノくん、ご飯食べましょう。今日はクリスマスだから沢山作ったんです。ちょうど良かったです」
私が笑顔でそういうと、ヤノくんは頷いた。
食事中、私たちは無言だった。私はもう、この状況が色々と理解出来ていた。彼はきっと大変な事態なのだろう。彼の顔を見れば分かる。ものすごく疲れて意気消沈しているからだ。
彼は食欲がないのかあまり食べなかった。
片付けを終え、私はヤノくんの隣に座った。彼はやっぱり何も話さない。それでもいつまでもこの状況ではいられない。
「ヤノくん、聞いてもいいですか?どうしてずぶ濡れだったんしょうか」
「……東京湾ダイブした」
「えぇっ!?」
ヤノくんは無表情で俯いている。イヤな予感がする。先ほどテレビのニュースで、今日東京湾で事件があったと報じていた。確かそのとき、現場から逃亡した容疑者がいる、と聞いたような……
「いま俺は警察に追われてる」
予感が的中してしまった。私はビックリしすぎて何も言えない。
「失敗した。銀行強盗しようとしてミスって、パトカー盗んで、金を奪った奴追いかけてこのザマ」
もう本当に信じられなくて、私は絶句した。これまで彼からどんな仕事をしているのか聞いたことはなかったし、まさか今日、そんなことになっているだなんて夢にも思わなかった。
けれども意気消沈する彼を見て、私は開き直った。だって今、彼はきっと人生最大のピンチなのだ。そんなときに私を頼ってきてくれたことがとてもとても嬉しい。それに今こそ私は、自分の思いを伝えるときだと思った。
「ヤノくん!私の話を聞いてくださいっ!」
私が両手で彼の手を取ると、ヤノくんはうつろな瞳で私を見た。私は静かに話し始めた。
「実は私は小学生のころ、当時暮らしていた施設の職員に乱暴されそうになりました。その夜のことは何も覚えてないですが、ナイフを持って脅されたみたいです。この右胸の傷は、そのときにつけられたものでした」
ヤノくんはちょっとだけ目を見開いた。
「その人は私がとても信頼していた男性の職員でした。それから私は、ショックで声が出せなくなりました。何ヶ月も経ってからなんとか話せるようになりましたが、どうしても敬語でしか話せなくなったんです」
ヤノくんは何も言わないが、私の話にしっかりと耳を傾けてくれている。
「それから人間不信気味になって、特に男の人が怖くなりました。なかなか友達も出来ないし、すごく生きにくくなりました。でもあの15歳の日、横浜のサイファーでヤノくんを見たとき、すごく感動して声をかけることが出来たんです。それから私は、毎日とても楽しくなりました。ヤノくんと友達になれたからです」
ヤノくんはやっぱりなにも言わず、私は続けた。
「それから少しずつ、他の人達にも心を開けるようになりました。つまり私にとって、ヤノくんは恩人なんです。だから私は、ヤノくんがどんなことをしても味方です。助けます」
私が満面の笑みを見せると、ヤノくんはようやく口を開いた。
「……お前、なんで俺には話しかけれたんだ?男は怖かったんだろ?」
「はい。それは私も不思議で後になって沢山考えたのですが、多分、ヤノくんがあまり男の人っぽくなかったからだと思います。細身で身長も高くないし、見た目もちょっと女の子っぽく感じたから、あまり緊張しなかったんです」
「……お前、バカにしてるだろ」
「いえ、全く!」
私は笑ったが、ヤノくんは私をちょっと睨んでいる。なんだかやっと、昔の2人に戻れてきた気がする。
「ヤノくんはこれからどうしたいですか?もし良かったら、私から提案があるんですが、聞いてもらえますか?」
恐る恐る尋ねると、ヤノくんは頷いた。
「ずっとずっと私、胸に秘めてきたことがあるんです。ヤノくんの仕事のことは知ってました。悪いことをしてるのも。生きていくためだから仕方なかったんです。私も家族がいないから、ヤノくんと同じ状況だったらきっと同じことをしていたと思います。でも……」
私は彼の手は握ったまま、彼の目は見れずに続けた。
「悪いことをしたら、いつか必ず自分にも返ってきます。必ず罪を償わないといけません。だから私と一緒に自首しませんか?」
それはずっとずっと前から心に秘めていたことだった。いつか罪を償って、まっとうな人生を送ってほしい。今はそのチャンスだ。最後の。
ヤノくんはしばらくしてから覇気のない声で言った。
「……けど俺は、刑務所から出たあとは、もう今さら表の仕事なんて出来ねぇぞ」
「大丈夫です!それなら何も問題ありません。すぐに解決出来ます!」
私は意気揚々と顔をあげ、ヤノくんは無表情で私を見た。
「ヤノくんは働かなくて大丈夫です!私の家でのんびり暮らしてください」
「はぁ?」
ヤノくんは信じられないようで、これでもかというほど呆れた表情をしている。
「家事も何もしなくていいので、この家で毎日好きなことして暮らしてください!私、お給料は多くはありませんがこれでも貯金は頑張ってるんです。贅沢な暮らしは出来ませんが、ヤノくんがしたいことは全部やってください」
私はにっこり笑った。ヤノくんはめちゃくちゃげんなりしている。
「お前、ほんとにアホだな。そんなんだとすぐカモにされるぞ」
「ヤノくんにだけは、大歓迎です」
なんだかこの会話は前にもした気がする。ヤノくんは私から手を離した。
「お前はそれでいいのかもしれねぇけど、俺は了解出来ない。そんな事になったら、お前ますます結婚とか出来なくなるだろ」
「結婚なんて一生しません。私はずっと、ヤノくんといたいです」
なんだか今のって、またプロポーズみたいだなぁと思う。でも必死だった。今日は絶対に、私は引き下がらない。
「……はぁ。救いようのないバカだな」
ヤノくんはそう言ったきり、黙ってしまった。私はとても不安になる。彼はこれからどうしたいのだろう?やり直すチャンスは今しかないのに……
彼はしばらくすると顔を上げて、なんでもないことのように言った。
「……じゃあ俺、お前の世話になる。ただしちゃんとした仕事が見つかるまでの間だけ」
「ほんとですか?!」
私は飛び上がりそうなほどに嬉しくて、ちょっと大きな声を出してしまった。
そのとき洗濯機のアラームが鳴って、乾燥まで終わったことを告げた。私はすぐに取りに行って、アイロンをかける。
だんだんと彼とのお別れが迫っていることに、胸が苦しくなってきた。
スーツに着替えると、彼は少しだけ顔色が戻り、元気になったように見えた。そうだ、忘れるとこだった、と私の所に黒いリュックサックを持ってくる。ものすごく重そうだ。ヤノくんは淡々と説明した。
「これは正真正銘、俺がまっとうなルートで作った分だ。全部お前にやるから、出来るだけ早急に使いきれ」
「……あの、中身はなんなんですか?」
「いいか、絶対にすぐ使い切れよ?使い道は……そうだな、まずお前のその胸の傷を整形手術で消して、次にマンション買って引っ越して……」
ヤノくんが何を言っているのか分からない。
「あとはまぁ、服とか靴とかか。とにかくこれは、これまでのお前への礼だ」
ヤノくんはもう玄関の前に立っている。私はおろおろしながら言った。
「ヤノくん、せめて明日の朝までここにいて、ゆっくり寝たらどうでしょうか?疲れてますし、それにまだ私、ヤノくんと一緒にいたいんです……」
「ダメだ。ここに警察が来たら困る」
「でも……」
ヤノくんが玄関のチェーンを外そうとして、慌てて側に寄った。
「私、面会に行ってもいいですか?ヤノくんの好きなドロップ持って行きます」
「あぁ、来るのは刑が確定したら」
最後にそう言って、ヤノくんは出て行った。
あまりにもあっけない別れに、私は呆然としてしまった。もっともっと彼と話がしたかった。きっとこれから何年も会えないだろう。すごく切なくて、悲しい気持ちが込み上げてくる。
けれどもそんな気持ちは、いとも簡単に吹き飛ばされた。リュックの中身を確認して、私はビックリ仰天してしまったからだ。
「うそ、何これ……」
中身は大量の札束だった。多分、何千万円もある……
ヤノくんの置き土産に、私は顔面蒼白になった。