第10話 事件① -ミーアキャットのお巡りさん-
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私たちは25歳になった。ヤノくんはドブさんから一人立ちして、新しい体制で仕事を始めたらしい。関口さんという直属の部下がついて、2人で仕事を進めているようだった。
また多忙で会えない日が続いている。私は彼の邪魔にならないよう、こちらから連絡するのは控えていた。
そんなある秋の日、私は有給を使って1人旅に出た。行き先は千葉の片田舎だ。なんだかのんびりと海が見たくなって、午後からふらりと出た旅だった。
そういえば、海にはヤノくんと行ったことがない。いつか一緒に行ってみたいなぁなんて考えながら、電車に揺られる。
駅前のカフェで美味しいパンケーキを食べ、海を眺めた。平日なので人気はなく、のんびりと過ごすことができた。すぐに夕方になって、辺りが暗くなる。
そろそろ帰ろうと思い、歩道をてくてくと駅に向かって歩く。
歩道側に持っているバッグを、スマホを取り出そうと一瞬だけ車道側に持った、その瞬間だった。
後ろから猛スピードで走ってきたバイクに、バッグをひったくられてしまった。あまりに突然の出来事で頭がおいつかない。かなりの衝撃があり、地面に飛ばされて脚をくじいてしまった。
「い、痛い……」
辺りはもう真っ暗だ。絶望感でいっぱいになった。
なんとか足を引きずって駅前まで戻ったが、無人駅のため交番がない。先ほどのカフェに入り事情を説明すると、次の駅なら主要駅だし、交番もあるとのことだった。歩いて15分くらいらしい。
タクシーを呼ぼうか迷ったけれど、お金もないし、なんとか歩ける距離だ。キツいけど、線路沿いを歩いて向かうことにした。
てくてくと脚を引きずりながら歩く。これはツラい……15分では着かないな、と思い始めたとき。クラクションの音がして、一台の車が停まった。それはパトカーだった。
「どうかしましたか?」
あぁ、救世主とはまさに彼のことだ!!私はすぐさま事情を説明した。
その後、なんとパトカーで自宅近くの交番まで送って貰えることになり、私は本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
パトカーの助手席に乗り込んだとき、私はとても驚いた。だってそのお巡りさんは、昔ヤノくんを職質したあのお巡りさんだったからだ!ミーアキャット似の。私が目を丸くしていると、お巡りさんはニヤリと笑った。
「すごい偶然だ。また会いましたね。たしか2年ほど前に、○○駅のスーパーの前で職務質問したことがあったと思います」
「……私も覚えています。本当に、すごい偶然でびっくりしました」
このお巡りさんの記憶力はすごい。私は彼が、ミーアキャットに似ているから覚えていただけだった。どうして私のことなんて覚えているのだろう?
彼の名前は、大門さんというらしい。
「僕がここを通ったのも偶然なんですよ。たまたま都内からこっちに用があって」
「本当に有難うございました。良かったです。お巡りさんが見つけてくださらなかったら、きっと行き倒れていたと思います」
本当に、こんな偶然ってあるのだろうか?でも今日のお巡りさんは前と違って優しい雰囲気で、心から安心出来た。
「まぁ、それはちょっと大袈裟でしょう。それより、スマホ貸すから連絡したい人に電話していいよ」
「申し訳ありません。有難うございます」
お巡りさんは車を出した。私は借りたスマホで、誰に電話するかを考える。番号を記憶しているのは1人しかいない。ヤノくんだ。彼に連絡するのはとても気が引けた。新体制で大変ないま、迷惑をかけたくない。
「家族にかけるのが普通だよね」
お巡りさんはハンドルを握り前を向いたまま尋ねた。
「それが、家族はいないんです。1人だけ連絡先が分かる友人に掛けたいのですが、忙しいと思うので躊躇してしまいます……」
「それってあの日一緒にいたスーツの男性かい?」
「はい」
お巡りさんは優しげな声で言った。
「彼しかいないなら連絡するべきだよ。一大事だからね。君もこんなことになって心細いだろうし、助けを求められる人は頼るべきだ」
その言葉に勇気をもらい、私はスマホをタップした。
ヤノくんはすぐに応答してくれた。
「苗字?何かあったのか」
説明すると、ヤノくんはめちゃくちゃ怒ったみたいだった。私の無事を確認したあとは、物凄い早口で、ひったくられた場所と時刻、どんなバイクだったか、ナンバーは覚えているかなど矢継ぎ早に聞かれる。
私は覚えている範囲で答えたが、こんなヤノくんは初めてだった。前にフレンチディナーに行ったとき、ヤノくんが見せた冷徹な表情を思い出す。怖い。彼に嫌われてしまったかなぁ、と思うと、涙が出そうになった。でもグッとこらえる。
「それで、最寄駅の交番まで帰ってくるんだな?」
「はい……」
「じゃあ迎えに行くからとりあえず警察に被害届出しとけ」
ヤノくんは吐き捨てるように言って、そこで通話を切った。私はお腹の辺りが痛くなってきて、気持ちは沈み込む一方だ。スマホを返し、俯く。お巡りさんはやはり前を向いたまま尋ねた。
「来てくれることになって良かったじゃない」
「はい……」
しばらく沈黙したあと、お巡りさんは続けた。
「答えたくなかったらいいけど、あの人は君の彼氏なの?」
「いえ、友達です」
また暫く沈黙があって、お巡りさんは低い声で言った。
「苗字さん。これから言うことは僕の独り言だから聞き流してくれてもいいんだけどね。あの彼、良くない仕事をしているよね?」
私はハッとしてお巡りさんの方を見た。お巡りさんはニヤリと笑った。今度は先ほどとは打って変わって、高慢そうに。
「彼はね、やくざだよ」
がつんと頭を殴られたような感覚になる。勿論それは前から知っていた。ヤノくんと出会って少しした頃から。でもお巡りさんにこうしてはっきり指摘されるとショックだった。
「なかなか尻尾を出さない悪知恵のきくタイプの輩でね。我々もなかなか捕まえられないんだよ」
私は黙っている。
「ずっと君のことが心配だったんだ。彼とかなり親しくしてるようだったし、きっと彼に利用されてるんだろうって」
「……彼は、私のことを利用したことはありません」
お巡りさんはもっと威圧的な声になる。
「本当かい?これもまた聞き流してくれていいんだけどね、彼みたいなタイプは、女性を利用するだけ利用するんだよ。例えば君みたいに若くて可憐な女性を、薬づけにして悪いことをさせたり」
心臓がばくばくいっている。でもそれは嘘だ。私にとっては。彼はそんな素振りを見せたことはない。
「彼は私にとって大切な友達です。そんなことは絶対にありません」
私はお巡りさんの目を真っ直ぐに見て、絞り出すような声でそう言った。
また多忙で会えない日が続いている。私は彼の邪魔にならないよう、こちらから連絡するのは控えていた。
そんなある秋の日、私は有給を使って1人旅に出た。行き先は千葉の片田舎だ。なんだかのんびりと海が見たくなって、午後からふらりと出た旅だった。
そういえば、海にはヤノくんと行ったことがない。いつか一緒に行ってみたいなぁなんて考えながら、電車に揺られる。
駅前のカフェで美味しいパンケーキを食べ、海を眺めた。平日なので人気はなく、のんびりと過ごすことができた。すぐに夕方になって、辺りが暗くなる。
そろそろ帰ろうと思い、歩道をてくてくと駅に向かって歩く。
歩道側に持っているバッグを、スマホを取り出そうと一瞬だけ車道側に持った、その瞬間だった。
後ろから猛スピードで走ってきたバイクに、バッグをひったくられてしまった。あまりに突然の出来事で頭がおいつかない。かなりの衝撃があり、地面に飛ばされて脚をくじいてしまった。
「い、痛い……」
辺りはもう真っ暗だ。絶望感でいっぱいになった。
なんとか足を引きずって駅前まで戻ったが、無人駅のため交番がない。先ほどのカフェに入り事情を説明すると、次の駅なら主要駅だし、交番もあるとのことだった。歩いて15分くらいらしい。
タクシーを呼ぼうか迷ったけれど、お金もないし、なんとか歩ける距離だ。キツいけど、線路沿いを歩いて向かうことにした。
てくてくと脚を引きずりながら歩く。これはツラい……15分では着かないな、と思い始めたとき。クラクションの音がして、一台の車が停まった。それはパトカーだった。
「どうかしましたか?」
あぁ、救世主とはまさに彼のことだ!!私はすぐさま事情を説明した。
その後、なんとパトカーで自宅近くの交番まで送って貰えることになり、私は本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
パトカーの助手席に乗り込んだとき、私はとても驚いた。だってそのお巡りさんは、昔ヤノくんを職質したあのお巡りさんだったからだ!ミーアキャット似の。私が目を丸くしていると、お巡りさんはニヤリと笑った。
「すごい偶然だ。また会いましたね。たしか2年ほど前に、○○駅のスーパーの前で職務質問したことがあったと思います」
「……私も覚えています。本当に、すごい偶然でびっくりしました」
このお巡りさんの記憶力はすごい。私は彼が、ミーアキャットに似ているから覚えていただけだった。どうして私のことなんて覚えているのだろう?
彼の名前は、大門さんというらしい。
「僕がここを通ったのも偶然なんですよ。たまたま都内からこっちに用があって」
「本当に有難うございました。良かったです。お巡りさんが見つけてくださらなかったら、きっと行き倒れていたと思います」
本当に、こんな偶然ってあるのだろうか?でも今日のお巡りさんは前と違って優しい雰囲気で、心から安心出来た。
「まぁ、それはちょっと大袈裟でしょう。それより、スマホ貸すから連絡したい人に電話していいよ」
「申し訳ありません。有難うございます」
お巡りさんは車を出した。私は借りたスマホで、誰に電話するかを考える。番号を記憶しているのは1人しかいない。ヤノくんだ。彼に連絡するのはとても気が引けた。新体制で大変ないま、迷惑をかけたくない。
「家族にかけるのが普通だよね」
お巡りさんはハンドルを握り前を向いたまま尋ねた。
「それが、家族はいないんです。1人だけ連絡先が分かる友人に掛けたいのですが、忙しいと思うので躊躇してしまいます……」
「それってあの日一緒にいたスーツの男性かい?」
「はい」
お巡りさんは優しげな声で言った。
「彼しかいないなら連絡するべきだよ。一大事だからね。君もこんなことになって心細いだろうし、助けを求められる人は頼るべきだ」
その言葉に勇気をもらい、私はスマホをタップした。
ヤノくんはすぐに応答してくれた。
「苗字?何かあったのか」
説明すると、ヤノくんはめちゃくちゃ怒ったみたいだった。私の無事を確認したあとは、物凄い早口で、ひったくられた場所と時刻、どんなバイクだったか、ナンバーは覚えているかなど矢継ぎ早に聞かれる。
私は覚えている範囲で答えたが、こんなヤノくんは初めてだった。前にフレンチディナーに行ったとき、ヤノくんが見せた冷徹な表情を思い出す。怖い。彼に嫌われてしまったかなぁ、と思うと、涙が出そうになった。でもグッとこらえる。
「それで、最寄駅の交番まで帰ってくるんだな?」
「はい……」
「じゃあ迎えに行くからとりあえず警察に被害届出しとけ」
ヤノくんは吐き捨てるように言って、そこで通話を切った。私はお腹の辺りが痛くなってきて、気持ちは沈み込む一方だ。スマホを返し、俯く。お巡りさんはやはり前を向いたまま尋ねた。
「来てくれることになって良かったじゃない」
「はい……」
しばらく沈黙したあと、お巡りさんは続けた。
「答えたくなかったらいいけど、あの人は君の彼氏なの?」
「いえ、友達です」
また暫く沈黙があって、お巡りさんは低い声で言った。
「苗字さん。これから言うことは僕の独り言だから聞き流してくれてもいいんだけどね。あの彼、良くない仕事をしているよね?」
私はハッとしてお巡りさんの方を見た。お巡りさんはニヤリと笑った。今度は先ほどとは打って変わって、高慢そうに。
「彼はね、やくざだよ」
がつんと頭を殴られたような感覚になる。勿論それは前から知っていた。ヤノくんと出会って少しした頃から。でもお巡りさんにこうしてはっきり指摘されるとショックだった。
「なかなか尻尾を出さない悪知恵のきくタイプの輩でね。我々もなかなか捕まえられないんだよ」
私は黙っている。
「ずっと君のことが心配だったんだ。彼とかなり親しくしてるようだったし、きっと彼に利用されてるんだろうって」
「……彼は、私のことを利用したことはありません」
お巡りさんはもっと威圧的な声になる。
「本当かい?これもまた聞き流してくれていいんだけどね、彼みたいなタイプは、女性を利用するだけ利用するんだよ。例えば君みたいに若くて可憐な女性を、薬づけにして悪いことをさせたり」
心臓がばくばくいっている。でもそれは嘘だ。私にとっては。彼はそんな素振りを見せたことはない。
「彼は私にとって大切な友達です。そんなことは絶対にありません」
私はお巡りさんの目を真っ直ぐに見て、絞り出すような声でそう言った。