第9話 睡眠障害

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 金曜日の夜。仕事を終え最寄駅まで帰ってくると、ヤノくんからメッセージが届いた。今からうちに来い、と書いてある。何かあったのかなぁ?私はそのままヤノくんのマンションに向かった。

 部屋に入ると、ヤノくんの様子がちょっとおかしい。顔色がすぐれないように見える。それにスーツじゃない私服のヤノくんは久しぶりだった。

 「ヤノくん、体調が良くないんですか?」

 ヤノくんはどこかボーッとしたような目をしている。

 「お前メシまだだろ?色々あるからまずは食えよ」

 「いいんですか?有難うございます!」

 リビングに来ると、テーブルの上に沢山の美味しそうなデリが置いてあった。

 「わぁ。すごい。これどうしたんですか?」

 「ボスからもらった。もう俺は食ったから、あとは全部お前が食ってくれ」

 「さ、流石に全部はムリなので……1つだけいただいて、残りは冷蔵庫に入れてもいいですか?明日も食べられますから」

 「うん」

 デリをいただいている最中も、ヤノくんはなんだかボーッとしている。スマホをいじるわけでもなく、音楽を聴くわけでもなく、ただじっと座っている。

 「ヤノくん、一体どうしたんですか?」

 ヤノくんはなかなか答えない。食べ終えてゴミをまとめ、全て片付けたとき、漸く彼は口を開いた。

 「実は最近、めちゃくちゃ眠てぇけど寝れねぇんだ」

 「それはつらいですね。どのくらい眠れていないんですか?」

 「1週間」

 「それは大変です。何か原因があるんでしょうか」

 「薬の影響かも」

 「何かの薬の副作用っていうことですか?ヤノくん、どこか体調が悪いんですか」

 「んーん。ドラッグ」

 「えぇっ?!」

 「前はそれで良く寝れたのに、最近は全然効果がねぇ」

 ヤノくんは呑気そうに大きなあくびをしながら背伸びをした。一方私は、衝撃的すぎてフリーズしている。

 「そ、そうなんですね……何か、眠りやすくなるものを作りましょうか?ホットミルクやスープとか」

 「んー。そういうのは全部試したけどダメだった」

 「それではお手上げですね」

 「いや、1つだけ方法がある」

 「それは良かったです!なんですか?」

 ヤノくんはとろんとした目で笑うと私の手を取り、リビングの隣に続く寝室へ連れて行く。えっ?一体、何をするの??

 次の瞬間、かちこちに固まっている私ごと、ヤノくんはベッドへと潜り込んだ。えぇ〜っ?!!

 「ヤノくん!これは一体?!」

 慌てて起きあがろうとすると、ヤノくんががっちり私を掴んでくる。みっ、密着してる!!

 「お前がいるといつも良く眠れるんだよ。俺が寝たら風呂入ってきていーから、また戻ってきて」

 ヤノくんはもう目を閉じていて、気持ち良さそうな表情で今にも眠ってしまいそうだ。けど私は頭が追いつかない。だってこんなヤノくんに抱きつかれたような状況で、ドキドキしすぎて心臓が痛い……

 「……でも、これは流石に……」

 ヤノくんは薄く目を開けると、物凄く不機嫌そうな顔で私を睨んだ。

 「じゃあもっとドラッグやる」

 「だっ、ダメです!絶対ダメです、それは!!ダメ、絶対!!」

 「ならお前貸して」

 ヤノくんは一層強く私を抱きしめて、すやすやと寝息を立てはじめた。私はもう何がなんやらわからない。暫くそのまま顔を真っ赤にして固まっていた。



 翌朝。目を覚ますと時刻は9時だった。沢山寝たなぁ、と思ったけれど、ヤノくんはまだくうくうと気持ち良さそうに眠っている。

 その寝顔は本当に可愛いらしかった。彼は童顔だから、まだ10代のように見える。朝食の準備をしようかなぁ、と思ったけれど、ヤノくんが腕をのばしてしがみついてきたので、起き上がれなくなった。

 ひゃぁ〜!!これ、一体いつまで続くんだろう……

 ヤノくんは爆睡している。起こすのも可哀想なので、無理矢理2度寝をしようと目を瞑った。

 結局ヤノくんが起きたのは夕方だった。その時にはさすがに私も一度ベッドから出て、昨日のデリをブランチがわりにいただいていたが、また彼の隣に戻って起きるのを待っていた。

 「……あれ、お前、なんでここにいるんだよ?」

 ヤノくんは目をこすりながら驚いた顔をしている。

 「ヤノくん、それはあんまりです……」

 「あぁ、そうか。昨日お前を借りたんだっけ」

 借りたって……

 「ほんとはもうお前の世話にはなりたくなかったけど、眠気には勝てんかった」

 「そうですか。昨日は良く眠れましたか?」

 ヤノくんは笑った。

 「お陰様で」

 私も微笑んだ。

 「それは本当に、良かったです」

 結局それからヤノくんの不眠は治り、薬を使うこともなくなったとのことで、私は心の底からホッとした。
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