Inversion / Fragment



夕方のオフィス。

書類をまとめていた私の机に、カラフルな袋が落ちてきた。
ジルがにやりと笑いながら、「食べる?」と訊いてきた。

袋を一瞥したが、見慣れないその派手な色彩に戸惑った。
英字のロゴが大きく踊り、子供向けの玩具のように見える。

食べ物には見えなかった。

「不要です」
私は即座に首を横に振った。

「ほんとに? あんた、たまには甘いもの食べたっていいのよ」

ジルは笑って、袋ごと私の手元に押しつける。
わずかに目を瞬き、私はそれを受け取った。

だが、どう扱っていいか分からない。
結局、机の引き出しに仕舞った。

その場はそれで終わった。





その日の夜。私は夜勤で、オフィスにはもう誰もいなかった。

照明の一部だけが残され、静まり返っている。

ふと机の引き出しを開けると、昼間に受け取ったあの袋がそこにあった。

“skittles”

文字と色だけが派手に並び、やはり食べ物には見えない。

しばらく袋を指で転がし、やがて裂いた。

掌に転がった小さな粒。赤、黄、緑、紫……。

宝石の欠片のように鮮やかで、私は眉をひそめた。
本当に口に入れていいものなのか。

恐る恐るひと粒を唇に含む。

カリッ。

瞬間、舌に広がった強烈な甘さに、思わず息を止めた。
熱くも苦くもない。ただ、圧倒的に甘い。

「……甘い」
声にならない声が漏れた。

次の粒を取り出す。黄色。

それは酸味を含んだ甘さで、先ほどの赤とは違った。
緑は爽やかに、紫は濃厚に。

色ごとに味が違うと気づいた瞬間、私は目を見開いた。

次、次と手が伸びる。
気づけば机の上に色を並べ、一粒ずつ確かめるように噛んでいた。

粒には小さな“S”の文字が刻まれている。
私はそれをじっと見つめ、指先で転がしながら、味と色と形を夢中で観察していた。

こんなものを、私は知らなかった。
ただの菓子に過ぎないのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。



そのとき、不意に気配を感じた。
はっとして顔を上げる。

オフィスの入り口に、ウェスカーが立っていた。
腕を組み、冷たい視線でこちらを観察している。

いつから見られていたのか分からない。

私は弾かれたように立ち上がり、袋を背中に隠した。
「こ、これは……えっと……」

言葉が喉につかえて続かない。
頭が真っ白になり、視線が泳ぐ。

自分がなぜ動揺しているのかさえ分からなかった。

ウェスカーは短い沈黙ののち、低く言った。

「……答える必要はない」

冷徹な声音のはずなのに、なぜか耳に柔らかく響いた。

頬が熱を帯び、直立不動のまま硬直する。

彼は一瞥を残し、そのまま奥のキャプテンオフィスへと入っていった。



静寂が戻る。

私はしばらく動けなかった。
心臓が早鐘を打ち、指先が震えている。

袋をぎゅっと握りしめる。

舌にはまだ、さっきの鮮烈な甘さが残っていた。

「……甘い」

小さく呟き、ひと粒を口に含む。

甘さが広がるのと同時に、胸の奥が妙に切なく痛んだ。


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