6章




S.T.A.R.S.キャプテンとしての日常は、計算し尽くされた仮面を維持するための連続でしかない。

隊員の管理、装備の点検、事件報告書の精査。
いずれも本来の職務を装うための表層的な作業にすぎず、アンブレラの計画を静かに前進させるための偽装だ。
この日常の中で、私はウィルスが生み出すであろう進化を冷徹に待ち続けている。


だがその秩序に、一つの異物が投げ込まれた。
セラ・モーガン。
新たに配属されたルーキー。
しかもそれはある日突然だった。

S.T.A.R.S.への配属は、通常もっと慎重に進む。推薦、照会、選抜、面談……どれも時間がかかり、簡単には通らない。


だが彼女の場合、書類が上がった次の週には着任が決まっていた。


私は疑問を抱いていたが、アイアンズは言った。
「突然ではあるが、彼女は州からの推薦だ。優秀だぞ、ウェスカー。断る理由はあるのか?」

理屈としては正しい。
書類の上でも、彼女は非の打ち所のない人材だった。
軍歴、特殊戦闘経験、市街戦での功績。
数字だけ見れば、アルファに加えることに反論の余地はない。


私は異例だと思いながらも、最終的には受け入れた。

州が人材交流や派遣というプログラムで優秀な戦闘員が派遣する事は、おかしな事ではない。
むしろ今の街の状況と上層の判断を合わせれば整合性は取れる。

ただ全てが動くのが早すぎる。そのわずかな違和感だけが、胸の底で沈殿した。

だが……どうであろうと、その隠された真意は配属されてからじっくりと見抜いていけば良い。
書類の異例さより、実際の行動の方が信頼に足る。


セラに初めて会った日、私は事務的に「期待している」と告げた。
だが、その瞬間に見た彼女の反応は、過剰だった。
ただの新人が、上官の常套句に胸を撃ち抜かれたような表情を浮かべるか?

その視線に宿る熱は、理屈では説明できない。


訓練場での彼女の成績は、さらに異様だった。

標的射撃は群を抜いている。移動標的ですら、弾痕は中心に集束し、一枚の穴へ収束した。

格闘訓練でも同じだ。
クリスを地に伏せさせる新人など聞いたことがない。
彼女は力むこともなく、反射のように相手の重心を奪う。
あれは教範の型だけでは届かない動きだ。
もっと切迫した場で鍛えられたものに見える。

私はガラス越しに観察した。
彼女はこちらに気づき、呼吸を乱した。
視線を返した瞬間、心臓が跳ねるのを彼女は隠せなかった。
そして私は立ち去った。

ただの新人。
本来ならそう分類できたはずだ。
だが、私の内部で芽生えた違和感は消えなかった。

あれは、普通の軍歴では説明がつかない動きだった。

その夜、私は彼女の軍歴を深く照会した。
通常の人事ファイルを越え、複数の経路からバックチェックをかける。
しかしどこを探しても、詳細が何一つとして出てこなかった。

戦歴の記録も曖昧、部隊の所在も途切れ途切れ。
功績はあるのに、肝心の所属の痕跡が丸ごと抜け落ちている。

不自然な沈黙。
まるで、誰かが意図的に層を切り取ったかのようだ。

さらに深層の機密フォルダへアクセスしたとき、ようやく……
たった一行だけ、残されていた。

《UNIT:SFOD-D》

デルタ。
……そういうことか。

ならば、あの正確性も反応速度も説明がつく。
能力の異常な偏差も、冷静さも、過剰な警戒も。

だが同時に、疑問は残る。

なぜ、それほどの人材がよりによってこの街の警察組織に?
しかもほとんど前触れもなく回されてきたのか?

警戒すべき要素だ。
ただ、この時点で判断するには情報が少なすぎる。

書類にも経歴にも目立った破綻はない。
それでも、急に押し込まれたような不自然さが薄く残っている。
説明のつかない圧痕のようなものだ。

彼女が何を目的とし、どのような行動を取るのか、それを見ずに結論を出すのは早計だ。

だからこそ、観察が必要だ。
危険かどうかは、行動が語る。

私はその違和感を胸の底へ沈め、翌日の彼女の勤務態度へと意識を向けた。






翌日、勤務中の彼女は規律正しかった。
報告も整い、机上の書類は角まで揃えられている。
だが、人との距離を過剰に取っていた。
ジルやジョセフの声に短く応じるだけで、意図的に壁を保とうとしている。

「不要な壁は作るな」と私は指摘した。
あの言葉は配慮でも助言でもない。
人との隔たりが薄れた瞬間にこそ、その者の本質が露出する。
人間とはそういうものだ。そして私の意図もそこにあった。

だが、返ってきた反応は予想とは少し違っていた。
彼女の呼吸がわずかに乱れたのだ。
無意識の防御を抉ったような、かすかな震え。

何を恐れ、何を隠している?
その答えはまだ見えない。

だからこそ観察を続けるしかなかった。




最初に彼女を現場へ向かわせたのは、行方不明となっていたハイカーが損壊死体で見つかった案件だった。
クリスが現場に向かうと聞き、その補佐として彼女をつけた。

彼女の報告は、異様なほど冷静だった。
噛み痕の幅、顎圧の推定、足跡の角度や深さ……
新人が初動で言及するには、あまりにも的確すぎる。

経験があるのか、勘が常軌を逸して鋭いのか。
判断は保留したが、普通ではないという印象だけは確かだった。


そしてその数日後、彼女は「野犬に遭遇し、威嚇射撃で追い払った」と報告した。

だが実際の現場には、別の事実が残っていた。
頭蓋を正確に撃ち抜かれた死骸。迷いも乱れもない、完全な一点射。
しかも使用された弾は S.T.A.R.S. 制式弾。

偶然で済む状況ではない。
意図して仕留めた上で、逃げたと偽装している。

そしてその偽装は、私にだけ読み取れというかたちで置かれていた。
痕跡を消すのではなく、あえて痕跡を選び残す。
彼女は私に向け、明確に“サイン”を刻んだのだ。

なぜ、私にだけ隠し、私にだけ知らせる?
意図は読めない。

だが一つだけ確かだった。
明らかに彼女は私の反応を測っている。

報告書を受け取る際、私はわずかに指を止め、そのままサングラスを外した。
普段と違う気配に、室内の空気が一瞬だけ張り詰める。

灰の双眸で彼女をまっすぐ捉える。
探るように、試すように。

セラは怯まない。
むしろわずかに顎を上げ、こちらの視線を真正面から受け止めてきた。

挑むような目だった。
静かだが、底が読めない。

短い沈黙が、互いの思惑かぶつかり合うような感触だけが残る。

苛立ちか、興味か、それとも別の衝動か。
分類しようとしても形を持たない。




事態が動き始めたのは、その少し後だ。
アークレイ山地で失踪が続発し、野犬被害の報告が重なり、損壊死体の発見が相次いだ。
ブラヴォーチームを先行させ、アルファは待機に回したが、ほどなく無線が沈黙した。

私は即座に判断を下した。
「アルファ、出動する」

その瞬間、視線が自然とセラへ向かった。
ただのルーキーとして扱うなら、注目する理由はない。
だが、私は確かめずにはいられなかった。
あの女が何者なのか。


ヘリのローターが夜気を震わせ、アルファはアークレイの森へ向かう。
前列に座る私の視界には、横顔を見せるセラがいた。

彼女の正体が何であれ、特異な能力を持つ者がいること自体はデータとして価値がある。
その力がどこまで発揮されるのか……まだ予測はできない。
だが、理解できないものほど観察する価値がある。
そう思わせる何かが、確かに彼女にはあったのた。

1/5ページ
スキ