1章



乾いた破裂音が、鉄とコンクリートの射場に規則正しく刻まれていく。
呼吸を整え、頬に触れる冷たいスライド、指先に伝う金属の微かな震えを確かめる。反動は肘から肩へ、背骨を通って床へ抜ける。吸って、止めて、絞る。吐いて、次の一発。

標的が戻ってくると、赤い中心はほとんど一つの穴になっていた。段ボールの裏で紙片がさらさら落ちる。

「……マジかよ、ルーキー」
「グルーピングが化け物じみてるぞ」

背後で小さな口笛。耳栓越しでもざわめきが分かる。
私はセーフティを掛け、空になったマガジンを外してベンチに置いた。硝煙の匂いが汗に混じり、喉の奥に薄く張りつく。

「やるじゃねぇか」

振り向くと、クリス・レッドフィールドがヘッドセットをぶら下げ、肩で笑っていた。汗でわずかに濡れた髪。大きな体。場の温度を上げる声。

「初週でこれか。俺の指導、要らなくなるかもな」

「……訓練の成果です」

それだけ言うのが精一杯だった。笑顔を作ろうとしても、口角の手前で意識がブレーキをかける。

「よし、“動く的”いってみようか」

クリスがボタンを押す。レーン奥のターゲットが蛇のように左右へ揺れ、速度を上げた。
私は自然に構える。足幅、重心、視線。体が先に反応し、頭が後ろから追いかける。


息を吸い、止め、わずかに力を込める。
移動に合わせ、視線より半歩先へ照準を滑らせる。自分の呼吸音が広い射場に薄く反響し、カチリ、パンのリズムに重なる。
撃ち終える頃には、標的の輪郭が崩れていた。中心の赤は判別できず、紙は裂け、縁は黒く煤けて波打っている。


「……悪くない。いや、最高だ」

クリスが近づき、破れた標的を手に取って肩を竦める。
ベイの外ではジョセフが指を二本立て、バリーが「スコッチ賭けても勝てん」と笑う。ジルは無言で親指を立て、すぐノートに何かを書き込んだ。

「動体でも崩れない。呼吸の切り方も綺麗だ。どこで覚えた?」

「……過去の訓練で積み上げたとおりに」

自分でも嘘だと分かった。教範だけで辿り着ける領域ではない。
それでも、用意された経歴にはそう書いてある。軍での特殊戦闘経験、市街戦の功績、群を抜いた射撃成績。
ここで真実を口にすれば、舞台が軋んで崩れそうだった。

「次は実技だ。マットへ」

クリスが顎をしゃくる。私は頷き、耳栓をケースに戻した。手袋を外すと、汗で指先が白くふやけている。

訓練場の一角。青いマットが四枚。周囲に隊員が輪を作り、ざわめきが渦になる。誰かがタイマーを握り、救急箱の蓋が一度鳴った。
私は裸足になり、爪先から踵へ体重を転がして足裏の感覚を確かめる。ビニールの目が細かく当たり、冷たさが皮膚に残った。

「軽くいこうぜ。ルーキー壊したら“鉄仮面”に怒られる」

クリスが笑って両手を上げる。肩は落ち、中心線はぶれない。力で押すタイプではなく、まず反応を見にくる姿勢だ。

「構えろ、セラ」

名を呼ばれ、呼吸が一つ深くなった。
体が自然に動く。前足、後足、腰。視線は胸。両手は相手の指先を捉える高さ。考えなくても形になる。

合図。床の空気が一瞬だけ沈み、次の瞬間、クリスが踏み込む。

重い。けれど遅くはない。
肩が触れる前に内側へ潜り、前腕で軌道を外し、腰を切る。足首、膝、腰、肩を連動させる。
重心がわずかに浮いた瞬間、足を刈りにいく。読まれていて、肘で押し返され、間合いを取り直す。
視界の端でジルが頷き、ジョセフの笑いが弾む。

二手、三手。
クリスの圧が増す。フェイントで気を削りにくる。
私は反射で応じる。頭の奥で何かが先に動線を描き、体がその通りに動く。叩き込まれた型が勝手に蘇る。
右手首が開いた瞬間、私はそこを取り、体勢を崩す。重い音とともに、彼の背中がマットに沈んだ。

空気が一拍止まる。
私はすぐ手を差し出す。クリスは天井を見つめて短く笑い、私の手を掴んだ。

「参った。……一発で覚えるタイプじゃねぇな、お前」

立ち上がった彼が、私の肩を二度、軽く叩く。
その温度が骨を伝い、心臓が跳ねる。次の鼓動が来る前のわずかな間に、遠い記憶がかすれた。

——マスター。
組み合うたび、常人を超えた力で地面に叩きつけられ、肺の奥から息を搾り取られた。
それでも立てと命じられ、何度でも立たされた。
圧倒的な力に支配されながら、必死に抗い続けた日々。

喉の奥で凍った音が零れそうになり、私は奥歯を噛んだ。

「もう一本、いいか?」

クリスの目が笑っている。私は頷いた。
二本目は速かった。最初から全開で来る。
床がきしみ、汗が弾け、視界が跳ねる。反射で追いつき、崩されかけた体勢から素早く転回して距離を取る。
膝をついた彼の首元に掌を置き、「止め」を示す。

タイマーが鳴り、周囲から拍手が起きた。

「十分だ。ルーキー、合格。……いや、合格点は超えてる」

私は礼をし、深く呼吸して熱を落とす。こめかみが脈打ち、脈拍が耳の内側で弾む。喉が乾き、唇に塩味が残る。

そのとき、ガラス越しに空気が変わった。

視線を感じた。
背中に薄い刃が触れるような冷たさ。


顔を上げれば、廊下の果てにひとりの男が立っていた。
キャプテン・ウェスカー。


黒縁のサングラスが光を跳ね返し、眼差しの温度を完全に隠している。
彼は動かない。それでも、こちらを観察していた。スパーの一部始終を静かに評価していた。


呼吸が浅くなる。心臓が喉元へ上がり、耳鳴りが細く鳴る。
数秒。永遠にも、瞬きにも近い時間。
視線が重なり、そして離れた。


ウェスカーは何も言わずに踵を返した。足音を残さない。
伸びた背筋と歩幅の一定さが、彼の計算の冷たさをそのまま示している。


ガラスに残った光の反射が、しばらく揺れていた。
私は拳を握り、爪が食い込む感覚で現実に戻る。


「……おい、生きてるか?」

肩の横からクリスの声。
振り向く前に、彼の笑いが届いた。

「水分ちゃんと取れ。顔、真っ白だぞ」

「……大丈夫です」

乾いた声が少し掠れた。
大丈夫。これは訓練。私はルーキー。彼は上官。
心で繰り返しても、指先の震えはすぐには消えない。


「一本目の入り、良かった。相手の“目”じゃなくて“肩”を見てる。最初、あれでやられた」

クリスはそう言い、マットへ戻る途中で私の足先を軽くつついた。


「飯行くか? バーガー。バリーが奢るってよ」

「……今日はやりかけの報告を片付けます」

「そっか。真面目だな」


彼は肩をすくめ、冗談めかして両手を上げる。
「いいさ、ルーキーはルーキーのペースで。……でもな」


一拍だけ真顔になる。
「肩の力、もう少し抜け。的は撃ち抜けるが、チームの空気は撃てない」

返事を用意する前に、彼は背を向けた。
ジョセフが「おーい、クリス、次俺!」と叫び、賑やかな笑いが重なる。


私は一拍遅れて歩き出し、ロッカーへ戻る。
制服の袖をまくり、腕の汗を拭った。鏡には濡れた髪が首筋に張りついた自分が映っている。
そこにあるのは、余計な感情を持たないよう整えた顔だった。

そうあれ、とどこかで言われている気がした。
私の知る彼は、部下と馴れ合わない。だから私も距離を取る。いや、そもそも私は昔から輪に混ざるのが下手だった。


ロッカー室の外から笑い声が響く。
「次は誰だ」「終わったら飲みに行くか」
厚い扉の向こうでも、隊員たちの声は鮮やかだ。
私はタオルで首筋を拭き、耳の奥に残る銃声とマットの衝撃を重ねた。

手が止まる。
あの輪に入ろうとは思えなかった。混ざれば、何かが壊れる気がした。
私はルーキーとしてここにいる。けれど、同時に“違う”。

制服の袖を直し、息を吐く。
明るい声の中に身を置くのではなく、静かに距離を取ること。
それが今の私に許された、唯一の居場所に思えた。
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