3章



村はすぐに炎に包まれた。
藁葺きの屋根は一度火がつけばあっという間で、泥壁も内側から崩れていく。
傭兵たちは迷いなく動き、油剤を撒き、火を放った。
家々は次々に崩れ落ち、赤い炎が村の中央に広がった。

私はチェックリストを手に、燃やし残しがないか確認する。
残された痕跡はすべて焼却対象だった。
衣類も、道具も、生体反応の残りすらも。
少女が担架で運ばれた通路にも消毒班が入り、薬品を撒いて白い泡を残した。

「井戸、封鎖維持。周囲指定範囲、焼却済み」
「回収物、ケース3、データモジュール2、血清小瓶17。残りは処分対象」
私は淡々と報告を返した。

「30分ほどで鎮火域が安定する。散逸はない」
背後からウェスカーが言った。視線は炎の先を読み、状況を冷静に把握している。

「サンプルとデータを持って撤収だ」

私は頷き、ケースを持ち上げた。金属の冷たさが手袋越しに伝わる。
匂いは煙、脂、薬品が混じり、喉の奥に重たく残った。



拠点へ戻る車内は静かだった。
荷台に並ぶケースが振動で小さく鳴り、窓の外では村から上がる煙が森に飲み込まれていく。

対面の席で、ウェスカーは端末を操作していた。
グラフには「散布から機能停止までの平均時間」が滑らかに描かれている。

「散布後約半日で集落機能停止。……兵器としては申し分ないな」
その口調は冷徹だったが、その奥には確かな満足が滲んでいた。

「セラ、関連データを渡せ」
私は即座に端末を差し出す。

車内は再び沈黙に沈んだ。
私は窓の外を見ていた。流れる景色は頭に入らず、ただ風の音だけが心の奥を空しく通り抜けていった。

そのとき、端末に向かうウェスカーの指先が一度だけ止まった。
端末の光を映していた視線が一度だけ外れ、ほんの一瞬、横目に私をかすめた。

しかしすぐに、何事もなかったかのように作業へ戻った。

指示はない。
私は気づかぬふりをして、窓に映る自分の顔をただ見つめていた。

「無駄のない動きだった」
短い言葉。有用な駒を評するだけの声。
私は淡々と、「必要なことをしたまでです」と返した。

再び沈黙が落ちた。
聞こえるのは車体を揺らすエンジンの唸りと、ウェスカーが端末を打つ硬い音だけだった。



拠点に戻ると、いつもの乾いた空気が迎えた。
傭兵たちは装備を整え直し、消耗品を補充する。
私はケースを検体区画へ引き渡し、技師へ封緘記録を渡す。
血液検査やログの整理がすぐに始まった。

その後、応接区画に入ると、ウェスカーは既に通信を繋いでいた。

ブローカーとの接触先、会合の候補地、必要な対価。
すべて暗号化された一覧が並ぶ。

「データをまとめ次第直ぐに取引だ。生体試料3系統、血清10ロット、観測ログ3つ」
視線が一瞬だけこちらに流れる。

「欲しがる者はいくらでもいる。値は上がる」

私は頷き、梱包資材を整える。
検体は冷却管理、ログは暗号キーと別に保管。
輸送ルートは2系統に分け、失敗時は即時破棄。
それはこれまで何度も繰り返した手順だった。

「接触では私が前に立ちます。」
自然に言葉が出た。
ウェスカーは何も言わず、顎を引いて了承を示す。

「条件は変わらない。万一の時は切り捨てろ」

「承知しています」
私は頷いた。

わかっている。影が前に出るのは当然のこと。
汚れる役割は私のものだ。

「ブローカーは標準以上に強欲だ。……期待通りなら、余計な提案もしてくるだろう」
ウェスカーは短く笑った。

未来の収奪の構図を、彼がすでに頭の中で描いているのが分かる笑いだった。



準備は速かった。
シャワーを浴び、疲労の匂いと煤を流し落とし、再び武装に戻る。
マガジンの重さを掌で測り、ホルスターのクリック音を確かめ、肩紐の遊びをなくす。
その一連の動きの合間に、眠気は容赦なく削られていく。

私は出発前に鏡をみる。
瞼の下に薄い影がある。頬の色はいつもと変わらない。
表情を整える。
影は輪郭を際立たせるためにある。
輪郭が崩れれば、影はただの闇になる。

「出るぞ」
扉口でウェスカーが言う。
サングラスが戻り、表情の輪郭が直線に変わる。

頷き、ケースを担ぐ。
重量は軽い。軽いものほど、落としやすい。
だから、握りは深く、歩幅は一定に。

廊下の角を曲がると、発電機の唸りが背後に置いていかれる。
外気は生温く、密林の湿気が皮膚にまとわりつく。
車両のドアが開き、金属の匂いが立ち上がる。
私は運転席側へ回り込み、最短距離で地図を脳内に展開した。

「行くぞ」
エンジンが目を開ける。
車体が揺れ、密林のトンネルが前方に口を開く。
バックミラーに一瞬、拠点の白い壁が映り、すぐに緑に飲まれた。

ウェスカーは後席で端末を閉じ、静かに指を組む。
視線は前方の闇に向いている。
だが、わずかに横顔の角度が変わる。
それは、私の手元のハンドルさばきを測る仕草でもあり、
次の一手へと跳ぶ前に、確かめるように息を整える癖でもあった。

私はアクセルを一定に保ち、呼吸を合わせた。
影は、輪郭を乱さない。
乱せば、落ちる。
落ちれば、彼を導くことはできない。
それだけは避けたい。

——恐るな。
——それは、お前にしかできない。

囁きは甘く、無垢な響きを装って胸の底に満ちていく。
冷え切っていた空洞が静かに埋められ、心臓の鼓動が再び一定のリズムを刻む。
その響きに身を委ねれば、不思議と迷いは薄れ、前に進む足取りが軽くなる。

やがて車は密林を抜け、取引場所へ向かっていった。
川沿いの廃材置き場。監視しやすく、逃げ道も多い。
ブローカーが好む条件がそろっている。

私は最初に車を降りた。
湿った地面に足跡が残る。すぐに消えるだろう。
荷台からケースを降ろし、取っ手を確認した。
背後からはウェスカーの足音。一定の距離。いつも通り。

これからの取引は非常に重要だ。
彼の計画を進めるために。
そして、彼の破滅を遠ざけるために。
もう二度と同じ道を歩ませない。
そのためには、どんな選択も恐れず、私が担うのだ。


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