影に咲く者
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ラクーンシティの夜は静かだった。S.T.A.R.S.に入隊してからの日々は充実していたが、ルシア・グレイの胸にはまだ曖昧な違和感が残っていた。訓練は厳しく、業務は多忙だったが、それでもこの場所では自分の力を試すことができる。ずっと隠し続けてきた”普通ではない”自分を、少しずつ解放できるような気がしていた。しかし、それと同時に、ここが本当に自分の居場所なのかという疑問が消えないままでいた。
そんな中で、彼女の意識の中で特に強く存在感を増していたのは、S.T.A.R.S.の隊長、アルバート・ウェスカーだった。彼は冷静で、常に的確な指示を出す指揮官だった。その知的な眼差しの奥には計算された鋭さがあり、些細なことも見逃さない洞察力を持っていた。彼の指導は簡潔で明瞭、無駄がなく、すべてが理に適っていた。
ルシアは、ウェスカーの言葉の一つひとつに耳を傾けた。彼は感情に流されることなく、いつも理論的に物事を説明し、個々の能力を正確に見極めた上で適切なアドバイスを与える。それは、単なる上司という枠を超え、“指導者”としての魅力を持っていた。彼の言葉には説得力があり、彼の評価は厳しいが正当だった。そして、何よりも彼は”自分の力を否定しない”存在だった。
これまでルシアが生きてきた中で、彼女の”普通ではない”部分に目を向け、それを肯定する者はいなかった。自分の異常な身体能力や直感力を養父母が気味悪がったあの時から、彼女は常に普通の人間を装い続けてきた。自分の力を隠し、周囲と歩調を合わせることで、“普通の生活”を守るために必死だった。しかし、ウェスカーは違った。彼はルシアの遠慮を見抜き、あえてそれを引き出そうとした。
「君は、本当の力を出し切っていないな」
初めての個別訓練の際、ウェスカーにそう言われたとき、ルシアは息をのんだ。彼は彼女が能力を押さえ込んでいることを、あまりにも簡単に見抜いた。そして、それを否定せず、むしろ「解放しろ」と言うような態度を取った。
それが、彼女にとってどれほど衝撃的だったか。
ウェスカーの言葉は、まるで”普通の人間でいようとする必要はない”と告げているようだった。彼の言葉が頭の中で繰り返されるたびに、ルシアの中に新しい感情が芽生え始める。それが尊敬なのか、憧れなのか、それとも別の何かなのかは、まだ分からなかった。ただ、彼の言葉に触れるたび、ルシアは妙な安心感を覚えた。
そんなある日、バリーが彼女を家に招いた。
「お前さん、休みの日に予定がないなら、うちに来ないか?」
突然の誘いに、ルシアは驚いた。バリーは普段からよく彼女を気にかけてくれていたが、家に招かれるのは予想していなかった。
「え……いいんですか?」
「何言ってんだ、いいに決まってるだろう? 娘たちも会いたがってるしな。お前さん、ちょっと硬いから、たまにはこういうのもいいぞ」
バリーは豪快に笑いながら、彼女を自宅へと招いた。
バリーの家は、想像していたよりもずっと温かい場所だった。
玄関を開けた瞬間に広がる料理の香り、リビングに響く子供たちの笑い声。それは、彼女が今まで体験したことのない”家庭の空気”だった。
「おかえりなさい、バリー! あ、この子がルシア?」
バリーの妻、キャシーが笑顔で迎える。その隣で、二人の娘たち、モイラとポリーが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お父さんの仕事仲間? すごい! 強いの?」
「お姉ちゃん、かっこいいね!」
無邪気な子供たちに囲まれ、ルシアは少し戸惑いながらも微笑んだ。
「ええ……まだまだ未熟ですけど」
「まぁまぁ、座れよ。飯の準備はできてる」
バリーは子供たちをなだめながら、ルシアをダイニングへと案内した。
テーブルには、愛情のこもった料理が並んでいる。焼きたてのパン、ローストした肉、スープの湯気。これが”家族の食卓”なのかと、ルシアは思った。
食事が始まると、バリーは仕事の話を交えながら、家族との何気ない会話を楽しんでいた。キャシーは料理の説明をし、娘たちは無邪気に笑い、バリーは愛情深く彼らを見守る。
その光景を見て、ルシアはふと考えた。
──これが”本当の家族”なのだろうか?
彼女が知っている家族の姿とは、少し違っていた。養父母は優しかったが、彼女との間にはどこか見えない壁があった。温かい言葉をかけられたこともあったが、それは”本当の愛情”ではなかったのかもしれない。
バリーの家族には、そんな壁がなかった。ここにいる誰もが、心から家族を愛し、大切にしているのが伝わってくる。
──でも、私はここにいていいのだろうか?
食事を終えた後、バリーが彼女に問いかけた。
「どうだった? うちの家族は」
ルシアは、少し考えた後、正直に答えた。
「とても……素敵でした」
バリーは満足そうに頷く。
「そうか。お前さんにも、こういう場所が必要だろう?」
ルシアは何も言えなかった。ただ、心のどこかで「違う」と感じていた。こんなにも温かく、優しい家族の空気が、どうしてか自分には似合わないように思えた。
帰宅した後、ベッドに横になりながら、ルシアは考えた。
バリーの家族は温かい。でも、彼女の心の奥で”本当の自分を受け入れてくれる存在”として浮かぶのは、ウェスカーの顔だった。
ウェスカーは、彼女の強さを見抜き、それを否定しなかった。
彼は”普通の人間”として生きることを求めなかった。
──私は、どこにいるべきなのだろう?
ルシアは、胸の奥でその答えを探し続けた。