影に咲く者
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ラクーンシティの郊外、静かな住宅街。
夜の闇が深く降りる中、遠くの街灯がぼんやりとオレンジ色の光を灯している。
ルシア・グレイは二階の自室の窓辺に佇み、ゆっくりとカーテンの隙間から外を眺めた。
この家に住んで十数年になるが、夜の景色はいつも変わらない。
穏やかな空気、静かな町並み、遠くで響く犬の遠吠え。
何もかもが「平凡な日常」で、特に不満はなかったはずだった。
それなのに、どれだけ時が経っても、ここが”自分の居場所”だとは思えなかった。
「ルシア、ご飯できたわよ」
階下から、養母のキャロルが優しく声をかける。
「あ……はい。今行きます」
ルシアははっとして返事をし、背筋を伸ばした。
少し考え事をしていたらしい。
気を引き締めるようにして部屋を出て、ゆっくりと階段を降りていく。
食卓には、養父のジョージとキャロルがすでに座っていた。
ローストチキンに温かいスープ、それに焼きたてのパンが並び、食欲をそそる香りが漂っている。
いつもの食卓。いつもの家族の時間。
「おかえりなさい、ルシア。今日もお疲れさま」
キャロルは微笑みながら、ルシアの前にスープをよそった。
「ありがとうございます」
ルシアは軽く会釈しながら、席についた。
「学校はどうだった?」
養父のジョージがワインを口にしながら問いかける。
「……特に変わったことはなかったです」
自然に笑みを浮かべながら、できるだけ丁寧に答える。
ジョージは「そうか」と軽く頷き、それ以上は聞かなかった。
この家では、あまり深く踏み込んで会話をすることがない。
一見すると穏やかで平和な家庭だが、どこか表面的で、距離があった。
けれど、それが「この家の空気」だった。
ルシアは器用にその距離感を保ちながら、スープを口に運んだ。
温かく、優しい味がした。
それでも、何かが物足りないと感じるのは、どうしてなのだろう。
「卒業も近いけど……進路のことは考えてる?」
ジョージがふと話を振る。
「……はい、一応」
ルシアは少し考え、慎重に答えた。
「そうか。何かやりたいことは?」
「まだ……はっきりとは決まっていなくて」
ジョージは「そうか」とだけ言い、またワインを口にした。
キャロルは優しく微笑んでいるが、どこか少し寂しそうな目をしていた。
「もし、何か相談したいことがあれば、いつでも言ってね」
「……はい。ありがとうございます」
ルシアは小さく微笑み、礼儀正しく答えた。
何も問題はない。
けれど、何かが欠けている気がする。
そう感じたことは、何度もあった。
幼い頃から、この家の温もりを感じながらも、自分だけがそこに馴染めていない気がしていた。
それが何故なのか、答えはもう知っている。
彼女はこの家族の「本当の娘」ではない。
それに気づいたのは、8歳のときだった。
その日、庭で転んで膝を擦りむいた。
強く打ちつけた痛みと、滲む血。
「大丈夫? じっとしててね」
キャロルが消毒液を手に取り、膝をそっと持ち上げる。
──しかし、その手が止まった。
「……あら?」
キャロルの目が、ほんの一瞬、大きく見開かれた。
傷が、異様なほどの速さで塞がっていったのだ。
血が止まり、まるで時間が巻き戻るように、傷口がふさがっていく。
ルシアは不思議そうに自分の膝を見つめた。
けれど、それ以上に、キャロルの表情が気になった。
驚き。戸惑い。そして、一瞬の警戒。
ルシアは、直感的に理解した。
──これは、普通じゃないんだ。
その夜、眠りにつくはずだったルシアは、ふと階下から聞こえる小声に気づいた。
「……あなた、あの子、なんだかおかしい気がするの。あんなににすぐに傷が……」
「たまたま治りが早かったんじゃないか?」
「でも……普通じゃないわよ」
その言葉を聞いた瞬間、ルシアは体を強張らせた。
──普通じゃない。
その言葉が、幼い心に深く刻まれた。
彼女が「普通ではない」と知られたら、彼らはどうするのだろう?
気味悪がられるかもしれない。
この家に、いられなくなるかもしれない。
そう思ったときから、ルシアは「普通でいること」に執着するようになった。
どんなに痛みを感じなくても、転んだら「痛い」と言うようになった。
どんなに優れた直感があっても、それを口にしないようにした。
普通でいることが、この家で生きるための唯一の方法だった。
食事を終え、ルシアは静かに自室へ戻った。
部屋の中は整然としている。特に散らかったものもなく、必要最低限のものだけが揃っていた。
窓の外を見つめる。
変わらない夜の景色。
ここではない、どこかに自分の居場所があるのだろうか。
そんな疑問が、ふと頭をよぎった。
その時、机の上に置かれた封筒が目に入った。
ラクーンシティ特別救助部隊──S.T.A.R.S.の選考試験の招待状。
彼女が戸惑いながら封を開くと、中には詳細な説明が書かれていた。
これは、都市の特殊救助部隊への専門知識を生かす形の技巧隊員としてのスカウト。
だが、その実態は軍隊並みの精鋭部隊だった。
どうして自分に?
そう思ったが、胸の奥で何かがざわめく。
「……ここなら、何かが変わるかもしれない」
ごく小さな声で呟きながら、ルシアは封筒を握りしめた。
──普通でいることに縛られず、本当の自分を試せる場所かもしれない。
彼女の選択は、この瞬間に決まった。
──そして、その決断は、彼女を”ある男”へと導くことになるのだった。
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