それはこの身を焦がすほどの、
銃声が響く。人型にくり抜かれた的の頭部に、小さな穴を開ける。計六度繰り返してから、ヘッドフォン型の耳栓を外した。全弾命中。詰めていた息をそっと吐く。
「やるじゃねえか」
楽しげな声に振り向くと、上司が壁に寄りかかってこちらを見ていた。反射的に背筋を伸ばすと、楽にしろと片手で示される。
「まともに訓練受けんのは初めてなんだろ?」
「はい。……ですが、実戦でどれほど通用するかは……」
「何云ってんだ。俺を撃ってみせたじゃねえか」
黒手袋を嵌めた指で、トン、と己の額を叩く。致命傷を象って、それでも彼はうつくしい顔で笑っていた。
私が彼と──中原中也と出逢ったのは、三ヶ月前のことだ。ポートマフィアに敵対する愚かな組織、その末端。組織の命令でマフィア武器庫を襲った私は、始末にやってきた彼に銃を向けた。震えながらに撃ったは撃ったが、彼に銃は効かない。当然殺せはしなかった。だというのに、彼はどうしてか、私をマフィアに置いてくれた。
件の組織は、その一ヶ月後に、ポートマフィアの報復によって壊滅した。私の所為、などではない。渡した情報について、役に立ったと彼は云ってくれたけれど、あの程度の組織を消すくらい、マフィアにかかれば造作もないことのはずだ。私があの組織にいた意味がなかったように、私がマフィアにいる意味もない。それでも何故か、私は彼に生かされていた。
彼の前で、また、この一ヶ月の射撃訓練の成果を見せる。耳栓をしているため、声は届かない。だが、ちらりと見た彼の顔は満足そうだ。
先ほど彼が云った通り、私はマフィアに入って初めて、まともな戦闘訓練というものを受けた。あの組織では、私たちは代替可能な駒でしかなく、死んだら補填されるだけの備品だった。しかし、ポートマフィアはそうではない。どれほど下級の構成員であっても、訓練は欠かさない。そして一人ひとりにリソースを割く分、命の単価が高くなる。大切にされているのではなく、最もマフィアの益になるタイミングで死ね、と云われているのだ。
けれどどうやら、マフィア幹部である彼が部下を大切にするのは、それだけが理由ではないらしかった。
「今夜の任務、期待してるからな」
穴だらけのターゲットを眺めて、彼が私の肩を軽く叩く。彼のために動くこの心臓は、それだけのことで高鳴ってしまう。
ひらひらと手を振って、彼は訓練場を後にする。一介の部下にすぎない私を、この三ヶ月間、彼はこうして気にかけてくれていた。マフィア構成員の経歴は様々だが、やはり元敵対組織の人間への警戒は強い。そんな私が馴染めるように、彼は私の配置を考えてくれた。最初は、あの組織を壊滅させる作戦立案の際の助言と、簡単な雑用。そこから、報告書の作成や偵察など戦闘以外の任務と重要度が上がっていって。私は今夜戦場で、新たな同僚たちの背中を初めて任される。最初は訝しげだった彼らも、最近はランチに誘ってくれるようになった。こんな細やかな気遣いを、彼は全ての部下に対して行っているのだろう。それはきっと、ただの合理的な計算だけに基づいているのではない。
ターゲットと弾倉を交換して、また銃を構える。今夜のために、彼はこの地下射撃訓練場を貸し切ってくれた。おかげで、私の心は夕暮れの海のように凪いでいる。
頭の真ん中、生きた人間であれば眉間に相当する一点を狙う。放った弾は、的確にターゲットを撃ち抜いた。
事前に共有された作戦に沿って、敵のアジトに潜入する。私の仕事は、彼と共に首魁の元まで辿り着き、その近くにいるはずの男を殺すことだ。
二ヶ月前、ポートマフィアは、私が所属していた組織を壊滅させた。けれどその長──私たちが《会長》と呼んでいた男を、殺し損ねていた。彼が命からがら逃げ込んだ同系列の組織が、今回の標的だ。私の任務は、この《会長》の抹殺。同僚たちは心を開いてくれたけれど、マフィア首領の信頼はそう簡単には得られない。名実ともにあの組織を裏切ることが、私のマフィア加入の条件だった。
「こちらです!」
見張りを撃ち殺しながら、進路を確保する。皆殺しの命令だから、問題はない。
廊下の角を曲がったところで、見知った顔にぶつかった。怒りに歪み、絶叫を響かせる。
「テメエ、裏切り者の──!」
言葉が終わる前に、一発。武器庫襲撃のあの日、運良く別働隊に編成された男だ。私の班は、皆殺しだった。──私以外は。
あの日、私だけが助かった。どうしてか彼に拾われて、私は今もここにいる。そうして、かつての同僚を撃ち殺した。後悔はない、罪悪感もない。それでもこの心が漣を立てるのは、駆けてくる彼の足音が私の隣で止まるからだ。
「この奥か?」
「はい、おそらくは」
突破してきた警備の厳重さからして、突き当たりに見える扉の先に標的がいるのは間違いない。階下からいくつも銃声が鳴り、戦闘の激しさが窺える。早く殺して、加勢に行かなくてはならない。彼らは私を受け入れてくれた。その信頼に報いるべきだと、魂が心臓を逸らせる。
扉の向こうに全神経を集中させながら弾倉を交換すると、彼が指を立てる。スリーカウントで突入する、という合図だ。
彼は銃弾が効かないから、こういうとき、躊躇なく真っ先に敵の眼前に躍り出る。部下を率いる必要などないほどの強さで、けれど私たちを使う手腕に秀でている。
彼が蹴り飛ばした扉を通り抜け、部屋の中にいる人数を確認する。敵の首魁、護衛が二人、そして《会長》とその側近。特に用のない下級構成員三人を即座に撃ち殺すのと、彼が首魁を壁に叩きつけるのとが、同時だった。
ぐるりと見回して、《会長》が無様に床を這う背中を見つけた。芋虫のようだ、と冷静な頭の隅で思う。これから殺す男。尻を蹴飛ばすと、怯える瞳がこちらを向いた。ガチガチと歯を鳴らし、汚い汁で顔を汚して、命乞いにも満たない何かを口走る。
「き、きさ、貴様、わ、わわ、私に受けた、恩を、忘れ」
銃声。眉間に空いた風穴から、どろりと血が垂れた。こんな男の言葉を聞く気など、最初からない。見つけて、殺すだけ。ただそれだけで、私は彼の部下になれる。
「終わりました」
「早かったな」
「はい」
彼の少し後ろから、壁に押し付けられたまま尋問されている首魁を覗く。何度か見たことのある顔だ。とはいえ、やはり感慨はない。この人は今から死ぬんだな、という程度。強いて云うなら、最期が彼なのは、少し妬ましかった。
けれど、相手はそうではないらしく。
「おまえ、あいつのところの……!」
嫌悪と軽蔑の入り交じった視線。裏切り者の情報が速いあたり、多少はできる組織だったのだと今更思う。当時から、私は組織に興味がなかった。どこの傘下だとか、敵対関係だとか、心底どうでも良い。私は私であるために、仕方なく籍を置かされていただけ。もう少し知っておけば良かったと思ったのは、彼に内情を流したときくらいのものだ。
「マフィアに降った恥晒し! あいつに受けた恩も忘れて、」
「その話は、さっきしました」
私は恩など受けていない。ただ、奪われていただけだ。かすかに残った炎だけが、闇夜にうずくまる私を生かしていた。ボロボロになった私の人生の、たったひとつのささやかな夢。
「……私が殺して、構いませんか?」
「あ? ……まァ、いいか。どうせ皆殺しだからな」
襟首を掴んでいた手が緩んで、どさりと身体が床に落ちた。その頭に照準を合わせて、拳銃を握る。逡巡はない。醜い悲鳴を銃声でかき消す。動かなくなった身体が横にずり落ちて、とうに死んでいる護衛と重なった。
それを眺めていた私の肩を、彼が軽く叩く。
「終いだ。下に行くぞ」
「はい」
まだ、階下の戦闘音は止んでいない。誰も死んでいないといい。こんなことを同僚に対して思うようになったのは、マフィアに入ってからだ。
追いかけようとしたところで、彼が何かを思い出したように立ち止まる。
「あと一発、残ってるよな?」
「はい」
護衛に三発、《会長》と首魁で二発。この銃は六発装填できるから、彼の計算は正しかった。
振り返った彼の手が、私の手首を握る。思わず声が出そうになるのを抑えて、彼を見上げた。銃口を自分に向けさせて、楽しそうに笑っている。
「──撃つか?」
「……え?」
「俺が彼奴らとは違うこと、確かめなくていいのかよ?」
かあっと顔が熱くなる。私が組織を裏切った理由、ポートマフィアについた理由。眩い光に心の奥底まで照らされ暴かれるような錯覚に、くらくらする。
精一杯の力で拳銃を下ろす。彼の額はもう狙わない。私が闇夜の一歩を踏み出せたのは、あの日見つけた一等星が道標になってくれたからだ。
「これは、あなたの敵を殺すためのものですから」
まっすぐ見上げた目は、決して逸らさないように。あなたが私を見てくれなくても、その光は私に届いている。
彼は少しだけ黙って、それから、「そうかよ」と満足そうに笑った。
「……これで、あなたの部下になれたでしょうか」
「あ? 何云ってやがる」
片眉を釣り上げたその表情さえ、様になる。呆れたような声はけれどどこか親しげで、弟妹を諭す兄に似ている。
「手前の命は、とうに俺のモンだろうが」
燦然と射抜かれて、脳裏にばちばちと火花が散った。その熱が血液に乗って全身を巡って、呼吸と鼓動が軽くなる。ここが闇夜で良かったと、そんなくだらないことさえ思った。眩く輝くこの星に、昼下がりの青空では出逢えないから。
黒外套が翻る。その背中に厄災の影はなく、少し小柄なだけの、人間の形をしていた。
「やるじゃねえか」
楽しげな声に振り向くと、上司が壁に寄りかかってこちらを見ていた。反射的に背筋を伸ばすと、楽にしろと片手で示される。
「まともに訓練受けんのは初めてなんだろ?」
「はい。……ですが、実戦でどれほど通用するかは……」
「何云ってんだ。俺を撃ってみせたじゃねえか」
黒手袋を嵌めた指で、トン、と己の額を叩く。致命傷を象って、それでも彼はうつくしい顔で笑っていた。
私が彼と──中原中也と出逢ったのは、三ヶ月前のことだ。ポートマフィアに敵対する愚かな組織、その末端。組織の命令でマフィア武器庫を襲った私は、始末にやってきた彼に銃を向けた。震えながらに撃ったは撃ったが、彼に銃は効かない。当然殺せはしなかった。だというのに、彼はどうしてか、私をマフィアに置いてくれた。
件の組織は、その一ヶ月後に、ポートマフィアの報復によって壊滅した。私の所為、などではない。渡した情報について、役に立ったと彼は云ってくれたけれど、あの程度の組織を消すくらい、マフィアにかかれば造作もないことのはずだ。私があの組織にいた意味がなかったように、私がマフィアにいる意味もない。それでも何故か、私は彼に生かされていた。
彼の前で、また、この一ヶ月の射撃訓練の成果を見せる。耳栓をしているため、声は届かない。だが、ちらりと見た彼の顔は満足そうだ。
先ほど彼が云った通り、私はマフィアに入って初めて、まともな戦闘訓練というものを受けた。あの組織では、私たちは代替可能な駒でしかなく、死んだら補填されるだけの備品だった。しかし、ポートマフィアはそうではない。どれほど下級の構成員であっても、訓練は欠かさない。そして一人ひとりにリソースを割く分、命の単価が高くなる。大切にされているのではなく、最もマフィアの益になるタイミングで死ね、と云われているのだ。
けれどどうやら、マフィア幹部である彼が部下を大切にするのは、それだけが理由ではないらしかった。
「今夜の任務、期待してるからな」
穴だらけのターゲットを眺めて、彼が私の肩を軽く叩く。彼のために動くこの心臓は、それだけのことで高鳴ってしまう。
ひらひらと手を振って、彼は訓練場を後にする。一介の部下にすぎない私を、この三ヶ月間、彼はこうして気にかけてくれていた。マフィア構成員の経歴は様々だが、やはり元敵対組織の人間への警戒は強い。そんな私が馴染めるように、彼は私の配置を考えてくれた。最初は、あの組織を壊滅させる作戦立案の際の助言と、簡単な雑用。そこから、報告書の作成や偵察など戦闘以外の任務と重要度が上がっていって。私は今夜戦場で、新たな同僚たちの背中を初めて任される。最初は訝しげだった彼らも、最近はランチに誘ってくれるようになった。こんな細やかな気遣いを、彼は全ての部下に対して行っているのだろう。それはきっと、ただの合理的な計算だけに基づいているのではない。
ターゲットと弾倉を交換して、また銃を構える。今夜のために、彼はこの地下射撃訓練場を貸し切ってくれた。おかげで、私の心は夕暮れの海のように凪いでいる。
頭の真ん中、生きた人間であれば眉間に相当する一点を狙う。放った弾は、的確にターゲットを撃ち抜いた。
事前に共有された作戦に沿って、敵のアジトに潜入する。私の仕事は、彼と共に首魁の元まで辿り着き、その近くにいるはずの男を殺すことだ。
二ヶ月前、ポートマフィアは、私が所属していた組織を壊滅させた。けれどその長──私たちが《会長》と呼んでいた男を、殺し損ねていた。彼が命からがら逃げ込んだ同系列の組織が、今回の標的だ。私の任務は、この《会長》の抹殺。同僚たちは心を開いてくれたけれど、マフィア首領の信頼はそう簡単には得られない。名実ともにあの組織を裏切ることが、私のマフィア加入の条件だった。
「こちらです!」
見張りを撃ち殺しながら、進路を確保する。皆殺しの命令だから、問題はない。
廊下の角を曲がったところで、見知った顔にぶつかった。怒りに歪み、絶叫を響かせる。
「テメエ、裏切り者の──!」
言葉が終わる前に、一発。武器庫襲撃のあの日、運良く別働隊に編成された男だ。私の班は、皆殺しだった。──私以外は。
あの日、私だけが助かった。どうしてか彼に拾われて、私は今もここにいる。そうして、かつての同僚を撃ち殺した。後悔はない、罪悪感もない。それでもこの心が漣を立てるのは、駆けてくる彼の足音が私の隣で止まるからだ。
「この奥か?」
「はい、おそらくは」
突破してきた警備の厳重さからして、突き当たりに見える扉の先に標的がいるのは間違いない。階下からいくつも銃声が鳴り、戦闘の激しさが窺える。早く殺して、加勢に行かなくてはならない。彼らは私を受け入れてくれた。その信頼に報いるべきだと、魂が心臓を逸らせる。
扉の向こうに全神経を集中させながら弾倉を交換すると、彼が指を立てる。スリーカウントで突入する、という合図だ。
彼は銃弾が効かないから、こういうとき、躊躇なく真っ先に敵の眼前に躍り出る。部下を率いる必要などないほどの強さで、けれど私たちを使う手腕に秀でている。
彼が蹴り飛ばした扉を通り抜け、部屋の中にいる人数を確認する。敵の首魁、護衛が二人、そして《会長》とその側近。特に用のない下級構成員三人を即座に撃ち殺すのと、彼が首魁を壁に叩きつけるのとが、同時だった。
ぐるりと見回して、《会長》が無様に床を這う背中を見つけた。芋虫のようだ、と冷静な頭の隅で思う。これから殺す男。尻を蹴飛ばすと、怯える瞳がこちらを向いた。ガチガチと歯を鳴らし、汚い汁で顔を汚して、命乞いにも満たない何かを口走る。
「き、きさ、貴様、わ、わわ、私に受けた、恩を、忘れ」
銃声。眉間に空いた風穴から、どろりと血が垂れた。こんな男の言葉を聞く気など、最初からない。見つけて、殺すだけ。ただそれだけで、私は彼の部下になれる。
「終わりました」
「早かったな」
「はい」
彼の少し後ろから、壁に押し付けられたまま尋問されている首魁を覗く。何度か見たことのある顔だ。とはいえ、やはり感慨はない。この人は今から死ぬんだな、という程度。強いて云うなら、最期が彼なのは、少し妬ましかった。
けれど、相手はそうではないらしく。
「おまえ、あいつのところの……!」
嫌悪と軽蔑の入り交じった視線。裏切り者の情報が速いあたり、多少はできる組織だったのだと今更思う。当時から、私は組織に興味がなかった。どこの傘下だとか、敵対関係だとか、心底どうでも良い。私は私であるために、仕方なく籍を置かされていただけ。もう少し知っておけば良かったと思ったのは、彼に内情を流したときくらいのものだ。
「マフィアに降った恥晒し! あいつに受けた恩も忘れて、」
「その話は、さっきしました」
私は恩など受けていない。ただ、奪われていただけだ。かすかに残った炎だけが、闇夜にうずくまる私を生かしていた。ボロボロになった私の人生の、たったひとつのささやかな夢。
「……私が殺して、構いませんか?」
「あ? ……まァ、いいか。どうせ皆殺しだからな」
襟首を掴んでいた手が緩んで、どさりと身体が床に落ちた。その頭に照準を合わせて、拳銃を握る。逡巡はない。醜い悲鳴を銃声でかき消す。動かなくなった身体が横にずり落ちて、とうに死んでいる護衛と重なった。
それを眺めていた私の肩を、彼が軽く叩く。
「終いだ。下に行くぞ」
「はい」
まだ、階下の戦闘音は止んでいない。誰も死んでいないといい。こんなことを同僚に対して思うようになったのは、マフィアに入ってからだ。
追いかけようとしたところで、彼が何かを思い出したように立ち止まる。
「あと一発、残ってるよな?」
「はい」
護衛に三発、《会長》と首魁で二発。この銃は六発装填できるから、彼の計算は正しかった。
振り返った彼の手が、私の手首を握る。思わず声が出そうになるのを抑えて、彼を見上げた。銃口を自分に向けさせて、楽しそうに笑っている。
「──撃つか?」
「……え?」
「俺が彼奴らとは違うこと、確かめなくていいのかよ?」
かあっと顔が熱くなる。私が組織を裏切った理由、ポートマフィアについた理由。眩い光に心の奥底まで照らされ暴かれるような錯覚に、くらくらする。
精一杯の力で拳銃を下ろす。彼の額はもう狙わない。私が闇夜の一歩を踏み出せたのは、あの日見つけた一等星が道標になってくれたからだ。
「これは、あなたの敵を殺すためのものですから」
まっすぐ見上げた目は、決して逸らさないように。あなたが私を見てくれなくても、その光は私に届いている。
彼は少しだけ黙って、それから、「そうかよ」と満足そうに笑った。
「……これで、あなたの部下になれたでしょうか」
「あ? 何云ってやがる」
片眉を釣り上げたその表情さえ、様になる。呆れたような声はけれどどこか親しげで、弟妹を諭す兄に似ている。
「手前の命は、とうに俺のモンだろうが」
燦然と射抜かれて、脳裏にばちばちと火花が散った。その熱が血液に乗って全身を巡って、呼吸と鼓動が軽くなる。ここが闇夜で良かったと、そんなくだらないことさえ思った。眩く輝くこの星に、昼下がりの青空では出逢えないから。
黒外套が翻る。その背中に厄災の影はなく、少し小柄なだけの、人間の形をしていた。