#文スト夢深夜の60分一本勝負
足先を飛沫が濡らす。脱いだサンダルを片手に持って、ちゃぷちゃぷと音を立てながら歩いていく。普段眺める海は厳しくアスファルトに打ち寄せるから、こうして穏やかに寄せては返す波は久しぶりだ。足裏に触れる砂粒が心地好い。
「中原さんも来てください! 涼しいですよ!」
振り返って呼ぶと、彼は呆れたように笑う。
「子供じゃねえんだから」
「だって、海ですよ、海!」
楽しくて、つい、大きな声が出る。
ふわりと吹いた風に飛ばされないように帽子を押さえながら、中原さんが目を細めた。いつもの黒ずくめの仕事服と違って、今日はラフな恰好だ。何てことない半袖のシャツさえ様になるから、ズルいなあ、なんて。
ゆっくりとこちらに歩きながら、中原さんもサンダルを脱いだ。ちゃぷ、と足を波打ち際に浸す。
「うおっ、冷てえ」
零れた声に、無性に嬉しくなってしまう。中原さんはいつでも恰好良くて、強くて、だからこうやって遊んでいる姿は貴重で。ちょっと幼く見える横顔に、きゅんとする。
今日は久しぶりに二人揃っての休暇を取れたから、少し遠出をしよう。そう云ってくれたのは、中原さんだった。テーマパークとか水族館とか、色々な案が出たけれど、私が一番惹かれたのは、海だ。いつも見ていると云ってしまえばそれまでだけど、でも、そのいつもの海を中原さんと一緒に見に来たかった。
海水浴場ではない上に、世間様は平日だから、私たちのほかには誰もいない。夕焼けと、砂浜と、海。贅沢だなあ、なんて思う。特に、中原さんと二人きり、というところが。
「今度は海水浴でもいいですね。泳ぎたいです!」
「あー……そうだなあ」
ちょっと目を逸らした中原さんを覗き込む。
「あれ? 泳ぐの、苦手ですか?」
「いや、泳げるぜ。ただ……」
「ただ?」
「お前の水着姿は、他の奴らには見せたくねえ」
唐突な言葉に、きょとんとしてしまう。中原さんの耳がほんのり赤くなっているのが見えて、私の顔まで熱くなる。夕陽のせいだと言い訳をして、誤魔化すように笑った。
「も、もう! 中原さん、すぐそういうことを……」
「仕方ねえだろ、本心なんだから」
真っ直ぐ目を見ながら、片手を取られた。ついぴくりと跳ねてしまった指先を捕まえられる。絡められた手が大きくて、ドキドキしてしまう。沈黙の中を、波の音が響く。
「ああ……でも、見てえなァ。お前が水着着てるとこ」
「ど、どっちですか……」
夕焼け色に染まった波で足が冷やされるけれど、体温はどんどん上がっていく。向けられる優しい視線にそわそわしてしまう。夕陽を反射した瞳がキラキラしていて、綺麗だ。
風が吹いて、中原さんの髪を揺らす。それにつられたように、中原さんが海のほうを見る。
「お。見ろよ」
云われて見ると、大きな太陽がゆっくりと海に沈んでいくところだった。頭上の高いところは夜の色になり始めていて、一番星が光っている。
「……なんか、好いな」
「え?」
「こうやって、二人で夕陽見んの」
中原さんがやわらかく笑う。休日にしか見られない、私にしか見せない笑顔。繋いでいた手をぎゅっと握り返す。
「また、来ましょう。夏だけじゃなくて、もっと他の季節の夕陽も見ましょう。来年も、再来年も、一緒に」
じっと見つめながらそう云うと、中原さんは目をまん丸く見開く。それからちょっと意地悪く笑った。
「プロポーズか?」
「……!」
自分の発言を思い返して、羞恥で顔が赤くなるのを感じる。今度こそ、夕陽なんかじゃ誤魔化せない。思わず離しそうになった手を捕まえて引き寄せられた。
「逃がすかよ」
近づいた目の爛々とした輝きは、さっきまでのそれと違っている。でも、触れた唇はやさしくて、すぐに離れていく。
「ああ。また来ような」
「……はい」
照れた顔を見られたくなくて、中原さんの胸に飛び込む。ぎゅうと抱き締めてくれる腕が心地好い。
「やっぱ、次は水着着てるとこ見てえな」
「ま、まだその話するんですか……!」
「中原さんも来てください! 涼しいですよ!」
振り返って呼ぶと、彼は呆れたように笑う。
「子供じゃねえんだから」
「だって、海ですよ、海!」
楽しくて、つい、大きな声が出る。
ふわりと吹いた風に飛ばされないように帽子を押さえながら、中原さんが目を細めた。いつもの黒ずくめの仕事服と違って、今日はラフな恰好だ。何てことない半袖のシャツさえ様になるから、ズルいなあ、なんて。
ゆっくりとこちらに歩きながら、中原さんもサンダルを脱いだ。ちゃぷ、と足を波打ち際に浸す。
「うおっ、冷てえ」
零れた声に、無性に嬉しくなってしまう。中原さんはいつでも恰好良くて、強くて、だからこうやって遊んでいる姿は貴重で。ちょっと幼く見える横顔に、きゅんとする。
今日は久しぶりに二人揃っての休暇を取れたから、少し遠出をしよう。そう云ってくれたのは、中原さんだった。テーマパークとか水族館とか、色々な案が出たけれど、私が一番惹かれたのは、海だ。いつも見ていると云ってしまえばそれまでだけど、でも、そのいつもの海を中原さんと一緒に見に来たかった。
海水浴場ではない上に、世間様は平日だから、私たちのほかには誰もいない。夕焼けと、砂浜と、海。贅沢だなあ、なんて思う。特に、中原さんと二人きり、というところが。
「今度は海水浴でもいいですね。泳ぎたいです!」
「あー……そうだなあ」
ちょっと目を逸らした中原さんを覗き込む。
「あれ? 泳ぐの、苦手ですか?」
「いや、泳げるぜ。ただ……」
「ただ?」
「お前の水着姿は、他の奴らには見せたくねえ」
唐突な言葉に、きょとんとしてしまう。中原さんの耳がほんのり赤くなっているのが見えて、私の顔まで熱くなる。夕陽のせいだと言い訳をして、誤魔化すように笑った。
「も、もう! 中原さん、すぐそういうことを……」
「仕方ねえだろ、本心なんだから」
真っ直ぐ目を見ながら、片手を取られた。ついぴくりと跳ねてしまった指先を捕まえられる。絡められた手が大きくて、ドキドキしてしまう。沈黙の中を、波の音が響く。
「ああ……でも、見てえなァ。お前が水着着てるとこ」
「ど、どっちですか……」
夕焼け色に染まった波で足が冷やされるけれど、体温はどんどん上がっていく。向けられる優しい視線にそわそわしてしまう。夕陽を反射した瞳がキラキラしていて、綺麗だ。
風が吹いて、中原さんの髪を揺らす。それにつられたように、中原さんが海のほうを見る。
「お。見ろよ」
云われて見ると、大きな太陽がゆっくりと海に沈んでいくところだった。頭上の高いところは夜の色になり始めていて、一番星が光っている。
「……なんか、好いな」
「え?」
「こうやって、二人で夕陽見んの」
中原さんがやわらかく笑う。休日にしか見られない、私にしか見せない笑顔。繋いでいた手をぎゅっと握り返す。
「また、来ましょう。夏だけじゃなくて、もっと他の季節の夕陽も見ましょう。来年も、再来年も、一緒に」
じっと見つめながらそう云うと、中原さんは目をまん丸く見開く。それからちょっと意地悪く笑った。
「プロポーズか?」
「……!」
自分の発言を思い返して、羞恥で顔が赤くなるのを感じる。今度こそ、夕陽なんかじゃ誤魔化せない。思わず離しそうになった手を捕まえて引き寄せられた。
「逃がすかよ」
近づいた目の爛々とした輝きは、さっきまでのそれと違っている。でも、触れた唇はやさしくて、すぐに離れていく。
「ああ。また来ような」
「……はい」
照れた顔を見られたくなくて、中原さんの胸に飛び込む。ぎゅうと抱き締めてくれる腕が心地好い。
「やっぱ、次は水着着てるとこ見てえな」
「ま、まだその話するんですか……!」