#文スト夢深夜の60分一本勝負

 笹の葉、さらさら。廊下を歩くたび、葉と葉が擦れる音がする。夕暮れの陽射しが頬を温かく染めていく。貴重な梅雨の晴れ間に、来週の星空を願う。
「──先生?」
 後ろからの声に振り向くと、外の夕焼け空に似た髪色が揺れている。
「織田先生!」
 笹を抱え直して、彼に微笑みを返す。わかりにくいけれど、彼もちょっと笑ってくれた、と思う。
「如何したんだ、先生」
「ああ、これ? もちろん、七夕です!」
 やわらかな若い緑色に交じって、赤や黄色の紙が翻る。来週の七夕に向けて、この大きな笹を昇降口に飾る予定なのだ。福沢学園長にも許可はいただいた。武装生徒会のみんなに頼んで、短冊を書いてもらったところだ。折り紙で作った吹流しや網飾りも括りつけてある。
 生徒たちの笑顔を思い出して、思わず頬が緩む。最初、そんな子供みたいなこと、と生徒会長は云っていたけれど、結局一緒に笹を飾りつけてくれた。みんないい子たちだなあ、なんて思う。
 織田先生は、無精髭の生えた顎をちょっと触って首を傾げる。
「そう云えば、そんな時期だったか」
「はい。織田先生も、願いごと、書きます?」
「願いごとか」
 ふむ、と考え始める織田先生と並んで、廊下を歩いていく。
 織田先生は、同時期にこの学園に教育実習に来た、いわば同期だ。彼は国語科、私は社会科。担当科目は違えど、同僚として一緒にお昼ご飯を食べたりする仲ではある。
「先生は、何か書いたのか?」
「いえ、まだです。考えてたら、色々思い浮かんじゃって」
 例えば、家族の健康。生徒たちが毎日元気で居られますように。無事に実習を終えられますように。それから。
 ちらりと織田先生の横顔を見上げる。この学園で出逢って三ヶ月。まだまだ知らない彼のことを、もっと知りたい。
 青く澄んだ瞳が、此方を向く。
「ん? どうした」
「えっ!? えっと……」
 誤魔化そうと、手の中の笹を見る。目に入ったのは、織田先生の瞳と同じ、青色の短冊。
「そうだ! 太宰君の短冊もあるんですよ」
「……太宰の?」
 珍しい表情。そういえば、驚いている織田先生を見るのは、初めてかもしれない。
「彼奴は、こういうのは書かないと思っていた」
 慥かに、彼は最初、江戸川君以上に渋っていた。星に願うことなんてないとか、そんなようなことを云って。
「どう説得したんだ?」
「ふふ……内緒です」
 実を云うと、織田先生を利用させてもらった。「織田先生なら、屹度書いてくれるのになあ」。そう云ったら、太宰君は目を丸くして、それから拗ねたような顔をして、ペンを執ってくれた。
 織田先生はちょっと私を見てから、
「そうか」
と云った。
 しばらく黙って、放課後の校舎を歩く。笹の葉の揺れる音と、二人分の足音が響いている。
「思いついたぞ」
 唐突な言葉に、思わず足を止める。生徒たちはもうほとんど帰ってしまって、昇降口には誰もいない。
「短冊に書く、願いごとだ」
「!」
 歩きながら、ずっと考えてくれていたのか。いったい、どんな願いごとなのだろう。私が織田先生について知っていることは少なくて、だから、どんな些細なことだって知りたいと思う。
 でも、彼の口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。
「──お前の願いごとが、すべて叶いますように」
「……え?」
 思わず笹を落としそうになって、慌てて聞き直す。
「わ、私の……? え?」
「ああ、お前の。願いごとがたくさんあるんだろう? なら、俺はお前のその願いが叶えばいいと思う」
「で、でも、七夕ですよ? 自分のお願いごとをしないと……!」
 上手く言葉が紡げない。あうあうとたじろいでいると、織田先生が一歩私に近付いてきた。斜めの陽が彼の顔を照らす。
「俺の願いは、星よりお前に伝えたほうがいいからな」
 それって、どういう。勘違いかも、なんて思う間もなく、彼がゆっくりと口を開く。
 織姫より先に恋が叶ってしまうなんて、思いもしていなかった。
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