ポートマフィアの重力使いに十の贈り物

 からん、とドアベルが鳴る。たったひとり、カウンターでグラスを磨いていたマスターは、中也の姿を認めると軽く会釈をした。
 足元を這うように流れる何処か異国語の歌の中を歩き、馴染みの席に座る。
「いつものやつを頼む」
 そう云って、煙草に火を点けた。
 薄暗い店内はこぢんまりとして、地球がふたつに割れた片方、洋行していない側の端っこにありそうな様相だ。そう思えば、座る者のないスツールをぼんやりと照らす灯が終末の夕陽、耳に心地好い歌は凡ての生への鎮魂歌に似ている。成程、くゆる煙は青白く、戦場で立ち上がる陽炎のような死の影か。
 他愛もない空想と眼前に置かれた酒杯に酔い、青空ばかりになった惑星を想う。如何せなら、ほとんど海でも面白い。残酷に広大なそこで誰しも迷う。
「ボーヨーボーヨーってな」
 自分で云ってくつくつと笑う。
 茫洋、茫洋。前途茫洋。溺れて死ぬのも悪くはないさ。
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