ポートマフィアの重力使いに十の贈り物

 街中を歩いていると、大きな花が視界に入った。道端の木を覆うように、人の手のような白。朝の寝惚けた脳に、満開が周囲に撒く甘い香りが沁みる。数日前には気付かなかった変化に、中也は微笑みを零した。
「白木蓮か……」
 毎年この時期になるとほんの幾日か強く存在を主張して、けれど幻のごとく記憶の中にだけ残っていつの間にかいなくなっている。ぶ厚い花弁が頬に残る淚の跡に似て、名残りにアスファルトを飾る。そしてそれさえ何処かへ消えて、それこそ昼頃には忘れてしまう他愛もない夢のように。潔い死に際を是とする中也の気性にはあまり合わないけれど、それでもそれはいつも美しく花を咲かせて、彼に春の訪れを告げる。
 この街で春を迎えるのは、これで何度目だろうか。俺がここに来る前も、俺がここを去っても、きっとこの木はその真白い手を伸べて、春を呼んでいるのだろう。緩やかに昇る陽の光を柔らかく滑らせて、愛し子の頭を優しく撫でる母のように、その芳香で人々を包み込む。
 軽く伸びをして、中也はまた歩き出した。
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