ポートマフィアの重力使いに十の贈り物

 今日は随分と暖かい。うっかりすると、一足飛びに夏になりそうだ。普段の黒ずくめを脱いで一般人に紛れた中也は、そんな中をぶらぶらと歩いていた。
 特に宛があるわけではない。ただ、珍しく緊急で呼び出される心配のない休暇を、楽しんでみるかと思っただけだ。
 周囲の人々は、それを自覚することなく、安全な生を謳歌している。焦燥も不安もひた隠しにして、死を忘れようと努めている。滑稽で愛おしい営みを肌で感じながら、中也は己の靴音を雑踏に沈めた。
 桜の青葉、恋人たちの繋いだ手、電車の窓に見える疲れた背中、知らん顔した鴉の一声。歩きながら気分が良くなり、鼻歌が漏れだす。よく行くバーで流れているやつだ。中也好みの静かなそこで微かに漂う時代錯誤じみた歌を聞きながら酒杯を舐めるのが、最近の密かな楽しみだった。
「今夜も行くか」
 自分の姿など気にも留めない喧騒の中から太陽を見上げて、ここにはない夜を想うのは、俺の意味も理由も放り投げて快かった。
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