ブチャラティと共に刑務所へ訪れた私は、先に話を通してくれた彼と別れるとその無機質な建物へと足を踏み入れた。
刑務所と言うだけあって持ち込み物には厳しいのか、ボディーチェックを済ませると一際大きな監獄の前に通された。分厚い硝子が張られたその独房には投獄されているとは思えぬほどにリラックスした大柄な男が自由気ままにクラッカーを口にしている。
「ブふぅ〜、君の事はブチャラティから聞いているよ苗字名前君…… スタンド使いなんだろう?」
そして、吐き出された言葉に私は身を固める。この人がポルポーー私の裡に眠るスタンドを目覚めさせたブラック・サバスの使い手だ。無関係な清掃夫のおじいさんを殺した冷酷な男だ。
「……ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません、苗字名前と申します。スタンドは隣に「いる」コズミック・トラベルです……」
ポルポにこいつが「見える」事は知っている。私はあえてそれを口に出さずに簡潔に自身の分身の紹介をすると後に続く奴の言葉を待った。入団テストの内容はジョルノと同じように一日間ライターの炎を守り抜くことなのだろうか。それともなにか別の試練があるのか。
「宜しい、それじゃあ「面接試験」を始めるとするかな……手始めに、人が人を選ぶにあたって一番「大切」なことはなんだと思うね?」
「……たいせつなこと、ですか?」
突然の問に口篭った私はうんと思考を巡らせるーー正直に答えるのがBESTなのか?それとも組織にとって都合がいいようなおべっか使った受け答えがBESTなのか?
眉を寄せたままの酷い表情で目の前のポルポを見上げれば彼は私の答えを待っているようだ、早く、何か言わなくては。
「その人間の『人となり』でしょうか……?」
「ほう〜〜では君は自分をどういう人間だと自己分析しているのだね?苗字名前君」
「私はーー……」
正直に答えてしまった私はポルポからの当然の切り返しに困ってしまう。就活中に自己分析は幾度となくしてきたけれどそれとは訳が違う。
結局、当たり障りない事実が混ざった返答を返した私は彼の特徴的な溜息に冷や汗を流しながら次の質問に備える。まさかイタリアに来てまで面接で緊張しなくてはならないだなんて予想外だった。
「「人となり」……悪くないがちょっと違うかね。答えは『信頼』だよ苗字名前君。人が人を選ぶにあたって最も大切なのは『信頼』なんだ。そう、この世で最も大切なことが『信頼』ならば最も忌むべきことは『侮辱』することと考えている」
「『信頼』と『侮辱』……」
「ブフゥ〜〜……分かって貰えた所で入団試験についての説明に移らせてもらおうか……ブチャラティに頼んで持ってこさせたアレは手元にあるのかね?」
ポルポの黒い眼が私を見下ろす。それにすかさず求められているものを取りだした私は彼に見えるようにグリップを先に突き出すようにして差し出した。
「貴方がフィガロという男に貸していたという拳銃ですね……こちらです、ご確認下さい」
安全装置を外すだけで直ぐに発射できるそのオートマチック銃はたったの一日間ですっかり私の手に馴染んでいた。その重みと冷たさで、私が今置かれている道を切り開いていった筈なのに酷く軽いように思える。
「その様子だとフィガロ殺害事件について一通り熟知しているようだが……まぁいい。入団試験はこの拳銃を使うこととする」
「こ……この銃で一体何を……」
「「フィガロを殺した犯人」を見つけ出し「この銃で撃つ」事……それが条件だ。ただ君が!もし!わたしのことを軽く考えて無実の人間を撃ち殺したりあるいは誰も殺さず虚偽の申告をしようものなら然るべき結果になるだろう……君は『信頼』できない女ということになるのだからな」
てっきりジョルノと同じようにライターの炎を守る試験を出されると思っていた私はポルポの言葉に納得する。あの試験は組織に属するスタンド使いを増やす為のものであり、すでにスタンド使いである人間に対しては全く異なる試験内容を提示するのかもしれないーーあるいは、毎度相手ごとにテストの内容を変えている可能性はゼロではないがーー。
「我々は何よりも「信頼」をこの入団テストではかっている……君のスタンド能力の強さだとか便利さだとかなんてのはこびり付いたクラッカーの歯クソ程の価値も無いんだ……」
独房の天井まで届きそうなぐらいの身長にでっぷりと膨らんだお腹が特徴のポルポは、鉄柵の代わりに取り付けられた硝子越しに私に顔を近づけてそう告げた。鋭く尖った鼻先がガラスにぶつかり潰れている。そしてそんな視線は刺すように私を見下している。
「ーー分かりました。フィガロを殺した犯人を撃てばいいんですね」
正直、私はポルポという男の圧に押されていた。日本で生活していた時には絶対に関わることの無いようなタイプの人間だったからだ。
それでもこのまま押し潰されてはいけないーーここで「生きて」試験を潜り抜け、私は絶対にギャングにならなければならないのだ。
そうしなければ、忌まわしき『ヤツ』にたどり着くことも出来ないほど無力なのだから。
「フィガロを殺したのは私です。どんな風に殺したのかも説明できます……つまり、私は「自分を撃てばいい」ーーそうですよね?」
自身の胸に突きつけた銃口は布越しに伝わるほど冷たい。引き金にかけた指がほんの少し動くだけで人間を死傷させるだけのパワーがこれにあるだなんてにわかには信じられなかった……いいや、信じたくなかった。
「私は貴方に……組織に対して嘘は言いません。当然それが貴方達に対する「侮辱」に繋がると理解しているからです。」
「フン、成程……君がフィガロを殺した……いいだろう、信じることにしよう。では早速撃ってもらおうかね?最初に話した通り犯人の『ココ』に」
そう言ってうっすらと不気味に笑ったポルポが指さすのは自身の左胸。つまり私にそのまま心臓を撃ち抜いて拳銃自殺しろと言っているのだ。
やはり私はとんでもない所へ足を踏み入れようとしているのだなと再認識させられる。もしも、私が何の策も力も持たない『ただの苗字名前』だったのなら残された選択肢は死か逃亡だけだったのだ。
(彼への「信頼」を裏切らずに私も生きて試験を突破する方法……ポルポのスタンドに襲われスタンド使いになった私ではなければ思いつかなかったのだろう)
私は一度拳銃から目を離し硝子越しのポルポを見上げる。彼はチーズをアテに赤ワインをあおりながら私を見下ろしていた。彼は特にこの試験に時間設定を設けていないが何事も早めの決着が望ましいのは知っている。
自動車レースだってフルマラソンだって、速い方が凄いのだ。誰だって時間をかければ出来ることならば速い方がいいに決まっている。
(コズミック・トラベル……!私の身体の中を分解して心臓の位置をずらすんだ……)
私は早速頭の中で人体図を思い浮かべ組み替えていく。誰もが知っている通り身体の中は大事な器官でいっぱいいっぱいだ。
それでもボディーチェックの際に『身体の中に拳銃を埋め込む』ことは出来ているのだからやってやれない事は無いはずなのだ。
しかしいくら被弾するタイミングでクリーム化していても弾が通過する部分は焼け焦げて溶けてしまうだろう。そうなれば当然身体の一部が損傷するのだから痛みは免れない。
一足お先に組織へと入団した華々しい美少年とは違って少し泥臭いかもしれないがこれぐらいの負傷は覚悟の上だ。
(とにかく心臓はできるだけ右の方へ動かした……後は大事な血管とかに傷がつかないように覚悟を決めて引き金を引き、銃創と臓器の位置を戻すために素早く泡立てるだけだ!)
ポルポの提示した通り「犯人の左胸を撃つ」その条件は満たしているーー私はそう自分に言い聞かせると深く息を吐き胸元に銃口を向ける。
私は死なない、何故かそんな絶対的な自信があった。自分のスタンド能力を何よりも信じていたからだろうか。
初めて飛行機に乗った子供の頃のように心臓の鼓動を早めた私はほんの少しだけ込めた指先の動きに伴ってその身に深い穴を作った。
Buona giornata Tea break!! LIMONE
「『ホッチキス』だあーーッ!ハハハ!でもマンガ本閉じるみてーにちゃんと止まってらァーッ」
そんな銃撃による痛みを知っているからこそーー私は男子トイレから聞こえてきた笑い声に顔色を酷く悪くした。
確か中では銃で撃たれたミスタ君の応急手当が行われているはずではなかったか。どうもそうとは思えない言葉ばかりが飛び交っている。
そんな賑やかなここはカプリ島、サンタルチアの海が眩しい温かな小さな島ーーのとある公衆便所の前だ。
私がブチャラティ率いるチームに参入して最初に承った任務は『元』組織の幹部であるポルポの隠し財産6億リラの組織への献上だった。
それがどうしてこの公衆便所へと繋がるのかは分からないが彼と親交が深かったブチャラティが案内してくれた場所なのだ、ここには任務に関係する何かがあるに違いない。
「ハァ、こんなことをしている場合じゃあないんだけどなぁ……」
いじけるようにしゃがみ込んだ私は自身の触覚を指にクルクルと巻き付ける。伴って指に触れた檸檬のイヤリングがプラリと揺れる。
「…………トリッシュ……」
自分で『選択』して彼女から離れるような道に進んだ筈なのに、優柔不断で酷く物悲しくなった私は視線を落とした。この胸が酷く痛むのは、先日出来たばかりの傷だけが果たして原因なのだろうか。
それでも、進んだからには『進み続ける』しか道はなくてーー視線の端に二人の清掃員(現地の人間だろうか)を捉えた私はゆっくりと立ち上がると、ブチャラティからの指示通り「見張り」としての役割を全うしようと強く石畳を踏みしめた。