私たちは校舎の向こう側に回り込むつもりでいた……太陽が既に校舎の屋根にかかっていたからこっち側はもう「影」だらけだったからだ。
そして太陽が完全に沈む前にあの黒いスタンドを何か移動出来るものの影に誘い入れ「その影を取り除く」ッ!
ーーそう、計画していたのだ。ヤツを「日光の下」に引きずり出せば間違いなく倒せるはずなのに……。
ジョルノ・ジョバァーナは「影」を取り除くつもりでいたのにッ!
もう少しで中等部の門をくぐり抜けるーーそんな時だった。不意に校門脇に生えた常緑樹の影から現れた敵スタンドは尋常ではない程のスピードでジョルノのスタンド、「ゴールド・エクスペリエンス」の足を掴んだ。
「ど、どうして……!?この常緑樹は校舎から伸びる影には繋がっていない筈なのに!」
「カラスだッ!飛行するカラスの影に潜んで校舎の影から移動してきたんだ!!」
予想外の攻撃に姿勢を大きく崩したジョルノが地面に倒れ込む。すかさず自由な右足で蹴りを繰り出すも、敵スタンドの圧倒的なスピードの前では焼け石に水……かえって右足も拘束されてしまい、遂には絶体絶命の昆虫よろしく、腹を見せたまま為す術もなくなってしまった。
「ACT3 FREEZE!!」
そんなジョルノのピンチを救うため、スタンドを繰り出したのは康一くん。彼のスタンドの拳が敵スタンドを攻撃すると、次の瞬間にはまるでとびきり「重たい何か」に押しつぶされたかのように相手の腕が地面にめり込んだ。
「ぼくの『エコーズACT3』の能力は「物やスタンド」を「重く」する能力!」
「ソイツノ「両手」ヲ重クシタ。地面カラ指1本立テラレナイホド二ネ!」
康一くんの説明を補足するように言葉を付け足したのはなんと彼のスタンドであるエコーズ。人間の言語を話すスタンドもいるのか……と、関心する私はこの調子なら無事に拘束から逃れられるかもしれないと希望に瞳を瞬かせる。
「嘘……!!全然指を離してくれない……」
「いいや!離す筈だッ!こいつの「手全体」を重くしたんだッ!例え影の中に逃げ込むことは出来ても指を曲げてなんていられないはずなんだッ!」
しかしーーそんな希望的観測はすぐに打ち砕かれる。
何がなんでも離さないと言わんばかりの力でゴールド・Eの足首を掴む敵のパワーは康一くんのエコーズの能力を完全に上回っているようだ。次第に重さを増し、石畳に穴があく程の重力の中でも決して指を離す兆候すら見せない。
「ううっ!ぐっ……うううぐおぉ」
「ああっ……!駄目だよ康一くんッ!このままじゃあアイツが指を離す前にジョルノの足の骨が砕けちゃう!!」
だが、実際問題「石畳に穴が空くほどの重さ」に耐えられるのは規格外な強さを持つ敵スタンドだけなわけで。その重みを背負わされた手に捕らえられているゴールド・Eの足首にも当然負荷が掛かるのだが、ジョルノのスタンドにそれが耐えられるわけもなく彼の口からは悲痛な呻き声が漏れる。このままでは康一くんの能力でジョルノがやられてしまう!
「そ……そうだ…… 名前さんの言う通りだ……このままじゃあジョルノが先に「重み」でやられてしまう……解除しなくてはッ!!ACT3!3FREEZE を解除……」
「いや、そんなことはするな!これが「いい」んじゃあないか康一くん!この「重く」なる能力、解除なんかとんでもない!!これがいいんだよ!君がやってくれたこの能力が「いい」んじゃあないかッ!」
「何を言っているんだ!君の足首が砕けちまうッ!」
康一くんがそう必死に叫んだ刹那、「バキッ!」という効果音が正しいのだろうか、私は遠くから聞こえてきた何かが砕けるような大きな音に思わず目を瞑る。
……ン?遠くから、聞こえただって……?
私とジョルノはほんの2メートル程離れているだけだっていうのに。聞こえてきたのはもっと遠くの方でーー……。
「違う!!折れたのはッ!砕けたのはあの木の枝だわッ!ジョルノの足首ではない!」
「それだけじゃあない……葉っぱも全部舞ってるぞ!種も舞っている!あの木は常緑樹だってのにッ!しかも今は春だってのにッ!」
私が再び目を開けた時、いの一番に飛び込んできたのは校門脇に植えられた常緑樹が見るかげもないほどに枯れ果て、木の葉がチリのように風に舞う光景だった。その光景に康一くんも私も口をあんぐりと開けて信じられないものを見るように叫ぶ。
「こいつのいる所の影を取り除けばいいんだろ?計画通りに!「ゴールド・E」は生命を与え続ける能力!だからこの木は成長を続けそして一生を終えて枯れ始めている!」
「能力だって!?きみのスタンドは動けないじゃあないかッ!あの木までは10メートル近く……はッ!!」
私は驚いたように地面を見つめる康一くんに倣いジョルノの足元を観察する。そこにあったのはエコーズの重くする能力によって石畳に出来た深い穴。
「解除なんかするなよ……これがいいんだ!この素晴らしい君の「重くする」能力が石畳に穴をあけてくれたおかげで……」
「穴を掘って『木の根』を叩いたのかッ!」
「……!」
絶句だった。私なんかには到底思いつかないような突破方法に関心することしか出来なかった。
生命のエネルギーを与えられ過ぎてあっというまに寿命を全うした常緑樹は太い木の幹ごとカラカラになって大破していく。必然的に常緑樹から伸びた影は取り除かれ、そこに潜り込んでいた敵スタンドは日の元に晒されることとなる。
「ま……まずい!穴を掘ったから影が出来た!その影に逃げ込むぞッ!」
絶体絶命のピンチの中、敵スタンドは石畳にあいた深い穴に目をつけるとそこへ向かい一直線に進んでいく。
しかし向かう先が分かっていてみすみす逃すジョルノではない。ゴールド・Eの足が影へ伸ばされたヤツの手を踏みつける。追い討ちにと言わんばかりに空いた方の足で穴を塞いでやれば逃げ場が無くなった敵スタンドは「ギャアアアアアーッ」と情けない声を上げた。
「向かうべき道が「2つ」あるって言ってたが……お前にはそんな「多い」選択はありえないな。……康一くん、日当たりの良さそうな「そこ」すまないけど少し右へどいてくれませんか?」
康一くんはジョルノの指示通り右へ体をずらしていく。そして出来上がったのは日当たりの良い広いスペースで、1番近くの影からでも5メートルは離れているだろうか。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!……ゆっくりとあじわいな日光浴を!たったそれひとつだけだ!お前の行くべき道は!」
ゴールド・エクスペリエンスの両腕で繰り出されたラッシュに打ちのめされた敵スタンドはネアポリスの空を彩る茜色の陽の光に溶けていく。
あんなにも強く、おぞましかった敵は私が3回ほど瞬きする間にきれいさっぱりいなくなってしまったーーついに、ようやくヤツを倒したのだ!
Buona giornata IF. BLACK SABBATH③
「あの矢……!あの「矢」と同じものがこのイタリアにあるって事は!まだ「矢」に刺された「被害者」がどんどん増えるということッ!……電話しなきゃ!日本に知らせなくては!」
戦いが終わり、安堵からため息をつく私の前を大急ぎで駆けていった康一くんはそう叫ぶと近くの公衆電話の受話器をとり素早く番号を入力していく。電話をかけようとしている相手は空条承太郎だろうか。
(矢を持っていたスタンドは倒したというのに……康一くんが何に慌てているのか分からないけど、今は少しでも多くスタンドと矢についての知識をつけなくては……自分自身のスタンドと向き合う為にも)
思い立った私は康一くんの後を追うように公衆電話に近づくと聞き耳をたてようと彼の背後につく。康一くんや空条承太郎には悪いが私ももう無関係の人間ではないのだ。話を聞かせてもらおう……。
ーーその時だった、不意に私の横から伸ばされた腕が公衆電話のフックスイッチを下ろしたのだ。当然驚いた顔で後ろを振り返った康一くんは真後ろにいた私に驚いた顔をしたあと、怪訝そうに眉を寄せてジョルノの顔色を伺った。
「……な、何をするんだい?」
「今、君は「増える」って言ったのか?「矢」を持ってたポルポのスタンドは見ての通りやっつけたぞ」
「やっつけただって?君は勘違いしてる……」
「……!」
康一くんが告げた思いもよらない真実に、ジョルノだけではなく、隣にいた私も汗を浮かべる。あのめちゃくちゃな強さを誇るスタンドの本体がまだ生きているというのだ。
スタンドと本体は一心同体ーーどういうメカニズムかは分からないがダメージがフィードバックされる関係である筈だのに。
「君のおかげで攻撃の危機を乗り切ったってことは認める……だが今のスタンドは日光に当たって攻撃を「やめた」ってだけで「本体」はダメージなくピンピンしてるさ」
「……生きているのか?ポルポは!?」
「生きているも何も「遠隔自動操縦」ってのは本体にはまるで影響がないんだ……さっきも言ったけどヤツは「戦いがあったこと自体」気づいていないさ」
スタンドというものは本当に奥が深い。今まで通り普通に生活していれば絶対に知ることの無い筈の知識が増えていく。
私自身、決して知識欲が強い訳では無いのだが1度この世界のことを知ってしまったなら知らんぷりしているわけにもいかまい。
「もう一度聞く……全く気づいていないのか?僕がスタンド使いということも?」
「しつこいね!感じたとしたらせいぜい手が「重くなった」ってことぐらいかな……だけど君やぼくがすでにスタンド使いだったなんて分かるはずがない!」
はっきりとそう言いきった康一くんはいい加減フックスイッチにかけた指を離すように催促する。しかし当のジョルノは少し考える様に黙りこくるとその顔に陰を落としてしまった。
「悪いが電話をさせるわけにはいかない……これはお願いだ。敵はひとりじゃない「組織」なんだ。君が誰かに喋ればそこからバレる可能性がある」
そしてジョルノは「ギャング」になるーーと、康一くんと私に話し始めた。敵スタンドとの戦闘の中で口にこぼした「組織への入団」とはギャング組織の事を指し示していたのだ。
話を聞く康一くんの表情からは困惑の感情が伺えた。マジにこんなことに憧れているのか?こんな暗黒なことに関わろうとしているのか?正気なのかーーとも思っていただろう。
でもーー結果を言うならば康一くんは空条承太郎に「矢」の話をしなかった。後になって私が理由を訊ねてみると彼ははっきりとした口調で語った。
「ジョルノの話の中には『正義の心』があった。ぼくはいつも「それ」を見ていたからわかるんだ……「正義の心」がまるで自分のエネルギーだとでも言わんばかりの3人を。犠牲になったおじいさんを見る彼の目にもそれがあった!」
康一くんが思い浮かべる「3人」が誰のことなのかは私には分からない。だが、実際にジョルノと拳を交え、共闘した康一くんがそういうのならば私には「言わない」という選択が正しいものだと感じたのだった。