ホテルのチェックインを済ませた私は早速康一くんにクロスタータを振る舞うと備え付けのコーヒーメーカーで甘いカフェ・オ・レを作り卓上に並べる。
そんな一連の動きを目で追う康一くんに気付かないフリをしながら唯一手元に残ったバッグから携帯電話を取り出し充電ケーブルに差し込む。作戦実行まで1パーセントでも多く充電しておかなくては。
「……それじゃあ作戦の成功を祈って乾杯しましょうか?」
「はは、乾杯って……」
私の提案に苦笑いを浮かべた康一くんは口ではそう言いながらもカフェ・オ・レの入ったマグカップを持ち上げ音頭を待っている。そんな彼と向かい合うように椅子に腰を落ち着かせた私もまた、倣ってマグカップを手に持つと目の高さまでそれを持ち上げた。
「お互いの大切な荷物を無事に取り返せることを願って……乾杯!」
コツン、と小高いを音を立てた2人のマグカップの中でまろやかなコルク色がゆらゆらと揺れた。
Buona giornata IF. BLACK SABBATH①
時刻は16時を過ぎた頃ーー……私と康一くんはネアポリス中等部寮の前に来ていた。丁度学校終わりなのだろう、ワイワイと活気立つ敷地内では制服に身を包んだ男女が次々とミッドビスケットの装飾が美しい建物に入っていく。
「いいですか?ぼくが迎えに来るまで絶対に建物の中には来ちゃダメですからね」
「ええ、康一くんも気をつけて。既に部屋にジョルノがいたらまた揉み合いになるでしょうから」
それ以上は何も言わず、康一くんは大きな石造りの階段をかけていく。とりあえずこの中庭で私は待機だ……康一くんが頑なに部屋に入ることを許さなかったためである。
「すみませーん!そこのオネーサン、シャッター押してもらえますゥーー?」
「……いいわよ」
しかし学生だらけのこの寮内で私服姿の日本人というのは目立つものだ。とにかく怪しい動きはしない方が身のためだろう……とふんだ私は青地に黒ストライプのサッカーユニフォームに身を包んだ学生に頼まれるがままにシャッターを切る。
「親切なお嬢さんじゃのォ〜ここいらでわしにも手を貸してくれんかの」
人間ピラミッドを作っていたサッカー少年達からの感謝の言葉を浴びながら中庭から階段のそばに逃げるように移動すると次は赤い帽子の清掃夫に声をかけられる。その小さな身体に余るほどの清掃道具を抱えた老人は目一杯水が入ったバケツを2個も私に差し出している。
「……いいですよ」
渋々それを受け取った私は清掃夫の案内に従い掃除場所まで着いていく。そこは先程康一くんが登っていった階段の前で、戻ってくる時に滑って転んでしまわないだろうかとどこか呑気な考えが頭をよぎった。
「ところでお嬢さんはこんな所で何をしてるのかの?見たところ外国人のようじゃがのォ」
「はは……友人との待ち合わせですよ。それじゃあ私、もう行きます」
こんな目立つところで長話など言語道断、ピシャリと会話を断ち切った私は康一くんが登っていった階段全体が目に入る真正面に位置するベンチに腰掛けた。この位置からなら表彰台のように右側と左側の2方に別れた階段でも一望できる。
「……!!あれは!」
そして腰を落ち着かせたのもつかの間、私はすぐに立ち上がると、見つけたものになるべく気づかれないように気配を消して近づいていく。
どこか慎重な動作で扉を開け階段をかけ降りようとしているのはくるりとした前髪が特徴的な男ーージョルノ・ジョバァーナだ。
(……手に、何か持っている?視線がずっと自身の手元に向いていて辺りに注意が行き届いていないわ)
そしてそんなジョルノの手には何かが大事そうに握られている様子で、右手でそれをしっかりと握り、左手はそれを守るようにかざされている……この手の動き、以前父がしていた「あの動作」に似ている。
「風が強い日にライターを点す動きによく似ている……?」
私は無事にジョルノに気づかれることなく階段から死角となる位置につくと早速様子を伺う。
何かを守りながら走るジョルノの顔付きは真剣そのもので彼の手に阻まれ肝心のブツは見えないが大きさはほんの10センチにも満たない小さなもののようだ。
すると次の瞬間、そんな階段のすぐ真裏に隠れていた私のすぐ側にバシャリと音を立てて水しぶきが飛んできた。直ぐに聞こてきた老人の謝罪の声から先程の清掃夫の仕業だと理解した私はどこか呆れた視線を向ける。
「いやあ〜でも本当によかったよ。お互い日頃の行いが「よかった」って事だのォ〜……いやよかった!よかった!」
先程私の元まで飛んできた水しぶきは階段を勢いよくかけていたジョルノの元にも飛んできていた様で彼の手元はグッショリと濡れていた。身体全体が濡れなかったのは「よかった」かもしれないが、今彼は何か大切なものを手に隠し持っていたはずだ。
「なんて事だ……まずいぞ……まだ「1時間」しか経ってないのに……『炎』が……!!」
そしてゆっくりと、祈るように開かれたジョルノの手元から現れたのは鈍い銀色の光を放つガスライターで彼の言う通りその火は完全に消えていた。顔中に汗を浮かべたジョルノはそれを震える手で階段の手すりに置くと何かを考え込むように黙り込んでしまった。
「「炎」がどうかしたかの?まさかそのライターつかなくなったのかの?壊しちまったかの?このわしのせいで?……でも見たところ壊れてはいないようじゃがのォ〜……そのライター、まだガスがでとるじゃあないか」
目に見えるほどに落ち込むジョルノに堪らず声をかけたのは清掃夫のおじいさんだ。ジョルノは清掃夫の言葉に顔を上げるともう一度聞き返す。
「……今、なんて言いました?」
「ほら……聞きなさいよ。ガスの出とる音がするじゃあないか……壊れてなんかいないと思うのじゃが……」
ライターを手に取り、ガスの噴出口を耳に寄せる清掃夫は「ガスは正常に出ている」と明るい声で告げる。しかしジョルノの顔に浮かぶ不安の文字は払拭出来ず、まるで信じられないものを見るかのようにおじいさんを……いいや、ライターを見つめていた。
「いや……「そんなはずはない」……「点火」なんて出来るはずがない…… ……」
なぜかライターの無事を頑なに疑うジョルノに疑問を覚えた私は彼等の行動の監視を強める。そして次の瞬間、清掃夫のおじいさんの手によって火灯石から弾き飛んだ火花がガスに引火するとライターは大きな火柱を立てて「再点火」された。
「すごい明るいんでびっくりしたが……何も問題はないようじゃがのォ〜」
そう言って笑みを浮かべた清掃夫は軽い小言を添えながらジョルノにライターを手渡す。それを両手で慎重に受け取ったジョルノはライターの炎をまるで不可解なものを見るような目で見つめると、やがてその視線をどこか虚空へと移し始めた。
「……?」
私はそんな一連の流れを理解出来ず、視線をジョルノから外すと顎に手を添えてうーんと頭を捻る。頭上では西に傾き始めた太陽が私の体を直接照り付けていた。
(今わかることはひとつ……ジョルノが大事そうに握っていたものは銀色のガスライターで、彼は炎が消えたことにショックを受けていたこと。……でも、それなのにライターがおじいさんの手によって再点火されるとまるで奇妙なことが起こったかのように動揺を見せていたのよね)
しかしこのままジョルノが階段脇にいるのはあまり喜ばしいことではない。何も知らない康一くんが戻ってきたら鉢合わせてしまう可能性があるからだ。
私はどうしたものかと考えるもすぐにお手上げだと康一くんのいるジョルノの部屋の窓を見上げる。すると、なんという偶然か康一くんもまた窓の外からこちらを見ていたのだ。先程の清掃夫とジョルノのやり取りもバッチリ見ていたようで彼も私もどちらともなく首を傾げた。
「バカなッ!きさま!……何をやっているんだッ!」
刹那、不意に発せられた初めて聞くジョルノの荒らげた声に私は身体をびくつかせるとすぐに様子を伺おうと身を屈めて彼の元へ近づく。階段の下にいたジョルノが指さしていたのは階段の中腹辺りで、そこに居たのは掃除を再開した清掃夫だった。
しかし次の瞬間、清掃夫はまるで魂が抜けた様にふらりと階段から倒れ落ちた。その様は正に自由落下。受け身も、抵抗も、叫び声をあげることもなく落ちてきたその身体はジョルノの手によって抱き抱えられる。
「お……おい!だいじょう…… ……!」
大丈夫か、そう紡がれる筈だった言葉が噤まれたのが第三者である私にも分かった。ジョルノは抱えた清掃夫の身体をゆっくりと地面に下ろすと再び階段の中腹辺りに視線を向ける。
(……まただわ。彼が何も無い虚空へ視線を向けたのはこれで2回目!私には「見えない」なにかを見つめているとでもいうの……?)
飛躍しすぎた発想だと思ってしまうかもしれないが私はこの答えに対するヒントを既に貰っていたーーそれは康一くんが空条承太郎に電話越しに告げた「彼女は『見えない人』」という言葉だ。
見えない人が存在するならば当然『見える人』がどこかに存在する。となればその言葉を口にした康一くんと空条承太郎は後者だろう。
「そんな康一くんと揉み合いになって勝ち逃げ出来たジョルノもきっとまた『見える人』……!つまりは彼もまた超能力使い!!」
私はそう結論を出すと今まで以上に注意深くジョルノを監視する。未だ彼がみている虚空にいる見えない何かを私が観測することは出来ないが、かなり緊迫した状況であることがピリピリとした空気から伝わった。
そして瞬く間に事態は動いた。ジョルノは何かから逃れるように勢いよく飛び上がると階段の手すりに着地する。火のついたライターを片手に見つめる先はまたもや虚空だ。
「こ……ッ今度は僕をも襲ってくるぞッ!『再点火』するところを見た者は無差別にか……!」
「!」
そして聞こえてきた『再点火』の言葉に私は一粒の汗を浮かべる。その言葉が指し示しているのが先程の清掃夫によるライターの点火のことならばおじいさんとジョルノの他に私と康一くんもその瞬間を見ているはずだ。
(……ジョルノの言うことを全て信じるのなら、私もいつかあの清掃夫のおじいさんの様に見えない何かに気を失わされてしまうというの?)
私は途端に降りかかった漠然とした恐怖から俯くと服の上からペンダントをぎゅっと握りしめる。
どうしてこんなことになってしまったのかという憤りと、こんな馬鹿げたことを信じたくないという気持ちの中に、何故か自然とこの異常事態をすんなりと受け入れている自分に気づく。祖父母の変死の一報を受けてから超能力だとかいうものにある程度の理解を示してきたつもりではあったが、どこかで馬鹿らしいと一蹴してしまいたいという気も存在していたのだ。
「うおおおお……こ……これはッ!自分の意志に関係なく『ゴールド・エクスペリエンス』がひきずりだされるなんてッ!」
しかし、私がそんな風にウダウダ考えている最中も目の前の事態はただただ進行していく。呼吸困難なのだろうか、ジョルノは苦しそうに叫ぶとその端麗な顔を歪めた。
清掃夫にジョルノ……ときたら次に襲われるのは2人の近くにいた私かもしれない。
「つ……掴んだだけで……!こ……この『矢』は!?このままゴールド・エクスペリエンスにまともにブチ込まれたなら間違いなく死ぬ……!」
見えない私にはジョルノがどんな攻撃を受けているのか理解する術はない。しかし、ジョルノの発言からするに相手は「矢」を使って彼に襲いかかってきているようだ。
その見えない何かによる攻撃で手のひらから大量の血を噴き出したジョルノはまた1つ、2つとその顔に汗を浮かべる。
そして『ゴールド・エクスペリエンス』という意味不明な単語とともに口に衝いた「死ぬ」という物騒なワードに私は顔を顰めると何か出来ることはないかと視線を彷徨わせた。
「このジョルノ・ジョバァーナには『夢』がある!……たとえ「ポルポ」が僕の入団しようとする「組織」の幹部であろうと僕の夢を阻み、あのじいさんのように関係の無い者をゴミクズのように殺すヤツであるのならば……倒さねばならない!!」
しかしそんな私の心配は杞憂だったようでジョルノはそう高らかに宣言するとそのターコイズブルーの瞳で鋭く相手を見据える。その顔つきに迷いはなく、相手を倒す覚悟を決めたのだと離れた場所にいる私にもひしひしと伝わってきた。
(……でも、またもや気になる単語が幾つか出てきたわ。ジョルノはどこかの組織に入団しようとしているのね……?そしてその発言からして今彼に襲いかかってきている見えない何かはポルポという組織の幹部……?)
そして……あえて「聞こえなかったフリ」をしたいと思ったのは清掃夫のおじいさんが殺されたという言葉だった。ジョルノ曰く、おじいさんは既に息を引き取っているというのだ。
私はジョルノから視線をずらし未だ横たわったまま動かない清掃夫を見つめる。この距離からでは呼吸の有無は判別できないが、未だ開いたまま閉じられることの無い瞳に思わず固唾を飲んだ。
(つまり話をまとめると……あの見えない敵は「矢」を使って「再点火」を見た者を無差別に攻撃しているのだ……そして矢に刺された者はジョルノのように深い傷を負ったりおじいさんのように死んでしまうのだわ……ッ!)
すると不意におじいさんの使っていた清掃道具がけたたましい音を立てて吹き飛んでいく。それはまるで大きな質量を持った何かがぶつかることによって生じた物理運動のようにも見えたが、肝心の何がぶつかったのかは私の目には見えない。
「ゴールド・エクスペリエンス!……おまえの感覚だけが暴走し、全ての動きがゆっくりと見える!」
高らかに言い放ったのはジョルノでそのキリッとした表情から私は敵を見事やっつけたのだと理解する。私の推測通りやはりジョルノも超能力使いなのだ……そして彼の発言から『感覚を暴走させる』能力を持っているのだということも分かった。
「そんなッ!……消えるなんてありえないッ!一体ヤツの能力は……!どういうことか分からんがどこかにいるはずだ……この「ゆっくりの時」を解除する前にヤツを見つけないと」
吹き飛んだ清掃用のモップがカランと音を立てて石造りの階段に落ちる。それと同時に再び荒げられたジョルノの言葉に私は心臓をどくりと鳴らした。
ジョルノはまだ敵を倒してなどいなかったのだ。そしてそいつは目の前から姿を消し、彼もまた見失っている状態……もとより姿を観測できない私には分かるすべもないがジョルノの反応を見るに異常な事が起こっているのだということは察することが出来た。
「な……何……!?か……影の……『中』!」
しばしの沈黙の後、ジョルノの首筋にひとりでにペコっと大きな窪みができると、次第にそれは深さをましていく。やがてその窪みは皮膚を突き破り血管を圧迫したのかそこからは血が噴き出してきた。その痛みにジョルノは目を見開くと自身の首筋ではなく再び階段の上の虚空を見つめた。消えたという敵は再び階段の中腹に現れたのだ。
「し……しまった!自分自身の動きもゆっくりだから矢が突き刺さるを防御するのが間に合わないッ!ゆっくりにしたのが「仇」になった!」
能力を解除してガードしろッ!ーーそう続けて叫んだジョルノは敵にのしかかられているのか階段の手すりに全体重を預ける形になっている。このままでは私の隠れている階段裏の死角にジョルノが落ちてくるのも時間の問題だ。
自分の真上で起きている出来事に息を飲んだ私は恐怖から動かない足を必死に引きずりその場から離れると、ことの行く末を見守るために顔を上げたーー苦しそうに叫ぶジョルノの更に上では先程見上げた時よりも西に傾いた太陽が階段の手すりと私のいる死角の位置を照らしているのが見えた。
すると次の刹那、何者かの拘束から逃れられたのかジョルノが階段の上から落下してくる。受身を取るも、背中から勢いよく落下したジョルノに思わず悲鳴をあげそうになった私だったが、すんでのところで声を飲み込みそのまま息をとめた。
「う……うぐぐ……」
まだジョルノは私の存在に気づいていないのか(気づく程周りに気を配っている状況でないのか)背中をうちつけた衝撃に辛そうな声を漏らすと片方の手を影のかかった地面に着いてゆっくりと体を起こす。こんないざこざの中でさえライターを手放さなかったのか、左手に握られたライターの火柱が彼の動きに合わせてゆらりと揺れた。
しかし休息もつかの間、再び敵の攻撃に見舞われたのかジョルノは地面に着いていた右手を翻し身をそり返すと虚空へ向けて鋭い視線を向ける。
そして暫くそのまま膠着状態が続くとジョルノは不意に木の影に手を伸ばし、何かを確信したように瞳を瞬かせた。
「影だ!やっぱり影の中だ!」
影の中ーーはっきりとそう言ったジョルノの言葉に私はピタリと動きをとめた。見えない敵との戦闘に巻き込まれたくないという一心からその場から徐々に逃亡を開始していた私は既に倒れた清掃夫のいる階段下まで身体を移動させていたのだ。
そしてその足元には階段の手すりから伸びた影。
「!!……また消えたぞ!ヤツは陽の当たる場所には追ってこられない筈なのに……一体何処に向かったと言うんだ……」
「消えたですって……!?そ、そんな……まさか……影の中……つまり……」
ピシリ、とまるで金縛りに遭ったかのように動かせなくなった自身の体に私は恐怖から涙を流す。見えないが確かに質量のある何かに身体を押さえつけられているのだ。
「た……助けて……ッ、誰か……!!」
30メートルほど離れた場所にいるジョルノには、震えて、まともに言葉が出ない私のか細い声は届かない。助けを求めようと伸ばそうとする手も、見えない何かによって押さえつけられたまま持ち上げることも出来ない。
「「再点火」を見たな!チャンスをやろう……おまえには『向かうべき2つの道』がある!!」
すぐ近くから聞こえたその声はジョルノのものでも康一くんのものでもない……恐ろしく、禍々しいものだった。
それでも私の目には未だに敵の姿は見えない。このまま何もかもわからないまま、私は命を落としてしまうというのか。
「ひとつは生きて「選ばれる者」への道……もうひとつは!!さもなくば「死への道」!!」
「!!見つけた……きみは確か名前!!……コーイチと一緒にいた日本人!!今すぐその「影」から出るんだッ!!」
見えない敵の声で私の位置を察知したのだろう。ジョルノが焦ったような声で私の名を叫ぶ。
そのとき、私は既に自分の死をすっかりと受け入れていたのかもしれないーー盗んだパスポートから私の名前を知ったのかしら?なんてどこか現実逃避じみたことを考える。
「レオーネ……」
辛うじて動いた右手が銀色のチェーンに繋がれたペンダントを握りしめる。せめて最後に彼に思いを馳せる時間があったのが救いだった。
「「再点火」したのだ!受けてもらうぞッ」
見えない何かによるその言葉を皮切りに私は目を瞑ると全てを諦めたように口元に弧を描く。目じりからとめどなく流れ落ちる涙が頬を伝い、やがて私の足元に小さな染みを作った。