ときめきメモリアルgirls side
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切れ端
7月19日。羽ヶ崎学園の女子生徒(もしかしたら女教師も?)の決戦の日である。
周りとは一緒にされたくないけど私だってその戦いに臨む。
なぜならその日は瑛くんの誕生日だから。
7月16日
「ありがとうございました!!」
大きな声で監督に練習に付き合ってもらったお礼を言った後、野球部員たちは颯爽と帰宅していった。
後片付けをする為に残っているのは私たちマネージャーと一年部員。そして遅れて野球部に入ってきた勝巳だけだった。
マネージャーは脱衣所の掃除。一年部員と勝巳くんはトンボ掛けをする。
「お疲れ様、今日はもう終わりにしよう?」
先輩マネージャーから終わりの合図をいただき、一二年のマネージャーは掃除にちょうどよく区切りをつけたところで帰宅準備にはいった。
「ねェ、 ナマエ? 」
「ん?」
土がついた手を横で洗っていた同学年のマネージャーが不意に話しかけてきた。彼女とはクラスも同じで一年の頃から仲良くさせてもらっている子のひとりだ。
「もうちょっとで佐伯君の誕生日じゃん。何あげるの?」
「へっ!?」
水を飲もうとして上に向けた水道管から動揺して強く捻り出した水が容赦なく私の顔面を捉えた。
「なっ、なななんで私にそんなこと聞くの!?」
急いで蛇口を閉めるが案の定体操着がべちゃべちゃだ。制服に着替えるからいいんだけどね。
「あのね……私は若サマ一直線なんだけどぉ、中学の頃からの先輩達が ナマエのことマークしててね?私に探り入れてこいって」
「……そうなんだ 」
探りを入れる時ってさりげなく聞くものじゃないのかと思いつつハンカチで顔を拭く。
それにしても彼女の中学の頃からの先輩といえばよく瑛くんとお昼を食べてる人達のことだろう。ちょっと面倒なことになったかも。
「あ!でもでもね!私たち野球部マネージャーは全員2人の事、お似合いだと思ってるから!! 」
「そう? ありがとう 」
「そうだよ! なんかあったら言って?私たちは ナマエの味方だから!!」
そして彼女は「じゃあお先に」と手をヒラヒラしながらドアノブに手をかけた。
私は鍵当番である一年生の視線を浴びながらそそくさと着替えて脱衣所を出た。さあ帰ろう。勝巳くんも待ってるだろうし。
7月17日
「針谷くん、ちょっといい?」
「ん? ナマエか。どうした? 」
今の時間は昼休み。
みんな別々のグループを作り昼食を食べているのであろう。
私も本来ならば教室で竜子姉と昼食を共にするところだが、今日は私が針谷くんに相談があるので私と竜子姉、針谷くんという変な組み合わせになってしまった。
「木戸、針谷に相談なんてどうしたんだ?」
「おい藤堂、俺の事はハリーって呼べ!!」
二人はあまり接点が無かったのか、さっきから針谷くんが「ハリーって呼べ」と繰り返している。竜子姉は呆れた顔でため息をついている。
「実はね、もうすぐ瑛君の誕生日なの。それで相談があって……」
「佐伯の?なんで俺に」
不思議そうな顔した針谷に竜子姉が再びため息をつく。竜子姉は魔法瓶の中に入ったレモンティーをちと口飲むと目線も合わせずに言葉を紡いだ。
「…… ミョウジは佐伯にやるプレゼント選びを手伝って欲しいんだっていってんだろ 」
「あぁ〜!!成る程な!!俺センスいいしな!」
「ちょっと! 声抑えてよ! 」
屋上には女子生徒に囲まれた瑛君もお昼ご飯を食べている。聞こえたら元も子もないと針谷くんに鋭い視線を向けると彼は素直に謝った。
「……で? いつ買いに行くんだ?」
「明日行く予定だよ」
「火曜日か」
俺はバイトじゃねえから大丈夫だけど……と言った針谷くんに胸を撫で下ろす。
いや、遊くんに聞いてたから知ってたけどさ。
「アタシはバイトでついていけないから……悪いね、 ミョウジ 」
「ううん、気にしないで!ありがとう竜子姉! 」
目じりを下げた竜子姉に私は笑顔で返す。竜子姉のこういう表情は基本的に私しかしらないはず……そういうのがちょっぴり嬉しかった。
瑛くんの誕生日は幸い水曜日。
普通に学校で渡せるかな。もし渡せなかったとしても運が良ければお店まで一緒に行けるかもだし。行けなくてもバイト終わりに渡す事だってできる。
(きっと大丈夫……きっと、うまくいく…よね?)
7月18日
「針谷くん!!」
「うぉっ! ナマエ!? 」
私は職員室から出てきた針谷くんの腕を引っ張ると同時に一番近い非常玄関から上履きのまま外へ出る。
「おいおい!なんでそんなに急いでんだよ!」
「ごめん! ちょっと黙ってついてきて!」
そのまま校舎裏まで走るとグラウンドが見えてくる……そう私は野球部の部室へ向かっていた。
ロッカールームは……、あった!
私は針谷くんを野球部の使うロッカーに押し込むと口に手をあてて静かに。とジェスチャーした。
「あれ〜?いな〜い!」
「まだ近くにいる筈!!探すわよ!」
パタパタとロッカールーム近くから走り去って行く人……例の先輩達だ。頃合いを見て針谷くんとともにロッカーからでると私は深く息を吐いた。
「おい、 ナマエ……」
「……ごめん」
明日はついに瑛君の誕生日。
あの日言われたようにやはり私はマークされていたらしい。彼女らはどうしても私が瑛くんに誕生日プレゼントを渡すのを阻止したいみたいだ。
先輩達は私と瑛くんのことをどこまで知っているのだろう?お店のことまでバレていなければいいのだけど……。
「……その、今日はやっぱ一人で行くよ……本当に迷惑かけて、ごめん」
さすがに先輩達も暴行を働いたりはしないだろうが、万が一があって針谷くんのことを巻き込んで怪我をさせてしまうかもしれない。
特に針谷くんはバンドをやっているし、危険な目に合わせる訳にはいかない。
「お前さぁ、俺だって男だぜ?泣きそうな顔した女一人にしてわかったなんて言って帰れるかってんだよ」
頭をガシガシしながらそういう針谷は少しだけ頬を赤く染めていた。
「だけど針谷くんはっ」
「ま、なんとかなるだろ」
「なんとかって……!」
思わず彼の肩を掴む。急に縮まった距離に驚いたのか針谷くんは顔をそむけた。
「嬉しいけど……もっと自分のことも大切にしようよ」
「……」
顔をそむけたまま黙り込んでしまった針谷くん。私はそれに気づいて掴んでいた手を離した。
「どうしてだろうね?……どうして、ただ瑛くんにプレゼントを渡したいだけなのに、どうしてこんなことになっちゃうのかなぁ」
そういって俯いた私の頭に手を乗せた針谷くんは何も言わずに頭を撫でる。彼の行動になんだか涙が止まらなくなった私は泣いた。ロッカールームの外まで声が聞こえても仕方ないぐらいに泣いたのだった。
「……オマエの気持ちは1ミリだって間違っちゃいねーよ」
「……針谷くん」
「佐伯のやつだって ナマエといると楽しそうだろ? だったらオマエが佐伯のためにプレゼントを渡してやったらアイツはすっげぇ喜ぶとオレは思うぜ」
針谷の言葉に私が顔を上げると目が合った。彼は小さく「オレもオマエからプレゼントが貰えたら……嬉しいと思うし」と付け加えると、ロッカールームの戸に手をかけた。
「っ、それじゃあ行こうぜ! ……っとその前に目、大丈夫か? 」
「うん、ありがとう針谷くん! 私……頑張るよ! 」
ハンカチで目元を擦ってしまったからか、私の目元は真っ赤になっていた。気にかけてくれた針谷くんにお礼を言えば彼はキザにはにかんでみせる。
すると突然、ロッカールームのドアが勢いよく開け放たれた。警戒した針谷くんが私を後ろ手に隠すが、現れたのは彼よりも背の高いロッカールームに用がある男の子ーー……。
「……やっぱここにいたのか…… ナマエ」
「えっ? 勝己くん? 」
そう、そこに居たのはユニホーム姿の勝己くん。理由はわからないが私のことを探していたようだった。私は針谷くんの後ろからでると勝己くんの元へ駆け寄よる。
「藤堂と水島がお前の事を探していた……何やらかしたんだ? 」
「何もしてないよ! 2人には! 」
「ククッ……だろうな」
信用ないなぁ……と思いながらも、私は竜子姉と密ちゃんの2人がどうして私を探しているのかと頭をひねった。
うーん、と考え込んでいる私の代わりに針谷くんが扉の前を陣取る勝己くんを押しのけて外の様子を見に行くと2階の教室から手を振る密ちゃんの姿を捉えた。
「藤堂と水島、ふたりともお前のクラスにいるみたいだぞ」
針谷くんの意外な発言に思わず私も外に出てみる。すると彼の言うとおり、私のクラスのある2階の窓から密ちゃんが手を振っていた。私が無言で振り返すと、しばらくして竜子姉も顔を出してくれた。
「教えてくれてありがとう勝己くん。私たち行くね? 」
「ああ……気をつけてな」
それと同時に休憩時間の終わりを告げる野球部マネージャーの声が聞こえた。勝己くんは「それじゃ」と言うと走ってグラウンドの方へ向かっていった。
私と針谷くんは目を合わせて頷き合うと校舎へと足を運んだ。
「ごめんなさぁい!! 悪気は無かったんですぅゥゥ!! 」
教室のドアを開けた私と針谷くんを待っていたのは竜子姉と密ちゃん……そして私を追っかけていた先輩達だった。
勢いよく頭を下げた先輩の1人が私の腕を掴むと「許してくれるよね!?」と、涙目になりながら叫ぶ。
「と……とりあえ皆さん顔を上げてくださいっ! ……竜子姉、密ちゃん……何があったの? 」
関係の無い人にこの状況を見られるのは良くないと、ドアを閉め2人の方へ向き直った。
ふたりとも私の大切な友人だが、竜子姉と密ちゃん同士が仲良しだというのは初耳だった。
「ふふふっ 気にしないで? ただ先輩たちが自分から率先して謝りたいと考えていたみたいなの」
「えぇ……」
密ちゃんの言葉に思わず納得出来ないという声が出てしまう。私が先輩たちをちらりとみるとそれだけで彼女たちは短く悲鳴をあげた。
「竜子姉! 」
絶体違うよね? といった感情を込めて彼女の名を呼ぶと、竜子姉は組んでいた腕を解いて私の肩をだいた。
「アンタのことを追っかけてる連中がいるって聞いてね……そしたらコイツがすでにシメてたってわけ」
「……ほんと? 」
「今アタシが嘘つく必要あるかい? 」
その言葉に5秒間ぐらい迷ってから「ないかも……」と私は答えた。
そんな私たちの様子を見て安心したのか針谷くんは手頃な位置にあった机に腰掛けると「ところでよ」と切り出した。
「センパイたちはなんでこんなことしたんスか? 」
それはもっともな疑問だった。
私もマネージャー友達から話は聞いていたが何をするために私を追いかけていたのだろう。
「私もすごく知りたいです……教えていただけますか? 」
先輩たちの話を要約するとこうだった。
前に一度、瑛くんと私が公園通りにいたところを目撃したらしく、彼女たちはそんな私に誕生日プレゼントのアドバイスを聞きたかったそうなのだ。
全てを知った私はほっと胸をなでおろした。瑛くんと公園通りで出会った時はお互い私服だったはずだ……カフェの制服の時に出会わなかったことが不幸中の幸いというものだ。
「あの……先輩たちに言っておきたいことがあるんですが、私と瑛くんはまだ、お友達……なのかも分からないと言いますか……」
その言葉に教室にいる誰もが目を見開く。瑛くんは男友達である針谷くん以外には猫を被った態度で接している筈なので私自身、彼のことはよく分からない……屈折しすぎている。
「だけど!今以上に仲良くなりたいとは思ってるんで!……その、よければ一緒にプレゼント選びしましょう! 」
私は言い切ると同時に先輩たちに手を差し伸べる。彼女たちはその手を握ると笑顔を見せてくれた。
「ありがとね! 竜子姉に密ちゃん! 」
「ふふふっ、いいえ!それよりもナマエちゃん、空中庭園ででた限定メニュー今度の日曜でも一緒に食べに行きましょう? 」
「もちろん! その時は私の奢りだよ! 」
密ちゃんはいつも通りの笑顔を私に向けてくれるが、脳裏に浮かぶのは先程の竜子姉の言葉……先輩達をまとめあげたのは本当に密ちゃんなのだろうか。
「それと竜子姉……その、ごめんね」
「なんのことだい? 」
「だって火曜日はアルバイトでしょ? いつもならもう始まってる時間じゃない」
あぁ……と竜子姉は口に出すとそのまま黙ってしまった。恐らく私に向けて言葉を選んでくれているのだろう。
「……たまたま休みになったんだよ」
照れたように頬を赤くした竜子姉に私は嬉しくて思わず笑った。すると隣でその光景を見ていた密ちゃんも「ふふふっ」と口元を抑えて笑った。
「アンタね……」
「あら、ごめんなさい……なんだかおかしくて」
急に鋭い瞳で密ちゃんを見る竜子姉に、怒ってしまったのだろうかと私も思わず「ごめん」と笑ったことを謝ると、彼女は拍子抜けといった表情を見せた。
2転3転とする竜子姉の表情が珍しいなと私は思いながら先に教室を出ていく先輩たちの後を追う。
「 ナマエ、先輩たち先玄関行くってさ」
「うん! 針谷くん今行く! 」
自分の席にかかっているスクールバッグを手に取ると私はすぐに針谷くんの待つ廊下へ向かう。
教室へ出る前に振り向いた私が「最後にひとついい? 」と2人に聞くと密ちゃんは「なあに? 」と首を傾げてみせた。
「ふたりって仲良しだったんだね! 」
「……」
「……まぁ」
煮え切らない返事を返すふたりに私は疑問を覚えながらも、「また明日! 」というとふたりはいつも通りに挨拶を返してくれた。
そして数十分後、私と針谷くんと先輩たちはショッピングモールに来ていた。学校帰りで時間がないので私達はすぐさまおしゃれな雑貨屋さんへ足を運んだ。
「ねぇ、 ミョウジさん……あなたはどんなものをプレゼントする予定なの? 」
「まだ決まってないんですが……瑛くんの好きな物をまとめてきたんで、参考にしてください」
私はスクールバッグのクリアファイルから1枚のノートの切れ端を出して先輩たちに見せた。
それは私が午前の授業中に書いたものだった。
「コーヒーにサーフィン、辛いもの……etc」
「よく調べてあるわね」
「あははは……」
授業中、寝落ち対策にまとめたものだったが先輩たちには役立ったようでなによりだと私は笑った。しかし針谷くんはノートの切れ端を見るなり眉をひそめた。
「針谷くん、どうかした? 」
「いやー……ホント、よくまとめたなって」
彼は感心している……というよりなんだか拗ねているようだった。
私はその場で数学のノートを取り出すと一番後ろのページに『針谷幸之進の好きな物』とでかでかと書くと彼の好きなものを書き写した。
それを見た針谷くんの顔はみるみる赤くなってしまいには目を逸らしてしまった。
「オマエなぁ……っ」
「あはは、針谷くんの好きなものだって私たくさん知ってるよ! 」
針谷くんは照れているんだと分かった私は「あとは……そうだなぁ〜」といいながらどんどん彼の好きなものを書き写していく。
学校帰りにカフェで聞いたことやデート帰りに聞いたことをほぼ全部書き終えた時、不意にペンを針谷くんにとりあげられてしまった。
「オレ……期待していいんだよな……? 」
「え……」
真剣な表情を見せる針谷くんに私はにやけ切った顔をやめた。彼は切なそうに私を見つめている……彼は私になんて答えて欲しいのだろう。
「うん、もちろん……針谷くんの誕生日も期待しておいて! 」
それは考えつく限りの無難な答えだった。
私には針谷くんがなんて答えて欲しいかなんて分からなかったのだ。
「あっ……、そうだな! 期待しておく! 」
そういってペンを返してくれた針谷くんはいつも通りの笑顔を見せた。
私は納得できなかったが、理解して上げられなかった私にも非があるなとただ「うん」と返した。
「 ミョウジさん! 私たちもう決めたわよ! 」
先輩たちはすでに瑛くんへの誕生日プレゼントを選び終えていたようだった。彼女たちのカゴの中身には順に追うと『缶コーヒー1ダース』『サーファー全集』『激辛キムチ業務用』だった。
私と針谷くんは思わず見合うとどちらともなく苦笑いを浮かべた。
「で、オマエはどうすんだ? 」
「……瑛くんってキレイなものが好きでしょ? こういうのお部屋に飾ってそう」
私が手に取ったのは硝子細工の薔薇だった。ほんのり緑がかった硝子の花は海の中を彷彿とさせる色をしていた。
「ふーん……そうなんだな」
「……? 」
「いや、まだアイツの家には行ったことないんだなーって思ってよ」
家にはバイトで毎週通っているのだが確かに瑛くんのお部屋には入ったことはなかった。別にそういう間柄ではないし、そういうものだろうと私はなんの疑問にも思っていなかった。
「そうだね……私のおうちにもまだ誰も遊びに来たことないし、そんなものじゃない? 」
「ま、そうだな……」
煮え切らない返事だなぁと私は思ったが彼はこれ以上は語らないようだ。
私は会計してくるねと一声かけると返事も待たずレジへ向かった。
先輩たちと現地解散すると私と針谷くんは再び二人きりになった。何度も針谷くんとは下校しているが今日はなんだかいつもと様子が違うようでせかせかと私の前を歩いている。
(それになんだかずっと黙っているけど……どうするべきなんだろう)
わたしがすっかり困り果てていた時だった、不意に針谷くんは「なぁ」とこちらに振り返り口を衝いた。
「今度、オレん家こねぇ? 」
その言葉に私は驚きのあまり立ち止まる。言った当の本人である針谷くんの顔はじんわりと赤く染まっていた。
「オマエの好きなもんとか、そん時でも教えてくれよ……オレ、オマエのこともっと知りたいんだ」
彼の声色ははいつもよりとても繊細なものだった。彼はこの言葉を口に出すのにそれなりに心の準備をしていたらしい。
それを理解すると同時に顔に熱が集まるのを感じた私は思わず顔に手をやった……案の定頬は酷く温かかった。
「もちろん!針谷くんにはたっくさん教えてあげる」
私がそういって歩を進めると針谷くんはすごく嬉しそうに笑った。私も彼が嬉しそうだったからとても嬉しくて頬の温かさなんて気にせずはにかんだ。
「送ってくれてありがとう! ……それじゃあ、また明日」
私の家に着く頃には日はすっかり暮れて空には星が見えていた。こんな時間まで付き合ってくれた針谷くんにお礼を言うと、彼は「今日は楽しかった」と照れたように笑う。
「その、オレは……本気だからな! 」
「ん? 」
「今度の日曜でも、オレん家来いよ! ……約束だかんな! 」
そういって針谷くんは走り去っていく。
今週の日曜はすでに密ちゃんとの約束があったのに……と考える私の気持ちと裏腹に顔はすごくあっつくなって、彼の腕をつかもうと空をかいた手は緊張からかじっとりと汗をかいていた。
「……もう! 針谷くんったら……」
私は走り去る針谷くんの姿が見えなくなるまで見送ると玄関をくぐる。
今日は色々あって大変な日だったが、それ以上に針谷くんとたくさん話せて楽しかった。
するとスクールバッグに入れっぱなしにしていた携帯電話がメールの着信音を鳴らす。誰だろうと私が携帯をパカッと開くとディスプレイに表示された名前は先程別れたばかりの針谷くんのものだった。
『オマエともっと近くなりてぇ 今日ずっと、そんなことばっか考えてた 』
彼からのメールはちょっと恥ずかしい内容だったが、針谷くんが自分のことをもっと知りたいと考えたくれていることがすごく嬉しかった。
7月19日……本日は瑛くんの誕生日だ。
私はいつもどおりの時間に起きて朝ごはんを食べるといつもより少し早く家を出た。
「おはよう! 密ちゃん! 」
私がいつもより早く学校へ向ったのは密ちゃんに会うためだった。彼女はいつも通りの時間に来ていたのか、私が早く学校にいることに驚き目を見開く。
「おはよう、 ナマエちゃん! ……ふふっ、張り切っているのね? 」
「そっ、そういうわけじゃないよ! 」
密ちゃんは私が瑛くんの誕生日だから早く来たのだと勘違いしたらしく口元を抑えて笑った。勘違いされて少し恥ずかしかった私は誕生日プレゼントの入った紙袋を後ろ手に隠した。
「あの……密ちゃんに謝りたいことがあって」
私の言葉にキョトンとした後「言ってみて? 」と促した密ちゃんは私の次の言葉を待っているようだ。
「その……今週行くって言ってた空中庭園、来週の日曜じゃダメかな? 」
密ちゃんは嫌な顔ひとつせず「いいよ」と笑った。私はよかった……と胸をなでおろす。
「そうね……それじゃあ、ショッピングにも付き合ってくれるなら許してあげる! 」
「もちろん! 荷物持ちでもなんでもしてあげちゃう! 」
密ちゃんらしいおねだりに私は笑顔で承諾した。理由も聞かず、嫌な顔もせず許してくれた彼女は本当にいい友達だ。
「 ミョウジさーん! いる? 」
その言葉とともに私たちの間に流れる和やかな空気を壊すように教室の戸を開けたのは昨日の先輩たち。彼女たちは私の隣で微笑む密ちゃんをみるなり浮かべていた笑顔を萎ませた。
「おはようございます! 先輩! 今日はお互い頑張りましょう! 」
「そ、そうね……はは 」
私はそんな先輩たちの様子に昨日の竜子姉の言葉を思い出し密ちゃんの方へ向くと「なに?」と笑顔を見せる。やはり違うのだろうかと私は首をかしげた。
「 ナマエちゃん、私そろそろ自分のクラスに戻るね? 」
「うん、ありがとうね密ちゃん! 」
最後まで笑顔を絶やさない彼女に私も自然と笑顔が零れる。去っていく彼女に私は強く手を振った。
「ところで先輩……」
「?」
「……缶コーヒーと業務用キムチは隠しておかないと没収されちゃいますよ? 」
ハッとした様子の先輩たちは急いでその場から走り去ると、遠くから階段を荒々しく登る音が聞こえてきた。サーファー全集を買った先輩はその様子を見て呆れたように笑った。
「 ミョウジさん、本当に昨日はありがとう……」
「先輩……」
彼女はそれだけ言うと「あの子達が心配だからもう行くわね」と先に戻った先輩たちを追いかけて行った。
彼女たちも純粋に瑛くんのことが好きなんだと嬉しい気持ちになりながら、自分も負けてはいられない!と手元のプレゼントをぎゅっと抱き寄せた。
「おーい瑛くーん! 」
「げっ……ってお前か、心配して損した」
下校時間になって大荷物を抱える瑛くんはどこからみても滑稽だった。
男子にも女子にもどこか哀れみの視線を浴びている彼に私は声をかける。
「げってなによ……荷物、少し持つよ? 」
「あぁ……助かる」
本当に心底助かったというようにそう言った瑛くんは容赦なく1ダースの缶コーヒーの入ったダンボールを私に押し付ける。
よりにもよってこれか……と顔を引きつらせる私には気付かないふりをしているみたいだ。
「瑛くん……普通はその紙袋とか、軽いものを渡すものじゃない? 」
「……ふん、知らないよ。俺知ってんだぞお前がアドバイスしたんだろ、ソレ」
ギクリと私は勢いよく瑛くんの方へ顔を向ける。彼もまたムスッとした顔で私を見ている。
自分が適当言って瑛くんに嫌いな物を押し付けたと思われるのは困ると私は必死に弁明を試みた。
「ごめん……コーヒーが好きだって教えてあげただけなんだけど……まさか缶コーヒーを渡すとは」
「……キムチはいいとして……ってかなんで誕生日にキムチなんだよ」
「前に瑛くんが辛いものによく挑戦するって言ってたから……」
しかしそれはあえなく失敗し、その場には静寂が訪れた。たらりと額に汗をうかべた私はこの冷えきった空気の中、スクールバッグに押し込めている自分のプレゼントをいつ渡そうかと思考を巡らせる。
「……それで? 」
「……? 」
「お前からはないのかよ」
しかし、いじけたように言った瑛くんに私は思わず吹き出した。いつ渡そうかなんて気鬱なことを考えていたがそんなこと気にする必要なかったようだ。
「……あはは、秘密! 」
「はぁ!? なんなんだよお前……」
「瑛くんがどうしてもって言うなら教えてあげる! 」
そういって走り出そうとした私のことを瑛くんは塞がった手の代わりにその声で呼び止めた。
彼の次の言葉は決まっている。私にはわかる。
「 ナマエ……どうしても……」
瑛くんは自分が思ったよりもわかりやすくてとっても可愛らしい人だと私は笑った。
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