「ナマエくん大丈夫〜ゥ?風邪ひいちゃったんだって?」
「……よォ〜、俺の可愛いキティちゃん。見舞いだっつーワリにはゼリーのひとつも持ってきてはくれないみたいだな」
こちらを心配する少女の鈴のような声が響くここはネアポリス中・高等学校の男子寮の一部屋。広さはほんの四畳半といった所の狭くるしい場所だ。更にそこに家具や私物が置かれているんだから相当狭い!
そして肝心の俺の名はナマエ・ミョウジ。もうすぐ中学3年になるイケてるハンサムボーイ……まあ、割と事実なんだぜ?だって今も見舞いと称してクラスメートの女子が2人も部屋に上がり込んでいるんだからな。
「この子がそんな思いやりのある事すると思う?相変わらずナマエは女子に夢見てるわよねぇ」
「うるせーなァ、そんなことは最初から分かって言ってンの。そこの子猫ちゃんがご所望なのはこれから来るプリンス君だろ?」
「キャー!大正解!さっすがナマエくん!あたしのこと分かってるぅ〜!」
……んま、だけど現実はこんなもんで。
俺はあくまでこれから見舞いに来てくれる王子様の前座だ。男の俺から見ても整った顔立ちをしているアイツとはそれなりにいい関係を築けているらしく、「王を虜にせんと思わばその馬を射よ」ということわざ宜しく馬(おれ)を射抜きに来たらしい。
恋する乙女は怖い怖い……と、目の前ではしゃぐ赤茶色のミディアムヘアの少女から視線を外した俺はもう1人のクラスメイトを見つめる。
先程舌鋒鋭いご指摘をくださった彼女は俺の幼馴染だ。特に言って親しい訳でもなく仲が悪いわけでもないフィクションの中の幼馴染にはまず有り得ない不思議な関係だったりする彼女とはかれこれ小学校からずっとクラスが一緒の腐れ縁だったりもする。
「分かってるでしょうけど私はこの子の付き添いよ。王子様には興味無いから」
「えへへ、ナマエくんとあたしの間にヘンな噂が流れたら嫌だから着いてきてもらったんだ〜」
「あ、ああ……だろうな。なんとなくそんな気はしてた……」
じいっと見ていた理由を見透かされてしまったのだろう、じとりと俺を睨みつけた幼馴染がぶっきらぼうに言い放つ。
これだよ、これ。何時からだったかこんな風な態度ばかりとるようになったんだよコイツは。もう少し物腰柔らかな対応が出来ねーのかよコイツは!
「ねーねーナマエくん!よかったらあたしにィ、プリンスと仲良くなった切っ掛けとか教えてよう」
部屋の空気が鋭くなったのを感じ取ったのだろうか即座に話題を変えた少女に俺は了承の言葉を口にする。
こういう場を盛り上げたり相手を気遣える人間というのは素晴らしい良い人間だ。変に間延びした喋り方をやめればアイツも振り向いてくれそうなものだが……いいや、それぐらいじゃああの男は靡かないか。
「そうだな、まず俺とジョルノが出会ったのはーー」
なんてったってこの俺が言うんだ、きっと間違いない!
俺は真剣に耳を傾けるクラスメート達に誇るように語り出すと共に、彼と出会ったあの日の事を鮮明に思い出していた。
悲、哀、感。
俺がジョルノ・ジョバァーナと出会ったのは1999年の春、ネアポリス中・高等学校の入学式の前日だった。
学園寮の前で出会った俺たちは互いに新入生であることを知り、テキトーな会話を交し、そして各個の部屋へ向かうはずだった……のだが、ここでとんでもないアクシデントが発生したのだ。
「は?……同室ゥ!?ジョルノと俺がァ?そりゃあ無理だろ!思春期の男の子が誰かと同室の部屋なんかに入れられちゃあどこでイロイロと発散させるんだよ! 」
「僕も彼の意見に賛成です。部屋は出来るだけ静かな方がいい……」
それは寮の入居申し込みの際の不手際で起きた事件だった。同じ部屋に俺とジョルノとで所謂ダブルブッキングをしてしまったらしいのだ。
申し訳なさ気な寮母さんに何度か頭を下げられたがここで引けるほど俺達はまだ大人じゃあなかった。ジョルノも俺もあーだこーだと不満を叫んでいると、それは次第に会ってまだ数分の相手への悪口へと変貌していった。
「おい、ジョルノ・ジョバァーナ、今 俺に対して言ったのかよ」
「そうだけどなにか問題でも?第一ナマエ・ミョウジ、君も僕の悪口を言っていただろう。猿みたいに顔を真っ赤にして、ね」
「んだと……ッ!へッ、涼しい顔しやがって……ほんとは内心ビクビク震え上がって今にもオシッコちびりそうになってんじゃあねぇの」
それからもしばらく煽り煽られを繰り返し、騒ぎを聞き付けた先輩たちが鉄拳を振りかざすまで俺たちは(少なくとも俺は)人目もはばからずギャーギャーと喚き散らし続けたが最終的には相部屋を承諾。そして晴れて俺たちはルームメイトって奴になったんだ。
「ぜってェー俺の範囲に入ってくんじゃねーぞ」
「きみの方こそ。大きなイビキとかかかないでくれよ」
「やかましいッ!一言多い奴だなお前は!」
勿論、相部屋での生活は散々だった。ひとたびラジカセをかければ音楽の趣味が悪いだの罵りあって、勉強をすればデカい声で歌いだして邪魔したりしたーーまあ、最後のは俺しかやってないし、後日隣の部屋の奴にぶん殴られたのだがーー。
それでも悪い話しかない訳じゃあないぜ、勿論2人だからこそのメリットもある。1年次はクラスが違ったからな、失くした教科書をこっそりジョルノから拝借した事もあった。ジョルノの奴が俺から物をパクった話は聞かないけどそんなことは些細なことだ。
そんなこんなで奇妙な共同生活になんとなく順応してきた頃の事だった。
その日、ジョルノは酷く体調を崩したんだ。肌寒い秋の日だったと思う。俺はいつも自分より早く起床する奴のイレギュラーな姿を見て凄く気になってしまったのだ。
「俺は学校行くけど……お前はどうするんだよ」
登校時間ギリギリ、部屋の扉に手をかけた俺が振り返りそう問うても返事はなかった。ベッドに横たわったままのジョルノは頭まで布団を被ってしまっていてどんな様子かは分からない。
……寒いのだろうか、でもまだ部屋の暖房は入れてもらえる季節じゃない。
「あの、さ……ジョルノ……その、帰りに何か買ってこようか?」
ドアノブから手を離し、こちらに背を向けて横たわるジョルノを見つめて気恥しい気持ちを抑え労りの言葉を紡げば、ぴくりと揺れるシーツが目に飛び込んでくる。コイツ、起きてやがるなーー俺はそう確信するとジョルノの布団をひっぺがす。
「……なにするんだよ、今日ぐらいほうっておいてくれてもいいだろ」
「お前さ、風邪ひいて心細いのか?」
「……は?」
俺の言葉に心底驚いたような表情を浮かべたジョルノを見てすぐに確信した。この男は一見大人びているがまだまだ俺たちと変わらない子供なんだ、辛い時、苦しい時、誰かにそばにいて欲しいって思うのだと理解した。
「よし、決めた!今日は俺が一日中付き添って看病してやるよ!」
「……何を言ってるんだ、もうすぐ始業時刻のチャイムが鳴るぞ」
「はいはい煩いぞ〜病人はそのまま寝てろよ」
敢えてそれを声に出さずジョルノをベットに戻すと俺は早速体温計を取り出す。自分の私物をアイツに貸すのは初めてだったがジョルノは思いのほかすんなりと受け取って測定を開始した。嫌味を言う体力もないらしい。
「38度2分……んま、そ〜だろうなぁ。寒気がするとか、鼻水が出るとか、身体のどこかが痛いとか……出来るだけでいいから教えてくれよ」
「寒気と頭痛ぐらいだ、だから大事にする必要はない」
「あ〜聞こえない聞こえない」
ジョルノのそんな可愛らしい強がりを適当にあしらえば、じとりとこちらを睨みつけてくる鋭い視線。俺はそれがちょっぴり微笑ましくて奴に笑いかけると即席ペットボトル湯たんぽを布団の中に差し込んでやった。勿論上からタオルでぐるぐる巻きにしているから火傷の心配はない。
「熱くなってきたら素直にベッドから蹴り落としてくれ。体が熱くなるって事はつまり風邪を治そうと体内の細胞が頑張ってるってことらしいからな。体を冷やすのはそこからだ」
それだけ言ってジョルノに背中を向けた俺は学校に休みの連絡を入れる。恐らくジョルノの事だから俺が起きる前に自分の届出は済ましているのだろう。
結局俺は受話器口から盛大に漏れた担任のお説教をジョルノに聞かせながら電話を終わらせた。歴史の小テストがあったからズル休みをしたのかなんて、冤罪もいいところである。
「……ふう、こうなると思ったぜ。信用ねーな俺ってば」
「……」
「なんだよその目は!訴えてねーで寝てろ!」
きみの自業自得だろうーー視線だけでも分かるジョルノの冷めた小言に律儀に返事をした俺は適当な帽子を被って財布を握りしめる。この小生意気なガキンチョの朝食を用意しておかなくてはならないからだ。
「一応聞いておくけどよ……好物とかあんの?」
高価なものは無しね、と付け足せばジョルノは「分かっているよ」と呆れたように返す。
ちなみにこいつの嫌いなものは知っている。ずばり鶏肉だ。俺の好物であるディアヴォーラのお裾分けを断ったことは一生忘れない。
「じゃあプリンで」
「……ぷ?」
「と、チョコレート」
「増えてんじゃあねーか」
しばらくの沈黙の後紡がれたのは少し予想外なデザートの名前で。俺は馴染みのバールから行き先を変更しようと脳内で地図を開く。ちと遠いがスーパーマーケットがいいかもしれない。
「メシはメシでちゃんと食わねーとだからな……プリンは昼のデザートってことにしといてやるよ。適当に見繕ってきてやるから大人しく寝てろよ?」
見慣れたいけ好かない男の見慣れない弱みを見つけてしまった俺は急に湧き上がってきた父性(母性?)に動揺しつつも部屋を出る。
いいや、親の目線というよりかは歳の近い兄弟に対する感覚と似ているのかもしれない(もちろん兄なのは俺だ)それに自然と嫌な気持ちにはならなかったんだ。なんで?って言われたら返事に困るが強いて言うならーー……。
「またその話をしてるのか?きみも芸がないな」
「ジョルノ!」
俺の語りを遮るように小言を添えて部屋に踏み込んできたのは話題のプリンス。学校終わりにバールに寄ってきたのだろう、ヤツが手に提げた袋から漂う芳しい匂いに俺は立ち上がり紙袋を覗き込む。やっぱりディアヴォーラだ。
「あ〜ん!ジョルノくんだあ〜!友達のお見舞いに来てあげるなんて素敵ィ〜〜〜」と声高々に叫ぶクラスメイトは一度無視してしまって構わないだろう。
「ディアヴォーラのパニーニとナマエが好きなぶどうのコンポートゼリーだ……約束だからな、しっかり買ってきたんだ」
ミーハーなクラスメイトを冷たくあしらいながらオレのベッドサイドに紙袋を置くジョルノ。それにキチンとお礼を述べた俺はベッドの隅の方をぽんぽんと叩き座るように催促したーー 如何せん椅子は女の子達に使わせているのでこいつの座る場所はここしかないのだ。
「じゃあそろそろ私達は行こうか。先生に見つかったら怒られちゃうし」
「ええーー!ヤダよヤダヤダ!!せっかくジョルノくんに会えたのにい」
それに気がついたのだろうか幼なじみがすっと席を立ちミーハーな友人の腕を引く。そんな気遣いに驚きつつも
「ありがとな」と口の動きだけで伝えれば目を見開きほんのちょっぴり頬を染めた彼女はぷいっと素っ気なく顔を背けた。予想とは違う反応に戸惑う俺を置いてけぼりにさらに強引に友人の腕を引いた幼馴染は慌ただしく退室していく。
「なんだァ?あいつ……」
「…………」
「お前もなんなんだよ急に黙って……」
何か言いたげなジョルノの視線に苦言を零しても返答は無いのですっかり諦めた俺は紙袋の中に手を伸ばしディアヴォーラのパニーニの隣で包み紙に巻かれたそれを手に取りベッドの上の奴にそれを投げ渡す。俺のコントロールが良いからか何の気なしにジョルノの手に納まったそれはほんのり温かい。
「うめえな」
どちらともなく包装紙を剥がしパニーニにかぶりついた俺達はお互いの顔を見合った。味は違えどあそこのバールのパニーニは美味いーーいいや、それだけがこの美味さの理由では無いのかもしれないんだけど。
あの日を皮切りに始まった俺とジョルノの奇妙な関係。辛い時、そばにいてほしい時にふたりで寄り添えあえる関係。
もしも名前を付けていいのならーー俺はそれを「親友」と名付けたい。
烏滸がましいと思うか?俺とコイツじゃあ釣り合わないって思うか?正直に言えば俺もちょっとそう思う……ああ、風邪のせいか少し気が弱くなっているのかもな。
それでも目の前のこの男も自分の事を少しぐらい特別に思ってくれていたらいいなあと頭をよぎった漠然とした悲哀感と共に咀嚼したパニーニを飲み込んだ。