侵犯者DIO①
モスクでDIOと遭遇した後、意識取り戻したアゲハは薄暗く所々にホコリのかぶった洋館の一室に居た。
丁寧にも個室のベットの上で眠っていたアゲハは思わず辺りを見渡すーー部屋が真っ暗だったからだ。
目が暗闇に慣れた頃、立ち上がって分厚い遮光カーテンを開けようとしたその時、不意に目をひんやりとした手で覆われカーテンを掴んでいた手を離してしまう。それと同時にその手もアゲハの元から離れていく。
「貴方は……えっと」
「DIOだ」
「おはようございます、DIOさん……私はアゲハと言います」
振り返った先にいた彼が昨日出会った男であるのは明白だった。
特徴的な妖艶な声に、逞しすぎるほどの肉体。そして赤い目。まるで吸血鬼の様だとアゲハは惚れ惚れとしていた。外国にはこんなに素敵な人がいるのがとびっくりしていたのだ。
ーー着いてこい。と部屋を出ていくDIOに促され、後ろをついて歩くとやがて大きな部屋にたどり着いた。
DIOに続き、扉を潜るとそこには腰の曲がった白髪の老婆。DIOは老婆に
「あとは頼んだ」と言うとそこら辺にある椅子に腰掛けてしまう。
まるで今から何かのショーが始まるかのように興味深そうにこちらを見やるDIOの視線にアゲハは今から何をするんだろうとドキドキしていた。
今思えば、どこかスリリングで心地よい雰囲気に飲まれていたのかもしれない。
「自己紹介をしよう……わしはエンヤ。みんなからはエンヤ婆と呼ばれておる」
「わたしはアゲハといいます。……エンヤさんと呼ばせて頂きますね」
エンヤと名乗った老婆は自己紹介もそこそこにアゲハにその場で目隠しをするように促す。アゲハは流石に怖いと思ったので大袈裟に困った素振りを見せたがどうにもならなさそうだったので諦めて目隠しをすることにした。
しかし。目隠しをして約数十秒ぐらい経っただろうかという頃、アゲハは不安になってどこにいるかも分からないエンヤの方へ一歩、步を進めた。
ほんの数分前まではこの異国の雰囲気にワクワクしていた心もすっかり消沈気味なのだ。
(やっぱり不安だよ……こんな、『普通じゃないこと』をしているだなんて)
いっそ目隠しを外してしまおうと布の結び目に手をかけたその時、いつのまにか距離を詰めていたのか耳元で
「痛いのは一瞬だけだ」とDIOが艶やかに囁く。彼の言葉の意味を理解ができなかったアゲハは後ろに振り向くことも出来ずその場に膝を着いた。
するとDIOはアゲハを抱きしめるようにして後ろから腕を前に通すと何か鋭いもので彼女の胸を貫いた。
「ウッ」とアゲハの口から声が漏れるとDIOは彼女の元から離れていくーーDIOに抱えられていたアゲハは支えてくれるものが無くなってその場に倒れ込んでしまう。
(焼けるーーッ!それだけじゃあないッ!身体の奥底から寒気も感じる!そして兎に角身体中が痛いッ)
その時アゲハの身体は燃えるような、引き裂かれる様な痛みに襲われていた。
当然この様な痛みなど普通に生きてきたアゲハには経験したことも無く、だらし無く唾を垂らしながら悲鳴を上げ少しでも楽になろうと懸命にもがく。
もがいてもがいて、しばらくしてーー痛みも全く感じなくなったアゲハは寝そべっていた身体を起こすとカランと大きな音を立てて何かが床に落ちた音に首を傾げた。今度こそ誰にも邪魔されずに目隠しを取ったアゲハの目の前に落ちているのは一本の矢じり。
黄金の美しい彫刻が施されたデザインの矢がどうしてこんな所に?と思っていると不意にDIOがこちらに歩み寄ってきているのに気がつく。アゲハは矢を握りしめると立ち上がりDIOへ身体を向けた。
(今度は何をされるか分かったものじゃあない!この矢で抵抗しなくては!)
アゲハは警戒しつつDIOに矢じりを向ける。
あと一歩近づいてきたらDIOをやる! ーーそう決意した時だった。
「きゃあ!な、何これ……ッ!?」
ジャンジャンバリバリーーとアゲハの身体の至る所からまるで大勝利した時のメダルゲームのコインのように『弾丸』が出てきたのだ。
アゲハは自身の手のひらから、まるで湧き出すかのように創り出されていくそれにパニックになり矢を床に落とす。
何故弾丸が身体の至る所から出てくるのか、アゲハには全く検討もつかなかったが、DIOにはあったのだろう。いつの間にか更に距離を詰めていたDIOはアゲハの頭を優しく撫でると満足気な顔をして部屋を出ていった。
そんなDIOにアゲハが呆気にとられているとエンヤが床に落とした矢を回収し、こちらに向き直る。
「おめでとうアゲハ……お前は矢に選ばれた」
目をかっぴらいたエンヤがそう言い終わると同時ぐらいの事だった、次第に彼女の背後に白くて大きい怖い顔のナニカが現れたのだ。
それは言うならば実体のない幽霊の様 。
「見えているのじゃろう?このジャスティスが!! 」
選ばれたって何に?とか疑問は多かったが今は目の前に突然現れた化け物から逃げなければならないとアゲハは思った。
その時、不意にきつく握られていた拳の中に数個だが弾丸があることに気づく。一体いつの間にーー。
(どうする?投げる?でも私が精一杯の力で弾丸を投げても、余計相手を刺激するだけかもしれないし……)
アゲハはネガティブな心境になりながらも節分の日に鬼に落花生を投げつけるよりも強く、王冠を被ったジャスティスと呼ばれていた化け物に弾丸を投げつけた。
不意打ちだったからだろうか手に握られていた四個の弾丸が見事! 化け物の顔のような所に命中。
当たると思ってもいなかったアゲハは少し顔をほころばせながらも僅かに後退した。エンヤから、化け物から距離をとっているのだ。
「逃げられると思っているのか!小娘が! このエンヤがお前如きを逃がすわけ……」
「ヒィッ! 」
突如激昂したエンヤがアゲハに向け怒号を浴びせる。この化け物ーージャスティスはエンヤの意思で操れるようでこちらに襲いかかってくる。
アゲハはこれからどんな風に自分が痛め付けられるのか酷く怯えたが、自分が今出来るのは身体を後退させることだけだと息を飲む。大怪我を負う事も覚悟した。
しかし、そんなアゲハが目にしたのは自分ではなくジャスティスとエンヤが彼女を前にして後ずさっていく様子だった。大きく見開いたアゲハの瞳に一筋の光が映り込む。
「えっ……?」
「何が起こっているのじゃ! 」
エンヤが自分の意思で後退しているのではないのは明らかだった。しかしこんなチャンスをみすみす逃す訳には行かない。このままトンズラこかせてもらおうと、アゲハは部屋を飛び出した。
扉を開けて真っ先に出口を探そう!この人達は怪しい宗教組織かテロ組織に違いない!!
アゲハは廊下を全速力で駆け抜けていく。五十メートル走を八秒そこらで走るアゲハだったがこの時だけは六秒台だって夢ではないと思った。
出口だッ! と思わしき扉を三度、四度潜っても一向に出口に辿り着かない。普通の館とはこんな迷路の様に複雑な造りになっているものなのだろうか?アゲハは疲労から項垂れてしまった。
そして結論が出た、もしかしたら知らず知らずの内に同じ道を通ってしまっているのかもしれない。
アゲハはその場に身体から弾丸を数個創り出すと道の真ん中に置き、そして再び走り出した。
結果から言うとアゲハは同じ道を何度も通っていたようだった。それどころか、何度道を行き来した所で別の道は見つからなかったのだ。いよいよピンチだと思ったアゲハは石造りとなっている壁に手を添わせながら歩き出した。
(入れる扉はすべて入った……と、なると仕掛け扉とか? そういうのがお約束だよね)
漫画や映画の見すぎだと思われるかもしれないがそうとしか考えられなかった。(そもそもこんな異常事態がまるで映画みたいな話なのである)
すると、壁に添わせていた手が不意に行き場を失い壁から離れる感触がした。アゲハは恐らく通路となっている石壁に向かって弾丸を投げてみる。そして奥から聞こえたカランカランと石床に弾丸が跳ねる音にアゲハは顔をほころばせた……ビンゴだ。早速行っていみよう右足を踏み出したそのときだった。
バァンッと派手な音が真後ろから聞こえてきたのだ。アゲハは瞬時に追手であると理解するも初めて聞いた「銃声」に身をふるわせた。
「動くんじゃあねーぜお嬢さん……アンタ、DIOの旦那の食料か?」
「……け、拳銃ッ!? 」
カウボーイハットを被った西部劇に出てきそうな格好の男はアゲハのすぐ隣の石壁を狙い撃ちした。アゲハは恐怖のあまり発砲音と共に目を瞑る。
「……珍しくエンヤの婆さんから頼まれたもんだから只者じゃあねェと思っていたが、まさか『スタンド使い』のお嬢さんだったとはな」
「スタンド使い……? 」
手元に握られているハジキをクルクルと回すと男は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消した。
それが女である帝アゲハを前にしたこの男の最低限のマナーであるという事など全く気づかないアゲハは男から発せられた『スタンド使い』と言う単語に思考をよぎらせた。
「この弾丸、お嬢さんのものだろう?
……おっと、逃げるって事はしねェ方がいい。オレはどんな女にだろうが優しくしてやると決めているんだ。オレに女を傷つけさせンなよ? 」
そう言って男が見せてきたのはアゲハが創り出した弾丸。恐らく同じ道を行かないようにそこら中にばら撒いたものだろう。
「分かった……抵抗しないから、撃たないで下さい……」
アゲハが両手を上げ、降参だという意志を見せるとホッとした様な顔を浮かべた男が「俺についてこい」と短く告げ背を向けて歩き出す。
どうにか逃げられないかとソワソワした様子で男の後をついていくアゲハは自分の所持品から打開策を見出そうと頭をフル回転させる。そしてポケットにあの時、ハーン・ハリーリで買ったネックレスが入っていることに気がついた。
シンプルな金色のチェーンネックレスを音を立てないようにしてポケットから出すとアゲハはわざと男の前に転がっていくようにして弾丸を落とした。「オイオイ……」と呟きながらしゃがんで弾丸を拾う男の手に拳銃は握られていない。
今だッ! と声を上げてしまいそうなほどの勢いでアゲハは男の首にネックレスを引っ掛けるとキリキリと擬音が付きそうなぐらいの力で締め上げる。殺すつもりは無かったが今はこうするしかないのだ!
「グッ、ウゥゥ……」
「貴方が何者かは知りませんがッ!私はここを出るの! 誰にも邪魔はさせない……ッ」
このままいけばこの男の意識を落とせるッ!アゲハはこのときばかりは男が何と言おうとこの手を止めるつもりは無かった。
「……え?」
しかしどんな命乞いの言葉よりも首筋に当てられたひんやりとしたその感触こそがアゲハの手を止めさせた。
「拳銃……!? どうして? あの時、確かに手に何も持っていないことを確認したのにッ」
「ああそうさ……これは拳銃さ」
驚きのあまり緩めた手を優しく振り払うと男はアゲハから身体を離す。バツの悪そうな顔をしたをアゲハから目を離さずに男は付けられた索条痕をするりと撫でた。勿論その間も銃口はこちらを向いたままだ。
「こういうことをする女は初めてだ。いや、香港の彼女の母親にも同じようなことをされたんだったか……とにかく貴重な体験をしたなァ」
「……貴方の拳銃、普通のものじゃあないみたいね。もしかしなくてもそれがさっき言っていた『スタンド』ってヤツなの? 」
「フッ」と小さく笑った男は銃口をアゲハに向けたまま前に進み出す。銃の先が額に当たりそうになったと同時ぐらいに突然目の前にあった拳銃が消える。その様子にアゲハは怪訝そうな顔を隠しきれなかった。
「そう、オレのスタンドはこのハジキさ。それ以上は教えてやれねェー……この世界では周りに能力がバレるってことは凄くキケンなことなんだ」
そう言うと男はアゲハの背後についた。
どうしたのかと振り返ろうとしたアゲハに男は
「お前が先に歩くんだ」と告げる。
流石にあれ程のことをされてまだ前方を歩こうものならこの男は異常だ。今のところ、この屋敷で出会った誰よりもマトモな人間らしい。
「さっき私のことも『スタンド使い』だと言ったわよね? ……私にもスタンドがあるって言うの? 」
「ああ?お前生まれつきのスタンド使いじゃあねぇのか!? 」
「生まれつき……? 」
男の驚いた声とアゲハの疑問の声が石造りの廊下に響きわたる。
男は調子を崩されたのかゲホゲホと咳をした後、癖なのか懐から煙草を取ろうとしてアゲハの存在を思い出し抑えた。そんな一連の様子を見てちょっと優しいなと思ってきたあたり、アゲハの心労はもうピークに近い。
男の説明によると今まで出会ってきたスタンド使いは皆、『生まれつきのスタンド使い』だったなのだ。(そういう深い話をする相手は少ないようだが)
じゃあどうして私はスタンド使いになってしまったの?と問いただしてもオレにはわからねェと男は言うだけでアゲハの満足のいく答えは持ち合わせていないようだった。
「私のこと、エンヤさんの所へ連れていくの? ……ええと」
ここまで会話をしてきて相手の名前も知らない事にアゲハは気づいた。困った様に男の顔を見てみると男はニヤッと人の良い笑顔を見せる。
「オレはホル・ホースだ。お嬢さんの名前は?」
「帝アゲハだよ。……いや、それよりも」
「アゲハ悪ぃな。これがオレの仕事なんだ」
ホル・ホースが本当に申し訳なさそうに言うものだからアゲハは何も言えなくなった。
DIOさんはどうしてこんな所に住んでいるのかとか、どうして自分を屋敷に閉じ込めるのか……アゲハの頭に疑問は消えなかったが人が何か重大なことをしでかす時は大抵何か事情があるというものだ。
だからせめて、理由が聞きたいと思った。