都市遺跡の巡回者③
最後にトドメの一発を食らわせておこうとアゲハは再び実弾を込めた。視線の先には隣接するビルの上で横たわる花京院。
スタンドを繰り出し抵抗する事も無い花京院はアゲハの無防備な姿前にしてもピクリとも動かない。しかし、油断は禁物だとアゲハは息をついた。彼は『私と違って』生まれつきのスタンド使いなのだから……と。
約一か月前に初めて手にしたこの銃。日本で普通に生活してきたアゲハには馴染みの無い銃火器はリロードするだけでも頭の中の手順を繰り返さなくてはならない。
アゲハは勝利へあと一歩だと言う気持ちからいつもよりも慎重に弾を込めていく。あの時DIOに教えて貰った記憶をまるで頭の中で再生するかのように一発ずつ慎重に、慎重に。
そして構えると共にカチャリと音を立てる愛銃に私は眉を顰めた。そういう所は出来るだけ改善するようにと釘を刺してくれた『お婆さん』の言葉を思い出す。
「まずは一人!」
これで終わるーーと、アゲハが引き金を引こうとしたその時、視界の端に髪の毛をかき分け現れた緑色でスジのある奇妙な触手が映る。足元を這って背中をつたってここまで登ってきたのだ。
(ま、マズいッ! これは花京院のハイエロファントグリーンだ! あの男……このチャンスを狙っていたんだ )
アゲハは正直、この気持ち悪い感触から逃げ出したい衝動に駆られたが今は兎に角花京院を殺すことが最優先であると考え、歯を食いしばりハイエロファントを体内に入れさせまいと唇もキュッときつく結んだ。花京院のスタンドは他人の身体の中に侵入することを得意とする性質なのでこんなことをしてもわずかな隙間から入ってくるのは時間の問題ではあるが、その前に目の前の花京院本体を殺せば全てが終わる!
(残念だったね花京院! 貴方を先に殺して終いにしてやる!)
先ほどの動揺によって外れてしまった標準を整え、今度こそ花京院目掛けてトリガーを引いた。
花京院は二十メートル程先のビルの屋上で倒れている少女の元へハイエロファントの触手を手操って近づく。
少女ーーアゲハはあの後ハイエロファントに耳から侵入され操られ、自身のふくらはぎと左手に実弾を喰らい痛みのあまりか気を失ってしまっていた。気を失った後、アゲハの目元を覆っていたスコープが消えたのを確認したので恐らくスコープも彼女のスタンドだろうということもわかった。
今回の戦いは経験の差ーーそれがなければ花京院は今頃天へ登っていただろう。あの時心臓めがけて放たれた弾丸は実弾ではなく彼女の殺傷能力の無いスタンドの弾丸の方だった。砂煙で周囲が見えなかった彼女は間違えてスタンドの弾丸を込めてしまっていたのだ。
しかし、彼女の意識が無くなったというのに未だに辺りには人の姿は現れない。彼女のスタンド能力は解除されていないのは明らかだった。
自分と同い年ぐらいの僅か十数年しか生きていない少女を再起不能にすることが花京院には出来そうになかった。それは彼自身もほんの少し前までDIOに操られ今では大切な仲間である承太郎を殺そうとしていたからだ。
もしも少女の黒い前髪をかきあげて、肉の芽が埋め込まれてあったら?と花京院は考える。そして彼女のことを殺せないだろうと結論を出した。
ーーそして簡潔に結果を言えば花京院やポルナレフのようにアゲハの額には肉の芽が埋め込まれていた。それを見た花京院は不謹慎だが少しばかりほっとする。
彼女も僕らと同じくDIOに利用されていただけだったんだ。彼女は『あの時の僕』と同じく、誰かに救われたっていい筈だ!
そう思った花京院は少女を殺さずにしてこの人の姿の無いシンガポールの街ーーメガロポリスから抜け出す方法を模索し始めた。