ダービー・ザ・ギャンブラー③
「参加料にポルナレフを一個払う……フフフ」
円形のテーブルに着いたダニエル・J・ダービーは参加料として六等分されたポルナレフの魂の内の一個を机に転がした。そして対角線上に座るこの男ーー空条承太郎もまた、倣うようにして一個の真っ白なチップをコロンと手放した。
(この雪のような白いチップが承太郎の魂の象徴!もしもこれが六個すべて奪われてしまったら彼もジョースターさん達のように……)
承太郎の斜め後ろで勝負を見守るアゲハはそう思考を巡らせると次には首を横に振った。こんな時に悲観的にものを考えても仕方の無いことでは無いか。
お互いに参加料のチップを払ったことで「
「勝負!」という宣言とともに両者は自分に配られた手札を手に取った。
『ポーカー』!
それは配られた五枚のカードを一度だけ交換して相手よりいい「役」を揃えようとするゲーム!
しかしゲームに「賭け」の魅力が加わると一変して複雑な心理戦が始まるゲームでもある!ポーカーフェイスとは相手に気持ちを読まれないための表情なのだ!!
カフェの外で遊んでいた地元の少年によって分配された五枚のカードを手に取り手札を確認する両者はそれぞれチェンジの要求を上げた。 そして同時に机上に転がる新たな白いチップとポルナレフの魂の片割れに薄く口を開けたアゲハは思案する。
(参加料に一個、カードの交換に一個、そしてコールに一個……勝負に降りなければワンゲームにつき最低三つのチップが必要なんだ……)
勝負時に
「ここは様子見でポルナレフを一つだけ賭けようか」
「……
「よし!勝負だ!承太郎」
互いにチップを賭けたのを確認した両者が同時に手持ちのカードをオープンする。
「八と九のツーペア」
「悪いな、ツーペアJとQ……危ない危ない……もうちょっとで負けるところだったよ。フフフ」
勝利に喜ぶダービーの不敵な笑みと
「ああっ」と焦燥感溢れるアヴドゥルの声が響く。
早くも承太郎の魂の二分の一が奪われてしまった以上、これ以上の敗北は許されない……前述した通り、ワンゲームに最悪チップは三つ必要なのだ。
「ネクスト・ゲームだ。配ってくれ」
「フフ……ネクスト・ゲームではなくてひょっとするとこのゲームが最終かもな」
ピンッと指でチップを弾き支払った承太郎はテーブルに肘を着きダービーの動きをじっと見つめている。
それはディーラーの少年がカードを配っている時も、そして配り終えたカードをダービーが吟味している時もずっとだ。
「一枚チェンジだ……ん?どうした承太郎。早くそのカードを見てチェンジするか降りるか決断して欲しいな」
「このままでいい」
そう、ずっと彼はダービーを見つめていたーー配られた己の手札を見もせずに。
承太郎の思いがけぬ発言にその場の誰もが目を見開く。いままで有り付き顔を崩さなかったダービーすらも、だ。
「えと……その……今なんて言ったのかね?聞き間違いかな?「このままでいい」と言ったように聞こえたが」
「言葉通りだ。このままでいい……この五枚のカードで勝負する」
「分かっているッ!わたしが聞いているのはお前はそのカードを見てもいないだろうということだ!」
理解し難いその行動にダービーは唾を飛ばし激昂する。チェンジするかしないかは当然個人の自由であるのだが「見てもいないのに勝負に挑む」というのは勝負師の彼にも、賭け事に向かぬアヴドゥルとアゲハにも全く分からないことであり、狼狽えるのは必然だった。
「ところでアヴドゥル……頼みがある」
「頼み……?ああそれは分かっているが……な、なぜカードを見ないのだ承太郎?」
しかしそんな一同を置いてきぼりにして仲間の方へ振り返った承太郎は一つ「頼み事」をした。当の本人であるアヴドゥルは既に把握済みだったようで納得した様子を見せたが、彼の行った不可解な行為には未だ動揺の色が隠せていない。
「おいッ答えろと言っているのだ!承太郎!」
「……残り三個に加えて……アヴドゥルの『魂』を全部賭ける!」
「なっ……!…………!何ィ〜〜〜ッ……」
そして、未だ理解の及ばぬ内に更なる奇行を重ねる承太郎についにダービーは汗を噴き出した。そのままチラリと他者に魂を賭けられたアヴドゥルに視線を向ければ彼もまた動揺からか顔に汗を浮かべている。
「ダービー……君は冷静な男だ。実に計算された行動をとる……パワーは使わないが真に強い男だ……わたしは賭け事向きの性格をしていない、勝負すれば負けるだろう。しかしこの承太郎を信じている……承太郎に賭けてくれと頼まれれば信じて賭けよう……わたしの「魂」だろうと……」
落ち着いた口調で、ヤケになった訳でもない確かな瞳でアヴドゥルは「魂を賭ける宣言」をすると自らの手で椅子を引き腰掛けた。
腕を組み、俯いた彼の隣では思わず胸の前で手を組んだアゲハが心配そうにアヴドゥルと承太郎の背中を交互に見つめている。
「こいつはまあ……二人ともあまりの緊張感で頭がおかしくなった様だな。小僧ッ!一枚チェンジと言ったろう!早くよこせッ!」
「は!は……はい」
承太郎達の意表を突く一連の行動にほんのちょっぴり焦ったダービーだったが段々と冷静になった頭で再びゲームに気を集中させていく。
チェンジで新たに配られたカード……スペードのキングを手札に加えればなんとキングのフォア・カードとスペードの5の完成だ。
「…………」
ダービーはカードに顔を向けたまま目玉だけを動かしディーラーの少年を一見した。少年は特段何か語るでもなく盤上を見つめていたがその先は一度だって触れられていない承太郎の手札だけを捉えている。
ーーそう!実は承太郎が連れてきた丘の上にいたこの少年は!そしてバーテンも!あの客の男たちも!実はこの店および視界にいる全員がダービーの仲間だった。他の誰に配らせても指示通り承太郎に流れるのはブタのカードだけなのだ。
だからこそ、ダービーは冷静になれた。カードを見もしないという大胆で普通は考えつかない行動に一瞬動揺を見せた彼だったがすぐにこれが承太郎による『ハッタリ』であると結論付けられたのだ。
「フン、いいだろう?三個に加えてポルナレフの六個でコールだ……しかしさらに!ジョースターの六個を上乗せする!全部だ計十五枚!」
「えっ!」
承太郎から奪った白のチップ三個にポルナレフ、ジョセフの全てのチップをレイズしたダービーは狼狽え声を上げたアヴドゥルと一瞬目を見開いた承太郎に目を細めた。そしてチラリと目線を上げた先では眉を八の字に曲げ驚愕からぽかんと開いた口が間抜けな少女が胸の前で組んでいた手に力を込めている。
やはり、アヴドゥルの時とは違い承太郎は帝アゲハの魂を賭けるつもりは殊更無かったらしい。
さあビビるぞ!どんどん自信を失うぞ!その冷静な態度が崩れていく様が見える!ーーダービーはこの自分にハッタリなんぞを仕掛けてきたクソ生意気な承太郎のポーカーフェイスを恐怖ヅラに変えさせてから負かしてやろうと意気込むとその微笑みをさらに深くした。
「いいだろうアゲハの「魂」も賭けよう」
しかし次の瞬間、ほんの少しの思考の時間もなくテーブルに置かれた六つの白いチップの山にダービーの笑みはみるみるうちに崩れていった。
確かにアゲハには魂を賭けられる覚悟は済んでいない様に見えたし承太郎の方も賭けるつもりは無いという様子だったのにーーそれはアヴドゥルも同じ考えだったようで
「承太郎!せめてアゲハに声をかけてからでも……」と苦言を呈している。
「おい承太郎!いま何をしたんだ!?」
しかし次の刹那、先程まで無かったはずの煙草が不意に承太郎の口元に現れたのを見てダービーは声を上げた。点火されたそれはモクモクと白い煙を立ち上がらせてまるで今の今までずっとここにありましたよって顔で先端からじわじわと灰となり燃えている。
「何をしたって……なんのことかな……」
「いま、たば………………うう!う……」
「どうかしたのか?気分でも悪いのか……」
白を切る承太郎に言葉を詰まらせながらダービーは思案する。
アヴドゥルが承太郎に苦言を呈し、それに彼が
「勝手すぎたかな……」などと宣っていたあの時!一瞬背後に見えたスタープラチナが火をつけたような……そんな気がする。
(こ……この自信ッ!まさかッ!わたしの気付かぬ瞬間にスタープラチナでカードのすり替えをッ!)
そして導き出されたひとつの仮説にダービーは大量の玉のような汗を顔中に浮かべた。そしてその恐ろしい仮説を覆そうと更なる思考を開始すると手始めに自身の手札を振り返っていく。
手始めに、彼の手札から繰り出せる役はキングのフォア・カードだ。これより強い手はエースのフォア・カードとストレートフラッシュ、ジョーカーを一枚含んだファイブカードだけである。
承太郎は必ずブタのカードを配られているので札を見てもいない彼がこれらの手を揃えるには五枚とも全てをすり替えねばならない。いくらスタープラチナが素早く精密な動作を行えるからといって、熟練者のダービーの目を欺き五枚全てをすり替えることが出来るだろうかーーズバリ、出来るわけがない!
(よお〜〜し承太郎!勝負に出てやろうじゃないかッ!煙草に火をつけるなどと無駄なハッタリをしおって……)
ダービーは一度自分の頭に過った最悪の仮説をなんとか棄却させると再び正面に座る少年を見つめる。
自分の手札は明らかに承太郎の手札より強いはずーーそれはもう分かっているのだから後はコールをするだけだ。
「あっ!こ……こいつ!ジュースまでッ!いつの間にッ!」
しかし再び目の前に広がる光景に思わずダービーは声を上げた。いつの間にか彼の手元に現れたオレンジジュースにはご丁寧にストローまで付いている。これも恐らくスタープラチナが自分の目を盗んで行ったに違いないと彼は目を見開いた。
「きっきさま!なめやがっていいだろうッ!勝負だッ!私のカードはッ!……」
「待ちな……おれの「
「レ、レレレレレレ「
承太郎の言葉を批判するように放たれたダービーの言葉を詰まらせたのは真っ白な雪のような六枚のチップの束がテーブルに置かれた硬い音。
なんの戸惑いもなく差し出されたそれは誰の魂なのか?その場の誰もが思考を巡らせる中、彼は言葉を続ける。
「「
「なにィイ〜〜〜ッ!!」
「母親だと!承太郎ッ!ホリィさんの魂をッ!」
テーブルに手をたたきつけ立ち上がった承太郎は咥え煙草のままダービーを問い詰めていく。
ホリィの魂、承太郎が危険な旅に身を投じている理由でもある母親の魂を賭けるその「重さ」にダービーも、アヴドゥルも、アゲハも……そしてその迫力に協力者の少年も酷く呼吸を乱していく。
「おれはお袋を助けるためにこのエジプトに来た。だからお袋は自分の魂を賭けられてもおれに文句は言わない!だがダービー……お前にもお袋の魂に見合ったものを掛けてもらうぜ…………てめーにはDIOのスタンドの秘密を喋ってもらう」
そして次の瞬間、大きな音を立てて椅子から転げ落ちたダービーは荒らげていた息をさらに大きくしてガタガタと震え始めた。
もはや汗なのか涙なのかヨダレなのかも分からないほどに顔中を埋め尽くす滝のような体液の数々と恐怖に歪められた眉と皺に、この態度は知っている!DIOの秘密を知っている!!ーーとアゲハは直感した。
そしてそれと同時に「喋ればダービーは裏切り者となり殺されてしまう」ということも瞬時に感じとれてしまった。
だがこれは千載一遇のチャンスだ。DIOを倒すためのヒントを知っているのならば!絶対に聞き出さなくてはならないッ!
そして!承太郎が仲間の魂を、そして大切な家族の魂を賭けるということは「一度も見てすらいないそのカード」にはそれだけの自信があるということなのだろう?そう信じていいのだな?ーー最早祈りにまで形相で無造作に机の上で鎮座する五枚のカードを見つめるアヴドゥルはもうすぐに明らかになる決着までの時間を刻一刻と刻むように心臓の鼓動を早めた。
「さあ!
「うう、う、うう……うっ、うっうっ、うううーーーッ」
このような状況でも彼は天性の勝負師のようで、ブルブルと震える身体でゆっくりと起き上がるとテーブルを支えに立ち上がる。恐怖に身体が支配されてしまい力加減すらまともに行えないのであろうダービーは手札のカードをぐしゃりと握りつぶしながらも必死に言葉を紡ごうと口を開き喉を振るわせる。
「コ…………う、う……コ………………う……ううう…………」
ダービーは「コール」と叫びたかったに違いない。しかし彼の精神とは反比例して身体はすっかりビビっちまっているようで息をするにもままならない。
口を開けているのに気道を通らない酸素にやがて酸欠を引き起こした彼はそのまま気を失い盛大に机に倒れ込んだ。
「ああっ!ジョースターさんとポルナレフの魂が!戻ってくる!助かった!」
「あまりの緊張で気を失ったな……そして心の中でこいつは賭けを降りた!負けを認めたからみんなの魂が解放されたというわけか……」
ダービーが倒れた拍子に床にばらまかれたチップから囚われていた仲間の魂が帰ってくる。椅子に座らされていた肉体に戻っていく魂の彼らの表情はなんだか元気そうだ。
仲間の無事に嬉しそうなアヴドゥルの声を背中に受けながらアゲハは倒れているダービーの隣に落ちていたくしゃくしゃのカードを手に取ると喉をひゅっと鳴らす。そして思わず机上の五枚のカードを捲りあげた。
「ダービーの役はキングのフォア・カード……!じょ、承太郎の札は一体なんだっていうの……!!」
そしてやがて目を見開き動きを止めたアゲハの代わりにアヴドゥルとディーラーの少年が捲られた札を覗き見る。
そしてその後の反応はどちらも同じようなものだった。一人はヨロヨロと体幹を崩し、もう一人はヘナヘナと地面に尻もちをついたのだ。
「やっぱり……配られていたのはッ!ブタだァ〜〜!!」
「……いくらスタープラチナでもダービー程の男の目を盗んでイカサマは不可能だ。ビビらせておろす作戦は成功したようだがブタだったとは……やれやれもし知ってたらゾッとしたゼ」
ゾッとしたなどと軽く言ってのける承太郎に狼狽えるアヴドゥルを他所にアゲハは困ったように笑う。了承のひとつも得ずに人の魂を賭けておいてなんて言い草だーーなんて軽口すら出なかった。
例え自分の手札がブタだと予め知っていたとしても承太郎ならきっと先程と変わらぬ胆力あるハッタリをかましてくれると信じているからかもしれない。知っていても知らなかろうが彼が勝つともはや妄信的に信じているのだろう。
「イヒヒ……ポヘェーイヒイヒイヒフヘホハホイヒヒヒヒヒヒヒ……そおーれッ!みんなあ〜〜一緒にマージャンやろーよおー!バックギャモンも楽しいしサイコロもスリルあるよ〜〜僕が一番だろーけどさあー」
そんな一件落着の空気を刺すように辺りに響いた笑い声に一同がそちらを見ればあまりの緊張感に頭のネジが外れてしまったダービーが唾を垂らしながら楽しそうに笑っていた。その傍らでは奴のコレクション帳から囚われていた無数の魂があの世へと解放されているではあるまいか。
「この様子じゃあもうヤツからはDIOの情報は聞き出せないね?」
「……しかし強敵だった。たった一人でおれたち五人を一度に倒そうとしたんだから大したヤツだぜ……」
不意打ちを行うでもなく、真正面から立ち向かい一行を壊滅一歩手前まで追い詰めたダービーに相応の評価を下す承太郎に頷いたアゲハは無事に目覚めた二人のムードメーカー達に振り返る。
結局DIOの館の場所も、スタンドの秘密も何一つ聞き出せていない。DIOというピラミッドへの行き先を塞ぐスフィンクスを一人退けただけに過ぎないのだ。
アゲハには、アゲハたちには時間が無い。
承太郎の母親の命のタイムリミットーーそしてアゲハの家族の命のタイマーは今も残酷に時を刻み続けているのだ……。