ダービー・ザ・ギャンブラー②
コロンと音を立ててテーブルの上に転がったチップにアゲハは言葉を失った。隣で得意げな笑みをさらに深くしたダービーを押し倒すアヴドゥルの激昂がどこか遠くから聞こえるようだった。
「そんな……ジョースターさんが負けた……」
そしてようやく紡ぐことが出来たのはただありのままの真実だけだった。呆気なく静止したチップに浮かび上がるのは敬愛なるジョセフ・ジョースターの顔そのもの。
まるでスティーブン・ムーアを助けようと戦った彼の家族のように!そう、ポルナレフの魂を取り戻そうと「グラスとコイン」というゲームを発案した彼は敗北し、その魂をチップへと閉じ込められてしまったのだ!
ダービーは分かっている。一行の誰もが仲間を見捨てず立ち向かってくると分かっているのだ。自分を殺し、仲間の魂を見捨てるような連中ではないと確信しているから彼は抵抗もせずアヴドゥルの粗暴にただ静かに耐え忍んでいるのだ!
「いいだろうダービー!そのトランプカードをとりな。ポーカーでカタをつける」
そしてまた一人、囚われた仲間のために立ち上がる声が聞こえ口の端を歪めるダニエル・J・ダービー。愉快そうに笑う彼はポーカーは自分が最も得意とするギャンブルであると声高々に宣言している。
「じょ、承太郎……!!「ポーカー」だなんて!!この男はジョースターさんよりも上手だったんだよッ!?」
「そうだッ!危険すぎるッ!!」
「分かってる……危険な男だ。暴力は使わないが今まで出会ったどんなスタンド使いよりも危険なヤツだ。だがやらねえわけにもいかねーぜ」
テーブルに着いた承太郎の背中に煩慮の声をかけたアヴドゥルとアゲハはのちに続いた彼の言葉に反論する事ができなかった。二人は自分の技量ではかえって足でまといになる事が分かっていたのでなにも言い返すことが出来なかったのだ。
戦わずに逃げだす事も出来ず、無謀に立ち向かう事も躊躇われるアゲハは身に降りかかる屈辱に歯を食いしばった。
「ジョーカーは一枚……カードに異常はないようだ。ごく普通のカードだ」
「OK!OPEN THE GAME!」
セキュリティーシールを破き新品のトランプを確認した承太郎がカードを一つの山に戻すとダービーが声高々にゲームの開始を宣言した。
魂を奪われぐったりとする二人の抜け殻を椅子に座らせたアゲハとアヴドゥルは神妙な面持ちで机上を見つめる。……魂を賭けた今まさに戦いが始まろうとしていた。
「ハートの十」
「クラブの七」
二人は互いに山札の好きな場所からカードを一枚引くと書かれていた絵柄と数字を言い合う。この際、数字の大きな方がディーラーをするようで今回の場合はダービーがその役割を担当するようだ。
「ディーラーはわたしだな。フフフフ……スタープラチナに見えない角度でシャッフルしないとな」
オーバーハンドシャッフルでカードをきるダービーはほんの数分前のことを思い出していた。
承太郎に促されゲーム前にトランプをシャッフルした時のことーー二山に分けたカードを交互ににバララララと落とし勢いよく混ぜる所謂リフルシャッフルを行った時のことだ。
常人の目では決して捉えきることの出来ないそのスピードを見極め、正確にカードの内容を暗記して見せた承太郎とスタープラチナにはさすがの彼も少し舌を巻いたというものだ。
「カットをどうぞ」
だがダービーは『指で覚える』ことが出来る。シャッフルしても何番目にどのカードがいくのか分かるのだ。
差し出された山札を割り、二つの山にした承太郎はその上下を入れ替えダービーに再びそれを突き返す。
「承太郎へ、わたし、承太郎へ、わたし、承……ゲッ、ぐうあああああああ〜〜〜」
さあいよいよカードを配ろう!ーーそんな折だった。熟練者特有の滑らかな動きでカードを配るダービーの指を不意にスタープラチナがへし折ったのだ!
痛みに絶叫するダービー、何が起こったのか分からず声を上げるアヴドゥル、不審な所があっただろうかと探るアゲハ……そしてそんな大事をしでかした当の本人は赫々たる態度でどっしりと椅子に座っているだけだ。
「言ったはずだ。ここからのイカサマは見逃さねえとな」
「イカサマだって!?どこで?普通に配っていたぞッ!?怪しい動きは全くしていないのに!」
「いいや!奴の左手に持っているカードをよーく見てみな」
動揺する仲間の問いにハッキリと返答する承太郎。それによって明らかになった真相にいち早く「あっ」と声を上げたのはアゲハだった。よく見るとダービーの手中の山札から「二番目」のカードが突出しているでは無いか。
「上から一枚ずつ配るように見せていて実は上から二番目のカードを配ろうとしたのだ。つまり一番目のカードは自分のところに来る……おいおい10のスリーカードが出来てるじゃあねーか」
すっと腕をのばし、未だ痛みに唸る相手の手札と山札の一番上のカードを捲った承太郎は静かな剣幕でそう呟いた。
この手法はセカンド・ディールと言い、カードは上から順に配るものという相手の心理的盲点を突き実は二枚目のカードを配るという高等テクニックである。
ただ目が良いだけでは決して見破れないこのイカサマをこうも見事に見抜けたのは彼もまた、類まれなる勝負師の才があるからなのかもしれない。
「やれやれ、もうお前にカードを切らせる訳にはいかねえな。ディーラーは無関係な者にやってもらおう……アヴドゥル、あそこの丘の上にいる少年にやって貰うか。連れてきてくれ」
カフェのテラスから見える丘の上で、一人サッカーボールを蹴る少年をちらりと指さした承太郎は彼を連れてくるようにアヴドゥルに求めると再びダービーと向き合う。顔中に脂汗を噴出しながらも不敵にニヤリと笑うダービーは折られた人差し指とそれを固定する為の中指を一纏めにして包帯にぐるりと巻くと、その震える右手で机上の二つのチップを手に取った。
「一九八六年、五月十七日以来の大勝負だ……あの時は真山祥造という日本人から東京にある八つの不動産とやつの魂を奪い取った。やつは金持ちだったが本当に強い男だった……」
「!?」
「わたしはDIO様の為に闘いに来たのではないッ!生まれついての「賭け師」だから闘いに来たのだッ!全身全霊を注いでお前との勝負に挑むとするぞ承太郎!」
二つのチップーー元い、ただのチップではなく仲間の魂が閉じ込められたそれーーを頭上に放り投げたダービーは己のスタンドの拳でそれを切り刻む。突然の行いに「何をするのだ」と声を荒らげるアヴドゥルを無視して彼は続ける。
「「魂」をそれぞれ六個のチップに分けた……!ポーカーとは自分のカードが負けるかもしれないと判断したらゲームを降りてもいい賭けだ……つまり、一回ごとに参加料を払うからチップが二枚では勝負にならないのだ。チップを六個取り戻してはじめて魂をひとつ取り戻すこととする!いいね……」
空中で六個に分かたれ、再び机上に舞い降りた物言わぬ仲間の「魂」。彼等は今、あの窮屈な場所でどのような苦痛を味合わされているのかとアゲハはぎりりと歯を食いしばる。
「さて承太郎!賭けをするなら君の方にもチップを渡したいと思うがまだ例の言葉を聞いていなかったな」
「……いいだろう、おれの「魂」を賭けるぜ」
「グッド!」
そして再び、魂を賭けた闘いの火蓋が切られた。
承太郎の指示通りに丘の上の少年を呼びに行くアヴドゥルの背中を見送ったアゲハは、自分の無力さに情けない気持ちになりながらも仲間の頼もしくて大きな背中を祈るように見つめた。