愚者 とゲブ神その④
「あっ!ヤツのスタンドが承太郎を追い始めたッ!ど……どうするジョースターさん!」
「もはやこの戦い承太郎に任せるしかない」
ぼんやりと、視線の先に助っ人のイギーのスタンドで宙を滑空する承太郎を捉えながら帝アゲハは自らの無力さを嘆いていた。
動かない身体を忌々しく思いながら大切な仲間が倒れていく様を見つめることしか出来ない自分を責め立てていた。
「……」
アゲハは眉を寄せて、地面に伏せるようにして倒れたアヴドゥルを見つめるーー彼は、姿の見えない敵に一矢報いようと果敢に挑んだ後に倒れていた。自分の様に、何もせずただ蹂躙されていた訳じゃあない。
(何が「必ずみんなの役にたってみせる」だ。私はまるで成長していない……ッ!もっと……もっと強くならなきゃ……ッ)
分かりやすく頭を抱えたアゲハは立つこともままならぬ傷口を掴み圧迫する。未だ治まらない出血に辟易としているのだ。
怪我をしている場合じゃあないんだ、早く治ってくれなきゃ自分は本当に何も出来ない足でまといになってしまう!と焦燥感に駆られているのだ。
「だれか……助けて…………お兄ちゃん……」
砂に飲み込まれ横転していたバギーを起こしたジョセフとポルナレフは後部座席に押し込んだ三人の負傷者を振り返った。
中でも一番軽症なのはアゲハで、切られた右足首からの出血は治まらないが意識はハッキリとしている。
しかし残りのふたりは重症で花京院はいち早く医者に見せなければ失明の危険があるし、頚部を浅く切りつけられたアヴドゥルは意識を失っていた。
早速ポルナレフに運転を任せたジョセフは直近の街、アスワンの病院へと連絡を入れると唯一口がきけるアゲハへ振り返る。
「承太郎達の方はどうだ……決着はついたか?」
「前方四百メートル先、百九十センチ程の男と犬の反応あり。傍らに、横たわったまま動かない人影あり……恐らくすでに決着はついています……」
無理矢理口の端を釣り上げたアゲハは承太郎の勝利を確信していた。敵と思われる体温はすでに砂に埋め立てられていたのだ。
もしも敵が承太郎を打ち破ったというのなら、わざわざ墓を掘るような真似をするはずが無い。
「承太郎の勝ちですよ。早く彼も乗せて病院へと急ぎましょう」
はっきりとそういえば、唇を結び頷いた彼はポルナレフを急かす。
そして次第に見えてきた紺の学生服に分かりやすく顔を綻ばせたジョセフはウインドウから身を乗り出すと愛しき孫にいの一番に声を掛けた。
「…………」
家族の無事に心底嬉しそうなジョセフの笑い声をBGMにアゲハは俯いた。
もちろん、承太郎が大きな怪我もなく敵スタンドに勝利したことは嬉しい……ただ、それ以上に自身の無力さに打ちひしがれているのだ。
「花京院……」
アゲハは彼が意識を失っているのをいいことにその肩に顔を埋めた。油断すると、この身に降りかかるやるせなさに押しつぶされてしまいそうだった。あの日自分に課した「泣かない」という制約すら、破ってしまいそうだった。
じわり、と額に滲む汗は体を蝕むこの気持ち悪さゆえなのか、はたまた遮蔽物のない砂漠ゆえの気候によるものなのか。深く深くまぶたを閉じたアゲハはそのまま花京院の肩に頭を乗せたまま息をつく。
どうも身体が重いーーグランジロックでも用いてこじ開けなくてはならないほど張り付いたまぶたに抗いきれずアゲハは静かに意識を手放した。
これは正しく、帝アゲハにとっての手痛い敗戦であった。