都市遺跡の巡回者①
花京院が次に目を開けた時世界はすべて真っ逆さまだった。
次第に意識がはっきりとしてああ、そういえば!と身体を起こせば世界は元通り。ただ一つ、この場に自分とあの少女以外の人間がいないことを除けば。
(血は止まっているーーハイエロファントの触手も消えてるが、それは僕が気を失ったからだろう)
何分ぐらい意識を手放していたのかは定かではないが、無事に止血が完了していたふくらはぎにポケットの中に入れていたハンカチを巻く。
運が良かったのか少女がホテルまで追ってくる前に意識を取り戻すことが出来たようだったーーもっとも、もしくは最初からここまで来るつもりがなかったのかもしれないが。
花京院は客室で少女と対峙した時のことを思い出す。彼女は確かにスタンドではなく本物の銃を携帯していた。それならば『殺傷能力の無いスタンド能力が備わった弾丸』の他に『殺傷能力のある実弾』をもしもの為に携帯していたとしても不思議では無かった。
(それに僕はあの時、銃声が聞こえてから着弾までの速さを約0.5秒から一秒程だと仮定していたが、弾速は銃本体の性能に左右されるというよりか銃弾に使われる火薬の量によってかわるものだ。
つまり同じ銃を使っていてもスタンドの弾丸の着弾速度と実弾の着弾速度は同じにはならない!ぼくはそこの所の知識が浅かったのだ!)
花京院は受付の裏から顔を覗かせ、少女が居ないのを確認すると、事務所へと足を運ぶ。気を抜けば再び血が噴き出してしまいそうな程の痛みを堪えながら事務所の窓の鍵を開けた花京院は先ほどホテルの前で撃たれた方角から見て死角となる位置の窓から外へ脱出し、急激な都市開発によって乱立されたビルの間をひっそりと進んだ。
花京院とて、銃で撃たれたのは初めてだったのだ。少し走っただけで激痛が走り、額からは脂汗が絶えず流れてくるーー花京院は誰の目から見てもあきらかな程に辟易としていた。
(……? 腹の痛みが引いた? 気を失う前までは凄く痛かったのに)
その時だった。ふと、腹部の痛みが消えていることに気がついたのだ。腹部に付着していた除草剤もいつの間にかキレイさっぱり消え、直接皮膚を触って確かめてみてもそこには微細なツッパリすら感じられない。それどころか除草剤の付着していた箇所に湿り気すらも感じない。
人間の脳は痛みを超えるためには更なる痛みを必要とするという。腹部への攻撃を超えるほどの出血やショックを受けたから今は何も感じなくなっているという事なのだろうか?
(……それとも撃たれてからの時間の経過が関係しているのか? いいや、いまはそれよりも確かになったことがある!あの少女のスタンド能力は「殺傷能力のないスタンド能力の付与された弾丸を創り出す」ことのみッ!そうでなくては……そうじゃあなくてはならないッ!)
そして花京院にはもう一つ解かなければならない問題があった。それは『一度だけだが周りの人間や自動車』見えた謎。
あの時はどんな状況だっただろうか……花京院は痛みを堪えて前へ前へと足を進める。
「もう一度、あのビルまで行く……」
花京院はそう呟くと再びハイエロファントの触手をロープ状にして建物と建物の間を飛んだ。あの少女が今どこにいるのか花京院には見当もつかなかったがそれは恐らく彼女も同じ筈。
ーーそう、腹を括っていた花京院は不意に響いた「バン、バン」という銃声に心臓をどきりと跳ねさせた。咄嗟の判断で身を捩り進路を変えた花京院はそのまま別の建物の屋上に飛び乗る。
(銃弾は確かにぼくのスタンドの触手をすり抜けコンクリートの建物にめり込んだ……これは実弾!そして銃弾の飛んできた方向からして…… )
花京院は第二撃に備え、隣の身の隠しやすそうな建物へ触手を伸ばし早急にその場を飛び去る。空中でフェイントを入れれば、後続に続いた第二撃の銃弾も避けきることができた。
そして見事に別の建物に乗り移ることに成功した花京院は銃弾が飛んできた方向ーー八時の方向へすかさずエメラルドスプラッシュを御見舞してやる。二十メートルほど離れた建物の屋上で、次の銃弾の装填に取り掛かっていた彼女には確かに直撃したように見えた。
「……ッ、やったか?」
辺りが静まり返り、そこには花京院の声とスタンドエネルギーが建物を破壊する音『だけ』がそこに響いたーーしかし、それは逆に彼女のスタンドが解除されていないということの証明だった。
そしてさらにおかしなことに崩れた建物の破片一つ落ちてこない。未だに砂埃が邪魔をして彼女の様子は分からないがさすがに少しくらいダメージを受けていると考えたいと、花京院は願った。
「……私は、私は負けないぞ!こんな所で足踏みしてる場合じゃあないんだから!!」
しかし砂埃の中から聞こえたのは少女の怒りを含んだ叫び声。そしてすぐにガチャリと弾倉をはめ込み、こちらへ銃口を構える音が聞こえてきた。
花京院が何よりも驚いているのはエメラルドスプラッシュをくらってあの少女が平然としていることだった。彼女のスタンド能力からして、ヴィジョンを上手く扱って防御するーーなんて芸当も出来るはずがなかったからである。
(僕のスタンドのパワーはスタープラチナやマジシャンズレッドに比べれば劣るが、だからといって直撃したならば当然出血もするだろうし、当たりどころが悪ければ死に至る程のパワーを持っている!……何よりも僕はこの一撃で全てを終わらせるつもりで全力をだしていたのに)
「花京院……あなたいつまでそうぼうっとしているの? もう諦めちゃった?そう捉えていいのかな」
「ぐ……っ」
「ふふふ……いいよ別に。私ものその方が助かるもの」
先程の怒声にかわりどこかゆったりとした声をあげた少女の姿は未だ砂埃で見ることは出来ない。花京院は砂埃のカーテン越しに彼女からのプレッシャーを感じた。
緊迫した状況が数十秒ほど経ち、視界を覆っていた砂煙が晴れていく。それと同時に鋭い彼女の黒い眼光が花京院の藤色の瞳と交わる。
1970年代後半から流行したハマトラファッションに身を包んだ少女は最初に出会った時よりも随分と幼く見えた。
「……花京院典明、これで貴方は死んだッ!」
そんな花京院の少しばかり現実逃避を混じえた心境とは裏腹に現実は非情で、スコープ越しの黒い瞳には僕を必ず殺すという『強い意志』があった。あどけない幼い顔立ちに相応するように紅も引かれていない唇は真一文字に結ばれ、その指はトリガーにかけられた。
「ッ、エメラルドスプラッシュ!!」
「
花京院のハイエロファント・グリーンから放出される無数のエネルギー弾は二十メートルほど先の少女めがけて襲いかかる。しかしそんな状況下でも何故か決して取り乱すことのない彼女は冷静に狙いを定めると引き金を引いた。
そして花京院は、少女の寸分狂わぬ狙い撃ちによって心臓を撃ち抜かれその場に身を沈ませた。