死神13 その④
パチリと目を覚ましたジョセフは目を丸め、その傍で承太郎は目を見開いた。遅れて身を起こしたアゲハは周囲の状況に呆気にとられ口をあんぐりと開けている。
それも当然、サウジアラビア砂漠にて一夜を過ごそうとしていた彼等が今目にしているのは色とりどりの風船が空に向かって飛び交う遊園地。そのコーヒーカップ乗り場の入口でジョセフ達は目を覚ましたのだ。
「そ……そうだ、思い出した……!承太郎!ジョースターさんッ!アゲハッ!気をつけろ!ここは……夢の中だ……恐ろしい……ここは悪夢の世界なんだ……」
「なあ〜んだ夢か……そんじゃあゴロゴロしようっと……」
「おれと同じリアクションするなーーッ!!」
「夢の中」という単語に再び横になったジョセフに早急に寝袋から飛び出したポルナレフが吠えた。焦った様子の彼は悔しそうに握りこぶしを作りながら続ける。
「いいかッ!花京院の言っていたこと本当だッ!『BABYSTAND』……ここは敵の術中ッ!信じられねー事だがスタンド使いはあの赤ん坊だッ!目が覚めると記憶が消えているところが恐ろしい……」
彼の言葉を聞き、いよいよジョセフ達の顔つきが変わる。これはただの夢ではなく、敵スタンドの手の内だというのだ。
「花京院をおれは気絶させちまったッ!もう既にこの世界に来ているはずだ!花京院を探さなくては……!ヤツにあやまらなくては……!!」
そう言って走り出したポルナレフの背中を見つめたアゲハはやがて深く俯く。彼女は花京院のことを信じてやれなかったことに対する深い後悔の念に駆られているのだ。どんな顔で彼に合えばいいのかと考えあぐねているのだ。
「ポ、ポルナレフ……その髪型ど……どうした?デッサンが狂ったか……!?」
「え!?」
そんな中、不意に紡がれたジョセフの素っ頓狂な声にアゲハは顔を上げた。そして視線の先に現れた光景に目を見開く。
疑問符をうかべ足を止めたポルナレフが自身の髪の毛に触れようと手を伸ばしたその瞬間の事だった、みるみるうちにグンと伸びた髪が上へ上へと向かっていくではないか。そして平常時より約七倍ほど伸びたと同時に四方八方に伸び広がったポルナレフの銀髪はコーヒーカップ乗り場の入場ゲートの支柱に絡みつき、彼を動けなくさせてしまった。
「ポルナレフッ!」
この異常な状況こそが、ジョセフ達にこの世界が敵の術中であるという説得力をさらに深めさせていく。アゲハは額に汗を浮かべながらスカートのふちに挿し込んでいたリボルバーを抜き構えた。何時どこから敵スタンドが来ても応戦できるようにと息を整える。
「きゃ……っ!」
しかし次の刹那、アゲハは短く悲鳴をあげた。硬い金属でできたリボルバーの銃口がぐにゃりと曲がりこちらを向いたのだ。そしてひとりでに引き金は引かれ、まるでクラッカーの様に飛び出してきた紙テープや銀紙に腰を抜かせば、しりもちを着いた着地点にはネバリとした粘着物。
「どうやって戦えばいいんだ!?……どうやって!?ここはなんでもありの世界なんだ!ルールとか常識なんてない……やつの思い通りに動かせる世界なんだ!!」
ポルナレフは斜め後ろで遊園地の石畳に縫い付けられ、害獣駆除シートに捕まったネズミのように必死に抵抗するアゲハの姿を後目に叫ぶ。そんな彼の隣では学生服の襟に付けた鎖のアクセサリーが首に巻きついた承太郎と、左手の義手が巨大化し重さに耐えきれず膝を着いたジョセフの姿も。
「……いや、ひとつだけルールがあった……おれたちを切り刻んで殺すのだけは奴のスタンドが直接やるッてことだ!!」
「ラリホ〜」
ポルナレフが大量の汗を浮かべながら睨みつける先にはジリジリとこちらに近寄ってくる黒い影。 やがてハッキリと見えてきたその姿はゆらりと揺れる紫紺のローブを身にまとった道化師だ。飛び上がったヤツは特徴的なセリフを叫びながらローブの袖から金色の篭手を露わにし、その手には大鎌を構えた。
「おおおおおっスタープラチナッ」
「無駄だッ!承太郎ッ!夢の中におれたちの「スタンド」は持ち込めないんだッ!」
敵スタンドの登場に、勇ましく声を張り上げ自身のヴィジョンの名を叫ぶ承太郎。すかさず前回の経験から物を言ったポルナレフが静止を呼びかけるが彼は次の瞬間、自分の目を疑うものを目撃した。
「お……おかしい……スタンドが出た……」
ぽかんとしたポルナレフを後目に漆黒の艶のある髪の毛がなびく、いにしえの闘士のようなデザインのスタンドーースタープラチナが承太郎の頭上にポンと現れる。そしてその強力な握り拳を……あろう事か本体である承太郎に向けて放った。
「承太郎ッ!」
後方にぶっ飛ばされていく承太郎を目で追ったアゲハが叫ぶ。何故彼の精神のヴィジョンであるスタープラチナが本体の指示に従わず攻撃をくりだしたのかーー全員のそんな疑問はすぐに敵スタンドの手によって説明された。
「ラリホォオ〜おれはニセモノだよォ〜ん!」
突如として何も無い空間から現れたフライパンで自身の顔面を叩いたスタープラチナはペチャンコになった顔をぐるぐると回転させた。そんな異常行動に絶句する一行をよそに「ボンッ」と煙を上げたスタープラチナは瞬く間に敵スタンドの姿に変身する。
「スタンドとは精神の力(エネルギー)だ!「夢」とは無防備状態の精神!!その無防備の精神を「死神13」は包み込んでしまっているからスタンドは出なくなっているのだ!!」
もっとも、眠る前に「スタンド」をだしていれば……着ている衣服や寝袋、拳銃や義手などと同じように夢の中に持ち込めたがねーー……そう勝ち誇ったように続けた道化師は先程までスタープラチナだったソレをシルバー・チャリオッツに変貌させ、その首を大鎌で刈り取ってみせた。その光景にジョセフ達の間に緊張が走る。
「つまり死神13が他のスタンドと出会うことは決してない……そしてスタンドはスタンドでしか倒せない。だから必ず勝つのはこの私という理由さ」
死神13が鎌を振り、刈り取られたチャリオッツの首がゴロリと地面を転がる。そんな不吉な行いの中、ジョセフ達は敵スタンドの言葉の中に一つの希望を見出していた。「眠る前にスタンドを出していれば」……頭に過ぎるのは自分達よりも先にコチラに来ている筈の男のことだ。
「フフフフ、さて!それでは最後に「余裕ある勝利」と「ハッピーでさわやかな気分」を象徴とした叫びを発させて貰おうかな〜〜」
勝利は目の前だと言わんばかりに余裕たっぷりに宣言する死神13の背後に忍び寄った発光するエメラルドグリーンはヤツの首筋に手を添える。「ラリホー」、そう言いたかった敵スタンドの首は既に圧迫済みだ。思い通りの決め台詞が言えずに首を傾げた奴は後ろを振り向き……背中に張り付いた花京院のハイエロファントグリーンをその目で見つめた。
「ほっ本物の「法皇の緑」!こいつは本物のスタンド!バ……バカなッ!このハイエロファントはおれの作ったニセモノじゃあねーっ」
取り乱す死神13を前にして、ハイエロファントグリーンは相手にかける力を徐々に強めていく。そのバキバキと痛そうな音がジョセフ達の元へ聞こえてくると共に、彼らに起こっていた摩訶不思議な現象は不意に解除された。
死神13の本体のスタンドパワーが乱れてきているのだ。
「あっ!花京院だ!花京院はあそこだ!」
粘着物に拘束されていた形跡など何処にも見当たらない黒いスカートを翻したアゲハはポルナレフのが指さした方へ視線を向ける。そこにいたのはコーヒーカップのフチに肘を乗せ、頬杖を付いた花京院。
「ぼくがさっき気を失った時「法皇の緑」を出していのを忘れたのかい?そして法皇を地面に潜り込ませ隠したのさ。眠りに入る前にね……」
得意げに、大きな口で弧を描いた花京院は藤色の切れ長の瞳で死神13を見据える。「たちゅけてェーーッ」と情けない声を上げる道化の姿には先刻までの余裕っぷりの欠けらも無い。
「さあ お仕置きの時間だよベイビー」