死神13 その②
「ポルナレフッ!起きろポルナレフッ!寝る前にやる事がある。赤んぼのおしめを取り替えてやってくれッ!」
ジョセフの叫び声が定員オーバーの狭苦しい機内に響き渡る。しかし当のポルナレフは相当深い眠りについているようでなかなか起きそうもない。仕方なしに隣に座っていたアゲハが身を揺すれば彼は「うぅ〜ん」目元を擦りながらゆっくりと目を覚ました。
「おいポルナレフ起きているのか?おしめだよおしめ!」
「ああ……わかったよ。フーッなんかスゴく恐ろしい夢を見たような気がするんだが……どんな夢だったか思い出せない。忘れてしまった……」
おしめを取り替えたのならいくらでも夢の続きを見るといいーーそう突っぱねたジョセフを後目にアゲハはポルナレフの顔色を伺う。額に手を当てて深く息を着いたポルナレフの顔には幾つもの玉のような汗がにじみ出ている。余程怖い夢だったのだろうか?
「えーとえーと。それはそーとオシメってどうやるんだー?」
「それは布タオルだからテキトーに巻き付けて安全ピンで止めりゃあいいんだよ」
手順よく赤ん坊の服をぬがしていくポルナレフがそう問えばこの中で唯一育児の経験のあるジョセフがすかさず的確な指示を出す。流石だな、とアゲハが自身のモニターから目を離さずに感心していると不意に鼻腔を掠めた独特の臭気に一瞬息をとめた。
「お……おおっ……おえ〜〜!!ちょっと待ってくれ!こいつなんと!オシメにウンコしてるぜ!見ろッ!これを見ろよッ」
「赤んぼだもの、するからオシメしてるんじゃあないか」
「本当かァ〜マジィ……ッ知らなかった!なんて不潔な生き物なんだッ!あちこちについてるぜ!恥ずかしくないのか?大人になれよ大人に!!」
心底気味悪そうに、眉を寄せてそう言ったポルナレフは同意を求めているのかアゲハを肘でつつきこっちを見ろと催促をする。渋々そちらに振り返った先では背中漏れまではしていないながらも尻臀など広範囲にわたってソレが付着していた。
「こーかな。これでいいのかな……?ま、いい事にしよう!アゲハ、ちょいとタオルのハシっこ持ってくれ。ピンで止めるから」
「わー!だめだめだめ!そんな巻き方じゃあ漏れてきちゃうよ!」
しりを拭き終えたポルナレフはぐるぐると適当にオシメを巻いく。いくらジョセフから具体的な巻き方を教わっていないとはいえ、こんないい加減なやり方ではいけないだろう。アゲハはポルナレフから赤ん坊を取り上げると彼に見えるように手順を説明しながら巻き直した。
「ふ〜ん手馴れたモンだなァ」
「ううん、私も見よう見まね!ポルナレフも次は出来ると思うよ」
アゲハはそう言って目を細めると赤ん坊を抱き抱える。出発した時より体調が良くなったのか汗一つかいていない額に手を当てた彼女は予想通り下がっていた体温にホッと息をついた。
「う……うっうっう〜〜〜う〜〜〜む…… ……」
その時、不意にそんな和やかな雰囲気に放たれたのは眠りについているはずの花京院のうなり声。どうしたのだろうと彼の方に振り返ったジョセフ以外の皆は目を丸くして彼を見つめる。
「うわああああやめろッやめてくれッ!」
「どうした花京院!」
次の瞬間、叫び声を上げ、なにかから必死に抵抗するように腕を振り回した花京院。彼は未だ眠りから覚めていないのか心配する承太郎の声に気づくこともなくひとりでに暴れまわっている。
「なんだなんだ?」
「やめろーッうああ」
この狭い機内で、しまいには腕だけでなく足まで振り上げた彼の蹴りが操縦席に座るジョセフにヒットする。その拍子に操縦桿はあらぬ方向にきられ、セスナは回転しながら失速状態で降下してしまう。
「おい……ひょっとして墜落するのか?このセスナ……」
「うそ……ッ」
承太郎の歯に衣着せぬ言葉にアゲハは血の気が引いていく。ほんの数日前に生涯で三度も墜落した事があるとは聞いていたが、まさか本当に墜落するなんて!とアゲハは腕の中の赤ん坊を抱く力を強くした。
「花京院!いったいどうしたんだッ!またうなされてるぜ!今朝もこうだったんだ!」
「ポルナレフッ!花京院を大人しくさせろッ」
「ジジィ!はやく操縦桿をもとに戻せッ!墜落するぞ!」
そう言っている間も刻一刻とサウジアラビアの大地に向かって落ちていくセスナ。機内では焦りに焦ったジョセフ達の緊張感のある声が響く。
「なにをやっているんだジョースターさんッ」
「ジョ……ジョースターさん……」
「早くたてなおせ!」
「落ち着けッ!さわぐなッ!わしはパニックを知らん男!今やっとるだろーがッ!」
この絶体絶命の危機の中、すべては操縦桿を握るジョセフに委ねられた。そんな中、突然大人しくなった花京院は変わらずうなり声を上げながらわなわなと震え、顔中に汗を浮かべている。
「「隠者の紫」で操作するッ!」
紫色の茨のヴィジョンをもつジョセフのスタンドが操縦桿に絡みつく。すると、くるくると旋回しながら落下していた機体は回転をやめ、地面から約三メートル程のところで間一髪たてなおしに成功。
機内は緊迫としたムードが一変して賑やかな空気だ。
「みんな見たかーッどんなもんですかいィィィーッ!わしの操作はよぉー!!」
確かな達成感に右手でガッツポーズを作ったジョセフが叫ぶ。後部座席に座るポルナレフもアゲハも手放しに喜んでいるーー……。
「おい!」
しかしそんなムードもそこそこに承太郎の言葉にジョセフが前方をみればすでにソレは目と鼻の先。地上からスレスレの位置を飛行していたセスナは当然避けきれず右翼に直撃する。
「な……なんでこんなところにヤシの木があるの?」
今度こそ墜落回避の余地はないーー機内では各個で墜落の衝撃に耐えるために受身をとっている。そんな中、先程の喜びがまさかの当て外れでガッカリするような儚い喜びであったと理解したジョセフは思わずちろりと涙を流した。
「やれやれ。やはりこうなるのか」
帽子の鍔を引き下げた承太郎の呟きと共にジョースター一行を乗せた銀色のセスナはサウジアラビアの砂漠のド真ん中に墜落した。