死神13 その①
無事にヤブリーンの村で夜を明かしたジョースター一行。彼らはこれからセスナに乗り、サウジアラビア砂漠約五百キロメートルを横断する。
荷物を纏め、チェックアウトの準備を終えたジョセフと承太郎、そしてアゲハは早速、飛行機を売ってくれるという男の元へ向かった。
「おいおいおいおいおい!ちょっと待ってくれ!おっさん!今さら飛行機を売れんとはどーいうことだ」
昨日の夜は飛行機を売ってくれると金を受け取ったじゃあないかーーと続けたジョセフは金を受け取ったということは売ったということであり、飛行機は我々のものになったということなのだと「世界の常識」を主張する。
昨日の今日で突然売れなくなるとは、何か重大な理由があるのだろうとアゲハは辺りを見渡した。飛行機売りの男の隣に並んだヒジャブを巻いた女性は何やら大きなカゴを持っている。
「お金は返すよ。実は赤ん坊が病気になったね。熱が三十九度ある……この村には医者がいないので医者のいる所まで連れていかねばならなくなったね」
「赤んぼ?」
遅れて合流した花京院が何か引っかかるように声をあげる。彼女が持っていたカゴをジョセフ達にも見えるように斜めに構えると中にいたのは生後十ヶ月程度の赤ん坊だった。苦しそうに握りこぶしを作った赤ん坊は額にいくつもの汗を浮かべている。
「そ……それじゃあ向こうの飛行機は駄目なのか?」
ジョセフは一度あきらめかけて隣に佇む別の飛行機を指さした。しかし男の返答は明るくなく、故障中だという答えが返ってくる。
「いいですかい?この飛行機は医者のところに行って戻ってくるのは明日の夕方だね。その後にしてもらうね」
「明日の夕方?わしらにも人の命に関わる理由がある!この村に二日も足止めをくらう訳にはいかん!」
「どんな理由かは知らんがこのオレにおたくたちに飛行機を売ってあの赤ちゃんを見殺しにしろというのかね?」
ジョセフも飛行機売りの男も、互いに譲れないものがあったーーどちらも人命を最優先に言い合っているのだ。
ジョースター一行の誰もが一刻も早くエジプトに向かわなくてはならないと思う一方で、目の前で苦しむ赤ん坊を見殺しにすることなどできる筈もなかった。
「あの……こうしてはどうでしょう?セスナは五人乗りです。でも赤ちゃん一人ぐらいは乗せられます……赤ちゃんをこの人たちにお任せしてお医者の所へ連れて行ってもらっては……」
ヒジャブの女が二人の間に入り提案する。確かに赤ちゃん一人ぐらい乗せたところで機能的問題はないだろう。
その時、花京院はカゴの中の赤ん坊が笑ったような気がした。 口を開けて笑った赤ん坊の口の中でキラリと光る鋭い歯。
次の刹那、そっと伸ばされた花京院の手に驚いてしまったのか大声をあげて泣き出す赤ん坊。言い合いをやめたジョセフ達も皆花京院の方に振り向く。
「す……すみません……別に触ってもいないのに……」
申し訳なさげに伸ばした手を引っ込めた花京院。彼は眉を伏せてすっかり萎んでしまっている。
「いいのかね?赤ちゃんをこんな奴らに任せても!」
「ちょっと待て!わしらも困る!赤ちゃんが我々と来るのは危険だ!!」
再び言い合いを初めたジョセフ達を黙らせたのはポルナレフの明るい声。彼は赤ん坊と共に飛行機に乗るという、ヒジャブの女の意見に賛成だと言うのだ。
「上空を百キロものスピードで飛ぶセスナに「スタンド」を届かすことの出来る追手なんていないぜ。あの「
飛行機のタイヤを足蹴にしたポルナレフが続けて「この飛行機は正真正銘メカだぜ」と興奮気味に話す。「
「承太郎、花京院、アゲハ……どう思う?」
「私も賛成ですね。でも赤ちゃんを乗せるなら今まで以上に警戒は強めなくてはなりません……砂漠を渡りきるまで私が全方位見張っておきますよ」
「どうやら赤んぼの母親の意見をとるしかなさそーだな。俺はスタンドよりじじいの操縦の方が心配だがね」
ドルンドルンと凄まじい轟音と共にエンジンがかかりプロペラが回る。滑走路を走り、やがてその鉄製の羽で風をとらえたセスナはジョセフの操縦によりサウジアラビアの青い空に向かい飛び立って行ったーー……。
「ふう〜、これでひと安心だわ。ところであの赤ちゃんどこの子かしら?母親探さなくっちゃ」
けたたましい音を立てて飛び去っていくセスナの背中を見つめたヤブリーンの村人達は安堵から息をつく。皆、赤ん坊の無事を祈って黙ってその銀の翼を見送った。
そんな中、不意にヒジャブを巻いた女から紡がれた予想外の言葉に飛行機売りの男は目を丸くして「あんたが母親じゃないのかね」と汗を浮かべる。
「朝オアシスの井戸の所でひとり熱を出して泣いていたからあんたのところへ連れて来たのよ……牙のような歯が生えてて気味が悪いの我慢してさッ!」
「自分の子じゃないのに飛行機に乗せたのかね!?」
「そ、それなのよ……朝、あの子の泣き声を聞いていたらなぜかフラフラとそんな気になってしまって……。でも牙のようなはえていたわ!二度と抱きたくない!!あんな不気味な赤んぼ!キモチわるゥ〜」
イヤイヤと右手を振る女の声色はキツく、心の底から気味の悪さを感じているようで顔は引き攣っている。
そんな話が起きていることなど露知らず上空を飛行していく銀色のセスナはジョースター一行と奇妙な出生の赤ん坊を乗せてヤブリーンの村からやがて見えなくなった。