太陽
パキスタン「カラチ」で『
ちなみに海路を通った背景にはパキスタンに隣接するイランからイラクの情勢を不安視するジョセフの見解があったことを記述しておく。
「しかしたまげたなこの国はァ〜! どの家もこの家も全部豪邸だらけじゃあねーか」
そしてそんなアブダビの道路を走るのはジョースター一行を乗せた四駆の自動車だ。車を運転するポルナレフの言う通り、辺りには草花が咲き乱れ一軒としてみすぼらしい家は見当たらない。
「うむ 東京なら三十億、四十億はしそうな家ばかりだ。これがこの国の普通の人々のくらしぶりらしい……ほんの二十年前までは砂漠だったのが石油ショックによる莫大な利益のせいで夢のような都市に成長したのだ」
助手席に座るジョセフが簡潔にポルナレフの言葉に補足する。後部座席に座るアゲハは心の中で自分が四十億の豪邸に暮らすイメージを膨らませるとパッと顔を輝かせてウインドウの外を眺めた。
「どうした花京院、また誰かに尾けられている気がするのか? 」
しかしそのポルナレフの言葉にアゲハは思考を中断するとウットリとした顔を引き締めて承太郎を挟んで隣に座る花京院の様子を覗き込む。花京院はリアガラスから外を頻りに確認し、追手がいるのではないかと落ち着かない気分のようだ。それに対してポルナレフも「無理はない」と同意の意を示す。
「それでじゃ……これからのルートだがここから北西へ百キロメートルのところにヤブリーンという村がある。砂漠と岩山があるので道路がぐるっとまわり込んでいる……車だと二日はかかってしまうらしい。だからこの村の住人はセスナ機で移動しているということだ。まずこの村へ行きセスナを買ってサウジアラビアの砂漠を横断しようと思う 」
ジョセフの提案するルートに反対する者はおらず、全会一致で頷く。そんな中「セスナ」という単語にアゲハはちょっぴりワクワクした気持ちになった。
もちろん乗るのは初めてだったし、砂漠をセスナで飛ぶなど人生で何度あることだろうと笑みをこぼした。
「今まではスタンド使いによる攻撃のせいで墜落し他の人々を犠牲にしたくなかったので飛行機には乗らなかったがセスナならわしも操縦出来るし旅行日程の短縮にもなる」
「……生涯に三度も飛行機で落ちた男といっしょにセスナなんかあまり乗りたかねーな」
承太郎が体を背もたれに預けながらそういうとジョセフは可愛げのない孫だとでも言いたげな顔で承太郎に視線を送る。
何か一つ言い返してやろうと意気込んだジョセフだったが、自身の孫のすぐ隣でセスナに乗れる期待から明るくした顔を恐怖で真っ青にする瞬間を目撃してしまうと彼女への居た堪れなさから地図へと視線を逸らした。
「さっ……それでじゃ、その前にこの砂漠をラクダで横断してヤブリーンの村へ入ろうと思う。 ラクダで一日で着く」
「ラクダ!? おいセスナはいいがちょっと待ってくれ! ラクダなんか乗ったことねーぞ! 」
ラクダに乗る、と平然と言うジョセフの隣でハンドルを握るポルナレフが不安気に叫ぶ。後部座席に座る三人の日本人学生達も当然ラクダ乗りの経験などない。
しかしそんな四人の不安を他所にジョセフは自信たっぷりといった風に笑うと胸に手を当てて声高らかに宣言した。
「わしはよく知っている……教えてやるよ、リラックスした気分で安心しておれ」
そしていよいよラクダを目の前にスカーフを巻いたアゲハは予想以上の身体の大きさに驚き口をあんぐりとあけた。そしてその隣ではすぐ側までラクダの接近を許してしまったポルナレフが息をかけられ「くさ〜」と涙目になりながら自前の消臭スプレーを噴出して距離をとっている。
「ど、どうやって乗るんだ? 高さが三メートルもあるぞ」
「あのじゃな、ラクダっていうのはな まず座らせてから乗るのじゃ! 」
混乱する皆を前に手本となるように自信たっぷりにそう答えたジョセフは軽く手網を下に引くーーしかし、ラクダは負けじと首をしっかりと伸ば抵抗している。
その後も続いた数分にもわたる攻防にやけになったジョセフはもはや手網から手を離しラクダのしっぽと胴にしがみついていてしまった。この様子ではジョセフを手本としてラクダに乗るのは難しそうだと未経験者の四人はだんだんと額に汗を浮かべ始める。
「おい!本当に乗ったことあるんだろーな?」
「わしゃあのクソ長い映画「アラビアのロレンス」を三回も観たんじゃぞッ! 乗り方はよーく知っとるわい……二回は半分寝ちまったが」
「映画〜〜〜?なにィ〜ほんとは乗ったことはねーのかッ!」
そしてついに耐えきれず叫び出したポルナレフに返ってきた言葉に一同は驚愕。まさかアラビアのロレンスを三回見ただけであれだけ自信満々にオレたちにレクチャーしようとしていたのかとポルナレフは声を上げる。そのやりとりを傍から見守る他の三人の目も冷ややかだ。
「…… …… …… ……」
終いにはラクダの大きな舌に舐め回されて顔中ネトネトの唾液まみれにしたジョセフはそれでもめげずに「ラクダの唾液には日焼けどめの効果がある」のだと歯を見せて笑ったーー……。
「よ〜し、みんな予定通り上手く乗れたようじゃの〜〜〜」
それからややあって無事に各自のラクダへの乗りこみに成功したジョースター一行はヤブリーンの村をめざして北西方向へ向けて出発した。
馬と違い「だく足歩行」のラクダは片側の前足と後ろ足が同時に前に出て歩くので結構揺れる。落ちないように踏ん張るだけで手一杯なアゲハは前を歩くポルナレフの後に続くのに四苦八苦していた。
「おかしい……やはりどうも誰かに見られている気がしてならない……」
「……花京院、少し神経質すぎやしないか?ヤシの葉で足跡は消しているし数十キロ先まで見渡せるんだぜ。誰かいりゃあわかる……」
そしてさらに時間は進み、出発から数時間は経った頃ーー花京院は後ろに振り返り、腑に落ちないといった表情を浮かべて呟く。アブダビ市中でも落ち着かなさそうにしていた花京院にポルナレフは同じく振り返って後ろを確認した後に安心させるようにそう言うと途端にラクダを停止させた。列の前を行く承太郎が立ち止まったのだ。
「いや……実は俺もさっきからその気配を感じてしょうがない……」
「承太郎、アゲハ、調べてみてくれ」
ジョセフの言葉に何も言わず望遠鏡を覗き込む承太郎と静かに頷きスタンドのスコープを覗くアゲハ。
一方はスタンドの類まれなる程の観察眼で目に見える限りの範囲を探索し、もう一方は「温度を感知する」スタンド能力で目に見えない範囲まで捜索する。この二人の包囲網を掻い潜るにはそれ相応の対策が必要となるだろう。
「後方、約五十メートルの所に……小さな車かな……その影に男が一人います」
ーーそしてターゲットをロックオンしたのは声を潜めてジョセフに視線を配るアゲハだ。彼女の言葉通り振り返ったポルナレフは自身の後ろに数キロに渡り広がる砂丘に鋭い視線を向ける。
「なに〜ィ?車だと!?ンなもんドコにも……」
「しーっ、静かに!」
しかし、当然ながらポルナレフの目に敵の姿は見当たらない。目に見える範囲なら既に承太郎のスタープラチナが調べているのだ。つまり敵は目に見えない「死角」に潜んでいるということなのである。
「いいですか?私の斜め右後ろに右向きに影が伸びる大きな岩がありますよね」
ジョセフ達は隊列の一番後ろに在駐していたアゲハの後方に佇む、人がすっぽりと隠れられてしまいそうな程の大岩を捉える。彼らの目線を追い、全員が大岩をしっかりと確認したか判断したアゲハは極自然な動作でスカートとキャミソールの間に挿し込んだリボルバーと専用の弾丸を取り出していく。
「そして今度はその反対側にある岩を見てください……さっき見た大きな岩と対称の形をしているんですよ」
「あ……!」
「へへ……影が左向きに伸びているのに気づきましたか?おかしいですよね、太陽の向きから考えて影は「右向き」に伸びなくてはならないのに」
アゲハはジョセフ達に解説しながら頭の中でスコープに表示された対象への距離や風向き、着弾速度などを加味した計算を素早く行い答えを導いていく。もちろん手元では弾倉に弾を込める動作も忘れてはいない。
「私も舐められたものね。スタンドバトルは相性次第……後悔するといいよ」
そしてガチャ、と音をたててシリンダーを戻したアゲハは手の中のリボルバーの銃口を自身の後方へ向け即座に引き金を引く。
そして放たれた弾丸は五十メートル先の空間にけたたましい轟音をあげながら穴を開けて見せた。
「こいつは!まさか砂漠の景色を映しながら鏡の後ろに隠れて尾行していたとは気づかなかったぜ」
「こいつはいい、このメカ結構快適ですよ。エアコンまでついてる」
現在時刻は午後八時十分頃、ほんの数分前とは打って変わって空には無数の星が輝き、五十度まで上昇していた気温は「スタンドの太陽」が消えたことにより完全に冷えきっていた。
「それにしても危なかった……このまま一晩中この「太陽のスタンド」に蒸し照らされていたらと思うとゾッとしちゃうよ」
「いいや、そんなに時間はいらねえだろう。サウナ風呂でも三十分以上入るのは危険と言われている」
タロットカードは「
「ふ〜〜ん?なかなかすごいスタンドだったようだがマヌケな奴だぜ!こんな小細工じゃあアゲハの能力から逃れられるわけねぇのによ」
「そ……そうかなァ?えへへ……」
ポルナレフからのシンプルな称賛の言葉にアゲハは目を丸くさせた後に照れたように笑った。よくよく思えばジョースターさん達と同行してから初めて役に立てたかもしれない!と自信も持った。
「よ〜し!!早く出発しましょう!砂漠の夜は冷えますからね!」
気恥しさから上擦った声でそう高らかに宣言したアゲハは顔を真っ赤に染めながらはにかんでいる。そんな彼女に頬を緩ませた花京院を後目に、急激な寒暖差に身をふるわせたポルナレフは盛大なクシャミをこぼした。