インターバル
頭上で輝くまばゆい白い光を放つパキスタンの太陽はじっとりと焼けるような熱を放つ。
そんなカラチの街を歩く承太郎とアゲハの間にはなんとも言えない気まずい雰囲気が漂っていた。
「……そういえば承太郎。さっきまでの戦いの怪我は大丈夫? 」
この国では珍しいセーラー服に身を包んだアゲハはこの居心地の悪い空気を変えようと承太郎に声をかけてみせた。
鳩尾に一発、頭部に一撃(腕で防御はしたが)複数人に何発か食らっていた筈だとアゲハが言えば承太郎は帽子の唾を摘み引き下げると息を着く。
「大したことはねえ……それよりもお前に聞きたいことがある。俺が宝石店にいる間アイツとは何をしていた?」
「え……」
アゲハはその黒の瞳を瞬かせると額に汗を浮かべ承太郎から視線を逸らした。勿論そんなあからさまに怪しい動きを承太郎が見逃すわけがなく、彼が再び話すように催促するとアゲハはおずおずとした態度で口を開いた。
「その……ごめんなさい!スコープ越しに承太郎が店内で暴行を受けているのが見えたから止めなきゃと思ってその場から離れたら丁度ダンと鉢合わせちゃったの!それでなんとか機嫌をとるために代わりに肩もみとかしてたんだけど……」
アゲハは足を止めると承太郎に向けて大きく頭を下げた。自然とDIOについて話をしたということは言わなかった。もしかするとDIOの話題を出して承太郎にーー彼らに疑われるのが怖かったのかもしれない。
「勝手に行動して、ダンが怒って自傷行為をしてもおかしくない状況を作ってしまった……本当にごめんなさい。承太郎がどれほど我慢していたか知っているのにそれを台無しにしてしまうところだった」
斜め前で奏でられていたカラチの大地を踏みしめる承太郎の足音が止み、その弾みに彼の改造制服に取り付けられた鎖がカチャリと音をたてる。
それを合図に顔をゆっくりとあげたアゲハは改めて承太郎と顔を見合わせる。日本人離れした身体付きには無駄がなく、そして一見近寄り難い風貌の様にも見えるその鋭い顔つきも、一つ一つのパーツを見れば分かるように美しい。
(そして私はそんな彼の外見だけじゃなく、中身だって知っている……!)
地元で人聞きに聞いていた悪評なんか当てにならない程の「正義の心」が承太郎の行動にはあった。口数が少なくても、彼が周りの仲間たちを気にかけていることなどはよく分かる。
「だけどそれ以上にむかっ腹が立ったんだ! あんなちっぽけな卑しいやつが大切な仲間である承太郎を痛めつけていたことが!……そして……何も出来ない自分にも……情けなくて腹が立った」
そんな貴方だからこそ、自分にもダンにも腹が立ったのだと承太郎のグリーンの瞳を捉えながら叫んだアゲハの声は震えていた。しかしこの震えは「怒りから」というよりかは自分に思いの丈をぶつけることに緊張しているのだと承太郎には容易に分かった。
「……そんなに身構えるなよ。なにも怒っちゃいねえ。ただ……あの野郎に嫌な事されてないか気になっただけだ」
承太郎がアゲハを気遣ってそう言えば彼女は分かりやすくキョトンとした顔をすると数秒かけてその言葉の意味を噛み砕いていく。戦闘中とは相変わって酷く理解が遅いアゲハに承太郎はやれやれといった様子で歩を進めると目の前に続く階段に足をかけた。
「あ……そっか……ありがとう承太郎!私は大丈夫だよ」
そしてアゲハはそんな承太郎を追い越すように二段飛ばしで階段を駆け上がると心底嬉しそうに照れ笑いを浮かべながら感謝の言葉を告げる。
再び横並びで歩き始めた二人の間には数分前のような気まずい雰囲気はなく、代わりに和やかな空気が流れていた。
「……でもみんなにはダンにされたこと、言わないで欲しいな?」
遠慮がちに、顔は俯かせたまま恥ずかしそうに、小さな声で紡がれたその言葉はしっかりと承太郎の耳に届いていた。
アゲハはまだ十八歳の少女である。年上の男相手に無理やり抱きしめられたのだ、表面上では平気そうにしていてもやはり深く傷ついたのだろう。
「その……特に、花京院には……別に深い意味はないんだけど!」
そしてそう続けられた言葉に承太郎は何も言わずアゲハの肩に手をポンと置いた。
その仕草に何か勘違いをしているんじゃあないかと頬を染めたアゲハは抗議のために口を開いたが、言い返す言葉が見つからず数回唇をパクパクと動かしてやがて口を噤んだ。